虹の魔術師~元最強の異世界出戻り冒険録~

ニシヒデ

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第一部 一章、旅の始まり

18、その日

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 ローレンから旅の出立日時が告げられた。
 決められた日取りは明後日の朝。予想はできていた。荷造りは全て終えており、あとはその日が来るのを待つだけである。
 

 四つの国を北上へ進んだ先。そこに旅の目的地であるオストレリア王国が存在する。
 ニディス、ケラリナ、レバルト、ダナル。現在地のレーゲスタニア国、隣国ニディスの間には険しい岩稜がんりょうがそそり立つ山々が存在している。通称『暗がり山』と呼ぶらしい。
 

 その難所を抜けてからすぐにあるのが、湖の真上に浮かぶ街、『水上都市シーリン』。ひとまずはそこが俺たちの目指す第一の中間地点になるだろう。
 

 
 「この時期に出立しておけば、冬嵐ブリザードによる足止めをワシらが食らうことはない。
 『暗がり山』を抜ける手段についてじゃが、この地図にも書いてある……ほれ。この辺りの少し窪んだ山の麓に、とてつもなく長い洞窟があるそうじゃ。可能であればその道を。難しいようであれば新たに別の手段を探るとする」

 「正攻法で行くとなると、これはかなりキツそうですね。
 フレアも前に、ここにある洞窟を使っていると思いますか?」

 「わからん。しかし彼女であれば、ここの険しい岩山を普通に登れていたとしても不思議ではないのう」



 要するに、俺たちの体力が持つのかどうかって話か。
 俺とリーゼは多分問題ないが、年寄りのローレンにとっては過酷な旅の道だ。最短ルートとなる洞窟を使えるのであれば、それに越したことはない。
 たとえその詳細が全くの未知であり、無数の魔物が内部に息を潜めて待ち構えているとしても。

 
 
 「そういえば、例の古代魔導具ハーマイルの球体については、二機とも俺が?」

 「そうじゃな。常に持っていてくれると助かる。何か不測の事態が起きた時、お前さんとリーゼの二人だけならどうにでもなるじゃろう?」
 
 「それは、まぁ……。でも、たとえ何があったとしても『ローレンさんのことを見捨ててそのまま逃げ出す』なんて選択を、俺が取ることはあり得ませんよ?」

 「そんなことは分かっとる。――心持ちの問題じゃよ、エドワーズ。
 最悪の事態に対して備えておくのは旅の基本じゃ。その危険度が上がれば上がる程、それは必要不可欠なものとなってくる。
 無論、そんな状況に陥ってしまった場合は、ワシ自身も簡単に諦めるつもりはないからのう。ワシとリーゼ、そしてエドワーズの三人で力を合わせ、旅先で遭遇する様々な難局を乗り越えていくのじゃ」



 旅先で起こる難局ねえ?そんなものがこれから先、訪れないように祈っておきたいものだが。
 俺の目の前に置かれている二機の古代魔導具アーティファクト。超広域型結界魔導具、『ハーマイルの球体』。
 オストレリア王国の秘宝であり、俺たちが旅に出る原因となったものだ。今から半月ほど前に修理と改良が完了しており、本体の小型化にまで成功している。並みの衝撃では壊れない。特別な素材を外装の部分に使用しているので耐久面は安心だ。
 

 
 「おじいちゃん。――そろそろ出発しないと、みんなとの待ち合わせに遅れるよ?」

 「おおっ!もうそんな時間じゃったのか!」



 開いた扉の隙間からひょっこりと、リーゼが顔を出してきた。
 もうすぐ外の日が落ちるというのに。これから出発?一体何処へ?
 

 
 「なんじゃエドワーズ、その顔は。まさかお前さん……リーゼから何も聞かされておらんかったのか?」

 「ごめんなさい、おじいちゃん。私、エドワーズに言っておくの忘れてた」



 リーゼが「しまった」という顔つきをしながらこちらを見る。
 どうやら何か俺に対して伝えてないことがあるらしい。

 

 「今日の夜は、ラッセルの所で夕飯をご馳走になるんじゃよ」
 
 「『蜜蜂の酒場』で?今日って何か特別な日とかでしたっけ?」



 誰かの誕生日やお祝い事がある日などは、大抵泊まり掛けで店に行くことになるのだが。



 「何を言っておるんじゃエドワーズ。十分特別な日じゃろう?何せ今夜は――」
 
 

 椅子から立ち上がったローレンが、近くの壁際に掛けられていた木の葉色の外出用マントを背中から羽織る。
 

 
 「ワシら三人のために送別会を開いてくれるそうじゃからのう」





*****





 時刻は夜。場所はベシュリンの街、『蜜蜂の酒場』の店内。
 その場にいる全員に飲み物が行き渡ったのを確認したサーシャが、パーティーの始まりとなる乾杯の挨拶を口にする。



