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3章、水の都の踊り子

1、水上都市シーリン①

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 *これまでに作中で登場した虹の魔法



 ・【極彩セレヴィアの魔剣】――――あらゆる形状変化を可能とする近接複合魔法。


 ・【光輝アドマイオの裁き】――――圧縮した魔力弾を放つ遠距離魔法。その軌道は自在に操作することが可能である。ほとばしる魔力の輝きはまさに稲妻。空間を歪める程の超高温を発しており、速度、精度、威力のあらゆる面において優れている。
 分散型【流星雨】、殲滅型【?????】。
 八大神徒の一人、アドマイオは断罪者の役割を担っていた。彼の裁きは、天から告げられる罰と同義である。
 鷲の頭を持ち、背には銀翼の翼がはえていた。その咆哮は天を引き裂き、地表の全てを更地に変えたという。
 呪われた獣の王、ロームドとの死闘の末にできた荒野は、のちの世で『戦士の谷』と呼ばれている。
 

 ・『黄金の守護者』バルメル――?????

 ・『万物を貫く者』ドゥーラハル――?????

 ・『解放の翼』ロバス――?????

 ・『至高の導き手』ユナレ――?????

 ・『狭間の眼』アーモスゲリム――????

 ・『最後の神徒』名も無き八人目――?????





********************





 レーゲスタニアの北方にある隣国、ニディス。
 巨大な湖、豊富な資源が採れる沼地や洞窟などが各地にある。全体的に起伏の少ない土地だ。辺りには手つかずの地下鉱脈が数多く存在する。
 燃焼素材、レアメタル、魔石類……等々。切り出した美しい石材は、主に建築用の物として利用される。他国の貴族や商人たちが、わざわざ買い付けにやって来るほどだ。
 ニディスの建材白い宝石。『暗がり山』から進んだ先にある水上都市は、その流通の波が最も盛んな場所である。


 洞窟のダンジョンを抜けた俺たちは、湖の近くにある小さな街を訪れた。
 周辺には、水上都市へ向かうための船着き場が建てられている。透明感のある湖の真横には、光の柱『聖木』が植えられていた。
 宿はどこもかしこも満室である。これから湖を渡ろうとする者たちや、待ち人を待つ者。畳のように切り出された幾つもの石材が、ぞくぞくと船内の方へ積み込まれていく。
 

 空いている酒場を見つけて中に入り、全員で一息ついた。
 乾杯をするわけでもなく、お互いにホッとした様子で息を吐きながら見つめ合う。



 「まったく、お前ら……今日はトンでもない目に遭っちまったな?
 フッ………ハハッ!ハッハッハッハッハー!!」

 「久しぶりに心躍る冒険だったぞ。
 ――故郷へ帰った時、仲間たちに語る自慢話がまた一つ増えちまった」
 
 「本当に凄かったわよ?リーゼの魔法。
 エドワーズのは……最後に何が起きたのか、よく分からなかったのよね~」

 

 ライド、バルガス、マリアナの三人は平気そうだった。
 リーゼは、俺の隣でテーブルの上に頭を突っ伏している。まるで物を言わない屍だ。



 「大丈夫か?」

 「うん。でも今は……とにかく疲れた……!!」
 

 
 今日はもう休ませてやろう。魔力を使い果たした時に感じる全身の倦怠感はキツいものだ。この数年で飛躍的な成長をしているとはいえ、リーゼにも限界はある。
 俺の方はピンピンしていた。『|永久貯蔵魔石《チャージャー』に貯蔵された魔力を使用したくらいだ。消耗はほとんど無い。
 そもそも聖痕の機能(無限の魔力を引き出せる力)の話が本当なら、今後もガス欠状態を気にする必要はないんだけどね。
 
 
 
 「なぁ、おい!見直したぞ坊主。
 お前、ただの生意気なガキんちょじゃなかったんだな?」

 「ハイハイ!悪かったなおっさん。生意気なガキんちょで!」
 
 「すまんすまん。正直言うと、お前はそこにいるリーゼのオマケかと思っていたんだ。
 しかし、あんなスゲエものを見せられたあとじゃ、どうしようもなく足手まといになるだけだと理解したよ」



 どうもライドたちは、この先も勝手に付いてくるつもりだったらしい。子ども二人、半人前の冒険者だけで旅を続けていくのは無理だろうと。
 「面倒見がいいんだな?」と俺が口にしたら、「そんなんじゃねえ!」とそっぽを向いて照れていた。ツンデレかよ?



 「相変わらず素直じゃないな。
 エドワーズ、実はな。ライドの奴はこう見えて、本心ではお前のことを好いているのさ」

 「なっ!?ちょーっと待てバルガス!
 何を勝手な――」

 「あら?その通りじゃない、ライド。
 あなた自分じゃ気づいてないかもしれないけど、この子たちと一緒にいる間、ずーっとエドワーズの姿を目で追っていたわよ~?」



 何それ怖い。俺は椅子を引いて、ライドが座っている位置から少し距離をとる。



 「おいっ!無言で離れていくな!!
 クソッタレ!どいつもこいつも……。バルガス、マリアナ、お前ら二人ともあとで覚えておけよ?」

 「……エドワーズはまだ子供。簡単に他所には出させない」

 

 リーゼが、割りとマジな反応をしているせいで困ってしまう。
 そもそも君ねえ……俺と歳はそんなに変わらないでしょ?



