先生、わがまま聞いて

香桐れん

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<十四> 一年後

38 新たな夏

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     38 新たな夏
 
 高校の卒業式から数ヶ月が経過した。
 
 大学一年生として迎えた夏は、例年よりもぐっと暑さが厳しく感じられた。
 入学と同時に入部した野球部には、高校時代とは異なる、より高みを目指す厳しさがあったが、野球をやれるという喜びに勝るものはなく、毎日を楽しく過ごすことができていた。
 高校時代の元四番とか元主将とかいう肩書きは何も役に立たなかったから、瑛斗は毎日懸命に練習に取り組んだ。
 その結果、努力が実を結んだと言えるのだろうか、夏のオープン戦からは主力であるAチームに所属することができた。
 高校野球のように炎天下で無理をする方針は採られていなかったし、日々の練習も日常生活に影響が出るほどの過酷さはなかったが、真夏の日中に行われる試合が厳しいことには変わりがない。
 それでも、平日の非公式試合にもかかわらず多くの観客がスタンドを埋めるのを見ると、瑛斗は心が躍るのを感じずにはいられなかった。
 
 大学の夏季休暇中に組まれたオープン戦は多い時には週に五日ほど行われ、そのうち週に一度のペースで瑛斗は先発メンバーに起用された。その他は代走や守備固めとしての短い時間の出場で、試合間隔が開くこともあって打席では毎回満足な結果を残せるわけではなかった。
 それでも腐ることなく毎日先輩たちよりも長く練習して、次の試合に臨んできた。
 
 八月の後半、瑛斗の誕生日に、河村の入学した大学との試合が組まれていた。
 前日までと同様に、目が開けていられないほどに日差しの強い日だった。一塁側の自陣のダッグアウトからグラウンドの方を見ると、晴れ渡った青い空の下で外野スタンドの芝生が熱気で揺らめいて見えた。
 この日、瑛斗は八番打者として先発出場した。
 同じくAチームに食い込んでベンチ入りメンバーに入った河村が、試合前に三塁側のダッグアウト前から両腕を振り、互いの先輩も観客も大勢いるのに「エイトー、ハピバー!」と大声を上げた。三塁側の面々は目を丸くして河村を見たし、内野スタンドの観客からはクスクスと笑う声が聞こえてきた。
 瑛斗は自分の先輩たちに「お前誕生日なの? 早く言えよ」と小突かれたり、「ホームラン打てたらなんでも買ってやるよ」とからかわれたりした。
 
 炎天下の試合は1対0の投手戦となり、序盤で先制した相手チームがリードを保ったままビハインドで九回裏を迎えた。
 先頭打者が相手投手の失投をうまく拾ってシングルヒットを打ち、暑さに体力を奪われていた球場中の人々がにわかに盛り上がった。
 次は瑛斗の打順だった。
 これまでの試合では、瑛斗は先発の時でも試合途中に代打を出されることばかりだったから、試合終盤の大事な場面で打席が回ってくるのは大学に入って初めてだった。
 打席に立つと脚が震えた。全身にかいていたはずの汗が一気に引いた。
 ベンチからのサインは「打て」。最初の2球を空振りし、スタンドから溜め息が漏れたのが聞こえた。次の2球はボール球を見送り、5球目からはファウルでついていく。背後の先輩たちが「いいぞ!」とか「粘れ粘れ!」とか大声を上げている。スタンドからも「エイトー!」と聞こえた。スタンドの一角を陣取った応援団やチアリーディング部が観客に声援を促している。
 フルカウントからもしつこくファウルで粘るうちに、次第にそれらの歓声が聞こえなくなり……。
 
 その時、芯で捉えた手応えがあった。
 金属バットとは異なる重い衝撃を両手に感じながら、打球の行方を見つつ一塁キャンバスを踏んで駆け抜ける。
 スタンド全体から悲鳴のような歓声が沸き起こり、自分の打った白いボールがセンター後方のフェンスを越え、芝生の上に落下して転がった。
 瑛斗はほとんど夢心地でダイヤモンドを一周し、先に生還した走者に続けて白いホームベースをしっかりと踏み込んだ。
 その瞬間、ダッグアウトから飛び出してきていた先輩たちにペットボトルの水をあちこちからかけられた。
 
 
 
 
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