果ての世界の魔双録 ~語り手の少女が紡ぐは、最終末世界へと至る物語~

ニシヒデ

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二章 贖罪を求める少女と十二の担い手たち~霊魔大祭編~

消えた人類

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 「少し見ていくか」と、クロエは俺に対して声を掛けながら、目の前に見える建物の一つへと入っていく。

 中はぼんやりと薄暗く、天井から吊るされた、照明器具の灯りが切れかけているようで、パチパチと音を立てながら、幾度も点灯を繰り返していた。

 甘ったるい匂いを放つ煙草の煙が、室内のあらゆる場所に充満している。傷んだ壁には、黄ばんだ汚れが深く染み込んでおり、天井付近の一部が腐りかけてしまっていた。

 床に落ちたまま放置されていたのは、大量の潰れた短い葉巻。吸い終えた客が、そのまま残していったのだろう。床の所々に黒ずんだ焼け跡のようなものが浮き出ている。

 店の奥には小太りの男が一人おり、机の前に座りながら、何やら書類整理でもしているようだった。

 「・・・・・・おや、客ですかい?」

 物音に反応して顔を上げた店の男は、淀んだ焦点の合わない両目で、中に入ってきた俺たちの姿を確認する。

 あからさまに歓迎はしてないようであり、男は置いてあった葉巻の先端に火をつけると、客である俺たちの事などお構い無しに、その吸い口部分から発せられる煙を味わい始めた。

 口元から吐かれた白い煙が宙へと浮かび上がり、室内に流れる雲のように、様々な形を描き出す。

 先ほどから失礼な態度を取り続けている店の男に対して、クロエは文句も言わずにゆっくりと近づいていき、その目の前の机に積まれていた、紙の山へと視線を向けた。

 その真下には隠されるようにして、卓上の黒い算盤型の機械が設置されており、誰も触れていないにも拘わらず、大量に嵌め込まれた珠が、上下に向かって高速で移動を続けていた。

 「おい貴様。この場所で管理されている、閉鎖世界の一つを見学していきたいのだが・・・・・・構わないな?」
 「へえ、問題ありません。――――このリストにあるものの中から、どれでもお好きなものを選んでくだせえ」

 クロエの言葉に反応した店の男は、机の上に積まれていた書類の中から、何枚かを見繕って、それを俺たちの前に向けて差し出してくる。

 その全てに軽く目を通し終えたクロエは、「これはひどいな・・・・・・」と、半ば呆れた様子で呟きながら、中にあった一枚を吟味してから抜き取って、のんびりと葉巻をふかしながら待っていた、目の前の男に対して突き返した。

 「これを頼む。――――料金の方はいくらだ?」
 「二人分で魔法金貨六枚でさあ。――――しかしあんたらも物好きですねえ。今更こんな絞りカスみたいな世界に、金を払ってまで覗きに行こうとするなんて、ね・・・・・・クククッ」

 とても商売人とは思えない、下品な口振りで答えを返しながら、男は書類の真下に埋もれていた、算盤型の機械の上に自らの片手を乗せる。

 するとそれまで自動で上下に動いていたはずの、機械に嵌め込まれていた大量の珠が、一斉にとある位置でピタリと、その動きを完全に停止させた。

 「そこに見えてる扉が、今回の目的となる世界に繋がる直通ゲートでさあ。――――じゃ、あとは好き勝手にしておくんなせえ」

 投げやりな態度で男が示すその先には、木製の汚れた扉がひとつあるだけ。

 俺が通行料を支払うと同時に受け取った、小さな呼び鈴を鳴らすことで、これから向かう異世界のどの場所にいても、帰還するために必要となる転移の扉ゲートが、自動で出現するらしい。

 “リセの機嫌を直すための、プレゼントを選びに来た”――――という、当初の目的からは、かなり逸脱してしまっているが・・・・・・それでも単純に、俺は沸き上がる自らの好奇心を、内心抑えきれずにいた。

