子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽

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それぞれの夜


王都で一番高級な宿屋。その中でも一番高価な部屋は無惨なものになっていた。

部屋で雷の魔法を使い、ベッドも調度品も家具も壊れた。壁も崩れて、入り口が崩壊した跡地のようになっていた。

そして、爆音に驚いた宿屋の主人が、部屋の惨状に呆然として倒れてしまった。宿屋の主人を起こして、何とか全て弁償するということで話はついた。

だけど!

「どうして、リクハルド様と同じ部屋なのですか……もう眠いのに……」

壊れた部屋の続き部屋で、呆然としている。隣にいるリクハルド様はいつもと変わらない冷たい表情のままだ。

「空いている部屋がないからだ」
「せっかくのスイートルームだったのに……」
「部屋を壊したのは、キーラだ。部屋中に雷を落とすから……先ほどまで宿屋の主人に怒られていたのを忘れたのか?」
「暴れたせいで、吐きそう……」
「しっかりしろ」

その場にふらりと倒れそうになると、リクハルド様が私を支えてベッドに連れて行った。
ベッドの上で、リクハルド様が大事に私を包むように抱きしめている。

「リクハルド様……一緒に寝ませんよ」
「俺に負けたのに?」
「一緒に寝る約束はしてません」
「離れると一緒に帰らないかもしれないからな」
「リクハルド様に吐きますよ」
「別にいい。吐いたら、一緒に風呂に入るから」
「やっぱり吐くのやめます」

全然よくない。一緒にお風呂なんて入れない。
暴れたせいか、一気に酔いが回っている。頭がクラクラする。
さっきまでは、ボルテージが上がって元気だったのに。

「……リクハルド様。どうして、婚約を受けたのですか? リクハルド様なら、他にも縁談はあったんじゃないですか? ルミエル様のことだって……」
「……色々あるが……キーラを選んだのは顔だ」
「顔?」
「一生の伴侶になるのだ。自分が好きな顔のほうがいい」
「それだけ?」
「今は少し違うが……」

うとうとしながら、リクハルド様の低くて澄んだ声が顔の近くで聞こえていた。

「……冷たくて気持ちいい」

リクハルド様が愛おしむように私の頬を撫でると、彼の手が冷たくて、熱くなった顔で彼の胸板にもたれた。氷の魔法使いのせいか、リクハルド様はひんやりとしている。

そうして、気持ちよくて瞼を閉じた。



「キーラ。シリルのことだが……キーラ?」

腕に抱きとめているキーラの返事がないと思えば、すでに酔いが回ったキーラが寝ている。

「勝手に寝るなよ。本当に自由だな……」

キーラの顎に手を添えて顔を近づければ、酒臭い。

「飲みすぎだろ……」

すると、キーラの身体が悩ましげに捩れて、寝言を呟きだした。

「シリル様……大好きですよ……リクハルド様……」

どちらに大好きだと言ったのか……わからなくて、イラっとした。そうして、眠っているキーラにそっと口付けをした。





__夜。

(キーラ様が来ない。キーラ様を迎えに行ったお父様も帰ってこない)

いつ帰ってくるんだろうと思い、執事のケヴィンの部屋へと行こうとして立ち上がった。部屋の扉のところで、部屋の中を見渡すように振り向けば、覚えてない母親の部屋がある。

懐かしい気持ちもない。ただ、「セアラによく似ている」と言って、上から顔を近づけてくるシンクレア子爵にシリルは戸惑っていた。

(お祖父様は、僕を見ているようで、見てない気がする)

「……変なの」

そうして、部屋をでてケヴィンの部屋に行けば、彼はいなかった。階下にいるのかもと思って、階段室へと行こうとして廊下を歩けば、メイド2人が灯りを消しながら回っていた。

「聞いた? マクシミリアン伯爵の婚約者は、何度も婚約破棄を繰り返した令嬢らしいわよ」
「だから、旦那様は怪訝な顔をしているのね」
「旦那様は、ルミエル様とマクシミリアン伯爵をくっつけたがっているからね。セアラ様が亡くなって、昔から遊びに来ていたルミエル様が可愛いんでしょう……病んでいる旦那様のもとに何度も通うくらいですもの。旦那様だって、情が移るわ。病んでいる時ならなおさらよ」
「マクシミリアン伯爵の婚約者は、出て行ったと言うし、きっとルミエル様との婚約をまとめるかもね。ルミエル様が言っていたけど、マクシミリアン伯爵の婚約者は、別の男といたと言うし……」
「じゃあ、別の男と出て行ったのかも……お貴族様は人気なのね」
「セアラ様の忘れ形見のシリル様も、旦那様が引き取ろうとしているし……」

クスクスッと笑いながら噂話をしているメイド2人。その噂話に、がーんとショックを受けてわなわなと震えた。

(お父様がキーラ様を虐めたから、別の人のところに行っちゃう!)

ケヴィンを探すのをやめて、急いで部屋へと帰ろうと踵を返すと、シンクレア子爵とルミエルが話している声がした。

「……シリルは、大丈夫なのか? セアラはよく笑う娘だったが……子供なのに、家庭教師はどうしたのだ? 世話係がいないなど……」
「それが……キーラ様が追い出してしまったようで……」
「家庭教師をか!?」
「ええ、今も家出しているみたいですし……男性がいるのかも……」
「男がいるのか!?」

シンクレア子爵が驚いて、怪訝な表情になる。

「婚約破棄も何度もされていますから、リクハルド様もどうなるか、私、心配で……」
「ああ、気にするな……私が何とかしよう。ルミエルのことは、娘のように思っている」

嘆くルミエルをシンクレア子爵が慰めていた。

「婚約者は、キーラ・ナイトミュラーではなく、ルミエルを婚約者にするように、リクハルド様に言おう。シリルも私が引き取ろう」

ガーンと、ショックを受けてしまう。
メイド2人が話していたことが本当なんだ。

(キーラ様が、別の人のところに行ってしまう)

部屋に帰るなり、マントを羽織り、狼のリュックを背負い、剣も背負った。

(ここにいちゃダメだ。キーラ様に会えなくなっちゃう!)

急いでシンクレア子爵邸の庭に出れば、外は真っ暗だった。

「真っ暗……」

灯りが動いているのが見えて追いかけると、使用人が見回りから戻り、ランタンを入り口の木の樽の上に置いた。

(あれ、明るい)

誰にも見られずにランタンを取ると、周りが見えてほっとした。

(急いでキーラ様とお父様のところに帰ろう。キーラ様は、僕が守るんだ!)

そうして、たった一人でシンクレア子爵邸を飛び出した。




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