虹の魔術師~元最強の異世界出戻り冒険録~

ニシヒデ

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第一部 一章、旅の始まり

9、基礎訓練

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 その日から、リーゼに対する魔術師としての基礎訓練が始まった。


 まず始めに取り組んだのは体力作り。筋トレやランニング、丈夫な身体を作り出すために必要な当たり前のことだ。
 俺はヒイヒイ言いながら、静けさに包まれた森の中を駆けずり回る。
 驚いたことに、リーゼのスタミナは化け物レベルだった。日常の中で重労働の家事をこなしているリーゼにとって、この程度の運動量ではウォーミングアップにすらならないらしい。



 「ゼーゼーゼー……ちょ、ちょっと休憩……!」

 「――これで三回目。エドワーズは少し、気合いが足りないと思う」



 おっしゃる通りです、ハイ。
 リーゼが「仕方がない」といった様子で、俺に水筒の水が注がれているコップを手渡してくれる。なんかもう、面倒見のいい俺の母親みたいだな。
 

 
 「それ飲んだら休憩終わり。さっさと次を始める」

 「うへえ、勘弁してくださいよ。リーゼさん……」



 鬼過ぎる。なんちゅースパルタだ。
 次からは、もう少し軽度なトレーニングから始めよう。俺は反省した。





 続いては、魔法を行使するために必要となる、術式についての勉強だ。
 


 「ということで第一回、魔法術式についての勉強会を始めます」

 「おーー!」



 パチパチパチと、リーゼが小さな拍手をしてくれる。実に気分が良い。
 

 
 「魔法の術式はどれも分かりづらくて、複雑な形をしています。
 自力で覚えるのはとっても大変!――それくらいは知っているよな?」

 「うん……。いっぱい線が引かれてて、ごちゃごちゃしてた」

 

 まぁ、そうなるだろうな。俺だって、最初はそう思っていたし。



 「だから世の魔術師たちは、自らの持っている所持品に対して、直接魔法の術式を刻んだりしている。
 杖や腕輪、帽子やマント。その他に剣や斧などの武具にもだ。そういった物は『魔』の込められている装備――『魔装具』なんて呼ばれている。
 使いたい時に、複雑な魔法術式を瞬時に用意することが出来るし、致命的なミスも絶対に犯すことがない」


 
 メモリに保存されたデータを、使用状況に応じて自在に読み出せるようなものだ。暗記に自信がない人たちでもこれで安心。超便利な魔術師の基本アイテムである。



 「しかし、だ。リーゼには敢えて、この魔導書に書かれている魔法の術式図を、最初から最後まで全て覚えて貰う必要がある」



 俺は机の上に置かれていた『魔法術式図解辞典』を指差しながら、目の前にいるリーゼに対してかなり無茶な要求を告げる。



 「これを全部、私が覚えるの?」

 「自分の使う全ての魔法術式を、いちいち装備の上に刻んでいたらどうなると思う?――キリがないだろう?それに戦闘中であれば、五体満足必ずしも無事でいられるとは限らない。
 魔装具として採用できるものは指輪や腕輪、それと武具にある持ち手の部分とかだろう。……魔剣の場合は刀身に刻まれているんだけどね。
 最低、三から四。多くても五つ程度が限界といったところかな」



 柔らかな素材は信用性に欠ける、と俺は思う。完全な後衛役に徹するのであれば話は別だが。しかしまぁ、それだけが理由じゃない。



 「一般的に知られている魔法術式を全て暗記しておけば、ありとあらゆる状況に対応することが出来るようになる。
 相手の使う手札を見極め、その先手を常に打っていけるんだ。
 魔術師同士の戦闘で使える、これ程強力なスキルは他にない。これが今の俺がリーゼに対して示せる、最低限のスタートラインだな」

 「エドワーズは……これに書いてあることを、全部覚えているの?」



 机の上に鎮座している、分厚い辞書を眺めながらリーゼが聞いてくる。



 「――当然。俺も最初はそこから始めたんだ。
 俺の師匠はかなり厳しい人だったからなー。色々と苦労したよ」

 「そう。……うん、分かった。私、頑張ってやってみるね」



 正直かなりキツイと思うが、リーゼはやると言い切ってくれた。偉い。
 

 その日から、とにかく勉強をしていく毎日。文字の勉強、魔法の術式についての勉強。暗記、暗記、暗記の日々。まるで受験を控えている学生のような日常だ。
 リーゼの集中力はとんでもない。朝から晩まで同じ作業を続けていても、文句の一つも言うことがなかった。
 

 そのお陰で当初予定していたよりも遥かに早い、僅か半年という短い期間で、リーゼは文字の読み書きを完璧にマスターし、本に書かれている術式の内容についても問題なく覚えることができたのだ。


 


