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祖父と孫
__翌朝。
シンクレア子爵邸を立つことになった。
「シリル様。忘れ物はないですか?」
「はい。でも、ごめんなさい。キーラ様のドレスが破れちゃった……」
「気にしなくていいですわよ。よくあることですからね」
「とっても綺麗なのに……」
シリル様を探しに行った時に、いつのまにかドレスが破れていた。何も持たずにリクハルド様に連れてこられたから、ドレスの着替えすらない。それを、シリル様が気にして言う。
「でしたら、こうしましょう。王都に帰れば、一緒にドレスを買いに行ってくれますか?」
「ドレスを?」
「はい。一緒にドレスを買って、また一緒に街を歩きましょう。美味しいお茶のお店も知っているんですよ。ご一緒してください」
「行きます」
笑顔で言うと、シリル様が大事にリュックを背負って返事をした。すると、シンクレア子爵がやって来た。
「シリル……」
「お祖父様……」
ぎゅっとシリル様が私のドレスを握る。まるで、離れたくない意思表示のようだった。
「また、来てくれるか?」
こくんと頷くシリル様を見たシンクレア子爵が、顔のシワを緩めた。
「これを、持っていきなさい。セアラが好きだったお菓子だ。急いで料理人に作らせた」
「お母様が好き?」
「ああ、焼き菓子だ。きっとシリルも気に入る」
シンクレア子爵からお菓子を受け取る。戸惑うシリル様が私を見上げると、そっと視線を送った。
「シリル様。お菓子をいただいたら、ありがとうございます、とお礼を言うのですよ」
「……あ、ありがとうございます。嬉しいです」
「そうか」とシンクレア子爵がホッとした。
「お祖父様。キーラ様にも、分けていいですか?」
「あ、ああ、もちろんだ」
本意ではないのだろう。だけど、シリル様の気持ちを無視もできないでいるシンクレア子爵が、複雑そうな様子で返事した。
「キーラ様。一緒に馬車のなかで、食べましょうね。お父様にも分けてあげます」
「シリル様は優しいですね。嬉しいですわ。私もセアラ様が好きな味をしっかりと覚えますわ」
「お母様の好きな味を?」
「はい。シリル様が好きなものは、知りたいですもの」
「僕の好きなもの?」
「ええ、気づいてなかったのですか? シリル様はお母様の好きなものを嬉しく思ってらっしゃいますよ」
「知らなかった……でも……」
笑顔でシリル様に言うと、シリル様が少しだけ綻んだ表情を見せた。
「シリルが……」
少しだけ笑ったシリル様にシンクレア子爵が驚いていた。
それを、リクハルド様が見ていると、ルミエル様が彼に近づいてくる。
「リクハルド様」
リクハルド様が振り向けば、ルミエル様が両手いっぱい伸ばして抱きついてきた。
「ルミエル。離れろ。キーラに勘違いされたくない」
「大丈夫ですわ。キーラ様は見てませんもの。シリル様に夢中ですものね」
リクハルド様が私に視線を移せば、シリル様と楽しそうに話している姿に、思わずリクハルド様がイラッとする。
「はうっ!」
突然の左胸に痛みが走る。奇声を上げた私に、シリル様がビクッと驚いた。
この痛みはリクハルド様だ。まるで、仕置をされている気分になり、リクハルド様を睨みつけた。
そこには、ルミエル様がリクハルド様に抱きついている。
今までは、人前で抱き合うなどなかったのに、堂々と私にその姿を見せつけるルミエル様にもイラッとした。
「ルミエル。離れろ。俺が言ったことを忘れたのか?」
「覚えてます。でも、すぐにまた会えますわ」
「……」
含みのある言い方のルミエル様をリクハルド様が見据えると、彼女がにこりと笑った。それは、どこか怪しげに見えた。
そうして、私たちはシンクレア子爵邸を去った。
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