8 / 85
第一部 一章、旅の始まり
8、確認とこれからの方針
しおりを挟む
さて。ここ数日の間に、いくつか分かったことがある。
①まずはビックリ仰天。解除不能の呪いを解くために異世界へと転生してきたら、なんと二百年以上の時が経っていた!
②どうやら、俺自身の一度に使える魔力量が制限されてしまっているらしい。【魔力抑制の呪い】とでも、呼ぶことにしよう。
【死の呪い】に関しては、転生魔法の影響で解除できている筈なのにね。
……何故だろう?考えてみても原因がわからない。完全にお手上げ状態である。
③師匠がいない。迎えにも来ない。つーか、今どこで何やってんだ。
師匠の種族は森人なので、それなりに長い寿命がある。多分、まだ生きてるよね。そう思いたい。
そもそも、俺を異世界に転移させたのって師匠の筈でしょ?
――異常事態。つまり、想定外の何かがあったのだ。
こちらも暫定的に【転生妨害の呪い】のせい、ということにでもしておこうか。
……まるで呪いのオンパレードだな。色々と無理ゲーすぎて笑えてくる。デフォルトで最初から強力なデバフを受けているようなものだ。
難易度極級。激ムズ設定で新たな人生をリスタートってところだろう。
肉体を転生させたことによって、既に解かれている【死の呪い】。
一定以上の魔力を使用した場合、死の危険性が起こり得る【魔力抑制の呪い】。
意図した時期から、強制的に遅延をおこなう【転生妨害の呪い(仮)】。
分かっているだけでも合計三つ。それ以外にもあるかもしれない。
まったく嫌になるね。俺が何をしたっていうんだよ。
ともかく、今は様子を見るしかない。具体的な計画案もなく、下手に動いてどうにかなる状況ではないだろう。
リーゼに対して文字の読み書き、魔法の勉強を教える。
それと並行して、俺自身が取れる戦闘手段の幅を増やしていく。
師匠のことについては後回し……よしっ!こんな感じでやっていくことにしよう。
幸い、環境は全て整っている。衣食住についても問題ない。利用できるものは何だって使うのだ。
となれば善は急げ。早速行動を起こすとしよう。まずはそうだな……俺のこの転生後の身体に関して。
筋量と、それに伴う運動能力は最低レベルだ。スタミナもない。
俺が盗賊たちとのやり取りの中で、気絶してしまった一番の要因はこれである。
(基礎から鍛えないといけないのか)
年端もいかない小さな子供が、無理やり長距離のマラソンを走りきったとする。
――うん、間違いなく気絶しちゃうよね!つまりそういうことだ。
魔法を使うためには体力がいる。連続で使用すればする程、それだけ肉体に掛かる負担も大きい。継続戦闘なんてまず無理だ。マジで赤ん坊の頃からやり直さなくて良かったよ。
「んっ?そういえば――」
俺はあることを思い出し、自室の床上に放置されていた一冊の分厚い本を手に取ってみる。
『聖痕を巡る、大陸の歴史』。初めて異世界を訪れた際、俺が倒した【深淵の魔術師】について記されているものだ。
――聖痕を強制的に得るための手段とは、その所有者を非所有者が直接殺害することである。
この一文。これってあれだよね。
まさに今現在の俺自身が、この条件を満たしていると思ってオーケーってこと?
当時のあの瞬間。俺は確かに直接この手で、簒奪者【深淵の魔術師】の息の根を止めたのだ。絶対に、間違いなく確実に。それだけは自信を持って断言することができる。
本には、聖痕を得るための一つの手段として『その所有者を非所有者が直接殺害すること』と書いてあった。
(ふーむ。……聖痕か)
無限の魔力を得られると、そのように伝えられている聖痕。かなり胡散臭い代物である。
その存在自体は師匠に聞かされていたのだが、実際に実物を目にしたことはない。聖痕……つまり刺青みたいなものだろうか?
(調べてみる価値はあるか)
身体のどこかしらに、それっぽいものがあるのかどうか。一度、鏡で確認してみる必要があるだろう。
ローレンの家の風呂場。そこに置いてある大きな鏡の前に立ってみる。
黒い髪、二重の目蓋、見覚えのある形の口元。転生前の頃と変わらない、以前の俺が幼い子供の姿でそこにいた。
はて?これは一体どういうことなんだ?
この家に来てから二日目の夜。初めて鏡に映された自分を見たとき、俺は驚いた。明らかにおかしい。果たしてこれは転生と言えるのか。
(あの時、師匠が俺に対して隠し事……或いは嘘をついていた?)
