虹の魔術師~元最強の異世界出戻り冒険録~

ニシヒデ

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第一部 一章、旅の始まり

20、極彩の魔剣

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 呆然とした様子でリーゼが呟く。
 ローレンの衣服にジワジワと血が滲み、温かな命の熱が失われていくのを感じ取った。慌てて駆け寄った俺は、ローレンの腹部に手をやる。
 傷口はかなり深かった。剣による刺し傷だろう。リーゼは俺を見て、ローレンのことを見て、それからもう一度俺の方を見た。



 「エドワーズ、どうしよう……?血が……血がこんなにいっぱいッ!!」



 胸の内がギュッと締めつけられる。認めたくない現実の光景。
 ――どうすれば目の前にいるローレンの命を救うことができる?何か手段は?



 「……すまんのう、エドワーズ。しくじってしもうた……」

 「あっ……お、おじいちゃんッ!!」

 「――ッ!?ローレンさん!……一体何があったんですか?」



 苦しそうにうめくローレン。その目が俺たちの背後にいる、遠くの何かに対して向けられる。



 (なんだ?)



 耳に聞こえてくる擦れるような金属音。振り返った先には絶望がいた。
 ――黒騎士。そうとしかいえない存在が、巨大な漆黒の魔剣を手にして立っている。魔族だ。赤い血のような目。
 「こいつだ」――俺はすぐに察した。こいつがきっと、ローレンをこのような目に遇わせたのだ。



 「あっ……あぁ………!」



 リーゼが恐怖の表情を浮かべている。とてもではないが、まともに戦える状態じゃない。


 俺は立ち上がった。自らの意識を、近くにある建物の内部へと向ける。
 窓枠が吹き飛び、中から腕に取り付けるための魔装具が俺の手元にまで飛んできた。それと同時に引き寄せた、小型の収納ポーチが腰に巻きつく。
 

 怒りや悲しみといった感情は全て排除した。
 ただ目の前にいる敵を倒すため。俺は躊躇ためらうことなく、黒騎士がいる方向に足を踏み出す。



 「ま……待って!待ってよ……エドワーズッ!」

 「リーゼは絶対にそこから動くな。
 ――黒騎士あいつは俺が倒す」

 
 
 奴に慈悲の心はないだろう。しかし、それは俺の方も同じだ。
 久しく感じることが無かった懐かしい感覚。俺は、自らの頭の中にある戦闘用のスイッチを、今この瞬間に切り替えた。





*****




 
 ――――黒騎士視点――――





 黒騎士は戸惑っていた。
 

 ローレン魔術師の老人を追い詰めた先には、子供が二人いた。その内の一人が、真っ直ぐにこちら側を目指して近づいてくる。
 殺意を込めた魔力の波動をまともに受けても、まったく怯む様子がない。黒髪の……人族劣等種の子供。
 大抵の有象無象たちは、黒騎士の姿を目にしただけでひどく怯え、恐怖し、その場から逃走を図るか命乞いをする。
 

 自分からわざわざ殺されにくるとは、愚かな子供だ。感情というものが欠落しているらしい。
 一方的な虐殺をおこなうのは趣味ではなかった。しかし、この場合は致し方ないだろう。
 ……弱者は嫌いだ。特に目の前にいるような小さな子供は。


 つい先ほどの戦いは素晴らしいものだった。人族の老魔術師……ローレン・グレフォード・オストレリア。その命もあの様子を見る限り、そう長くはもたないだろう。
 最後のとどめは自らの手で刺すべきだ。肉と骨を貫くあの感触、生を奪う行為を実感する。ローレンは強者だ。黒騎士の持つ魔剣が、その血をすすることを欲している。
 

 決着をつけるため、黒騎士は前進を開始した。
 ――その動きが途中で止まる。


 エドワーズ愚かな子供が、黒騎士のいる方向に向かって何かを放った。みるみるうちに膨れ上がる麦袋のような物。
 表面に描かれている……何だあれは?どうやら人間の女の姿を模しているらしい。意図が全く理解できなかった。
 空中を浮遊しながら己に突進してくる物体を、黒騎士は何の警戒心も抱かずに切り払う。
 
 
 
 ――プシュゥゥゥゥ……。



 黒騎士の周囲を青白い煙が包み込む。何も見えない。『魔導風船人形ジニファードール』に仕込まれた機能が黒騎士の魔力探知を妨害し、外側から得られる全ての情報を遮った。
 ――それが何になる?黒騎士は焦らない。あの傷で、この場から逃げ切れるわけがないと分かっていたからだ。
 地面を踏み締め、力強く前へ出ようとした……その直後。