 続いての段階は実習訓練。覚えることが出来たら実際に使ってみよう!というヤツだ。
 

 魔法術式――つまり、数学で言うところの公式に近いものだが。
 これを覚えることが出来たとしても、キチンとしたコントロールの訓練を積まなければ意味がない。


 まずは簡単な初級魔法で練習をさせてみる。
 かなり筋が良い。日常的な家事だけではなく、リーゼはこっち方面についても才能があったようだ。



 「――【氷の魔矢アイシクルショット】」



 リーゼが突き出した指先の先端部分に、五センチ程の大きさをした氷塊が一つ現れる。
 凍てついた空気を周囲に漂わせているそれは、術者の魔力によって生成された超自然的な現象。この世界では魔法と呼ばれている力である。



 「そのまま正面に向かって、最高速度で魔法を射出。木の表面に触れる直前で、急停止させてみてくれ」

 「ん、分かったエドワーズ。やってみる」



 リーゼの発した声に連動して、宙に停滞していた氷の塊が投石のように勢いよく撃ち出された。
 キラキラと輝く残像の軌跡。あっという間に十メートル以上離れた木の側面へと到達したそれは、俺が事前に指示しておいた通りに、衝突する直前で音もなく完全に静止する。


 炎、水、風、土……その他、光や闇などの系統として分けられている魔法があれば、それに該当していない魔法も数多く存在している。
 リーゼは氷の魔法に対して、特に強い適性を持っていた。適性系統の魔法は術者にとって他系統よりも扱いやすく、単純に威力が上がる。要はイメージの問題なのだ。
 

 約三ヶ月という練習期間を経て、リーゼの魔法は一応ある程度の形にはなった。
 「自らの手足のように自由自在に」とまでは流石にいかないが、きっと今から数年後には、そのレベルにまで到達していることだろう。



 「じゃ、そろそろ新しい魔法の訓練を始めてみますか」



 基礎が終わったら次は応用だ。単純に魔法を使うだけではなく、更にその上の段階へ進む必要がある。
 


 「今日から勉強するのは『複合魔法』。一流の魔術師だけが習得できる、特別な魔法をコントロールするための凄技だ」

 「ふくごー……まほー?」



 翌日、その日の訓練を始める前。俺が告げた聞き慣れない言葉に対して、リーゼが「はて?」と、小さく首を傾げる。
 これについては口頭で説明するよりも、実際に目の前で実演してみせた方が早い。


 俺とリーゼは森の中の切り開かれた場所にある、魔法を練習するための広場にまでやって来た。既にお馴染みとなった見学用の定位置へと立ったリーゼは、期待感に満ち溢れた表情で俺の一挙一動を見守っている。
 

 
 (さーて……こりゃあ、カッコ悪いところは見せられないぞ)
 


 俺はこの一年間、自らの身体を余すところなく、みっちりと鍛え抜いていた。なので体力面の問題に関しては、以前の時と比べてみると大幅に改善されている。
 


 「【岩の魔矢ストーンショット】」



 まずはごく普通の初級魔法。拳大程度のサイズをした岩の塊が、俺の手元から真っ直ぐに向かって放たれ、遠くにある木の幹部分へと衝突する。
 その結果は、表面の木皮が僅かに削れ落ちた程度の威力。普通の人間相手には有効かもしれないが、それ以外に対してはと言うと、少し心もとない。まともに通用するのかも怪しいレベルだ。


 
 「で、これから使うのが例の凄技の方だ。しっかり見てろよ?
 ――【岩の魔矢ストーンショット】」

 

 先程と同じように、浮遊する小さな岩の塊が俺のすぐ近くの場所に生成される。
 本来であれば、わざわざこうして魔法名を声に出して言う必要はない。術者の想像力を助ける補助的なパーツとして、あくまでもそうした方が良いというだけの話だ。
 

 
 「――えっ!?」
 
 

 俺が魔力で作り出した岩の塊。その元となる魔法術式を目にしたリーゼが、かなり驚いた様子で声を上げる。
 


 (しー……言いたいことは分かる。予想通りの反応だな)
 


 俺は掌の人差し指を立てて「静かに」とジェスチャーしながら、手元に準備しておいた初級魔法【岩の魔矢ストーンショット】を、正面にある目標に向かって勢いよく撃ち出した。



 ――ギュオオオオオオ!!!



 異様な音を立て続けながら、直進していく岩の塊。同じ初級魔法であるリーゼの【氷の魔矢アイシクルショット】とは、比較にもならない速度である。
 魔法の通過によって発生した突風と砂埃。それら二つの要素が正面の視界をさえぎり、尋常ではない威力を想像させる。
 


 「……フム。ま、こんなもんだろ」
 
 「……凄い」



 数十秒後。目線の先に現れたものを見て、リーゼが唖然とした様子でそう呟く。
 中央部分を丸型にくり貫かれている太い木の幹。単純に破壊をした訳ではなく、貫通力を極限にまで高めた俺の魔法がもたらした結果だ。



 「エドワーズ!――今の何?」


 
 リーゼの「何?」が、何のことを指しているのか。恐らくそれは、つい今しがた俺が使用していた、特別な魔法術式についてのことだろう。



 「これが『複合魔法』だ。複数の術式を同時に展開して掛け合わせ、一つの強力な魔法として完成させている。
 高いコントロール技能と処理能力が要求される、一流の魔術師だけが扱える奥義だな」