 「えーではでは。今夜は私たちの素晴らしき隣人であり友である……って、あれっ?このあとなんて言うんだったっけ?まぁいいや。
 とにかくね。お姉ちゃんは悲しい、とっても悲しいよ!!でも私、我慢します。だってお姉ちゃんだから。たとえ離れ離れになったとしても、心は一緒。これからは守護霊として常に三人の側に寄り添いながら、旅の安全を見守り続けていくのでヨロシクね!」

 「ね、エドワーズ。それって多分、サーシャ死んじゃってるよね?」

 「嫌な守護霊だな」



 ぼそぼそと小声でやり取りをする、俺とリーゼの二人。
 ローレンだけは感極まった様子で涙ぐみながら、サーシャのくだらない話に聞き入っているようだった。ホントかよ。



 「リーゼ、ローレンさん、それから……エドワーズ。
 『蜜蜂の酒場』のみんなを代表して、私から三人に感謝の言葉を贈らせてもらいます。その出会いに。これまでに私たちが受け取ってきた、数々の宝物のような日々の思い出に。
 ――今までめちゃくちゃいっぱい、とーってもたくさんありがとうっ!!というわけで皆さん私とご一緒に?せ~の~!!」



 ――乾杯っ!!



 互いにグラスを合わせる音が鳴り響き、俺たちを見送る『送別会』という名目の(実際に出発をするのは明後日の朝である)パーティーの夜が始まった。
 テーブルの上を埋め尽くす大量の料理。綺麗に飾り付けられた店内の装飾。少しやり過ぎな気もするが、皆との別れの前にこうした場を設けてくれたことは素直に嬉しい。
 

 リーゼの周囲には、店に勤めている給仕の女の子たちが続々と集まってきていた。これまで助っ人として共に働いてきた間柄だ。色々と積もる話があるのだろう。
 

 ローレンはどうしているのかというと……。ラッセルとエルメダ、二人のすぐ側で一緒に飲んでいるのか。彼らにだけは俺たちの事情を伝えてある。壊れてしまった古代魔導具アーティファクトを元通りの状態へと戻すために、入手が困難な素材の仕入れを手伝ってもらったのだ。
 ……自分たちの店のことを全て二の次にしてまで。


 ローレンは、仕入れ金以上の額を二人に対して渡そうとしていた。
 しかし、ラッセルたちはその金を絶対に受け取ろうとはしなかった。
 


 「いつの日か帰ってきて、私たちに元気な姿を見せてくれたら、それでいいから」
 
 

 我が子が生まれて手一杯の時期だというのに。エルメダは嫌な顔ひとつせず、自ら進んで協力をしてくれた。
 だからこそラッセルたちには返しきれない程の恩がある。それを返せるのはいつになるのか。叶うのならその時は、また三人揃ってこの場所へと帰ってきたいものだ(ローレンだけは人族の年齢的に、かなり難しいかもしれないが)。


 少し離れた位置に座っていたステラと目が合う。ちょいちょいと手招きをしてきたので、俺は自らのグラスを片手に持ったまま近づいてみた。


 
 「やっ!」

 「よっ!」



 カランッとお互いに、突き出したグラスを合わせる。
 俺とは違い、ステラの方の中身はまったく減っていなかった。



 「どうよ今日は?楽しめてる?」

 「お陰さまでな。ところでひとつ聞きたいんだが。なんでサーシャが乾杯の挨拶を?」

 「本人たっての希望でそうなりましたとさ」
 
 「ああ、そう」



 明らかな人選ミスだが、サーシャが自分から立候補してそうなったのなら仕方がない。



 「でも、ほんのちょびーっとくらいは感動したでしょ?ローレンさんなんて、さっきまであっちの方でボロ泣きだったし」

 「あいつに本当のことを話すと、すぐに調子乗りそうだからなー。
 ……でもまぁ、確かにほんのちょびーっとくらいは思うところがあったよ。最後の方だけな」

 「なになに?誰か私のこと呼んでる~?」



 別に呼んではないが、サーシャが酒の入った木のジョッキを持って、俺たちのいる所にまでやって来た。
 
 
 
 「イエ~イ!!二人とも飲んでる?食べてる?騒いでるゥ~!?」

 「飲んでるし食べてるよ。それとな……ギョエエエエエ!!こんな感じでステラと一緒に騒いでいたところさ」
 
 「いやいや、あたしをあんた達と同類にしないでよ」



 ドカリと椅子の上に腰をおろしたサーシャ。それから手元にあるジョッキの中身を一気に飲み干す。なんかこう……動作がいちいちおっさん臭いよな。
 


 「エドワーズ~。お姉ちゃん渾身の乾杯の挨拶はどうだったー?
 ――感動したかな?絶対感動してたよね?」

 「感動の押し付けか!!……つーかサーシャ。お前、めちゃくちゃ酒臭いぞ。この短時間で一体どれだけ飲んだんだ?」

 「うーんとねー、うーんとねー……お姉ちゃんわからない!わからないのでありますっ!!ウヘ?ウヘヘ。ウヘヘヘヘヘヘ……」
 
 「なぁステラ?このアホな酔っ払いをどうにかしてくれ」



 面倒な絡みを避けようとした俺は、側にいるステラに話を振ってみる。 
 しかし、彼女のサーシャに対する関心はいつも通りのものだった。



 「……あと十」

 「は?なんだって?……どういう意味だよ、それ?」

 「今からあと十時間経ったら、あたしが特別にどうにかしてあげるってこと」

 「もう朝になってるよ!!」

 

