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第一部 一章、旅の始まり

21、旅の始まり

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 遠い昔の話だ。
 師匠は、よく俺のことを天才だと褒めてくれた。「あなたほどの複合魔法を扱える人物は、この世にいません」と。
 ――師匠でも、一つの魔法に対して同時に複合できる数は多くて二十。三十以上を扱える者がいるなんて、聞いたこともないです。
 

 俺には才能があったらしい。他の誰よりも優れている才能が。
 毎日、朝から晩まで魔導書を読みふけっていた俺は、何か新しい……自分だけの魔法を完成させてみようと考えた。
 

 展開と圧縮。高密度の魔力を一点に集中させ、常識の枠を超えた究極の魔法を作り出す。俺は、最大で百十六の魔法を同時に制御し、複合させることができた。
 

 さて、まずは何か具体的な案が欲しいところである。そこで目に留まったのが、師匠の部屋の中でたまたま見つけた古い歴史書、『八大神徒の伝説』だ。
 この世界をゼロから創造したとされている、神が遣わし八名の使徒のお話。それぞれに二つ名のようなものがあり、信仰の対象として崇めている種族や国があるという。



 『極彩の女神』――――セレヴィア。

 『光輝の断罪』――――アドマイオ。

 『黄金の守護者』――――バルメル。

 『万物を貫く者』――――ドゥーラハル

 『解放の翼』――――ロバス。

 『至高の導き手』――――ユナレ。

 『狭間の眼』――――アーモスゲリム。
 
 『最後の神徒』――――名も無き八人目。



 ピンときた。これこそまさに、俺が求めていた答えだったからだ。
 伝承を元に創造した、人の領域を超える力。俺にだけ扱うことのできるその魔法を、人々はやがてこう呼ぶようになる。
 ――全てを屠り得る無双の輝き。変幻自在の【虹の魔法】と。
 




*****




 
 「――【極彩セレヴィアの魔剣】」
 


 燃えるように眩い光。限界まで圧縮された魔力が、俺の掌の上で一振の剣となる。
 握り締めた瞬間、辺りの空気がビリビリと震えた。流星のように輝く一閃。
 黒騎士は、咄嗟に腕を上げて守りを固めようとしていたが、もう遅い。
 黒騎士の全身を覆っていた『魔力防御』を容易く貫通する。そこには最初から何も無かったかのように。
 左側の肘から下を切断し、そのままの勢いで光剣を力強く真横に向けてなぎ払った。



 《――ガアァァァァァァァアッ!?!》

 
 
 攻撃を受けた黒騎士が悲鳴をあげる。戦局を変える決定的な一撃。俺は、返す刃で最後の止めを刺そうとした。しかし、



 (……クソッタレ!!)
 
 
 
 魔力が切れ、手元の光剣がたったの一振で跡形もなく霧散むさんする。
 『永久貯蔵魔石チャージャー』の中身は空だ。これ以上、有効なダメージを与えられる手段は残されていない。
 
 
 追撃はせず、後方に下がり距離をとった。視線の先では黒騎士が地面の上をのたうち回り、身体中からもやのような黒い煙を噴き出している。



 《――オォ!……オォォォォォオッ!!》



 切り落とされた左腕。胴体に刻まれた大きな傷。寸断するまでには至らなかった。
 奴が咄嗟に自身の上体を反らして、こちらの斬撃の軌道から逃れたためだ。
 

 黒騎士の鎧の一部がベコボコと音を立てながらひしゃげていく。頭の兜に亀裂が走り、半面が割れて地面に落ちた。
 顔がない。傷口からドバドバと溢れる黒い泥。手負いの化け物が必死な様子で後退りながら何かを取り出す。――『転移魔石』。
 

 黒騎士の全身がエメラルド色の光によって包まれた。……発光が収まったあとには何も残らない。突如訪れた黒騎士絶望は、こうして俺たちの目の前から逃げるように姿を消した。
 
 

 (退いてくれたか……)



 諦めず、こちらに向かってくるのなら倒すしかない。その選択を取らずに、撤退する判断ができる相手だ。状況的にこちらとしては助かったのだが、今はそれどころではない。



 「ローレンさんっ!!」



 リーゼとローレン、二人の元へすぐに向かう。リーゼは泣いていた。これほど憔悴しきっている彼女を見るのは初めてである。
 ローレンの傷は深い。出血量もかなり多かった。直す手立てはない。辛うじて息はしているが、それもいつまで持つのだろうか……。



