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第一部 一章、旅の始まり

7、蜜蜂の酒場

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 店内に入ると、暖かな風と人々の熱気が俺を包み込んだ。
 強烈な酒の匂い。いかにも酒場といった感じがする。
 

 席は全て埋まっており、わざわざ立ち飲みをしている輩まで出てきていた。
 そんな連中が大勢いるテーブルとテーブルの間を、若い女の子の給仕が忙しそうに動き回っている。



 (なるほど……どおりで繁盛しているわけだ)



 給仕をしている女の子たちは全員、絶対領域ギリギリのミニスカ姿だった。
 しかも美人さん揃いときている。これで客が入らない方がおかしいだろう。


 ローレンは店の奥の方にいた。
 背の高い筋骨隆々の男と、何やら話をしている。
 どうやら彼が、ローレンの言っていた知り合いの人物らしい。

 
 丸太のように太く逞しい両の腕。
 全身を覆う鎧のような筋肉。まるで野生のゴリラみたいな体格だ。
 見ているだけで、こっちまで暑苦しくなってくる。



 「リーゼじゃないか!よく来たな。
 で、そっちにいる坊主はもしかして……」

 「エドワーズです。初めまして」



 俺が軽く自己紹介を済ませると、筋肉男はニカッと白い歯を覗かせながら、大きく笑みを浮かべた。


 
 「ハッハッハ!話しに聞いていた通り、えらく行儀のいい坊主だな。
 ――俺の名前はラッセル・ユノバー。この酒場の店主をやっている」



 その名前には聞き覚えがある。
 ラッセル……確か前に、リーゼが大量の肉料理を朝早くから用意していた時に、聞かされた名前だったよな。
 

 なるほど。
 これは確かに、朝からたくさん食いそうな見た目をしている。
 俺はこんな筋肉マッチョと、同じ扱いを受けていたというのか。どうにも解せない。



 「ラッセル、子供たちに何か飲み物を用意してやってくれ。
 ワシにはいつものものを一つ。昼食もここで食べていく。それから十日分の――」

 「……荷物だろ?それなら昨日の夜の内に、うちのエルメダがしっかりと確認していたぜ。
 で?そこにいる二人の分の飲み物だったよな?
 ――分かった、すぐに用意してきてやる」
 

 
 ローレンの注文に頷いたラッセルは、すぐ背後にあった扉の向こう側へと消えていく。


 そして待つこと、ほんの十数秒後。



 「ほいよ!爺さんの酒と、坊主たちの分の飲み物だ。
中身はプゼルの実を磨り潰したものが入ってる」

 「ん。ありがとう、ラッセルおじさん」
 
 「あっ、どうも」



 ラッセルが運んできた木製のジョッキを、俺とリーゼの二人はそれぞれお礼を告げながら受け取った。
 

 内側は赤黒い液体で一杯に満たされており、果実独特の甘酸っぱい香りが漂ってくる。
 リーゼはそれを全く躊躇することなく、自身のか細い喉を小さく動かしながら、チビチビと飲みだし始めた。


 俺もそんなリーゼに習って、ジョッキに注がれていた赤黒い液体を口の中に含んでみる。すると、



 「――っ!?うおぉ……なんだこれ?」



 驚くほどの濃厚な甘さが、口の中全体に広がっていく。
 とてつもなく美味い。さっぱりとした後味の酸味が癖になりそうだ。
 
 

 「ほぉ……いい飲みっぷりじゃねえか。
 気に入ったぜ、坊主!」
 
 

 ジョッキの中身を一息で飲み干した俺を見て、ラッセルはすぐさま次の分のおかわりを注いでくれた。
 それと同時に店の奥の方から、細身で美しいエプロン姿の女性が現れる。
 

 容姿の見た目は二十代前半くらい。
 胸も大きく、出るところはしっかりと出ている。
 正直言って、かなりタイプの女性だ。



 「三人とも、いらっしゃい!
 ――お料理の方は今準備をしている所だから。もう少しだけ待っててね」
 
 「妻のエルメダだ。
 夫婦共々、そこにいるローレンの爺さんとは、長い付き合いをさせて貰っている」
 


 彼女は既に人妻だった……。
 ですよねー!まぁ薄々?察してはいたんだけどさ。



 「この子が例の、街の外でローレンが拾ってきたっていう男の子?」

 「おう。名前はエドワーズっていうらしい。
 なんとこの歳で、魔法を使うことが出来るんだってよ。大したもんだ!」



 エルメダに向かって感心した様子で話をするラッセルの掌が、俺の背中の後ろ側をバンバンと叩く。
 痛い。めっちゃ痛い。
 というか力強くね?
 張り手とあまり変わらん威力だぞ、これ。