その可能性は大いに考えられるが、結局のところ何もわからないのだ。
真実を知り得るためには、本人に直接会って聞くしかない。今はとりあえず聖痕だ。恐らくだが、目に見えて理解することができる情報。それらを一つ一つ積み重ね、最終的に今後の俺が取るべき方針を見定める。
腕、足、顔――露出した肌の部分に、気になるようなものは何もない。
口を開けてみる。歯並びが凄く良かった。健康的だがどうでもいい。
上半身に着ている服を脱いでみる。薄ピンク色の綺麗な乳首が、左右に一つずつ付いていた。
背中も見てみる。当然、何もない。となると考えられるのは下半身の方だな。
俺は一気に全裸になった。
別に、全部を脱いでしまう必要性はなかったのだが、何となく流れでやってみた。
俺は仁王立ちをしながら、全身を上から下までじっくりと観察してみる。 ――こちらも外れのようだ。成長途中のマイサンが、哀れにも寒さのせいで小さく縮こまってしまっている。
残りは背後の……つまり尻の部分を残すのみ。そんなところに聖痕があったらどうしよう?かなり不安になってくる。
(頼むぞっ――!!)
恐る恐る、窺うような視線で鏡を見てみた。股下の間から覗く、俺の両目とバッチリ視線が交差する。
真っ白な尻だ。ホクロの一つもない。これで安心と思っていた矢先に、部屋の入り口がある方向から僅かに人の動いている気配がした。
「………」
リーゼがそこにいた。無表情のまま、一言も声を発さずにこちらを見ている。
俺は全裸だった。生まれたままの姿で、立ったまま自らの尻を突き出している。かなり不味い状況だ。客観的に見た今の自分の姿を、あまり想像したくはない。
リーゼが入り口のすぐ脇にある、扉の引手部分に手を掛けた。
変わらず無表情のまま、ゆっくりとした動作で扉のすぐ後ろ側まで、逃げるようにして回り込む。互いの間に流れる気まずい沈黙。それから、
「……ごめんなさい」
リーゼはそれだけを俺に対して告げると、入り口にある扉を閉めて、直ぐにどこかへと行ってしまった。
(さてと、今回はどうやらハズレだったみたいだぞ)
俺は、全てを無かったことにした。
聖痕を他者から直接的に奪い取れる手段。この本に書かれている全ての内容が、絶対に正しい答えであるとは限らない。
無限の魔力とやらに関してはかなり魅力的に思えるが、【魔力抑制の呪い(仮)】という強力な制約がある以上、安易に手を出すべき代物ではない……ということは確かだろう。
(どうしたもんかねぇ?)
今の俺自身が聖痕の所有者であるのか否なのか。はっきり言ってしまうと、判断をつけることが非常に難しい。
まぁ当面の間は、己の戦力強化活動に勤しむべきだな。元異世界最強クラスの魔術師が、そこら辺にいる一般の盗賊相手に苦戦しているようでは、これから先が思いやられる。
――グゥゥゥゥゥ。
そんな感じで考え事をしていると、唐突に腹の方から空腹感を示す音が鳴り響いた。
時刻は既にお昼時。何はともあれ、とりあえず飯にしよう。
俺はウキウキ気分で、リーゼがいるであろう食卓のある部屋へと向かう。当たり前のことだが、床に落ちていた自分の服をしっかりと着直して。
室内へ入ると先に来ていたローレンが、木製のスプーンを握っている状態で、椅子の上に座って待っていた。お茶目な爺さんである。
今日は仕事休みの定休日。昨日の夜は、遅くまで起きていたのだろうか?僅かに眠そうに見える。
「おおっ、来たか!エドワーズ」
ローレンは食卓の席に着いた俺の姿を一目見るなり、嬉しそうな様子で声を掛けてきた。
「最近、調子はどうなんじゃ?
リーゼとしている勉強の方は、順調に進んでおるのかのう?」
「まぁまぁです。
リーゼはとても賢い子なので。教えている俺自身も、かなり驚かされました」
「じゃろう?あの子は昔からああなんじゃよ。
こちらが教えたことを、何でもすぐに理解して覚えてしまう。
要領が良くて頭もいい。――所謂、『天才』というやつじゃな」
俺も、その意見には全面的に同意しかない。
確かにリーゼは頭がいいのだ。あの歳で料理、洗濯、掃除まで出来る。
……魔法に関しては、まだ全然ダメだが。それも仕方のないことだろう。
文字を読むことができないリーゼは、見様見真似で難解な術式図を覚えるしかなく、基本的な魔術師としての教育を受けたこともない。
保護者であるローレンの教育方針としては「そこまで急ぐ必要はないだろう」というものだった。――これは俺が思い描いている将来図とは全然違う。
最終的に誰もが行き着く、この世界共通のルールと言えば弱肉強食。
上位の実力を持つ魔術師であれば、例えどのような危険地帯に放り込まれたとしても、そこで生き残れる確率は格段に上がるだろう。
(……どうやって説明する?)