 サーシャが身体ごと寄り掛かってきたので、俺はその重みに耐えながら辺りの様子を見回してみる。
 すると他のテーブルにいた筈のミラが、不安定な足取りの小さな子供を引き連れて、こちら側に歩いてくるのが見えた。
 
 

 「久しぶり、エドワーズ。しばらく見ない間に大きくなったわねー!!」

 「ミラ姉さん!てっ、待った待った!!サーシャ、頼むから一旦そこからどいてくれ!」

 「あらあら大変。――ステラ、ちょっとサーシャをどかすのを手伝ってあげてくれないかしら?」

 「えっ、あたしが?なんで?」

 「あら?何か不都合なことでも?(ニッコリ)」

 「いえいえいえ、全くもってこれっぽっちもそんなことは。
 ――喜んで手伝わさせて頂きます!!」



 俺は、ステラからの助けを借りて、なんとかサーシャの身体を引き剥がすことに成功する。
 三年ぶりに再会したミラの姿は、俺の知っている頃とまったく変わっていなかった。現在はお腹の中に二人目の子供を授かっているそうだが、見ただけだとちょっと膨らんでいるのか?という程度なので全然わからない。
 彼女が王都に店を構えてからこれまでに二度、こちらの方へ帰ってきていたことがある。しかし時期的にタイミングが悪く、俺とミラはこの三年間、お互いに直接会うことが出来なかったのだ(古代魔導具関連で多忙のため)。
 


 「………」

 「おっ?」



 俺の右足にピタリと抱きつく小さな子供。遊び道具と思っているのか、全身を使って左右交互に力一杯揺らしてくる。リーゼから話を聞かされていたので、誰なのかはすぐに分かった。確か名前は、
 


 「もしかして……この子がアルマ?」

 「そ。女の子みたいな名前でしょう?私はどうかなって思っていたんだけどね。一度そうと決まったら、もう慣れちゃったわ」

 

 そう男の子なのだ。しかもまだかなり幼いので、見た目だけで性別を判断することは難しい。ちなみに名前を考えた人物は驚くべきことにサーシャである。
 


 「言葉はもう?」

 「一応、少しくらいなら喋れるんだけどね。結構人見知りしちゃうから、あまり大勢の人がいる前だと口を開かないの」

 

 結構な人見知りね。その割には初めて会ったはずの俺の足に堂々としがみついて、思いっきり揺らしてくるんだけど。



 「アーッ!?もしかしてアルマでしょ?大きくなったねぇ~」



 突然、床の上に寝転んでいたサーシャが声を上げて復活した。
 それからアルマと同じく、空いている方の俺の足に向かって勢いよく抱きついてくる。右にアルマ、左にはサーシャ。俺は一体何を見させられているのだろうか?



 「……ヤッ!!(アルマが真横にいた、サーシャの頬をビンタする)」

 「うわーん!!私、この子の名付け親なのに、頬っぺたをぶたれたんだけど!?」
 
 「あらあらまあまあ。アルマったら、もう自分の好き嫌いを主張できるようになったのね。偉いわ~」

 「ミラ姉、そこ、褒めるとこなの?」

 「多分、直感的にサーシャがヤバい奴だと察したんだろ。子供だし」



 自分の居場所を守り、ご満悦の様子のアルマ。その頭を俺が撫でてやっていると、何故かリーゼが両手に持った山盛りの料理の皿を、こちらの方にまで運んできてくれた。



 「あのー……リーゼさんや。君は何をやっているのかね?」

 「ん、エドワーズ。見て分からない?料理の配膳」

 

 そりゃ分かるよ。ジッとはしていられない性格だからな。
 自分が一方的にもてなされることに対して我慢できなかったのだろう。


 
 「サーシャは、なんで泣いてるの?」

 「ウッ!ウゥ……。それがさ、それがさ……聞いてよリーゼ!!
 私、アルマに『嫌い!』って、頬っぺたぶたれちゃったんだよ!!名付け親なのに!」

 「二歳児に?」

 「そう。うん……グスンッ!……二歳児に」

 「それ、自分で言ってて恥ずかしくならない?」



 リーゼは泣きついてきたサーシャを振り払わず、好きなようにさせている。珍しいこともあるものだ。
 この二人は特別というか、リーゼは認めないかもしれないが本当の姉妹のように見えてしまう。お互いに遠慮のない関係性。口では文句を言いながらも、やはりリーゼは昔からサーシャのことが好きなのだ。



 「アルマ、初対面のエドワーズに対しては懐いているのに。どうして……どうしてこうなってしまったの?
 やっぱり私にはリーゼしかいない!リーゼしかいないのよぉ~!!ウウゥ……お願いだからやっぱり何処にもいかないで、一生ここにいて~」
 