 「まぁ凄いわ。だったらエドワーズは将来、ローレンを超える凄腕の魔術師にでもなるのかしら?今からとっても楽しみね!」

 「いやいやいや……そう簡単に追い抜かれてたまるかい。ワシはこれでもまだまだ現役なんじゃぞ?
 どんなに早くても十年……いや、あと十五年くらいはかかるじゃろうて」

 「ほほう……ローレンの爺さんがそのように言うってことは、坊主のやつ、本当に魔術師の才能があるんだな。
 ――なら今日の分の食事は、未来の大魔術師様が初めてうちに来たことを祝って、全部俺の奢りにしといてやる!」



 どうやら大人たち三人は、勝手に盛り上がっているようだ。
 隣に座っているリーゼを見てみると、相変わらず一人静かな様子で、例の赤黒い果実で作られた液体を飲んでいる。
 

 店の雰囲気自体はとても良い。
 可愛い女の子の給仕もたくさんいるしね。視覚的な効果としては最高と言える。
 他の客たちが食べている料理も美味そうだ。
 これはこの後運ばれてくる食事に関しても、かなり期待が出来そうだな。
 


 「――あっ!ちょっとミラ姉。
 見てみてリーゼだよ、リーゼ。リーゼが来てる」

 「あら本当?
 今日もうちにいらっしゃるのは、ローレン様お一人だけだと思っていたわ」

 「最近、全然顔を見なかったから心配してたのよー!
 ――ほーらリーゼ。久しぶりにサーシャお姉ちゃんが、頭をなでなでしてあげよう!」

 
 
 たった今、二階の方から降りてきた三人組の女の子の給仕が、一斉に俺たちがいるテーブルの目の前にまで近づいて来た。
 その内の一人である赤髪の子は、リーゼの元にまで一直線に駆け寄ってくると、小柄な全身を正面から包み込むようにして、思いっきり抱きしめる。



 「もう……サーシャ離して。息が苦しい」

 「フフーン!止めないもんねー。
 しばらく会わないうちに、リーゼがどれくらい成長したのか。今の私には確かめる義務があるっ!!」

 「ほんの二ヶ月程度の短い期間で、そんなに変わるわけがないでしょうに。
 ――サーシャ、はしたないわよ。他のお客様へのご迷惑になります。そのくらいにしておきなさい」

 「無駄無駄、ミラ姉。今のサーシャ姉、全く話を聞いていないから。
それにしても相変わらず、リーゼに対する愛が重いねー。
……ああいうのを、面倒な片思いって言うのかな?」


 
 なんだなんだ?急に辺りの空間の桃色成分が増加してきたぞ。
 俺の目の前で、年頃の若い女の子たちがキャッキャウフフしている。
 とんでもない破壊力だ。まさに今時のリアル女子ってやつ?
 

 リーゼは、サーシャと呼ばれている女の子にされるがままになっていて、流石に少しだけ苦しそうに見える。
 助けるべきだろうか?
 しかし、まだ彼女たちと大した面識のない俺が、いきなり真横から口を出してもな……。
 


 「あら?この子は……」
 
 「えーと……誰?」



 ふと、俺の存在に気が付いた、サーシャ以外の他の二人が声を上げる。
 その様子をすぐ傍で見ていたエルメダが、俺のことを彼女たちに対して紹介してくれた。



 「エドワーズよ。
ほら、前に話をしていた。ローレンが街の外で拾ってきたっていう男の子」

 「まあ!そうだったんですね!」
 
 「へぇ……この子がねぇ?」


 
 物珍しげな視線を、こちらに対して向けてくる二人。
 そのどちらも、エルメダに負けず劣らずの超絶美人である。
 


 「こんにちは。えーと……?」

 「フフッ!こんにちは、エドワーズ。私はミラ。
 こっちの子がステラで、あなたの隣にいる子がサーシャよ」

 「どーも、ステラでーす。
この店で適当に働かせてもらっていまーす。
――てなわけで、今後ともよろしく」

 
 
 お淑やかな雰囲気を漂わせている女の子、ミラ。
 のんびりとした口調で、心底だるそうに自己紹介をしてくるステラ。
 リーゼにくっついたまま、無邪気な様子で騒ぎ続けているサーシャ。
 

 随分と個性的な面々だ。そして全員可愛い。
 何、この店。ちょっと雇っている女の子たちのレベルが高すぎない?


