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あれこれで
食事のあとは、すでに馬車の準備が整っており、リクハルド様とシリル様の三人で玄関へと行った。すると、リクハルド様が玄関ホールで足を止めた。
「シリル。渡すものがあるから、こちらに来てくれるか?」
こくんと頷いたシリル様が、リクハルド様のそばによった。
「キーラは、そのドレスで行くのか?」
「どこかに行くのですか?」
「シリルを、シンクレア子爵のところまで送るが……」
「わ、私もご一緒していいのですか?」
「当然だろう」
リクハルド様がそう言ってくれる。だけど、私が行っていいものかと思える。シンクレア子爵が、新しい婚約者の私をどう思うのだろうか。
「私が、行っても大丈夫ですか?」
「……なにか問題でもあるか?」
そもそも、一緒に行く予定だったのだろうか。わからないが、可愛いシリル様を見れば一緒に行きたくなる。
「シリル。シンクレア子爵に、これを一つ持っていきなさい。土産だ」
「お土産?」
「セアラの肖像画だ」
リクハルド様が用意していた布の包まれた絵画を見せると、シリル様がきょとんとする。
「お祖父様に?」
「一枚だけだ。あとは、シリルのものだ」
「はい」
リクハルド様が、セアラ・シンクレアの肖像画を一枚選んでシリル様に渡す。シリル様が大事そうに抱きかかえると、リュックに刺した剣のキーチェーンに気づいた。
「あら、キーチェーンですか?」
「ウィルオール殿下がくれました」
「殿下が?」
ずいぶんとウィルオール殿下はシリル様を気にしていると思う。それに一瞬見えた紋章をよく見ようとした時に、馬車が一台やってきた。
「朝からどなたでしょうか?」
「ルミエルだ」
こんな朝から?
そう思っていると、ルミエル様が馬車から降りてきた。
「ルミエル様?」
「シンクレア子爵のところに行くからな。彼女も一緒だ」
朝からやって来たルミエル様が、笑顔でリクハルド様のそばにやって来る。ルミエル様はセアラの友人だったから、今でも、シンクレア子爵を気にしていた度々訪れているらしい。だから、今回も一緒に行くのだという。
「おはようございます。ルミエル様」
「おはようございます」
ルミエル様に挨拶をすると、一言だけ私に挨拶をした彼女が笑顔でリクハルド様に話しかける。
「リクハルド様。遅くなってすみません」
「気にしなくていい。こちらも準備がまだだ」
「リクハルド様が? 何かお手伝いをしましょうか?」
ルミエル様がリクハルド様のそばに寄ると、彼の頬の引っ掻き傷に気づいてルミエル様が手を伸ばした。
「リクハルド様。頬が……どうされました?」
ルミエル様の伸ばされた手をリクハルド様が掴んで離す。
「何でもない。それより、手伝いはいい。キーラの準備を待つだけだからな」
「キーラ様の? まぁ……」
ちらりとルミエル様が私を見ると、困った雰囲気で話しかけてくる。
「あの……シンクレア子爵にキーラ様が行くことをお伝えしてないのです。ですから……」
「しかし、キーラは婚約者だ。一人置いて行くわけにはいかん。シンクレア子爵には、俺から話そう」
「ですが……」
「なにか問題でもあるのか?」
「その……やっとシリル様と会えるようになったのです。ですから、見たこともない女性がいらっしゃると……その……セアラのお父様はセアラを大事にしてましたから……」
それは、遠回しに、私はついてくるなと、ということだ。
シンクレア子爵は、娘であるセアラが他界してから病んでしまっていると聞いた。セアラ以外のリクハルド様の女性が受け入れられないのだろう。シリル様の母親になろうとしている女性も。
本当に結婚できるなど本気で思っているわけではない。今まで、ラッキージンクス目当てで、何度も婚約を結んできた。誰も私と結婚するつもりがないのだ。