 ――煙の中で、人影のような形をした何かが動いた。
 


 黒騎士は反射的に魔剣を振るう。しかし、そこに手応えはなかった。
 『幻影の首飾りミラージュペンダント』。魔導具によって作り出されたエドワーズの分身体が消えると同時に、煙の向こう側から複数の岩の魔矢魔法による攻撃が飛んでくる。
 頭、胴体、そして足元。着弾地点の土が抉れて陥没し、黒騎士の上半身全体がグラリと大きく揺れた。



 《グ……オッ……!!》



 片膝がつきそうになるのを何とか踏みとどまる。
 ダメージはない。黒騎士は、己の『魔力防御』に絶対の自信を持っていた。破られるようなことは決して無い筈だと。
 

 体勢を立て直そうとする。そんな黒騎士の目に、勢いよく間合いへと飛び込んでくるエドワーズの姿が映った。
 至近距離から撃ち出される岩の弾丸。『魔力防御』越しに、鈍い衝撃が伝わってくる。
 

 黒騎士は、最初こそ完全に意表を突かれたが、今はもう持ち直していた。
 反撃の一閃いっせんが、エドワーズの髪の一部を掠める。二撃、三撃……即死級の攻撃を難なく躱された。
 ――奴はなんだ?何故こうも簡単に動きを読まれる?



 《オ……オオオオオオッ!!》
 


 黒騎士の矜持がそれを許さなかった。劣等種ごときに遅れをとるという現実を。
 魔剣の刀身から溢れた黒い炎が大きくぜる。生身の人間であれば、己の腕が吹き飛ばされてもおかしくない程の超加速。
 剣を振る度に爆発力が増していき、黒騎士の前方広範囲を一気になぎ払った。



 ――ゴウッゥゥゥ!!



 今度こそ仕留めた。そう思っていた黒騎士の頭上に、無傷のエドワーズの姿が現れる。
 今の攻撃を空中に飛び上がり、回避したのだろう。……つくづく逃げ回ることが得意な奴だ。黒騎士は剣を構えて、こちらに向かってくるエドワーズからの強襲に備えた。
 

 またもや先ほどと同じ威力の魔法が飛んでくる。――そんなものが通用するわけがない。
 カウンター気味に放たれた黒騎士の斬撃が、エドワーズの左側面の動きを完全に捉えていた。
 
 
 
 ――キィィィィンッ……。
 
 
 
 剣を持つ黒騎士の腕が後方に吹き飛ばされた。エドワーズの左腕にある、反射の籠手金属製の手甲に触れた瞬間だ。
 ――馬鹿な。まさか……まさかその程度のもので、今の一撃が弾かれたとでもいうのかッ!?


 最早目の前にいる子供が弱者であるという考えは捨てた。
 黒騎士は、己が持つ魔剣の能力を解放する。ローレンが使用した帝王級魔法、【永久の凍結フロスト・ノア】。その拘束を無力化させた、黒騎士の最後の奥の手。
 

 使用者の魔力を増幅させ、物理的な攻撃手段として転用する。分厚い氷の膜は、それで全て削りおとした。
 漆黒の魔力が巨大な手の形となり、エドワーズを襲う。


 
 ――黒騎士は、我が目を疑った。
 

 
 攻撃が狙い定めた位置とは真逆の方向に逸れていく。崩壊した魔力の先。そこにある木の幹には、針状の物体が深々と突き刺さっている。
 『避魔針アンチマジックツール』。黒騎士は右足で前方を大きく蹴りあげた。――当然のように躱されてしまう。
 

 無防備になった黒騎士の目の前で、エドワーズの指に付けられたリングが白く輝く。
 『永久貯蔵魔石チャージャー』から取り出された魔力が、何重にも折り重なった術式を通じて形ある魔法の力に変換される。
 


 ――【虹の魔法】、第一節。
 
 
 
 黒騎士はようやく理解した。目の前にいるのは只の子供ではない。
 強者だ。圧倒的強者だ。己よりも遥かに格上の。
 勝てる筈のない相手に挑む無謀さを、黒騎士は知っている。――相対したその瞬間、真っ先にこの場から逃げ出すべきだったのだ。弱者とは常にそうあるもの。
 黒騎士は最後に見た。その者の瞳の中に宿る最強の証明を。燦然さんぜんと光輝く、『虹の魔術師』の聖痕を。



 「――【極彩セレヴィアの魔剣】」
 
 
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