 
 「何ぃー!?君がわたしのリーゼを
傷物にしてくれたという、例の、男、の、子、か!!」

 「ちょいちょい、サーシャ姉。相手何歳だと思ってるの。
――いくらなんでも流石にヤバすぎ」

 「ステラの言う通りよ、サーシャ。
 あなたのそのようなふざけた振る舞いが、この店の評判を落とすことになるんです。
 大体あなたは、いつもいつも……」



 恐らく、この三人の中では一番の年長者であるミラからの説教を、右から左へと聞き流し続けているサーシャ。
 ステラからのツッコミもお構い無しに、サーシャは俺の目と鼻の先にまで顔を寄せてくると、まるで品定めでもするかのようにしてこちらを見てくる。
 
 

 「ムッ!……ムッ?ムムムムムムムゥ……」

 「あ、あのー?」


 
 なんだろう。俺、なんかめっちゃ見られてない?
 サーシャは瞬きもせずに、俺のことをじっくりと観察したあと、まるで裁判の判決でも告げるかのようにして、重々しく口を開いた。



 「……うん、合格ね!!」

 

 何かに納得したように頷きながら、サーシャはそれまで真一文字に結んでいた、自らの口元を緩ませる。
 


 (何がでしょう……?)
 

 
 よく分からんが、俺はサーシャ基準の何かに合格したらしい。

 
 「それで?それで?」と、彼女は俺に対して矢継ぎ早に質問を投げかけようとしてくるが……。
 その状況を見兼ねたエルメダが、サーシャを含む三人に言い聞かせるようにして声を掛けてきた。
 
 
 
 「ほーら。お話の続きはまた今度にして、みんな早くホールに出てきなさい。
 ――ミラ、あなたは一番から三番までのテーブルを。サーシャとステラは四番と五番テーブルをお願いね」

 「す、すみません!エルメダさん……」
 「ちぇー。今、良いところだったのにー」
 「いやこれ、サーシャ姉が一番悪いんだけどね?」



 俺たちに向かって手を振りながら、揃ってその場を後にするミラ、サーシャ、ステラの三人。
 騒がしくしていた彼女たちが(主にサーシャが)その場からいなくなった事で、俺たちのいる周囲の空間は元通り静かになった。



 「ごめんなさいね、エドワーズ。あの子たち、いつもあんな感じなのよ。
 リーゼとは特に仲の良い子たちだったから、あなたのことも事前に話しておいたんだけど……」
 
 「ああ、別に大丈夫ですよ。
 特に気にしてはいませんし。凄く賑やかで楽しそうな人たちでしたね」
 
 

 エルメダの話によると、彼女たちはこの店で住み込みの仕事をさせている従業員らしい。
 三人は本当の姉妹ではなく、実家は隣街の方にある。
 要するに出稼ぎだ。


 王都に向かえば、ここよりも遥かに良い稼ぎが期待できるだろう。
 しかしそれについては、彼女たちの保護者である両親たちが許さなかったらしい。
 ミラとサーシャの二人が、今は十五の同い歳(ちなみに誕生月はミラの方が少しだけ早い)。
 ステラはその一つ下の年齢となる。
 

 思っていたよりも結構若かったんだな。
 特に年長者のミラに関しては、二十になる一歩手前辺りの印象だったんだけどね(本人に言ったら怒られそう)。
 

 
 「サーシャはすぐに抱きついてきたりするから。
 ……エドワーズも気をつけておいた方がいい」

 「えっ、そなの?」



 厄介そうな顔つきでそう話すリーゼを見て、俺は「それって寧ろご褒美なんじゃね?」と、内心考えていた。


 あんなに可愛い年頃の女の子から抱きつかれる機会なんて、そうそう訪れることはないだろう。
 これは次にサーシャたちと会話をする時が楽しみになってきたな。





 それから俺たちは、ラッセルの店で昼食をご馳走されることになった。
 運ばれてきたものは、エルメダお手製の豪勢な料理がのせられている皿。
 不思議なことに、俺はそれらの味つけに関して覚えがあった。
 それもその筈。リーゼに料理の仕方を教えた人物はエルメダらしい。