だけど、リクハルド様だけはいつもの婚約者と違っていて……。でも、目の前を見れば、リクハルド様の隣には当たり前のようにルミエル様が立っている。
「……私は、いかないほうが良いみたいですね」
リクハルド様もよくわからない。ルイーズ様のリクハルド様への好意には気づいていたのに、ルミエル様の好意にも気づいていると思う。それなのに、彼女が近づくことを拒否してないのだ。
「キーラ様は、行かないのですか?」
シリル様がドレスのスカートを掴んで言う。
「シンクレア子爵が困ってしまってはいけませんからね……私は、知人ではありませんし……突然訪問すると驚きます」
シリル様の目の前の腰を下ろして言うと、シリル様が首を傾げる。
「その顔も大好きですけど、そんな顔をしないでくださいね。さぁ、馬車が待ってますよ」
笑顔で言うと、落ち込んだシリル様の肩にリクハルド様がそっと手を置いた。シリル様がリクハルド様を見上げた。
「シリル。先に馬車に乗ってなさい。キーラと少し話すから心配するな」
リクハルド様が言うと、シリル様が私に抱きついてきた。
「……じゃあ、行ってきます」
「はい。お気をつけてください」
寂し気にシリル様が言い、そっと頬にキスをしてくる。同じように私もキスを返した。そして、名残惜しそうにシリル様がルミエル様に付き添われて馬車に乗り込んだ。
「キーラ。本当に行かないのか? ルミエルの言ったことは気にしなくていいぞ」
「でも、本当のことです」
「シンクレア子爵邸の滞在が気になるなら、宿でも取る。シンクレア子爵領にも宿はあるし……」
リクハルド様がそう言っていると、ルミエル様もマクシミリアン伯爵家の馬車に乗り込んでいる。馬車まで一緒で行くのだ。
なんだか、夜会の出来事が思い出される。リクハルド様は、婚約者ではないルイーズ様を嫌がったのに、ルミエル様には抵抗なく抱き上げたのだ。
「……リクハルド様。ルミエル様と何かあるんですか?」
あまりにもルミエル様のリクハルド様に対する距離が近いと思える。リクハルド様に好意があるのがわかる。私への態度も素っ気ないものだ。わからないのはリクハルド様だ。
「何かとは?」
「何かとは、何かですが……」
リクハルド様が、顔を横に向ける。ひと呼吸置いて下を向いた。そして、静かに話しだした。
「先に言っておくが、ルミエルに対して気持ちはない」
「はぁ……で?」
「……以前、同衾したことがある」
……頭に毛が生えそう。
思わず、呆然としてしまう。
予想と違う。もしかしたら、婚約目前だったかもしれないとか、セアラとの板挟みになっていたとか色々妄想していた。それが、婚約もしてない令嬢と同衾の仲だという。
「……えぇーっと……それは、恋人だということですか? もしかして、ナイトミュラー家が婚約を申し込んだせいで結婚できないとかですか?」
それなら、申し訳ないけども!
「恋人でもないし、婚約をするつもりもない」
「では、どうして同衾などするんですか!?」
「誘われたからだ」
「さ、誘われたからといって、ほいほい食べる人がありますか!」
「うるさい! あの頃は、苛ついていたんだよ」
「あの頃っていつですか!? 拗らせ思春期!?」
「セアラが死んだ時だ! 何が拗らせ思春期だ!」
だから、ルミエル様には迷わず抱き上げたのだ。ルミエル様のリクハルド様の腕を掴んでいたし。ルイーズ様と似たような態度をとるのに、どこか雰囲気が違うと感じたのは間違いなかった。
しかも、同衾。相談だけでなく同衾。それは、あれこれしたということで……! それが、同衾!
「リクハルド様」
「なんだ?」
俯いていた。凄んだ声音で名前を呼んだ。
「最っ低!!」
__パァン!!
リクハルド様をひっぱたいた良い音が響いた。
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