 「こらっ、サーシャ!今更になってそんなことを言っていたら、リーゼたちも困っちゃうでしょう?」

 「ここで泣き落とし作戦に移るとは。サーシャ姉……さっすが、天然の策士だわ!」
 
 「ごめん、一生は無理。次にサーシャと会うのは、今から百年後くらいが丁度良いかも?」

 「長くない!?私その頃、もうおばあちゃんになっちゃってるよ?」

 「あのさ、サーシャ姉。
 あんたね、どれだけ長生きをするつもりなのよ?」



 ワイワイと普段の調子で騒ぐみんなを見て、俺はゆっくりと静かに自らの席を立った。
 アルマのことは近くにいたリーゼに任せる。というよりその姿を目にした途端、アルマは何も言わずサーシャのあとを追って一目散に駆け出していった。相変わらず大人気である。



 「エドワーズ?……どこかに行くの?」
 
 「ああ、ちょっとな」



 俺は、リーゼに対してそれだけを告げると、店の奥の方にいたエルメダたちの元へ向かった。
 


 「あら?エドワーズじゃないの。いらっしゃい。
 あっちの方は、少し騒がし過ぎたのかしら?」

 「いつも通りですよ。それでこっちは――」

 

 ラッセルとローレンの二人は、上機嫌な様子で大きなジョッキの中身を飲んでいる。両者とも揃って顔がかなり赤い。おかわりを用意するエルメダの手つきは慣れたものだった。
 

 長い髭を白い泡だらけにしながら、旨そうに酒を飲み続けているローレン。仲良く肩を組ながら乾杯を繰り返すラッセル。
 どのみち今夜は街に泊まることが確定しているので、このまま好きにさせておいても問題はないだろう。
 

 
 「オッホー!エドワーズ、今日は最高の夜じゃのう!!」

 「せっかくの機会だ。飲め飲め坊主!ジャンジャン飲め!店が潰れるまで飲んでいけー!!」

 「「ドワッハッハッハッハー!!」」

 「……めっちゃ盛り上がってますね」

 「エドワーズは絶対に真似しちゃだめよ?この人たち二人とも、ロクでもないダメな大人の典型だから」



 「こっちに来なさい?」と声をかけられ、エルメダに連れていかれた先はいつもの定位置。店主のラッセルが直々に命名した『未来の大魔術師様専用席』である。
 

 隣に腰掛けたエルメダと共に、店内の光景を見回してみた。
 リーゼを中心にして集まる人々。ミラ、サーシャ、ステラ、店の同僚である女の子たち。
 ラッセルとローレン、酔っ払いの大人二人組。全員これまで世話になってきた、俺の大切な人たちである。



 「こうして眺めているとね、思い出すのよ。あなたがローレンに連れられて、初めてうちの店までやって来た日のことをね」

 「あれからもう九年、経ったんですか」

 「そうよー?あっという間のことなんだから」



 エルメダは過去を懐かしむような優しい目つきをしながら、話を続ける。



 「時間が過ぎるのって、本当に早いわ。気づけば三年、五年ってね。
 あの小さかったエドワーズが、今ではこんなに大きく成長しちゃって。それで明後日にはもう出立するって話でしょう?ホント、未だに信じられないわ……」

 「この場所が――」

 「うん?」

 「この場所が、俺とリーゼにとっての故郷です。だから絶対に帰ってきますよ。
 いつの日か。その時がきたら、きっと必ず」

 「そう……そうね。そうしてちょうだい。たとえお互いに血の繋がりは無いとしてもよ?あなたたちは私にとって大切な家族なんだから」

 

 「ありがたいな」と、俺は心の底からそのように感じていた。
 思えば、俺たちは多くのものを受け取ってきてばかりいたのだ。これまでも、そしてこれからもだろう。本当の我が子のように愛してもらい、帰ってこれる居場所まで用意して貰えている。



 「俺たちが旅に出る目的については、聞かされているんでしたよね?」

 「……ええ。ローレンから直接教えてもらったわ。とても危険で、大変な旅になるかもしれないって。
 だからね?こんなことをまだ子供であるあなたに対して頼むのは、本来であれば間違っていると思うのだけど……」

 「なんですか?」
 
 「エドワーズ……お願いだからローレンとリーゼ、二人のことを守ってあげて。それは一緒にいるあなたにしか出来ないことだから」

 「分かってますよ、エルメダさん。任せてください。……俺を誰だと思っているんですか?」

 「フフッ!勿論分かっているわ。『未来の大魔術師様』――だったわね?
 あまり表立っては口に出さないけれど、ローレンはあなたのことを一番頼りにしてるのよ。それは私を含めた、ここにいるみんなも同じ」



 エルメダがぎゅっと俺の身体を思い切り抱き寄せてくる。暖かで優しい匂い。
 心なしかその背中が少し震えているような気がした。動揺と戸惑い。それらの感情が一度に俺の脳内へ浮かび上がってくる。恐らく、エルメダはすがっているのだ。リーゼとローレンの二人ではなく、目の前にいる俺に対して。