 「……エドワーズ。あれは……あの怪物は一体どうなったんじゃ……?」

 「――ッ!すでにここから退けましたよ。今はもう、安全です」

 「ホ……ホッホッホ!流石じゃのう。やはりお前さんは、ここぞという時に頼りになるわい。ウゥ!……ゴホゴホッ!!」

 「お、おじいちゃん!お願いだから、それ以上は話をしないで。
 ――死んじゃうよっ!!」
 
 「……大丈夫じゃよリーゼ。今は不思議と本当に気分が良いんじゃ。
 ――それよりも、二人に話しておきたいことがある」



 ローレンは最後の力を振り絞りながら、目の前にいる俺とリーゼの二人に対して話を続ける。
 


 「エドワーズ。まずは転移の座標を破壊してくれ。ワシの部屋の……入って右側にある奥の壁がそうじゃ。
 それからここで起きたことは、エルメダたちに伝えないでおいてくれ。……余計な悲しみを与えたくはないからのう」

 「はい」

 「それと……な。『あとは全て頼む』じゃ。こんなこと・・・・・になって、最も迷惑をかけてしまうのはお前さんじゃしのう。
 何もかも押し付けて……結局人任せになるとは。本当に情けない。どうかワシを許してくれ、エドワーズ」
 
 「……わかりました。リーゼも、古代魔導具アーティファクトも、何もかも全てのものを、俺が必ず守ってみせます」

 「――!!そうか。そう言ってくれるのか。……ならば安心じゃのう。安心して、これから先の全てをたくすことができる……」



 ローレンはリーゼの頬に自らの手を当てながら、穏やかな表情で笑顔を浮かべた。



 「どうしたんじゃリーゼ?何をそんなに泣いておる?」

 「だっておじいちゃんが……おじいちゃんがこんな……こんなのって!!」

 「仕方のないことじゃ。どうしようもない。誰も悪くない。
 ――これがワシ自身に定められた運命だったんじゃよ」

 「……運命?そんなのダメ!私は……私は絶対に認めないからっ!!
 ――エドワーズ!お願いエドワーズ……。お願いだから……お願いだから、おじいちゃんのことを助けてあげて!!」

 「そう無理を言ってはいかん。できるものなら、とっくにやってくれておるじゃろう。
 誰しもが万能ではない。エドワーズにも不可能なことはあるからのう。それをそばで支えて助けてやるのがリーゼの役目じゃ」

 「私の……役目?」

 「そうじゃ。二人の人生冒険の物語は、この先の未来も続いていく。大切な……愛する者が隣にいれば、どんな困難も乗り越えていくことが出来るじゃろう。
 ――そのことを決して忘れないようにするんじゃぞ?よいな?」



 話を終えたローレンは、ひどく疲れた様子でフーっと長い息を吐いた。



 「……ワシは少し疲れてしまった。二人とも、最後に顔をよく見せてくれ」



 言われた通りに顔を近づける。その眼はすでに光を失いかけていた。一分、二分と時が過ぎていく。やがてその体から温かみが抜けると共に、リーゼの悲痛な叫びが静かな森の中に響き渡った。
 

 ローレンは死んでしまった。
 



*****





 悲しみに暮れている暇はない。
 転移の座標は完全に破壊した。符号の情報が漏れた理由を、今は知るゆえがない。
 ローレンの遺体は火葬した。灰の一部をすくい取り、小瓶に詰める。
 残りは地面を掘って埋葬することにした。ローレンの身体を少しだけでも故郷に連れて帰ってやりたいと、俺自身がそう思ったからだ。


 森の周囲に持続性のある結界装置を用意した。誰も近づくことが出来ないように。
 ラッセルのところに宛てた手紙も書いておいた。「急遽出立することにした。森へは決して近づかないように」と。
 『蜜蜂の酒場』の隣にある、夫婦の家の玄関口に挟んでおく。店の方から賑やかで楽しそうな声が聞こえてきた。…… 皆を巻き込むわけにはいかない。俺は後ろ髪を引かれる思いで、感情を押し殺しながら静かにその場を後にした。


 街の外で待っていたリーゼの手を取り、俺たちは夜の暗闇の中を王都へ向けて出発する。
 ローレンの灰を入れた小瓶はリーゼに預けておいた。それを大事そうに握りしめて、一言も話さず後を付いてくる。
 託されたものがあった。それを成し遂げるための長い旅路が、ここから始まる。
 








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