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<七> 誓い
19 朝のはじまり
しおりを挟む19 朝のはじまり
聞き馴染みのないアラーム音で目が覚めた。
見慣れない部屋の見慣れない布団の中で、裸の柔らかい体が自分に寄り添っている。
差し込む朝日に淡く照らされた寝顔にそっと触れる。温かい吐息が指先にかかり、たったそれだけのことで胸が熱くなった。
「しゅーちゃん、起きなくて大丈夫?」
頬を撫でながら声をかけると、「んん……」と小さく唸り、ようやく目を開けて、間近の瑛斗をしばらく無表情で見つめた。
眠っている間に夕べのことをすべて忘れてしまったのだろうか。そんな不安に駆られた頃、やっと照れ臭そうな微笑が浮かんだ。
こんなにも幸せな朝を迎えたことが、これまでの人生であっただろうか。
まだ眠たそうな体を緩く抱き寄せ、額にキスをしながら瑛斗は喜びを噛み締めた。
先生は朝に弱いようだった。のろのろとベッドから這い出て、聞き取りにくい口調で「寝てて」ともごもご言いながら寝室を出て行った。
ベッドに寝そべったまま、飾り気のない室内をひとりきりでぼんやりと眺めた。空腹を刺激する香りが漂い始めると、着替えと洗面を済ませてリビングに向かった。
先生は素顔でパジャマ姿のままキッチンに立っていた。
「手抜きでごめんね」と言いながら、玉子焼きと焼いたソーセージ、白いご飯と味つけ海苔、味噌汁をテーブルに並べてくれた。顔つきも言葉遣いもとても眠そうなのに手際は良かった。
瑛斗より先に食べ終わると、おむすびをふたつ握り、「お弁当には足りないだろうけど」と、玉子焼きとソーセージと一緒にアルミ箔に包んでくれた。
「お母さんみたい」
ついそんなことを呟くと、ようやく光の点った瞳でムッと瑛斗を睨んでから、ふたり同時に吹き出した。
化粧と着替えを済ませた先生とともに家を出た。
「途中まで車で送るよ」と言うのを断り、電車で行くと瑛斗は告げた。
早く着きすぎるから、帰宅部には朝練もないから、と言い訳をすると、先生は「そっか」と何か言いたげな様子でうなずいた。
言い訳といっても嘘をついたわけではない。本音を言えば、万が一同乗中や車から降りるところを他人に目撃されると大変なことになるという危機感が胸の内に生じたのだ。
もし誰かに見られたら、この人を守るどころか破滅させることになりかねない。
朝、まだ体温と気配の残るベッドでひとり横たわりながら、ふとそんなことに思い至ったのだった。
できうる限り長く傍にいて、同じ時を過ごしたい――。
視線を絡め合い、肌を触れ合わせていたい――。
そんな欲求が当然ながら瑛斗の感情の大部分を占領している。
だが、ずっと――できうることならば一生をかけて、この人を守る。そう誓い、明言したのは瑛斗自身なのだ。
だから、煩わしいことを先生に考えさせてはならない。そんな風に瑛斗はひとり密かに心に決めていたのだった。
出がけに玄関のドアの内側で見つめ合い、触れるだけのキスをした。このドアを出たら「教師と生徒」に戻らなければならない。その前にどちらからともなく唇を寄せていた。
先生が自分と同じ気持ちでいるのだと実感できて、言葉にしがたい喜びが瑛斗の心の中にじんわりと広がった。
「また来ていい?」
顔を覗き込んで尋ねると、先生はキラキラと光る瞳で見つめ返しながら小さく頷き、瑛斗の唇についた口紅を指で拭った。
学校に着くまでの間、瑛斗の脳裏には夕べの光景が次々と蘇っては消えていった。電車の中で何度も口元が緩んでしまい、そのたびに手で隠して下を向かなければならなかった。
教室で席に座るなり、河村に「その顔はいいことあったな」と肩を小突かれた。自分の顔を両手でこすると、河村は瑛斗の頭を犬のようにくんくんと嗅いで「いい匂いがするし」とニヤニヤしながら自分の席に戻っていった。
英語の授業は散々だった。内容なんてまったく頭に入ってこなかったし、それどころか教壇に立つ人の濃く長いまつ毛に縁取られた大きな瞳、瞳の大きさに釣り合う印象的な高い鼻梁、程よい厚みで魅惑的な唇、襟元から覗く白い首筋、黒板を指す細い指、そして淡々としながらよく響く明瞭な声……何もかもが夕べの甘いひとときを連想させた。
視線はしっかりと教壇を見ていたはずなのに、頬杖をついてぼんやりしていたのだろう。不意に頭に鈍い衝撃が走った。
はっと我に返ると、周囲の席の生徒がこちらを見ながらクスクスと笑っている。頭を押さえて床を見ると、足元に自分のものではない消しゴムが転がっている。
「瑛斗っ、しゅーちゃんが睨んでるぞっ!」
斜め後ろの席から河村が内緒話の声で注意する。その周りから「さすが野球部」とか「150キロぐらい出てた」とかこそこそと話すのが聞こえてきた。
ぎょっとして前を見た。
訝しげに眉を寄せていた先生は、気を取り直したように見慣れた微笑をすっと浮かべると、瑛斗と河村、私語をした生徒に追加の宿題を言い渡してから、教科書に視線を戻して呪文のような英文を読み上げた。
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