 「信じているわ、エドワーズ。いつまでも。ずっと、ずーっとこれから先も、あなたのことをね」

 「はい」



 エルメダは「ありがとう」と、一言だけ俺に告げてから、ローレンたちに酒のおかわりを用意するため厨房の中へと入っていく。
 

 傷だらけ、穴ボコだらけのカウンター。
 長年座り続けてきた椅子の形。
 コツコツと小気味良い音を響かせる店の床板。それらを目にしていると様々な感情が俺の胸の内に沸き起こる。
 

 
 「見てみてリーゼ。今からお姉ちゃん、とっておきの一発芸を披露してみせるよ~?
 ――秘技、『鹿腿肉の丸焼き、一気食い』!!……ウッ!ゴッホゴホッ!の、喉が……喉が詰まった……!!」

 「……バカなの?」
 
 「あらあらサーシャ。あなた、お顔が真っ青になっているわよ?
 ――アルマは絶対に真似しちゃダメだからね~?」

 「ホッホッホ!ならばここはワシもひとつ、何かしらの芸を披露させてもらうとしよう。――ほれ!老いぼれ渾身の一発芸、『死んだふり』じゃ!!」
 
 「ハッハッハッ!!そいつはいくらなんでも本物っぽくて、普通に笑えねえぞ?爺さん」

 「いやぁマスター。そんなこと言いながら、今めっちゃ笑ってましたけどね?」



 「エドワーズ!」――こちらの視線に気づいたリーゼが「こっちに来て!」と、手を振りながら俺のことを呼んでいる。
 酒に酔い、おどけた様子でいるローレン。それを見て大きな笑い声をあげるラッセル。
 暫くして戻ってきたエルメダの腕の中には、赤ん坊のサリーが抱かれていた。母親であるミラの膝に飛びつくアルマ。サーシャとステラの二人は、リーゼのことを挟んで何やら騒いでいるらしい。



 「あっ!きたきた。――ちょっとぉ~エドワーズ~?リーゼとはいつになったら、一線を越えるつもりなの?お姉ちゃんに白状してみなさい!!」
 
 「あっそれ、実はあたしも前に聞こうと思っていたヤツだわ」

 「私も。……結構気になってる」
 
 「これまた答えにくい内容の質問をしてくるね?君たちは」



 こうした日常のやり取りが今後できなくなるのも、少し寂しく思える。
 北へ向かう、俺たちの旅の道のりはとてつもなく長い。想定外の事態も起こるだろう。しかし不安はなかった。何故なら「なんとかなるだろう」という根拠のない楽観的な考えが、この時点で俺の頭の片隅に僅かでも残っていたからだ。


 ――ローレンの故郷。オストレリア王国の秘宝である古代魔導具ハーマイルの球体を破壊した奴らの目的。それがわかっていたところで、これから先に起こる未来を決して変えることは出来なかっただろう。
 停滞していた時間がもうすぐ動き出そうとしていた。あの瞬間、初めて敵の姿を目にした時、俺は理解したのだ。互いに相容れない存在であることを。どちらか一方が朽ち果てるまで殺し合う、そういう運命であったのだと。
 


 

*****
 
 

 

 ――――ローレン視点――――
 




 この地に移り住んできてから、どれ程の時が流れたのだろう?
 

 二十年と少し前。国を出て放浪の旅を続けていたローレンは、緑に囲まれたこの田舎の地域に身を落ち着けた。静けさに包まれたベルリナの森はとても居心地が良い。故郷にも自然はあるが、一年中極寒の風に包まれた土地だ。あの寒さはこの辺りの冬とは比較にもならないだろう。
 オストレリアに住む国民たちはみな、たくましいのだ。人も作物も動物も。そこがローレンの故郷である。


 弟がいた。厳格で、身内に対して一切の容赦がない弟だ。
 自らが国を出ると告げた時、彼はローレンの存在を一族の家系から永久に抹消するとした。「お前のような奴は二度と戻ってくるな!」と。
 元王族。オストレリア王国、元王室魔術師部隊師団長。帝王級魔術師、『白の大賢者』――ローレン・グレフォード・オストレリア。
 

 王位継承を断り、その代わりとして就いていた師団長の職務まで退いたのだ。
 去り際に残してきた転移座標の符号。それが使われる日は永久に来ないだろうと、この時のローレン自身はそう思っていた。
 

 あの頃は自由奔放な性格をしていた。国を出たいという願望を抱いたのは何故なのか?とにかく、ここよりも遠く離れた何処かに行きたかったのだろう。
 

 ローレンは、己が王族の一員であることにうんざりしていた。自らの成すべき役目?そんなもの……知ったことではない。
 魔術師として並外れた才能と知識を持つローレンは、仕方なく王室から任じられた職務に就いていたが、そんな日々もとうとう終わりだ。
 馬車の荷車一杯に荷物を詰め込み、なんの未練もなくあてのない一人きりの旅に出る。


