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第一部 一章、旅の始まり
5、新たな暮らしの始まり
しおりを挟むリーゼとローレン、俺を含めた三人の生活が始まった。
この森の家に住む、住人たちの朝は早い。
元いた世界の時間帯で表すなら、早朝の五時台くらいだろうか。
毎朝リーゼによって起こされ、俺が食卓のある部屋にまで赴くと、既に白い湯気の立った朝食が二人分きっちり用意されている。
ローレンはいつも一足先に、自らの食事を済ませて出掛けていた。
話を聞くと、どうやら仕事があるらしい。
レーゲスタニアという国にある地域の一つ、ベルリナ。
北にある王都からはかなり距離が離れており、隣国との国境間際に存在しているド田舎である。
ローレンに与えられた仕事とは、そのド田舎であるベルリナ都市部近郊の魔物討伐だ。
街に拠点を置いている冒険者たちと連携し、彼らの手が回らない範囲を、ローレン自らが担当している。
付近に現れる魔物のランクは、どれもこれも低ランクの小物ばかりだ。
数自体も少ない上に、下手をすれば野生の動物たちの方が、余程脅威になると言う。
しかしそんな現状であっても、年老いた老魔術師であるローレンの手が、どうしても必要になってくるらしい。
まぁこんな何もない糞田舎じゃ、冒険者たちにとっても大した稼ぎにはならないだろう。納得である。彼らの成すべき仕事は魔物の討伐任務だけではない。
通りで人手不足に陥るわけだよ。
その他にも各所に点在している農業施設の見回りや、行商の馬車の護衛を任されるなど大忙し。
ローレンの稼いだ金で俺とリーゼの二人は何不自由なく生活できており、毎日旨い飯が食えている。ありがたいことだ。
週に三日は仕事が休みであり、休日の日は朝から一日中部屋に籠って本を書くのが、ローレンの送る生活スタイルである。
家の地下に保管してある本の中にも、ローレン自身が自らの手で執筆したものが、いくつか混じっているらしい。
『ベルリナ街道地図』とか、『ベルリナ魔物分布図』だとか……とにかくベルリナという地域に関係したものばかり。
一体誰が読むのかね?そんなもの。
まぁ、今のローレンに関して分かっていることは、大体こんなものだろう。
そして家主のローレンが仕事で不在の間、家の留守を任されていた、俺とリーゼの二人はというと――、
「この二つは、見た目がとてもよく似ているから間違えやすい。
こいつに線を一本足すだけで、全然言葉の意味が違ってくる。
しっかり覚えておくように」
「……うん、大丈夫。ちゃんと覚えた」
「そいつは結構。
で、今度はこっちの文字に関してなんだが――」
今俺は目の前にいるリーゼに対して、文字の読み書きを教えている。
物覚えが早いリーゼは全く手がかからない。言われたことを素直に吸収していき、自らの知識の一部として身に付けていく。
この調子ならあと二年ほどあれば、今の俺と同レベルの段階にまで成長することだろう。
「じゃあ試しに、俺が書いた簡単な文章を自分で読んでみるか。
ちょっと待ってろよ……」
「うん」
俺は適当な文字を紙の上に書きながら、この二週間で分かったことについて考えいた。
まずはこの転生体に関して。
ローレンの調べでは盗賊たちの襲撃現場に、俺の身元を示すような物はどこにも残されていなかったらしい。
当然といえば当然か。
何となく予想してはいたので、そのことについて大した驚きや落胆はない。
今のところ衣食住については、完全に保証されているわけだしな。
当面の間はそういった事に関して、俺自身が余計な心配をする必要はないだろう。
次に、俺の身体に起きた異常に関して。
これについては……あまりよくない事実が判明したのだ。
まず魔法を使うためには魔力がいる。
これ常識。誰でも知ってること。ここまでは良い。
その魔力には、必要量と呼ばれているものがある。
使用する魔法の威力が上がれば上がる程、術者に要求される魔力量も比例して増加していくという……そんな感じの分かりやすいやつだ。
初級魔法の魔力必要量を一とすれば、中級魔法は二十、上級魔法はおよそ百近くという数字になる。
なんだよこの設定?無茶苦茶じゃん!と、俺も最初は思っていたのだが、師匠曰く「別に、普通のことですよ?」――らしい。
で、何故か俺が一度に使用することのできる魔力量が、一から十の数字の間に制限されていたのだ。
――冗談みたいな話だろう?
初級魔法しか使えない魔術師なんて、もはや魔術師とは呼べない。
まさか中級魔法の一発すら撃てないとはね……どんな縛りプレイだよ!
無理に中級以上の魔法を使おうとすれば、俺の脳内へと強烈な危険信号が発せられる。
最悪死ぬかもしれないし、そのようなリスクを自分からわざわざ冒す気にはなれない。
これは早急に、何か対策を考えなければならないな。
複合魔法と呼ばれている特別な技術を用いれば、一時的に高威力の魔法を扱うことが出来るが、それでも中級程度が限界である。
(ほんと、マジでどうしよう……?)
これから先、未知の強敵に遭遇したとして。その時点で確実に俺は詰みだ。どうしようもない。
だからこそそれに対抗できる強力な手段を、今の内にしっかりと揃えておく必要がある。
相変わらず師匠の助けも来ないしね。もう自分で何とかしていくしかないのだろう。
にしても今頃、俺の師匠は一体全体何処にいるんだろうか?
こんなことになるのなら、もっと例の転生魔法とやらに関して師匠から詳しく話を聞いておくべきだったな。
簡単な一文を紙の上に書き終えた俺は、それを隣にいるリーゼに手渡しながら大きなため息をつく。
きっと何か、想定外の事態が起きたのだ。
一年後という期日を大幅に超えた、俺に対する転生魔法の使用。
そもそも一歩間違えていれば、俺は転生初日に死ぬところだった。
今は少しでも情報が欲しい。近い内にローレンにお願いして、一緒に近くの街にまで出掛けてみるとするか。
――ツンツン。
「――っ!早いな!もう終わったのか?」
「うん」
と、俺の脇腹をリーゼが小刻みに突ついてきた。
小動物のような見た目をした彼女の無自覚な仕草によって、俺は時折ドキリとさせられてしまう事がある。
幼少期の頃でこれなのだ。将来が末恐ろしい。
俺は基本的にグラマーな女性がタイプだが、リーゼを見ていると何か違う方向へ目覚めてしまいそうになる。
一応言っておくけどね……決してロリコンではないよ?
「それにしても大したもんだ。
リーゼは勉強が得意なんだな」
「――違う。エドワーズの教え方が上手いだけ。
だから私でも簡単に覚えることが出来ている」
嬉しいことを言ってくれるぜ。
リーゼの手元に置いてある紙束には、様々な家具や動物などのイラストが、俺自身の手によって描かれている。
元々の名称を本人が正しく理解していれば、その真上に書いてある文字を読むことも容易い筈。
俺の目論み通り、リーゼはそれを上手く照らし合わせて、文章を読み終えることが出来たらしい。
それにしても本当に賢い子だな。普通、リーゼのような年齢の子供であれば、事前に説明していたとしてもここまで出来ない。
天才かよ、この子。
「よし!じゃあ、聞いているから、一度声に出して読んでみてくれ」
「うん、分かった。読んでみる。
――キョ……ニュウ……ダイスキ」
「……は?」
聞き間違えだろうか?何かとんでもない言葉が聞こえたような気がする。
「あのですね……リーゼさん。
申し訳ないのですが、もう一度だけ声に出して読んで貰ってもよろしいでしょうか?」
「……?分かった。じゃあもう一度読む。
――キョニュウダイスキ」
やっぱり、聞き間違えじゃなかったか!
「ちょ、ちょっと貸して!」
俺は慌てて、リーゼが持っていた紙を奪い取る。
するとそこには、
『キョニュウダイスキ』。
そのように一言一句間違いなく、はっきりと書かれていたのだった。
「――なんてこったい」
どうやら俺は無意識の内に、自らの性癖を紙に書いてしまったらしい。
まさかここまで、俺の性的欲求が溜まっていたとね。
正直なところ、穴があったら入りたい気分だ。恥ずかしい。
「エドワーズは……キョニュウが好きなの?」
「大好きであります!」
無邪気なリーゼの問い掛けに即答した俺は、自室の一角を占拠していた、本の山へと視線を移す。
俺が地下室から持ち運んできた大量の蔵書。確かあの中には歴史書のような物も、何冊か混ざっていたような気がするな。
午後からはそっち方面を中心としながら、色々と調べ物をしてみるのも良いかもしれない。どうせ時間は有り余っているのだ。丁度よい暇潰し程度にはなるだろう。
ちなみにその日、リーゼが俺のために用意してくれた昼飯は、蒸し焼きにされた謎の鳥類の胸部だった。
*****
昼食後。自室にまで戻ってきた俺は、午後からの作業に取り掛かり始めた。
大量に積み上げられている本の山から、必要なものだけを選び抜いて仕分けていく。
その内容は以下の三冊となる。
『ロック・ミリアムの冒険録』
『魔族の領域~死の峡谷の底に眠る伝説と秘宝~』
『聖痕を巡る、大陸の歴史』
まずはロック・ミリアムの冒険録。自伝かな?暇な時にでも読むとしよう。
魔族の領域うんたらかんたら。まぁ、これは後回しでもいいか。
俺は最後に残った一冊を手に取ると、その埃まみれの表紙を見開いて中身を読み始める。
『聖痕を巡る、大陸の歴史』
それは絶対者の証しである。
聖痕がその持ち主に与えるは、決して尽きることのない無限の魔力。
八人の覇者にのみ授けられた特権は、彼等の地位をより一層、盤石なものとした。
聖痕を強制的に得るための手段とは、その所有者を非所有者が直接殺害することである。
神魔暦五百十五年。簒奪者、【深淵の魔術師】の手によって、八つの聖痕の内の一角が奪われた。
――暗黒時代の始まりである。
一年以上続いた厄災は大地を完全に枯渇させ、空を闇の世界で覆い尽くし、人々が生きていくための糧の全てを奪い去った。
当時の【深淵の魔術師】が持つ強大な力の前には、他の聖痕の所有者たちですら、全く敵わなかったと伝えられている。
翌年の神魔暦五百十六年。ある一人の魔術師によって、【深淵の魔術師】は討伐された。
その者に関しての異名はいくつも存在しているが、中でも最も有名なものとして後生に語り継がれている呼び名は、やはり【虹の魔術師】だろう。
僅か一年足らずで、数千万人が命を落とした大厄災。暗黒の時代を終わらせた英雄として、その呼び名を知らない者はいない。
しかしその正体に関しては、依然として謎に包まれたままである。
【虹の魔術師】の正体は、魔族と人族のハーフだったのではないか?という説が今も残されている。
またある一説によると、そもそも【虹の魔術師】とは実在しない架空の人物であるということになっている。
下記に続く――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
――――――――という説も有力であり、今後更に検証していく価値があるだろう。
さて、ここまで様々な説を記してきたが、一つだけ確かな事実が存在している。
それは【虹の魔術師】が「ある特別な魔法を使用することができた」という点である。
エルフ族が記した文献によれば、【虹の魔術師】が扱う魔法は独自の色彩を放つらしい。
通称――【浄化の光】。【虹の魔法】とも呼称する。
『深淵の闇を打ち払うは、全てを屠り得る無双の輝き。その五体には神の奇跡が備わり、変幻自在の武具となるだろう』
――森の民、エダ地方文献より抜粋。
聖痕とは他者よりも突出した力、または支配力や統率力を示した者たちにのみ、与えられると言い伝えられている。
【虹の魔術師】は既に故人であり、現存する聖痕の保有者の内には含まれていない。【深淵の魔術師】が打ち倒されたことにより、解き放たれた最後の聖痕の一角は何処へ消えたのか?
以下、独自の調査結果に基づく、著者本人の個人的な見解を記していくものとする。
――ロマ王国、王立研究所所長、ロバート・モルシブ
応援ありがとうございます!
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