これからお遊び感覚でやっていくのか。それともその遥か先の方を目指していくのか。俺自身の中では既に答えは決まっている。問題はローレンだ。
最終的な決定権を握っているのは爺さんである。「色々と面倒を見てやって欲しい」なんて言われてはいるが、俺の独断ですべてを判断してしまうのは不味いだろう。やるなら徹底的にリーゼを鍛え上げたいと、俺は考えていたのだ。
「で?あちらの方に関してはどうなっておるんじゃ?」
「えーと……何がです?」
男なら誰もが経験することになる、あちらの欲求についてだろうか?
「魔法じゃよ。お前さん、リーゼに教えるつもりなんじゃろう?
いつになったら本格的に始めるのかと思っての。気になっていたんじゃ」
「……でも、いいんですか?
リーゼに聞いた話だと、ローレンさんがそこまで急ぐ必要はないからと――」
「別に良いと思うぞ。相手はお前さんじゃしな。
聞いた話ではリーゼが描き出した初級魔法の術式を、真横から直接上書きして修正したそうじゃな?」
リーゼが俺を初めて、森の中の広場にまで連れてきた時のことか。
「そんな芸当、余程魔法について深い知識と理解を得てないと不可能なことじゃ。
だからお前さんに全てを任せてみようと思う。必要な物があれば遠慮なく言いなさい。なんと言っても、ワシらは同じ屋根の下に住んでいる『家族』なんじゃからな」
少し照れたように話をするローレン。何故だろう?なんか俺まで恥ずかしい気持ちになってくる。
ちょうどその時、リーゼが目の前にある食卓の机の上に、各々が使用するための食器皿を並べ出し始めた。どうやら昼食の用意ができたらしい。
「おっ、そういえば――」
食事の時間が始まる直前、ローレンがふと思い出した様子で俺に訪ねてくる。
「エドワーズ。お前さん、風呂場に置いてある鏡の前で、裸になって自分の尻を眺めておったと聞かされたんじゃが……本当のことかのう?」
「………さーて?どうなんでしょうか?」
俺は死にたくなった。
①まずはビックリ仰天。解除不能の呪いを解くために異世界へと転生してきたら、なんと二百年以上の時が経っていた!
②どうやら、俺自身の一度に使える魔力量が制限されてしまっているらしい。【魔力抑制の呪い】とでも、呼ぶことにしよう。
【死の呪い】に関しては、転生魔法の影響で解除できている筈なのにね。
……何故だろう?考えてみても原因がわからない。完全にお手上げ状態である。
③師匠がいない。迎えにも来ない。つーか、今どこで何やってんだ。
師匠の種族は森人なので、それなりに長い寿命がある。多分、まだ生きてるよね。そう思いたい。
そもそも、俺を異世界に転移させたのって師匠の筈でしょ?
――異常事態。つまり、想定外の何かがあったのだ。
こちらも暫定的に【転生妨害の呪い】のせい、ということにでもしておこうか。
……まるで呪いのオンパレードだな。色々と無理ゲーすぎて笑えてくる。デフォルトで最初から強力なデバフを受けているようなものだ。
難易度極級。激ムズ設定で新たな人生をリスタートってところだろう。
肉体を転生させたことによって、既に解かれている【死の呪い】。
一定以上の魔力を使用した場合、死の危険性が起こり得る【魔力抑制の呪い】。
意図した時期から、強制的に遅延をおこなう【転生妨害の呪い(仮)】。
分かっているだけでも合計三つ。それ以外にもあるかもしれない。
まったく嫌になるね。俺が何をしたっていうんだよ。
ともかく、今は様子を見るしかない。具体的な計画案もなく、下手に動いてどうにかなる状況ではないだろう。
リーゼに対して文字の読み書き、魔法の勉強を教える。
それと並行して、俺自身が取れる戦闘手段の幅を増やしていく。
師匠のことについては後回し……よしっ!こんな感じでやっていくことにしよう。
幸い、環境は全て整っている。衣食住についても問題ない。利用できるものは何だって使うのだ。
となれば善は急げ。早速行動を起こすとしよう。まずはそうだな……俺のこの転生後の身体に関して。
筋量と、それに伴う運動能力は最低レベルだ。スタミナもない。
俺が盗賊たちとのやり取りの中で、気絶してしまった一番の要因はこれである。
(基礎から鍛えないといけないのか)
年端もいかない小さな子供が、無理やり長距離のマラソンを走りきったとする。
――うん、間違いなく気絶しちゃうよね!つまりそういうことだ。
魔法を使うためには体力がいる。連続で使用すればする程、それだけ肉体に掛かる負担も大きい。継続戦闘なんてまず無理だ。マジで赤ん坊の頃からやり直さなくて良かったよ。
「んっ?そういえば――」
俺はあることを思い出し、自室の床上に放置されていた一冊の分厚い本を手に取ってみる。
『聖痕を巡る、大陸の歴史』。初めて異世界を訪れた際、俺が倒した【深淵の魔術師】について記されているものだ。
――聖痕を強制的に得るための手段とは、その所有者を非所有者が直接殺害することである。
この一文。これってあれだよね。
まさに今現在の俺自身が、この条件を満たしていると思ってオーケーってこと?