 森を抜け、山を越え……やっとの思いで、ようやく辿り着くことができた異国の地。しかし、思い描いていた理想には程遠い。さらに旅を続ける。
 数年後、ローレンはベルリナという地域である少年と少女に出会った。ラッセルとエルメダ。二人は共に将来を誓い合った仲であるという。
 

 「まだ子供なのに大したものだな」と素直に感心していた。自分が家庭を持つという行為は、国の重要な職務に就くよりも極めて厄介なことであると、ローレンは考えていたからだ。
 

 一晩泊まったベシュリンの街の宿を出て、歩いて一時間ほどの距離にある森の方へ向かってみる。そこで一軒の古い家を見つけた。
 街に戻って聞いてみたところ、そこで暮らしていた人物はとうの昔に病気で亡くなってしまったらしい。

 
 建物の内部を覗くと地下室があった。人里離れた場所にある、いかにも魔術師好みの物件。すぐ近くには小さな川も流れている。  

 「この場所に住もう」――ローレンは迷うことなく、直感でそう決めていた。まずは傷んだ屋根と壁の修繕、中の掃除をおこなう必要がある。試しに手探りでやってみると、これが思うようにうまくいかない。
 街の方から様子を見にきた、ラッセルとエルメダの二人に手伝いをお願いした。


 荷物を運び入れ終わり、ようやく形になった新しい我が家。
 大量の素材や魔導書を目にしたラッセルたちが聞いてくる。「爺さんは一体何者なんだ?」と。そのあとは「何処から来たのか?家族は?何故こんな何もない田舎街に?」といった質問が次々に飛んでくる。


 「遠慮なく、なんでも聞いてくる子供たちだ」と思った。しかし不思議と不快な気分にはならない。子供は好きだ。余計な気を回す必要がない。
 「冒険者ではないのか?」とも聞かれた。冒険者……一応、正規の登録証は持っている。只のローレン。ローレン・グレフォード。


 国を出るとき一族から追放された身の上だ。オストレリアの名を示さなくても、冒険者ギルドの定める詐称行為にはあたらない。
 グレフォードは王族のものではなく、かつてローレンに対して魔術師としての教養の全てを教え込んだ師の家名だ。人生で唯一尊敬できる人物がいるとすれば、きっと彼だろう。
 

 生活費を稼ぐために、街の冒険者ギルドから仕事を請け負うことに決めた。旅の資金はまだ充分残っているが、無尽蔵にあるわけでもない。
 仕事の内容はどれも簡単なものばかりだ。「農業用の貯水池に水を貯める」、「嵐で倒壊してしまった建物の廃材を取り除く」など。中級以上の魔法を扱える者であれば苦労はしない。
 

 魔物の討伐依頼もやった。本国では『超特殊個体《ノーヴァ》(とても恐ろしく、理解できない存在)』と呼ばれる怪物の姿が度々目撃されていたが、ここだとそれはあり得ない。平和な国だ。
 ローレンに向かって口うるさく文句を言ってくる弟や官僚たちもいない。
 
 
 何年かすると、ローレンはすっかりこの辺りの住人になっていた。
 ラッセルとエルメダ。日頃から付き合いのある二人の結婚式に招待され、そこで誓いの進行役を任されることになる。「神職者でもない自分がなぜ?」と尋ねると、「だって魔術師も似たようなものなんでしょう?」という、斜め上の回答が返ってきた。
 

 仕方なく引き受けることになってしまった式の大役。慣れない正装服姿のローレンを一目見て、二人は共に大笑いしていた。ローレンは祝儀として金貨七百枚の入った袋を贈った。長年の夢だった自分たちの店の開店資金にしてくれと。
 「いつか絶対に恩返しさせてもらう」と礼を言われたが、ローレンにとってそんなことは必要なかった。
 その頃になるとローレンの頭は白髪が目立つようになり、肌のシワが増えてカサカサの葉のようになっていた。
 
 
 数年が経ったある日のこと。ローレンはレーゲスタニアの王都サンゲルブの孤児院施設を訪れていた。
 ここの責任者とは、冒険者ギルドから受けた依頼を通して長い付き合いがある。
 

 ローレンは子供が欲しいと考えていた。結婚をするわけではない。身寄りのない子供を引き取って一緒に暮らす。……寂しくなったのだ。ここ最近は家族の顔がいつでも頭の中に浮かび上がってくる。あれほど嫌っていた筈の弟に会ってみたい。会って話をしてみたいと。
 歳を重ねることで、過去の己自身を見つめ直す機会が増えたからだ。「今さら故郷には戻れない」――行き場のない感情がローレンを突き動かし、この場所へと足を運ばせた。
 
 
 紹介されたのは小さな女の子だった。半年ほど前、この場所に拾われてきたばかりらしい。
 青い瞳が印象的な子供だ。想像していたよりもずっと小さく、生まれたての若鹿のようにか弱い体。こんな子を捨ててしまう親が本当にいるのだろうか?存在自体を否定してしまうような行為に等しい。
 

