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ラッキージンクスは誰の手に
しおりを挟む王城にある魔法師団へと行き、クリストフ様を待っていた。すると、魔法師団の建物からウィルオール殿下がやってきた。そっと廊下の壁に下がり頭を下げると彼が私に気づいた。
「キーラ嬢? こんなところでどうした?」
「ウィルオール殿下。お会いできて光栄です」
「肩苦しい挨拶はいいよ。それよりも、リクハルドとシンクレア子爵邸に行ったのではないのか?」
「……私は、遠慮しました」
にこりとしてウィルオール殿下に言うと、彼が不思議そうな顔をする。
「なぜ? リクハルドと一緒にいたくないのか?」
「腹が燃えることもあるものです」
「君は何を言っているんだ?」
リクハルド様をひっぱ叩いて、邸を出てきた。メラメラと怒りのままに。それをウィルオール殿下に簡単に言ったが、彼は意味がわからずにキョトンとする。
「よくわからないが……リクハルドは女の扱いが上手いものかと思ったが、違うのか? それとも、君だけか?」
女の扱いが上手いかどうかはわからない。だけど、リクハルド様の手が早いことはよくわかった。
「ふむ……」
何だか珍しいものでも見るかのように見られている。
「そ、それよりも、ウィルオール殿下におきましては、婚約おめでとございます」
「ああ、ありがとう。現在は王位継承者第二位が不在だからね。早く後継ぎを儲けよ、と周りがうるさくてね」
「まぁ」
今の陛下の子供は、第一王位継承者のウィルオール殿下だけ。その陛下も、一人っ子で兄弟もいないどころか、従兄弟すらいない。少数になった王族には、後継ぎ問題に悩まされているのだろう。現在の公爵家すら王家の血筋が薄いのだ。
「それとも、キーラ嬢が俺と結婚するか?」
「ご冗談を……」
ただでさえ、エレイン様にいい印象をもたれてない感じだったのに、ウィルオール殿下と婚約すれば、恨まれそうだ。
「それとも、私のラッキージンクスをお求めですか?」
「ああ、そんな噂があったねぇ、だけど、それはリクハルドに使ってやりなさい」
「リクハルド様に? 必要ないかと思いますが……」
リクハルド様には、ルミエル様がいるし。
「どうしてだ?」
「リクハルド様には、すでにルミエル様がいます。使う理由がありませんし、自分でラッキージンクスを使っているわけでは……」
自分で意識的に使っているわけではない。勝手に真実の愛が見つかると噂になったのだ。
「ルミエルねぇ……彼女とはご無沙汰だったよ。しばらく、何故か接触できないでいたからね」
「ご無沙汰?」
「リクハルドに、何故かなかなか連絡がつかないでいたのだ」
それが、最近になって連絡がついた。……それって、私のラッキージンクスが発動したのでは!?
やっぱり、あっちが本命!?
気持ちがないと言っていたのは、何だったの!?
「何だか、怖い顔になっているが、何か地雷を踏んだかなぁ?」
笑顔のままで眉を吊り上げて私を見たウィルオール殿下が、しまったという表情をすると、クリストフ様が駆けつけてきた。
「キーラ! 待たせた!」
仕事を終わらせて急いでやって来たクリストフ様をウィルオール殿下が見た。
「彼は?」
「私の知人のクリストフ様です。エイディール子爵の嫡男です」
「魔法師団から来たということは、所属しているのか?」
「小隊長です。魔法に優れているので、もっと出世すると思います」
「ふーん……」
ウィルオール殿下がクリストフ様を見ていると、ウィルオール殿下に気づいたクリストフ様がさっと頭を下げた。
「これは殿下! ご無礼いたしました!」
「気にしなくていいよ。今は仕事ではない。少しキーラ嬢と話していただけだ」
「キーラと? 何かご無礼を!?」
私が何かやらかしたと思ったクリストフ様が青ざめて肩をすくませた。
「何もしてませんからね!」
「本当だな?」
「本当です!」
じろりと私を見下ろすクリストフ様に力いっぱい言った。
「本当だ。クリストフ」
「失礼しました」
私が何もしてないとホッとしたクリストフ様が、ウィルオール殿下に頭を下げた。
「では、俺はこれで失礼する。キーラ。ラッキージンクスに期待しているよ。君にも幸運を」
「はい。ウィルオール殿下」
そう返事をしたもの、私のラッキージンクスの何を期待するのか。自分には、ラッキージンクスなどなかったのだ。
ちらりとクリストフ様を見ると、ホッとしたように胸をなでおろしている。
「どうしました? クリス様」
「緊張した。キーラが、ウィルオール殿下と待っているなど思わなかったから」
「魔法師団に来ていたようですよ。その帰りに、クリス様を待っていた私と鉢合わせただけです。緊張しすぎですよ」
「そうなのか……そう言えば、魔法師団長のところに客人が来ていたな……殿下だったのか」
「きっとそうだと思います」
そう言って、クリス様と歩き出した。
「しかし、よく殿下と普通に話せるものだな」
「少しだけ、お会いしたことがありまして……」
「先日の夜会か? 確か、マクシミリアン伯爵はウィルオール殿下の友人だったな」
「とっても仲がいいみたいですよ。シリル様にも、プレゼントをする仲です」
「ああ、マクシミリアン伯爵は子供がいたな……」
シリル様に会いたくて、少しだけ俯いてしまう。リクハルド様をひっぱたいて出てきたせいかもしれない。そんな私をみたクリストフ様が何かを察したように見ている。
「キーラ。今夜は、マクシミリアン伯爵はどうした?」
「リクハルド様は、シリル様と彼女を連れて、シンクレア子爵領に行きました」
「シンクレア子爵領?」
「シリル様の母親の生家です」
「彼女というのはなんだ?」
「ルミエル・ハーコート様です。夜会の時に、リクハルド様といました」
クリストフ様が、「あぁ、あの噂の令嬢か……」と言う。
「ご存じですか?」
「そうだな……足を挫いたと聞いたから、治療に当たろうと赴いたが断られた」
「階段から落ちたのに?」
「足を挫いたのは聞いただけだからよくわからないが……時々いるんだよ。お目当ての殿方の目に付くために仮病を使う令嬢が……彼女もそうなのかと思って無理に治療を進めなかった」
「階段で転倒したのは、本当ですよ」
挫いたのは、仮病。リクハルド様に近づくために。クリストフ様が暗に言う。
「クリス様。噂ってそれだけですか?」
「あぁー、あくまでも噂だぞ」
クリストフ様が、しまったと言うように前置きする。嫌な予感がする。
「もしかして、2人が恋人だと言う噂ですか?」
「恋人かどうかは、わからないが……知っていたのか? 以前から、何度もマクシミリアン伯爵がルミエル嬢の所から出てきていた、という噂があってだな……」
「それって1度ではないと言うことですか!?」
引き攣る顔を抑えながら、声音が強くなる。
「もしかして、不味いことを言ったか?」
「いいえ。今夜は、いっぱい飲む理由ができました!!」
「なんかすまん……ほどほどにな」
そんな噂があったなんて知らなかった。
そうして、クリストフ様と街へと行った。
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