 「ムー……なんだかとっても難しそう」



 ベースとしてあるのは、初級魔法である【岩の魔矢ストーンショット】。
 風の魔法で射出時の速度を上げ、物体である岩の塊を一定方向に高速で回転させている。二種類の魔法術式を重ね合わせて展開していたので、それを見たリーゼが訳も分からずに驚いていたのだ。
 

 複合魔法はその使い方次第で、様々な局面に対応することが可能となる。
 威力は通常時の約三倍以上。魔力の消費量も最低限のレベルにまで抑えられる。――まさに破格の性能だ。使わない手はない。
 しかし……そういったおいしい話の裏には、その効果に見合うだけの困難も、必然と付いてくるものだ。


 二種類の魔法術式を同時に展開して制御する。簡単そうに聞こえるが、実際にやってみると想像以上に難しい。
 それを習得出来るのは、魔術師全体の中でも凡そ三割程度……と言ったところだろう。
 

 魔術師個人の実力を示すものとして、この世界には計六つの階級、及び称号が存在している。



 『一般魔術師』――使える魔法は、初級から中級クラスまで。

 『上級魔術師』――いずれかの上級魔法を習得している。

 『戦場級魔術師』――初級と中級の複合魔法を扱える。一部の上級魔法も習得している。

 『帝王級魔術師』――上級魔法一種に対して、初級と中級クラスの魔法を複合可能。

 『神聖級魔術師』――上級二種を複合出来る。

 『全能の魔術師オルベロン』――八大神徒の一人、ユナレの異名の一つ。原初の魔術師の名を冠している称号。三種類以上の上級魔法を複合可能とされている。



 上位階級の魔術師になるためには、複合魔法を習得していることが必須条件である。それだけ難易度の高い技なのだ。魔術師の奥義と呼ばれている、その所以ゆえんも納得である。


 
 「よーしッ……今日からビシバシッ、最強サイツヨ可愛い魔術師を目指して鍛えていくザマスヨ!
 ――リーゼ、準備はいいかー!?」

 「サイ……ツヨ?」



 俺の目の前でポカンとしている幼い少女を、将来的には世界屈指の実力を持つ魔術師にまで成長させる。
 それは決して簡単なことではないだろう。しかしリーゼには、それを夢見るだけの素晴らしい才能があるのだ。



 「ムー……よく分からないけど。――とにかくやってみる」

 「よしっ、その意気だリーゼ!師匠であるこの俺が、お前を世界の頂点にまで連れていってやる!」

 

 どうやら当の本人も、やる気に満ちているらしい。その日から俺たちが取り組む魔法の訓練メニューは、スポーツ漫画みたいなノリでより難しく、高度な技能が要求されるものとなっていった。





 ――よく晴れた、ある春の日の出来事。



 「その身に自らの魔力を纏うことで、術者の身体能力を底上げすることが出来ます」

 「ウー……なんか、うまくいかない……。
 ――あっ!」



 ――ドベシッ!



 「ぐほお!?」



 コントロールを失ったリーゼの右手が、俺のみぞおち部分に勢いよく直撃する。

 
 ――凍えるような寒さに包まれた、冬の日の出来事。



 「目が回るし、それに寒い……」

 「魔力の動きを目で追うな。――感じろっ、感じてみるんだっ!心で!」



 その言葉を聞いたリーゼが、ジトッとした視線を俺に向けてくる。



 「その説明、分かりづらいし、難しい」

 「あ、ハイ。やっぱりそうですよね。――スンマセンでした」
 


 普通に怒られてしまった。


 ――それから一年後の冬。



 「エドワーズのお師匠さんって、どんな人なの?」

 「金髪巨乳の超絶美人でしたけど。それが何か?」

 「……【氷の魔矢アイシクルショット】ッ!」

 「ギャー!!」



 俺の下半身が氷漬けにされてしまった。


 ――更に一年後の冬。



 「【氷の魔矢アイシクルショット】――複合開始。……複合完了。
 ――【氷の衝撃アイシクルインパクト】!!」
 
 
 
 ――ズドンッ、ズズズズズズズ……。



 「おおっ!これは……なんという……」
 
 「ウヒョー!凄い威力の魔法だな。それ絶対、人に向けて撃たないでくれよ?リーゼ……」
 


 見学者である俺とローレンの二人は、リーゼの魔法によってなぎ倒された木々を眺めながら、感嘆のため息を漏らす。



 「それはエドワーズの、普段からの行い次第だと思うけど?」

 「「――怖っ!」」



 普通に受けていたら、肉片すら残らないぞ。これ……。
 今後、リーゼを怒らせたら命に関わるかもしれない。しっかりと肝に銘じておくことにしよう。
 

 充実した日々の時間は、あっという間に過ぎ去っていってしまう。
 それこそ幼い子供が、大人へ成長していく過程のように。それが楽しいものであれば尚更のことだ。「楽しい」。そう、俺はリーゼたちと過ごしていく日常の時間を、とても楽しいものであると感じていたのだ。


 そうして数年の時が流れていき――。
 この異世界に俺が転生してきてから、五年という歳月が経ったのだった。
 



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