 「学べ小僧。今のお前が見て聞いて、そして得た経験の全てが、後にきっと、役立つ日が来るはずだ」

 クロエは真横にいた俺に対して、後を付いてくるように促しながら、開ききった転移の扉ゲートの向こう側へと、真っ直ぐに歩いて進んでいく。

 魔法世界を例外とすれば、俺にとってはアブネクトに続いて二度目となる、異世界へ向けての出発だ。

 微かな高揚感を頭の中で実感しながら、俺はクロエの後に続いて、正面に佇む転移の扉ゲートの先に足を踏み入れる。

 中を通過する際にお馴染みとなった、眩しさを感じない、明るい光の洪水に包まれながら、俺たち二人が辿り着いた場所。
 そこには俺にとっては馴染みのある、高いビル群に四方を囲まれた、都会の街の光景そのものが広がっていた。

 「これは・・・・・・地球にある光景と、ほとんど似たようなものじゃないか」
 「そう判断するには、少しばかり早すぎるんじゃないか、小僧?――――周りの景色に自分の目を凝らして、しっかりと意識をしながら観察してみろ。
 何かこの世界特有の変わったものが、分かりやすい視覚的な情報として見えてくる筈だ」

 クロエから受けた指摘通りに、俺は目の前に広がる異世界の街の光景へと、改めて自分の意識を向け直す。

 まずは街にある建造物――――見上げるほどの高さがあるビルや建物。それらは正直言ってしまえば、日本の都市部に存在するものと大して変わらない。
 
 いや、まったく同じものであると、そう断言できてしまうだろう。

 次にそれらの建造物の真下に広がる、舗装された街の通り道――――ご丁寧に白いラインで、中央に車線のようなものまで引かれている。
 
 コンクリートのような材質の固さのある地面は、もはや道路としての役割を果たすには、充分過ぎる程の機能を有していた。

 しかしそれ以外のものに注視しながら目を向けて見れば――――ポツポツと少しずつではあるが、この場所が異世界であると判断できる、その材料が浮き彫りとなってきた。

 まずは文字。別に優れた語学力がある訳ではないのだが、俺は直感的に頭の中で理解する。
 
 試しにクロエから事前に教わっていた、異世界の文字を読み解くことが可能となる、翻訳魔法を使用してみたのだが・・・・・・どうやら正解だったらしい。

 ――――“第八 人類居住都市 コリベア”

 巨大なスクリーンに、大きく映し出されていた文字の意味。俺たちが今いるこの街の名前は、コリベアという異世界の都市であるようだ。

 続いて俺が違和感を覚えたのは、道路の脇に植えられていた、街路樹に関してだ。

 鮮やかな色をした、緑の葉を茂らせた木々。それ自体には特に、問題があるというわけではない。しかし――――、

 (何だ?・・・・・・何かがおかしい)

 目の前の光景に不思議な違和感を覚えた俺は、それらの実物を実際に手で触って確認してみる。

 見た目の割には抵抗の少ない、なだらかな質感をしており、まるで人工物の模型に、触れているかのような感触だった。

 「まさか・・・・・・ここにあるもの全てが、作り物だっていうのか?」

 街の一角――――どころの話ではない。それこそ俺の視界に入り込む全ての緑が、見た目だけ本物そっくりに作られた、ハリボテのものだったのだ。

 例え街の景観を向上させるのが目的だとしても・・・・・・これほどの規模でのものとなれば、それに必要となるコストの量も、決して馬鹿にはならないだろう。

 「驚くのはここからだぞ、小僧。――――まずはあの偽物の木々を、根本から支えている茶色い土壌。あれも人の手で作られた、本物そっくりの偽物だ。
 そしてこの街で売られている食料品などの、人間に消費される事を前提として存在するもの全てがな。それと・・・・・・どうした小僧。まだ気付かんのか?」
 「・・・・・・?いったい何のことを言って――――っ!?」

 クロエの放ったその言葉を聞いて、俺はようやく頭の中で理解する。人間に消費される事を前提として存在する、偽物の光景に彩られた異世界の街並み。
 ここに来てからある程度の時間は経っており、普通ならこの街に住んでいる人間の一人や二人、見かけてもおかしくない筈なのだが――――、

 「この街に住んでいた人たちは、いったい何処へ消えてしまったんだ?」

 都市を構成するために必要不可欠な、人類という最も重要なパーツの一部が、この世界から跡形もなく消失してしまっていたのだ。





























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