当時のあの瞬間。俺は確かに直接この手で、簒奪者【深淵の魔術師】の息の根を止めたのだ。絶対に、間違いなく確実に。それだけは自信を持って断言することができる。
本には、聖痕を得るための一つの手段として『その所有者を非所有者が直接殺害すること』と書いてあった。
(ふーむ。……聖痕か)
無限の魔力を得られると、そのように伝えられている聖痕。かなり胡散臭い代物である。
その存在自体は師匠に聞かされていたのだが、実際に実物を目にしたことはない。聖痕……つまり刺青みたいなものだろうか?
(調べてみる価値はあるか)
身体のどこかしらに、それっぽいものがあるのかどうか。一度、鏡で確認してみる必要があるだろう。
ローレンの家の風呂場。そこに置いてある大きな鏡の前に立ってみる。
黒い髪、二重の目蓋、見覚えのある形の口元。転生前の頃と変わらない、以前の俺が幼い子供の姿でそこにいた。
はて?これは一体どういうことなんだ?
この家に来てから二日目の夜。初めて鏡に映された自分を見たとき、俺は驚いた。明らかにおかしい。果たしてこれは転生と言えるのか。
(あの時、師匠が俺に対して隠し事……或いは嘘をついていた?)
その可能性は大いに考えられるが、結局のところ何もわからないのだ。
真実を知り得るためには、本人に直接会って聞くしかない。今はとりあえず聖痕だ。恐らくだが、目に見えて理解することができる情報。それらを一つ一つ積み重ね、最終的に今後の俺が取るべき方針を見定める。
腕、足、顔――露出した肌の部分に、気になるようなものは何もない。
口を開けてみる。歯並びが凄く良かった。健康的だがどうでもいい。
上半身に着ている服を脱いでみる。薄ピンク色の綺麗な乳首が、左右に一つずつ付いていた。
背中も見てみる。当然、何もない。となると考えられるのは下半身の方だな。
俺は一気に全裸になった。
別に、全部を脱いでしまう必要性はなかったのだが、何となく流れでやってみた。
俺は仁王立ちをしながら、全身を上から下までじっくりと観察してみる。 ――こちらも外れのようだ。成長途中のマイサンが、哀れにも寒さのせいで小さく縮こまってしまっている。
残りは背後の……つまり尻の部分を残すのみ。そんなところに聖痕があったらどうしよう?かなり不安になってくる。
(頼むぞっ――!!)
恐る恐る、窺うような視線で鏡を見てみた。股下の間から覗く、俺の両目とバッチリ視線が交差する。
真っ白な尻だ。ホクロの一つもない。これで安心と思っていた矢先に、部屋の入り口がある方向から僅かに人の動いている気配がした。
「………」
リーゼがそこにいた。無表情のまま、一言も声を発さずにこちらを見ている。
俺は全裸だった。生まれたままの姿で、立ったまま自らの尻を突き出している。かなり不味い状況だ。客観的に見た今の自分の姿を、あまり想像したくはない。
リーゼが入り口のすぐ脇にある、扉の引手部分に手を掛けた。
変わらず無表情のまま、ゆっくりとした動作で扉のすぐ後ろ側まで、逃げるようにして回り込む。互いの間に流れる気まずい沈黙。それから、
「……ごめんなさい」
リーゼはそれだけを俺に対して告げると、入り口にある扉を閉めて、直ぐにどこかへと行ってしまった。
(さてと、今回はどうやらハズレだったみたいだぞ)
俺は、全てを無かったことにした。
聖痕を他者から直接的に奪い取れる手段。この本に書かれている全ての内容が、絶対に正しい答えであるとは限らない。
無限の魔力とやらに関してはかなり魅力的に思えるが、【魔力抑制の呪い(仮)】という強力な制約がある以上、安易に手を出すべき代物ではない……ということは確かだろう。
(どうしたもんかねぇ?)
