英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。

屋月 トム伽

文字の大きさ
48 / 66

白猫はパニックを起こす

しおりを挟む
ノクサス様の求婚を受け入れた。本当の意味で受け入れた気分だ。
あの後に回復魔法をかけている間も、ノクサス様は離れない。
記憶が戻ってから、記憶喪失の時よりも引き締まった顔に見えたけれど、所詮は同じ人間だ。
私には、ひたすら優しく甘い。
食堂の往復でさえも、ピタリとくっつき歩く。そして、耳元で名前を囁かれると私だけが照れている気がする。

「ダリア。あとで部屋に行ってもいいか?」
「ダメに決まっているじゃないですか……湯浴みをして寝るだけですよ。部屋に来ないでくださいね」

いくら求婚をお受けしても、いきなり寝所は共に出来ない。
しかも、さっき初キスしたばかりですよ。
それなのに、背の高いノクサス様は私の頭の上から何度も顔中にくっついてくる。

後ろには、フェルさんとロバートさんがいるのに恥ずかしい。

「フェル。明日は休みを取れないか?」
「無理です。仕事が溜まるだけです」
「ダリアと出かけたいのだ。どこかで休みを取ってくれ」
「今、調整をしていますから……」

微笑ましそうに、私とノクサス様を見ていたフェルさんは、ちょっと困ってしまった。
その間も、ノクサス様は私の頬に唇を落としていた。

「あぁぁぁーーーーーー!!」

ノクサス様が、いちゃついているところで、ミストの叫び声がした。
振り向くと、ミストはアーベルさんに抱っこされて私の部屋に行こうとしていたらしい。
ご飯をくれる人だから、なついているのだろうか。
そして、ミストは喋る猫だとバレないように、人前では鳴き声しか出さないのに、どうやら抑えられなかったようだった。

「うわぁーーん!! 変態男がダリア様を取ったーー!!」

ノクサス様のキスを抵抗しない私が、ミストにはショックだったようだ。
そして、フェルさんとロバートさんが一斉に叫ぶ。

「「猫が喋ったーーーー!?」」

ミストを抱っこしていたアーベルさんは、叫びはしなかったものの、じろりとミストを見ている。
そして、ミストはノクサス様に飛び掛かってきた。

「離れろ!! 変態男!! ダリア様に近づくなーー!!」
「やめろ!」
「ミスト! やめなさい!」

ノクサス様は、素早くバリバリとひっかいてくるミストの首根っこを掴んだ。
そのミストを、受け取り抱っこをすると、じわりと泣き出してしまった。
そして、また叫ぶ。

「うぅ……ダリア様がいなくなったら、僕はまた独りぼっちだーー! うわぁーーん!!」
「ミスト。何を言っているの?」
「とにかく、ひっかくのをやめろ!!」

泣きわめくミストを、腕に包むように抱いていると、フェルさんとロバートさんは目を丸くして見ている。

「ダリア様……猫が喋りましたよ」

フェルさんが、恐る恐る聞いてきた。

「……気のせいですよ」
「気、気のせいでは……」
「ダリア……それは、ちょっと無理があるぞ」

確かに、以前もノクサス様に「気のせいです」と通らなかった。
フェルさんとロバートさんにも、これでスルーしてもらえない感じになっている。

「……アーベルさんは、驚かないのですね」
「驚いてはいますが……実はこの間、魚パイを出した時に『うまかった』と独り言が聞こえたのです。そ、空耳かな、とも思ったのですが……」
「ミスト……バレバレよ。気を付けないと……それに、『うまかった』ではなくて、『おいしかった』と『ごちそうさま』でしょ? 口が悪いわよ」
「ごめんなさいーー。でも、ダリア様に捨てられるなら、ここの魚を食い尽くしてやる!!」

ぐしゅぐしゅと泣きわめくミストに、廊下はどうしていいのか分からずに混沌となりつつあった。

目を丸くしてミストを見ているフェルさんとロバートさんを見て、ノクサス様は、はぁ……とため息を吐いた。

「ダリア。もう、この3人にはバラすぞ」
「気のせいですよ……」
「まだ、言うか……もう、気のせいでは無理だ!」

ノクサス様は、ミストの様子に困ったようだがフェルさんとロバートさんに、「あの時の精霊獣だと」説明を始めていた。
その横で、私はミストを優しく撫でながら聞いた。

「ミストを捨てたりなんかしないから、心配しなくてもいいのよ? どうして急にそう思ったの?」
「だって……変態男と結婚するから接吻をしていたのでは……? 僕と一緒にセフィーロ様の家にもう帰らないのかと……ダリア様の幸せのためなら我慢しますけれど……」
「全っ然我慢できてないけれど……」

やはりノクサス様のさっきのいちゃつきが原因だった。
一人で寂しかったのだろうか。
そして、ミストはキッとノクサス様を睨みつけた。

「譲ったのは一ヶ月のはずだったのに! 変態男め!」
「一ヶ月……?」
「この変態男が、毎日高級魚をくれると言って、一ヶ月だけ夜はダリア様の部屋に行かない約束をしました!」