 ローレンはその子供を家に連れて帰ることにした。道中ベシュリンの街へ寄り、エルメダに事情を説明して必要となる物を見繕ってもらう。
 夫婦は驚き、呆れ、最後には「そんなに寂しかったのなら言ってくれれば良かったのに」と慰められた。
 この街は素晴らしい所だが、住む場所にしては少し騒がしすぎる。何事もちょうど良い距離感というものがあるのだ。
 ローレンは自らの意思をこれから先も変えるつもりはない。「頑固な爺さんだ」と、ラッセルは笑ってすぐに説得するのを諦めていた。
 

 それからのローレンの生活内容は一変した。まず真っ先に困ったことが一つある。名前がわからなかったのだ。
 捨て子であれば当然だろう。名前を書いた紙がご丁寧に貼られているわけでもない。そもそも孤児院では子供を引き渡す際に、里親となる者が新しく名前を付ける決まりになっている。


 ローレンは「どうしたものか」と、一晩中椅子に腰掛けながら頭を悩ませていた。子供の名前を考えることが、こうも難しいものだったとは……。
 エルメダに相談すると「私たちが考えても仕方がないでしょう?」と、真っ向から諭されてしまう。
 


 ――あの子をこの場所に連れてきたのはあなたなのよ?ローレン。



 ぐうの音も出ない。まさにその通りだったからだ。
 これから自分とこの子は家族になる。出来ることなら祝福の意味を込めた名前を贈ってやりたい。ローレンは考えた。
 ――青の雫。故郷に咲く魔草の花。摘み取っても枯れることがない。永遠の命の象徴。辺り一帯が空の色で埋め尽くされた、その峠の名称は、
 


 ――『リーゼリア峠』。


 
 そこから取って、リーゼと名付けた。
 この家にやって来たばかりの頃、リーゼは一言も話そうとはしなかった。一応、こちらに興味がないわけではないらしい。
 ローレンの一挙一動を扉の陰に隠れて観察している。気がつくと廊下でそのまま寝ていることもあった。こちらから話しかけようとしても、すぐに驚いて逃げていってしまう。まるで猫だ。
 

 食事と風呂の世話については、エルメダが面倒を見ると自分から申し出てくれた。「だってローレンでは無理でしょう?」と言われて、それを否定できる筈がない。
 毎日正午過ぎになると、リーゼを馬車の後ろに乗せてベシュリンの街へ一緒に向かう。その時だけはこちらから逃げ出さずに、大人しくあとをついてきた。
 

 リーゼは、エルメダの前だと自然な笑顔をよく浮かべている。
 「自分は嫌われているのではないか?」――そう思うこともあったが、エルメダは「それは違うわ」と断言していた。
 
 
 
 「ねぇローレン?あなたがそうやっておっかなビックリな態度で接していたら、いつまでもリーゼとの距離は縮まらないわ」

 
 
 ならどうすればいい?あの子をどのように扱えと?
 その考え方自体がそもそも間違っていたのだ。関係を深めるために、己はどのような努力をしてきたのか?……何もしていない。
 普段通りの自分でいられるように心掛けた。リーゼが何かに興味を示して、こちら側へ近づいてくるのをひたすら待つ。ローレンにとっては、なんとも歯痒い時間が過ぎていく。しかし急ぐ必要はない。時間をかけて、お互いの間に信頼関係を構築することこそが重要だ。
 

 リーゼは特に魔法に関して強い興味を持っていた。
 ローレンが暖炉に向かって放るような仕草をするだけで、簡単に火がつき、よく燃える。重い荷物はひとりでに動き出し始め、何もない空中からジャバジャバと綺麗な水が溢れてくるのだ。
 リーゼは不思議に思っていた。エルメダのところで見る、日常の光景とは全く違う。「ローレンは魔術師なのよ」――エルメダはそう言っていた。では魔術師とは何だろうか?彼女に尋ねてみても、リーゼが期待する明確な答えは返ってこない。



 「どうしても気になるのなら、本人に直接教えてもらえばいいんじゃない?」



 この森の中の家に連れてこられてから約半年。人一倍強い好奇心に後押しされる形で、リーゼはついに自分からローレンとの会話を試みる。



 「……おじいちゃん?」

 「ドワァッ!?……とっとっと!リーゼか。一体どうしたんじゃ?」



 ローレンにとっては、ようやく待ち望んでいた瞬間だ。
 「おじいちゃん」――たった一言、そのように呼ばれただけで、どれほど己の心の内が満たされたのだろうか?
 リーゼからの用件はこうである。――魔術師について教えて欲しい。そして自分でも「魔法を使ってみたい」と、そう言い出すようになるのは至極当たり前のことだった。
 
 
 リーゼは最初から魔術師としての適正をある程度持っていた。魔力の操作は感覚的な部分が大きいため、口で説明しても理解させることが難しい。
 魔法とは、未だ人の理解が及ばぬ点も多いのだ。才能のない者には挑戦する権利すら与えられない。リーゼは見よう見まねでやろうとしているが、これまで実際に成功させた試しがなかった。「それでもやる!」と、頑なになって毎日の練習を続ける様子は、若い頃の自分の姿とよく似ている。


 日常の中でおこなう、リーゼとの会話の時間が段々と増えていった。
 室内の掃除、洗濯、毎日の食事の用意。気がつくと、リーゼは何でも自分でやるようになっていた。
 ――まだ小さいのに、包丁を握らせるなんてとんでもない!考える前から反対していたローレンに対して、リーゼはキョトンとした表情をしながらこう告げる。
 ――もう、街にいるエルメダおばさんのところで、教えてもらった後だけど?