今の俺自身が聖痕の所有者であるのか否なのか。はっきり言ってしまうと、判断をつけることが非常に難しい。
まぁ当面の間は、己の戦力強化活動に勤しむべきだな。元異世界最強クラスの魔術師が、そこら辺にいる一般の盗賊相手に苦戦しているようでは、これから先が思いやられる。
――グゥゥゥゥゥ。
そんな感じで考え事をしていると、唐突に腹の方から空腹感を示す音が鳴り響いた。
時刻は既にお昼時。何はともあれ、とりあえず飯にしよう。
俺はウキウキ気分で、リーゼがいるであろう食卓のある部屋へと向かう。当たり前のことだが、床に落ちていた自分の服をしっかりと着直して。
室内へ入ると先に来ていたローレンが、木製のスプーンを握っている状態で、椅子の上に座って待っていた。お茶目な爺さんである。
今日は仕事休みの定休日。昨日の夜は、遅くまで起きていたのだろうか?僅かに眠そうに見える。
「おおっ、来たか!エドワーズ」
ローレンは食卓の席に着いた俺の姿を一目見るなり、嬉しそうな様子で声を掛けてきた。
「最近、調子はどうなんじゃ?
リーゼとしている勉強の方は、順調に進んでおるのかのう?」
「まぁまぁです。
リーゼはとても賢い子なので。教えている俺自身も、かなり驚かされました」
「じゃろう?あの子は昔からああなんじゃよ。
こちらが教えたことを、何でもすぐに理解して覚えてしまう。
要領が良くて頭もいい。――所謂、『天才』というやつじゃな」
俺も、その意見には全面的に同意しかない。
確かにリーゼは頭がいいのだ。あの歳で料理、洗濯、掃除まで出来る。
……魔法に関しては、まだ全然ダメだが。それも仕方のないことだろう。
文字を読むことができないリーゼは、見様見真似で難解な術式図を覚えるしかなく、基本的な魔術師としての教育を受けたこともない。
保護者であるローレンの教育方針としては「そこまで急ぐ必要はないだろう」というものだった。――これは俺が思い描いている将来図とは全然違う。
最終的に誰もが行き着く、この世界共通のルールと言えば弱肉強食。
上位の実力を持つ魔術師であれば、例えどのような危険地帯に放り込まれたとしても、そこで生き残れる確率は格段に上がるだろう。
(……どうやって説明する?)
これからお遊び感覚でやっていくのか。それともその遥か先の方を目指していくのか。俺自身の中では既に答えは決まっている。問題はローレンだ。
最終的な決定権を握っているのは爺さんである。「色々と面倒を見てやって欲しい」なんて言われてはいるが、俺の独断ですべてを判断してしまうのは不味いだろう。やるなら徹底的にリーゼを鍛え上げたいと、俺は考えていたのだ。
「で?あちらの方に関してはどうなっておるんじゃ?」
「えーと……何がです?」
男なら誰もが経験することになる、あちらの欲求についてだろうか?
「魔法じゃよ。お前さん、リーゼに教えるつもりなんじゃろう?
いつになったら本格的に始めるのかと思っての。気になっていたんじゃ」
「……でも、いいんですか?
リーゼに聞いた話だと、ローレンさんがそこまで急ぐ必要はないからと――」
「別に良いと思うぞ。相手はお前さんじゃしな。
聞いた話ではリーゼが描き出した初級魔法の術式を、真横から直接上書きして修正したそうじゃな?」
リーゼが俺を初めて、森の中の広場にまで連れてきた時のことか。
「そんな芸当、余程魔法について深い知識と理解を得てないと不可能なことじゃ。
だからお前さんに全てを任せてみようと思う。必要な物があれば遠慮なく言いなさい。なんと言っても、ワシらは同じ屋根の下に住んでいる『家族』なんじゃからな」
少し照れたように話をするローレン。何故だろう?なんか俺まで恥ずかしい気持ちになってくる。
ちょうどその時、リーゼが目の前にある食卓の机の上に、各々が使用するための食器皿を並べ出し始めた。どうやら昼食の用意ができたらしい。
「おっ、そういえば――」
食事の時間が始まる直前、ローレンがふと思い出した様子で俺に訪ねてくる。
「エドワーズ。お前さん、風呂場に置いてある鏡の前で、裸になって自分の尻を眺めておったと聞かされたんじゃが……本当のことかのう?」
「………さーて?どうなんでしょうか?」
俺は死にたくなった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~
日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!
斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。
偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。
「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」
選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる