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第一部 一章、旅の始まり
6、ベシュリンの街
しおりを挟む「おいおいおい、マジかよこれ?」
そこに書かれていたものは、俺の想像を遥かに越えていた。
【深淵の魔術師】。過去に殺戮の限りを尽くした、異世界のラスボス的存在。
そしてそれを討伐したとされている、【虹の魔術師】と呼ばれる人物。
ぶっちゃけ言うけど、俺はこの二人に関してよーく知っている。
いや、知っているとか、もうそんなレベルの話ではない。
何故なら、俺はその【虹の魔術師】本人であり、この本に記されている物語の当事者でもあるからだ。
さて、ここで俺自身の昔話を、少しだけするとしようか。
ある悪い魔術師が、自らの手で世界を滅ぼそうと企んでいました。
悪い魔術師はとても強い力を持っており、誰にも止めることは出来ません。で、ここで登場するのが俺ね。
無謀にも、たった一人で【深淵の魔術師】に戦いを挑んだ俺は、見事悪の親玉を打ち倒し、世界は平和になったのでした。めでたしめでたし……。
しかし、現実はそんな単純な話じゃない。
結論から言ってしまえば相討ちである。【深淵の魔術師】が死に際に放った魔法によって、俺は自らの命に関わる強力な呪いを受けたのだ。
――【死の呪い】。
まるで風邪のような症状から始まり、やがては対象者を死に至らしめると言われている病のようなもの。解除することは不可能であり、呪いを受けた者は確実に死ぬ。
厄介な置き土産を貰ったようなものだ。
即死じゃなかっただけ、運が良かったと喜ぶべきだろうか?
そんな経緯で元いた世界に。地球へと強制送還されることになってしまった俺。
師匠の話では、魔力や魔法といった不思議パワーが存在しない世界であれば、解除不能と思われていた呪いですら一時的に効力を失うのでは?……とのこと。
なんつー適当感。今になって考えてみると、どうにも嘘臭い話である。
まぁお陰さまで、俺は今日まで延命することが出来た訳なのだが。
戻った当時は神隠しだなんだと、世間の間では騒がれていたものだ。
それから呪いへの対抗処置として、師匠が考案した俺の転生計画が実行に移された。
解除できない呪いであればすっぱりと諦めて、その身体ごと精神を入れ換えてしまおうというトンデモ計画。うん、実に潔いよね!
しかし、その結果については皆さんご存じの通り。成功とも失敗とも言えない、現状のこの有り様である。
「というか……これ、いつ頃書かれたやつなんだ?」
『聖痕を巡る、大陸の歴史』――本の保存状態に関しては良かったが、かなり古い。恐らく、ここ数年以内に書かれたものではない筈だ。
なんだか嫌な予感がしてくる。俺は煤けた本のページを一旦閉じると、今度は反対側にひっくり返して巻末の部分を確認してみた。
――神魔暦五百八十三年、発行。
ご丁寧にしっかりと書いてある。ほうほう、神魔暦五百八十三年ね。
つまり、この本は【深淵の魔術師】が討伐されてから、約六十年後に書かれたもの……ということになる。
それを理解した次の瞬間、俺は自分の部屋を飛び出していた。
真っ先に地下室へ入るための扉を開いて、その真下に続く階段を駆け降りる。
部屋へ入るなり、俺は棚に並べてあった魔導書を手当たり次第に手に取ると、先ほどと同様にそれが発行された年月を確認してみた。
「神魔暦五百六十三年、五百五十六年。それにこっちは……五百九十一年のものだって!?」
夢なら覚めて欲しかった。
自分が目にしているものが信じられない。だってそうだろう?こんな馬鹿げた話があるわけない。
地球から異世界へと転生してきたら、まさか数十年以上も時が経っていたなんて。
いや、ちょっと待てよ。何でそんな簡単に決めつけられる?
実際には……つまり、今の俺がいるこの時間軸。本当はいったい何年後の異世界なんだ?
ガチャリと、天井の方から扉を開く音が聞こえてきた。この家の家主であるローレンが、朝方から出掛けていた付近の見回りの仕事から戻ってきたのだ。
散乱した周囲の状況をそのままにして、俺はローレンのことを出迎えに向かう。大慌てで玄関先に現れた俺の姿を見て、リーゼとローレンの二人は驚いた表情をしながら、揃って両方の目をパチクリしていた。
「おお、エドワーズか。
どうしたんじゃ?そんなに慌てて」
「………?」
どうしよう。聞くのが怖くなってきたな。しかし、今の俺にはどうしても確かめておかねばならない真実がある。
「ローレンさん!
そのぉ……い、今って……一体何年なんですか?」
我ながら、間抜けな質問すぎて笑えてくるね。
かの有名な昔話に登場している浦島太郎も、きっと今の俺と同じような心境だったに違いない。
「ふーむ?はて、どうじゃったかな?
何せここ数年は、特に気にしたこともなかったからのう」
「おじいちゃん。この前、大きな街でお祭りの準備を手伝ってきたって、話してた」
呑気な様子のローレンに対して、リーゼが湯気の立った温かなタオルを差し出しながら、真横から口を開いて助け舟を出してくれる。
「ムッ?お?……おおっ!そうじゃった、そうじゃった!
――そうか。そういえばあと一月後には、今年の農業祭を執り行う季節じゃったのお」
どうやら、ローレンは何かを思い出してくれたらしい。
マントの下に隠れていた皮製のポーチを開くと、中から薄くて小さな木板のような物を一つ取り出して見せてきた。
「農業祭とはな。毎年決まった時期に執り行われている豊作祈願の行事じゃ。
その年に収穫されるであろう作物の無事を祈って、神様が祀られている祭壇に供え物をする。
――この札にはな。祭りが行われる予定の日取りと、その年の年数が刻まれておるのじゃよ」
なるほど。つまり木板で作られたこの札の上に、俺が知りたかった情報がそのまんま彫ってあるわけね。
偽造防止のためなのだろうか?受け取った札の表面には、でかでかと赤い印のようなものが押してある。
『農業祭通行証』
神魔暦七百十九年。
緑月、三ト四日ノミ有効トスル。
――以上。
(神魔暦七百十九年だって?ハハッ、嘘だろう?)
最悪の予想が当たってしまった。
【深淵の魔術師】が討伐されてから、約二百年後となる異世界の地。
人生を二回はやり直せる歳月だ。全くもってふざけている。だって二百年だよ、二百年!いくらなんでもあり得ないっしょ!
「これは夢か?そうだ!きっと夢に違いない!
――ウッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャー!?」
「……おじいちゃん。エドワーズがおかしくなっちゃった」
「ほれ、エドワーズ。こんなところで騒いでないで、とっとと三人で食事にするぞ。ワシはもう腹ペコなんじゃ」
ローレンとリーゼの二人に引きずられるようにして、俺は玄関先の扉の前から、台所がある奥の部屋にまで連行される。
師匠、どうやら今の俺は、とんでもない事態に巻き込まれてしまっているみたいです。
*****
三日後。俺とリーゼの二人は、ローレンに連れられて森の近くにある小さな街を訪れていた。
買い出しへ出掛けるというローレンに対して、俺が同行の許しを求めたら、あっさりと許可が下りたのだ。
薄暗い森の中を抜けてから、歩いて約一時間ほどの距離。俺たち三人は、目的地であるベシュリンの街に到着する。
人口はおよそ四百人ほど。
特に珍しくも何ともない普通の街だ。名物と呼べるような特産品もない。
あるのは際限なく広がる田畑と自然の海。つまり田舎ということだ。
検問所で簡単なチェックを受けてから、問題なしと判断され、外壁の内側に通された。
ゴツゴツと削れている石畳、赤茶色の屋根をした四角い家々、迷路のように入り乱れている細い路地裏。
通りは思いのほか、結構な人の数で賑わっている。
勿論、その中には俺の期待通りに、若い姉ちゃんたちの姿もチラホラと。
露出度の高い、コスプレみたいな服装をしている女性もいる。
あれがこの辺りの標準装備であると言うのだから、異世界パネェ。意図せず視線が釘付けになってしまう。
ていうか、あの店の前に立っている女の人。あれ俺好みで、むっちゃ胸がでかくない?
