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出発前の動揺と動揺
しおりを挟む__翌朝。シリル様にさっそくお礼を言いに行こうとして部屋を出れば、リクハルド様とかち合った。
「なんだ。今朝は遅いのだな」
いつもなら、すでにシリル様のところへと行っていることが多いから、リクハルド様が不思議そうな顔で言う。
「だ、誰のせいですか」
昨夜は、何度もリクハルド様にキスをされた。リクハルド様を目の前にして思い出せば、恥ずかしくて顔が赤くなる。そんな私を見たリクハルド様が下を向いた。
表情一つ変えてないのが分かる。リクハルド様に動揺はない。すると、リクハルド様が私を見据えた。鋭い目つきにどきりとする。彼が近づいてくると、思わず後退りしてしまう。
背後には壁しかなくて、逃げ場はない。リクハルド様が手を伸ばして壁とリクハルド様に挟まれると、気がつけば目尻が潤んでしまっていた。
「……可愛い」
ぽつりとリクハルド様が耳元で呟く。が、私の心の声は悲鳴しかなかった。
「リクハルド様っ……わ、私、シリル様を迎えに行かないとっ……」
「一緒に行けばいい。俺もシリルに用がある」
そう言いながら、リクハルド様が私の顎に手を添えた。顔が近づいてくる。
まったく女性の噂など聞いたことがなかった。リクハルド様のことで知っていたのは、冷たい氷の伯爵様ということだけ。うすうす思っていたが、こんなに手が早い伯爵様だったとは……。
「お父様。キーラ様」
もうすぐで唇が触れそうな時に、シリル様の声がしてハッとしてリクハルド様が止まった。
「シ、シリル様!?」
慌ててリクハルド様の腕を掴んで彼越しに顔を出した。リクハルド様は嫌そうな顔でシリル様を見た。
シリル様が、この世の終わりのように驚いた表情で仁王立ちしている。そして、ハッとしたと思えば、眉を釣り上げて私の足元に駆け寄ってきた。リクハルド様はシリル様に見られてぱっと私を離した。
「キーラ様!」
「シリル様。どうされましたか? 驚いた顔も可愛いですわ」
駆け寄ってきたシリル様を腰を下して抱き寄せると、私の顔にそっとシリル様が手を伸ばす。
「キーラ様。どこか痛いんですか?」
目尻を潤ませている私に驚いたらしい。不味いところを見られたと思って、慌てて目尻を拭き取った。
「だ、大丈夫ですわ」
「でも、泣いてます」
「こ、これはですね……っ」
説明に困る。リクハルド様に迫られたせいだと言えない。リクハルド様を睨みつけるが、彼に動揺はない。
「……その目は何だ? 俺は何もしてないぞ」
眉を吊り上げてシリル様がリクハルド様を睨みつける。どうしていいのかわからずに、私が困惑してきた。
「シ、シリル様。昨夜はケーキとクッキーをありがとうございます。とっても可愛いクッキーでしたわ」
すると、シリル様の吊り上がった眉が戻った。
「私のほうこそ、買いに行ってくださっていたなんて知らずに昨日は申し訳なかったですわ」
「キーラ様。昨日はごめんなさい。ケーキが食べられなくて……」
しゅんとしてシリル様が言う。
チョコレートケーキが食べられなかった私に、リクハルド様と買いに行っていた。シリル様は、優しい。落ち込むシリル様の頭を撫でた。
「気にしなくて大丈夫ですわ。私は、急いでシリル様のリュックを縫いたかったのです」
「狼の?」
「ええ。実はですね。お裁縫は苦手なのですよ。だから、時間がかかるので、早めに取り掛かりたかったのですわ。だから、シリル様たちが悪いと思う必要はないのですのよ」
「本当ですか? 嫌いになってませんか?」
「むしろ、大好きです!」
思わず、シリル様をぎゅっと抱きしめた。すると、表情が緩んだシリル様が、抱き返してきた。
「クッキーもとっても美味しかったですわ」
「本当ですか?」
「ええ、寝る前に食べて太ろうが、気にすることなく食べましたわ」
リクハルド様のせいで、どうせすぐに寝られなかったし。
「あのあとすぐに寝なかったのか?」
「……リクハルド様のせいですわ!」
昨夜のことを思い出して、恥ずかしながらヤケクソのように言った。
「キーラ。シリル。出発の時間もある。朝食にしよう。おいで、シリル」
「はい。少し遅くなりましたが、食べましょう」
そう言って、リクハルド様がシリル様を抱き上げた。
そうして、三人でも朝食を食べれば、すでにシリル様の荷造りは済ませており、馬車に積まれていた。
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