まさか、ミストが夜にいなかった理由がそれだったとは……。

「……毎日バルコニーの鍵をかけておいて正解でした。ノクサス様。何を考えているのですか」
「ミストがいれば、2人っきりで話ができないだろう。大体、いつも鍵がかかっていて入れなかったんだ」
「ダリア様は、戸締りをちゃんとする人だからな!」
「お前は確信犯か……おかげで、一度もダリアの部屋に入れなかったのだぞ」
「ノクサス様。ミストを魚で買収しないでください。ミストは、まだ子供なのですよ」

その言葉に、ノクサス様たちが驚いた。

「子供!? あんなにデカくなっていたじゃないか!」
「こ、子供ですか!? ずいぶんかしこい猫ですけど……!」

ノクサス様と、アーベルさんがそう言った。でも、まだあどけなさが残っていると思っているのだけれど……。

「あの……はっきりとした年齢はわかりませんが、ミストは、2年ほど前に師匠がどこかから、拾って来たのです。それを私が、育てていたのですが……まさか、精霊獣だとは私も知りませんでしたが……師匠が拾って来たから、魔物かなぁと思っていたぐらいで……」
「拾って来たのはセフィーロなのに、ダリアが育てたのか?」
「師匠に他人のお世話なんか出来ませんよ。師匠に魔法を教わりに行っている時に私がミストの世話もしていたのです」
「それでこんなになついているのか……」

ノクサス様は私が、抱っこしているミストを覗き込むように言った。

「セフィーロ様が、『そのうちダリア様が来るから、家で待っていろ』というから、ずっと待っていたのに……うわぁーーん!!」
「一人で寂しい想いをさせたのね……」

ミストはしおらしくなって、そう言った。

「ミスト。今日は一緒に寝ましょうね。お部屋に行きましょうか。湯浴みも一緒にしましょうね」
「行きます」

ミストは、泣き止むとゴロゴロと喉を鳴らして腕の中で丸くなった。

「ちょっと待て! 約束が違うぞ!」
「ダリア様のお誘いだから良いんだ!」
「ノクサス様。ミストは、一人で寂しかったのですよ」
「くっ……ならば、ミストの部屋も作ってやる。アーベル。ミストの部屋もどこかに作ってやれ。意外と役にも立つ猫だ。どうせ、ずっとここに住むんだからな」
「かしこまりました」

その言葉にミストはピクンと耳を立て、顔を上げた。

「僕を捨てないのか?」
「元々捨てるつもりはない。ダリアの猫だからな。ずっといるものだと思っていた」

ノクサス様がそう言うと、嬉しそうに尻尾を揺らしている。
そして、少しご機嫌になったミストを抱っこしたまま、ノクサス様のエスコートで部屋に帰った。









しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】 婚約破棄間近の婚約者が、記憶をなくしました

瀬里@SMARTOON8/31公開予定
恋愛
 その日、砂漠の国マレから留学に来ていた第13皇女バステトは、とうとうやらかしてしまった。  婚約者である王子ルークが好意を寄せているという子爵令嬢を、池に突き落とそうとしたのだ。  しかし、池には彼女をかばった王子が落ちることになってしまい、更に王子は、頭に怪我を負ってしまった。  ――そして、ケイリッヒ王国の第一王子にして王太子、国民に絶大な人気を誇る、朱金の髪と浅葱色の瞳を持つ美貌の王子ルークは、あろうことか記憶喪失になってしまったのである。(第一部)  ケイリッヒで王子ルークに甘やかされながら平穏な学生生活を送るバステト。  しかし、祖国マレではクーデターが起こり、バステトの周囲には争乱の嵐が吹き荒れようとしていた。  今、為すべき事は何か?バステトは、ルークは、それぞれの想いを胸に、嵐に立ち向かう!(第二部) 全33話+番外編です  小説家になろうで600ブックマーク、総合評価5000ptほどいただいた作品です。 拍子挿絵を描いてくださったのは、ゆゆの様です。 挿絵の拡大は、第8話にあります。 https://www.pixiv.net/users/30628019 https://skima.jp/profile?id=90999

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新
恋愛
剣と魔法を王族や貴族が独占しているペトロート王国では、貴族出身の騎士たちが、国に蔓延る魔物ではなく、初級魔法1回分の魔力しか持たない平民に対して、剣を振ったり魔法を放ったりして、快楽を得ていた。 だが、そんな騎士たちから平民を守っていた木こりがいた。 騎士から疎まれ、平民からは尊敬されていた木こりは、平民でありながら貴族と同じ豊富な魔力を持ち、高価なために平民では持つことが出来ないレイピアを携えていた。 これは、不条理に全てを奪われて1人孤独に立ち向かっていた木こりが、親しかった人達と再会したことで全てを取り戻し、婚約者と再び恋に落ちるまでの物語である。 ※他サイトでも公開中!

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

処理中です...