まるで巨大な二つのメロンだ。ブルンブルンと揺れ動いている。
あんなもの「見てちょうだい!見てちょうだい!」と、周りに対して言っているようなものだ。おっぱいはしゃべる。これ、俺の哲学ね。
「フゲッ!」
唐突に、何故か俺は隣を歩いていたリーゼに服の袖口を強く引っ張られた。
それによって俺自身の身体のバランスが崩れて、危うく転びかけてしまいそうになる。
「ちょっ!いったい何事!?」
「よそ見をしていると迷子になっちゃうから。……気をつけて」
少しムッとした表情をしているリーゼ。
やべえ可愛い。もしかして俺に妬いてくれたりしちゃってる?
そうだったら嬉しいが、正直リーゼの考えていることはよく分からない。
特に最近の彼女が俺に接する時の態度なんか、歳の近い兄弟に対するそれと同じものだしね。
(それにしてもだ。聞かされていたより、随分と大きな街に見えるよなー)
街に住んでいる人間だけじゃない。冒険者、短期滞在の商人、その他の目的で訪れている者もいるだろう。
都市部から離れた街であっても、これ程の人の数だ。
確かにリーゼの言う通り、よそ見をしていると迷子になってしまうかも。
「ごめんごめん。
色々と珍しいものがあったから。気になっちゃって」
「ん。エドワーズは賢いのに、結構お間抜けさんだから。わたし心配」
「二人とも、ワシの傍から離れないようにするんじゃぞ?
これだけの人の数じゃ。もしもはぐれてしまったら、丸一日中掛けて探し出す羽目になる」
うへえ。そいつは勘弁してもらいたいな。
それから俺たち三人は、ローレンの知り合いがいるという店を目指して、道行く人々の波を奥へ奥へと突き進んでいく。
途中、通りで興味深い店をいくつか見かけたが、俺は特に足を止めることもなく、そのまま諦めることにした。
しかし、二百年以上も時が経っているというのに、こうした街並みの景色なんかは昔とあまり変わりないんだな。
師匠と一緒にいた頃の記憶を思い出して、なんだか懐かしい気持ちになってくるよ。
おっ!特にあそこにいる若い女の人。師匠と同じく、素晴らしいダイナマイトボディをお持ちのようだ。
あのように胸元が大胆に開けた格好をしているのは、もしかしてこの辺りの風習だったりするのだろうか?
「ウヘ、ウヘヘヘヘ……グエッ!」
「よそ見をしない」
俺はまたしてもリーゼに怒られ、今度は自らの首元の部分を思いっきり引っ掴まれた。
リーゼさん、ごめんなさい。本当に悪気はないのよ。
だって俺、心だけは思春期真っ盛りの男の子なんだからさ!
そんな感じで歩き続けること数分後。俺たちは一軒の派手な外観をした、建物の目の前で足を止めた。
『蜜蜂の酒場』――表に出されている看板には、そう書いてある。もしかしてここが目的地?
「到着じゃ。――では、中に入るとしよう」
ローレンは真後ろに立っていた俺とリーゼの二人に対して声を掛けると、店の入り口にある扉を開いて先に中へと入っていく。
どうやらこの場所が、ローレンの知り合いがいるという店で合っているらしい。
昼間の時間帯でもそれなりに客が入っているのか、複数人の賑やかな話し声が外まで聞こえてくる。
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