 家事全般のやり方についてもそうだ。
 掃除、洗濯、その他諸々。
 エルメダはリーゼにとっての先生であり、母親のような存在でもあるのだ。
 目の前で仲睦まじく会話をしている二人の様子は、何となくそんな感じに見える。
 

 それにしても母親ねぇ?
 これは勘だが、多分リーゼの両親はもういない。
 二人とも、まだ何処かで生きているのか。
 それとも、とうの昔に死んでしまっているのか。そんなことは些細な問題である。
 今はローレンの家で、俺と一緒に三人で暮らしている。
 その事実だけで大体分かることもある。

 
 この辺りの地域の治安はかなり良い方だ。
 魔物の出現数自体はかなり少なく、他国との戦争もない。
 前に俺を襲った盗賊どもは、ローレンの話によるとかなり珍しい連中のようだった。


 盗みや殺人、重度指定の犯罪を犯せば、近隣の街に存在している冒険者ギルドへ手配書がまわる。そのグレードは通報された件数によってレベルアップ。 
 一定の回数に達すると各国の間で指名手配。晴れて正規の討伐隊が組まれることになる。奴らもできることならそれは避けたい。つまり、本来であれば無駄な殺しを絶対におこなわないのだ。


 年に数回ほど大物を襲い、その後は各所に拠点を転々と移しながら逃げ回る。それが連中の行動習性だ。
 隣国から国境を越えて入ってきた盗賊どもが、たまたま通りすがりの道で元の取れる美味しい獲物を見つけた。俺が襲われた理由はそんなところだろう。 
 つまり何が言いたいのかというと――、
 

 なんだか他人の詮索をしているみたいで、嫌な気分になってきたな。
 俺は余計な思考を振り払うようにして、目の前に置かれていたスープの中身を一気に飲み干す。



 「どうだ?うちの飯は美味いだろう、坊主?」



 店主のラッセルが声をかけてきた。
 ローレンのいる方に視線を向けてみると、酒の飲み過ぎで完全に出来上がっているのか、誰が見ても酔い潰れる一歩手前の状態である。
 


 「オッヒョッヒョッヒョッヒョー!!」

 (……あれ、ちゃんと帰れるのか?)



 不安に思っていると、ラッセルが「問題ない」といった様子で、俺の肩の上に手を置いてくる。


 
 「爺さんのアレはいつものことさ。
なーに、心配することはない。一時間ほどすれば元通りになるだろう」

 「はぁ?」

 「『意外だ』って顔つきをしているな。
 爺さんはかなりの酒好きだが、リーゼに普段から飲む量を制限されているのさ。
 だからこうしてうちに来た時だけは、好きなように飲ませてやっているんだよ」

 

 ローレンは酒好きだったのか。それは知らなかった。
 それにしても……完全にリーゼの尻に敷かれているみたいだな。
 俺も将来はローレンと同じく、リーゼによって色々と管理されてしまったりするのだろうか?
 今から少しだけ心配になってきたぜ。


 
 「さてと坊主。お前、何か欲しいものとかはないのか?
 狩猟用の短刀、頑丈な新品のブーツにマント。何でもいい。
 遠慮なく、思い浮かべたものを言ってみろ」

 

 これまた、いきなりきたな。
 欲しいもの。そりゃあねぇ?欲しいものなんていくらでもありますよ。
 インターネット、最新のゲーム機器。
 無論、そんなものはこの世界じゃ、絶対に手に入らない。
 もっと現実的なもので考えるとしよう。



 「欲しいものですか?
 そうですねぇ……だったら地図とか?」

 「地図?」

 「はい。それもできれば、大陸全土の範囲が記されているものです」

 

 生死はともかく、師匠の行方を探し出すためには、様々な事前準備が必要となってくる。
 その内の一つとして、まずは正確な情報が記されている地図が欲しい。
 地図さえあれば、俺がこれから何をするにしても、将来的に色々と計画を立てやすくなるだろう。 



