先生、わがまま聞いて

香桐れん

文字の大きさ
38 / 43
<十三> それでも春がくる

36 秋から冬へ

しおりを挟む
 
 
 
 
     36 秋から冬へ
 
 新学期に授業が再開すると長距離通学がますますきつくなったが、復帰した野球部での活動はどうにか怪我なく乗り切り、他の三年生とともに引退の日を迎えることができた。
 引退セレモニーの日、三年生チームと一、二年生混合チームが対戦した対抗試合では、与えられた二打席でそれぞれ得点に絡む二塁打と勝ち越しの犠牲フライを決め、大勢の保護者や関係者が観戦していた中で見せ場を作ることができた。
 数ヶ月のブランクは瑛斗にとって予想以上に大きかったが、懸命に努力をすれば報われることもあるのだと実感しながら、瑛斗は仲間と肩を叩き合った。
 試合後の引退式では、主将の市原が「一度壊れたものを取り戻すのは大変だけど、お前たちなら絶対できるから、俺たちの分も頑張ってほしい」と全部員の前で涙ながらにスピーチした。これまで勝っても負けても泣いたことのなかった市原の思いがけない涙に、瑛斗も他の部員たちも全員がもらい泣きした。
 
 部活を引退した後には空虚な毎日が再び訪れるのではないかと憂鬱な気持ちになっていたが、思いがけず良い出来事もあった。
 対抗試合を内密に視察していた某大学野球部のスカウトの目に留まり、スポーツ推薦を受けられることになったのだ。
 瑛斗は最低限の受験勉強を継続しつつ、卒業後も野球を続けることが決まっている他の三年生たちと、グラウンドの片隅で練習を継続できることになった。
 バットを握り、白球を投げることで、萎えかけていた生気を取り戻せるような気がした。
「やっぱ野球できるの最高」と既に大学進学が決まっている河村が活き活きとバットを振る横で、瑛斗は大きく頷き、汗を拭った。
 
 秋が深まる頃ともなると、いなくなった人たちの話題はすっかり聞こえなくなっていた。
 そんな中、とある日の教室移動中にふと「三田先生が」と聞こえてきた。
 河村やクラスメイトと話をしながら歩いていた瑛斗は無意識のうちに聞き耳を立てていた。前を歩く別のクラスの男子生徒が、誰かがどこかのオープンキャンパスで見かけたらしい、というようなことを会話しつつ彼らの教室に消えていった。気がつけば河村も無表情で黙り込んでいたから、彼らの話が聞こえたのだろう。
 真相を知りたいという欲求と、相反する感情が瑛斗の中で葛藤した。
 佐上に訊けば知っているかもしれないととっさに思ったが、自分が知らないことを佐上は知っているかもしれないという事実を受け入れられるほどの強さは持っていなかった。
 そもそも、知ったところでどうにもならないのだ。
 懸命に自分の今の立場を思い返し、そう自分に言い聞かせた。
 
 十二月には推薦試験を終え、正式に大学進学が決まった。
 大学は高校よりもさらに家から遠かったため、独り暮らしをすることにした。
 部屋を探して家財道具の準備をしたり、その合間に練習の質を高めて継続したりするうちに、冬が来て、年を越し、春が訪れようとしていた。
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

親愛なる後輩くん

さとう涼
恋愛
「神崎部長は、僕と結城さんがつき合っているのを知りながら彼女に手を出したんですよ」 雨宮一紗(33歳)。離婚して3年。 同じ会社に勤める元夫・神崎敦朗と復縁したくて、ある日食事に誘ったら、神崎から恋人がいると知らされる。相手は20代の部下・結城史奈だという。 さらに神崎のもうひとりの部下である蓮見閑《しずか》から、彼女(結城)を神崎に略奪されたと聞かされてしまい、大きなショックを受ける……。

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

処理中です...