 エルメダによって仕込まれた料理の腕は本物だった。ローレンが作ったものと比べてみると、その差は歴然。子供用の包丁を台所で振るう姿はまるで剣舞だ。
 それを目にしたローレンは何も言わなくなった。好きなようにさせればいい。経験をするということは成長だ。老い先短い自分にそれを妨害する権利はないだろう。家族としてリーゼが道を踏み外した時のみ、正してやるだけで十分である。
 



 ローレンの自室。目の前にある机の上に置かれた琥珀色の石。昔リーゼが近くの川辺で見つけて拾ってきたものだ。「珍しそうな石だったから。おじいちゃんにあげる」と言って渡されたそれを、ローレンはいつまでもこうして大事に持っている。
 以前よりも僅かに濁ってきた石の内部。ローレンの瞳の色もそれと同じく、かつての輝きを失っていた。
 自分は老いた。そのことをありありと実感する。人生という旅の最後をこの場所で迎えようと決めた時、ローレンはエドワーズと出会ったのだ。

 
 あの子は全てが特別だった。恐らくはあの年齢で、既に魔術師の真理に到達している。
 複合魔法。古代魔導具アーティファクトに関する卓越した知識。応用と技術力。性能の高い魔装具の製造など……数えだしたらキリがない。
 

 過去に一度だけ。ローレンは、エドワーズの本気というものを間近で見せてもらったことがある。
 あれは己の理解を超えた何かだった。人は勿論、その他の種族でも到底扱えるものではない。エドワーズ自身は【虹の魔法】と呼んでいた。ローレンは年甲斐もなく興奮したものだ。
 ――ワシは確かに、魔法の極致というものをこの目で見たぞ!と。
 

 ある年の冬。ローレンの元に、故郷のオストレリア王国からフレアが使者として送られてきた。受け取った弟からの手紙には「どうか手を貸してくれ」と、端的に一言だけ書いてある。
 対等な関係として、真っ先にローレンのところへ助けを求めてきたのだ。――何とかして応えてやりたい。事態の深刻さは明らかだった。数日考えてみたが、一向に良い解決策が思い浮かばない。
 

 エドワーズに相談すると、「過去にこれと同じ古代魔導具アーティファクトに関する文献を読んだことがある」と言ってくれた。
 そんなものを読む機会がいつ頃あったのだろうか?しかし、エドワーズは大事なところで決して嘘をつかない。その辺にいる普通の子供とは違うのだ。
 四年後に完成した古代魔導具ハーマイルの球体には、様々な改良機能が施されていた。何よりも外側からのダメージを想定している強固な作り。「これで落としてしまっても安心ですね」と、エドワーズは自慢げに小型化に成功したそれを見せてきた。ローレンひとりだけでは到底成し得なかったことである。
 

 ――まさか生きている内に、再びこの足で故郷の土を踏むことができるとは。そんな日がくるのを一体誰が想像しただろう?
 明日の朝になれば、自分たちは長年過ごしてきたこの場所を出立しなければならない。子供たち二人を街へ残して、ローレンだけはひと足先にこちらの家に帰ってきたのだ。
 


 (これがワシ自身の……人生最後の旅になるじゃろうな)



 確信があった。どうあっても、もう自分はこの場所にまで戻ってこれないだろう。寿命という縛りからは逃れることが出来ないのだ。
 ラッセルとエルメダの二人は共にそれを理解している。別れの挨拶はとうに済ませた。見送りには来るだろうが、それでもだ。気持ちの整理はついている。
 思考を切り替え、自らの使命を全うしなければならない。
 


 (そういえば、あの堅物は元気にしておるのかのう?)


 
 久々に会うことになる肉親と、何を話せば良いのだろう?
 国を出るとき、王家の恥とまで言わせてしまったのだ。国外追放にした身内をわざわざ戻すとなると、あれは相当頭を悩ませたに違いない。
 まずはこちらから謝罪をおこない、反省の弁を述べるべきだろう。それで許されるとは思っていない。昔のように弟の肩を揉みながら顔色を伺い、「爺同士で何をやっているのだ!」と笑い合うのだ。
 

 「我ながら名案だ」と考えていたローレンの手元が微かに震える。それは徐々に大きくなっていき、やがてすぐ近くの壁の方から発せられていることに気がついた。

 
 
 


*****




突如訪れた絶望の窮地。
エドワーズは、かけがえのない大切な存在を守り通すことができるのか。

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