 「地図。よりにもよって、真っ先に地図ときたか。
 ハッ……ハッハッハッハッハッ!いや、質問をしたのは俺の方からなんだが、それにしてもだ。
 やっぱり変わっているなぁ、坊主はよお!」

 

 何が面白かったのか、ラッセルはその場でひとしきり声を出して笑ったあと、最初の時と同じく店の奥にある部屋の中へと引っ込んでいく。
 暫くしてから戻ってきたラッセルの巨大な掌には、幅三十センチ程の丸めた紙束が一つ握られていた。
 
 

 「古い物だが、多分問題なく読める筈だ。
――坊主にやろう。好きなように使うといい」

 「え?あっ、その……いいんですか?本当に?
 ありがとうございます!」
 


 マジかよラッキー。何でも言うだけ言ってみるもんだね。
 というわけで、俺は異世界の古い地図を手に入れた!
 あとで一人の時にでもゆっくりと、中身を拝見させて貰うことにしよう。



 「うちでは街を訪れる行商人から、様々な食材や道具などを可能な限り、安く幅広く仕入れている。
 坊主たちの家で普段から使われている食材も、大抵はローレンの爺さんから事前に依頼されて取り置きしておいた物だ。
 ――まさか、知らなかったのか?」



 知りませんね。多分、初耳っす。
 しかし、それはかなり有益な情報ではあるな。
 

 どうやら今回の買い出しの主な目的は、俺たちがこの『蜜蜂の酒場』を訪れたことで、既に達成されていたらしい。
 限界はあるだろうが、もしも欲しいものなどがあれば、この場所で仕入れて貰える可能性があるのか。
 しっかりと忘れずに覚えておこう。



 「ソレッ!ドーンッ!!」

 「――うわっ!?」
 
 
 
 唐突に俺の背中の後ろに、柔らかな感触が押し付けられる。
 ……サーシャだ。先ほどと変わらないハイテンションな様子で、リーゼにしていた時と同じように、今度は俺に向かって抱きついてきている。

 

 「サーシャさんですよね?
 その……仕事の方はしなくても……?」

 「んー?私なら、ちょうど今から休憩だけどー?」



 え、早くね?まだ一時間も経っていないぞ。
 しかし周囲の状況をよく見回してみると、俺たちが最初に来た頃よりは店内にいる客の数が少なくなってた。
 

 ピークは過ぎたということか。
 まぁここ、本来は飯屋というより酒場だしな。
 普通に考えれば夕方から夜の間が、一番混雑する時間帯なのだろう。



 「で?で?で?さっきの話の続きなんだけどさ。
 ズバリッ!お姉ちゃんはエドワーズに対して、どうしても聞きたいことがあります!」

 「お、お姉ちゃん……?」
 
 

 彼女はいつの間に、俺の姉になったんだ?
 そのあまりの勢いに、背中に当たるサーシャの柔らかな胸の感触をゆっくりと堪能している暇もない。
 まるで暴走機関車みたいな子だな。



 「――したんか?」

 「……は?え、えーと……何を?」


 
 なんだろう?声が小さくて上手く聞き取れなかった。



 「リーゼとエッチなことしたんか?リーゼとエッチなことしたんか?
 いや、ここはえてまさかの……エッチなことでもされたりしたんか!?」



 ヤベえなこの子。見た目は美少女でも、中身は完全におっさんじゃないか。
 鼻息荒く尋ねてくるサーシャの様子に、俺は若干恐怖を覚える。



 (リーゼ、助けてくれ!)



 試しにリーゼに対して視線を送ってみると、すぐに目を逸らされた。
 関わりたくない、という心情が見え見えである。
 そんなに嫌か、嫌なのか。まぁ、何となく気持ちは分かるよ。
 だってサーシャって、リーゼにとっては最も苦手なタイプの子だと思うからね。
 
 
 それから。


 店主であるラッセルと、妻のエルメダ。
 酒の飲み過ぎで半分寝ているローレンと、その姿を見守るリーゼ。
 後から遅れてやって来たミラとステラ、そしてサーシャを含む給仕の三人組。そこに俺を加えた計八人で、賑やかに始まった食事の時間は、外が完全に暗くなる頃まで続いたのだった。


 ……後日、俺がサーシャに対して密かに付けた呼び名がある。

 
 ――その名も『変態美少女ウェイトレス』だ。
 




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