 「なんか修羅場っちゃってるわね~」

 「一体誰のせいだと思っていやがる!誰の!」

 「ライドよお。そんなムキになるってことは、やっぱりお前、そっちのケが――」

 「…………スースー……」
 


 気がつくと、リーゼは力尽きて眠っていた。これだけ皆が騒いでいるのに、静かな寝息を立てている。



 「余程疲れていたんだろう。空いている宿がないか、探してくるさ」

 「そうねぇ。手分けして見に行きましょうか。
 ――ライド。エドワーズたちのことは任せたわよん?」



 そう言って、バルガスとマリアナの二人は揃って酒場から出て行った。
 残された俺たちは暫くの間無言だった。やがてライドの方から声をひそめて話し掛けてくる。



 「違うからな?」

 「は?……何がだよ?おっさん」

 「だからそれは!……チッ、もういい。冗談を真に受けている俺の方が馬鹿みたいだからな」



 ライドは酒をグイッと一口飲んだあと、意外なことにこちらを心配するような目つきをしながら見つめてくる。



 「お前ら、これから本当に、北のオストレリア王国を目指すのか?」

 「……うん。予定通りに」

 「色々と腑に落ちない点はあったんだ。お前たちのような新米冒険者の元に、一国の王室から依頼がくるなんてどう考えてもおかしいからな。
 でもまぁ、暫くの間、一緒に行動してみて納得したよ。『お前たちだからこそ』なんだろうな。俺たち程度の実力じゃ、手助けできるのはここまでだろう。
 二人の旅の幸運を祈っている。これが今の俺が抱いている本心だ」
 
 「へー。おっさんにしては珍しく、優しいことを言うんだな?」

 「……バカ野郎。俺はいつだって、お前たちには優しくしてきただろうが」



 ライドたち『おまるの集い』は、明日の昼過ぎにここを出発するそうだ。『暗がり山』を大きく東側から回り込み、安全な経路でレーゲスタニアの王都へ戻る。
 


 「三週間ってところだろうな。のんびり帰るさ。
 坊主とリーゼは、これから水上都市の方に向かうんだろう?」

 「情報収集のためにね。準備を整えたら、二~三日ですぐに出発するつもりだよ」



 「そういえば」と、俺は荷物の中からある物を取り出した。
 『鎧蜥蜴ドラーガスの刃尾』を加工して作った短剣。分厚い鉄製の鎧でも難なく切れる。ちょっとした細工を施した自慢の一品だ。
 

 
 「あげるよ。おっさんが持っていた短剣は、魔物の体に刺さったまま谷底へ落っこちていったしね」

 「でも……お前、いいのかよ?こんな高級そうなもの……」



 別にライドが考えているような、価値のある物ではない。認識の違いだが、俺にとってはその程度だ。
 そしてもう一つ。今度は茶色い布地の袋をテーブルの上に置く。ずっしりと重い。俺がリーゼと相談して、事前に用意しておいたものだ。



 「ここまで案内をしてもらった報酬だよ。流石にタダ働きっていうのも悪いしさ」

 「なっ!?こんな大金……。いくらなんでも多過ぎるぞ!!」

 「俺たちの旅で必要となる金は、それとは別にちゃんと残してある。
 だから感謝の気持ちってことで、受け取ってくれ」



 ライドに渡した大きな袋。その中には二百枚の金貨を入れてある。
 ローレンが、俺たちのために用意してくれた旅の資金のほんの一部だ。今となっては遺産のようなものだが。それをどのように使うのか決める権利は、残された俺とリーゼの二人にある。
 ライドは断ってきたが、最後には渋々といった様子で袋を受け取ってくれた。宿探しに出払っていたバルガスとマリアナが戻ってくる。眠っているリーゼを背負い、徐々に賑わいをみせてきた酒場をあとにした。



 翌日の午後。俺とリーゼのことを、ライドたち『おまるの集い』のメンバーが船着き場まで見送りに来てくれた。
 バルガスの顔だけが若干引きつっている。そういえばドワーフは水辺が苦手なんだっけ。「それでも船に乗せられるよりは遥かにマシだ」と言っていた。何がそんなに怖いのだろう?俺にはとても、目の前の景色が恐ろしいものには見えないけどね。
 小さな小舟が辺りの水面を埋め尽くしている。向かうのは数キロ先の湖の上に浮かぶ都、シーリンだ。
 

 お互いに抱き合って言葉を交わし、別れを告げる。
 マリアナの身体の感触は、見た目通りゴツくてかなり固かった。しかし、何故かいい匂いがする。おかしな気分になりそうだ。  
 「リーゼのこと、あなたがしっかり見といてあげなさい?」と耳もとで囁きかけられ、首から下の部分がゾワリとなる。放っておいたらキスまでしてきそうな雰囲気だ。当面の間は、忘れることができないだろう。



 「バルガスもここまでありがとう。盾の方は、あれだけの攻撃を受けてなんともないの?」
 
 「ちょいとヘコみはしたが、問題ない。ドワーフ製の装備は頑丈だ。伝説の竜種ドラゴンが踏んずけたって壊れやしないさ」

 

 バルガスはケラケラと笑いながら、俺に対して傷だらけの盾を見せてくる。
 この製造技術には目を見張るものがあるな。現在は封鎖されていると言われるドワーフの国。いつかは訪れてみたいものである。



 「じゃあな。――おっさん」

 「ああ。――なんだったら最後くらい、俺の胸で泣いてもいいんだぞ?ん?」

 

 俺は、ライドの冗談を完全に無視して船に乗り込む。
 隣では、リーゼが勢いよく手を振っていた。落っこちないように服の端を後ろから掴んでおく。水上は初めてだというのに危なっかしい。
 船は揺れもなく、どんどん岸辺の方から遠ざかっていく。



 「リーゼ!エドワーズッ!!」
 
 
 
 ライドの叫び声が聞こえてきた。これだけ離れているのに、よく通る。



 「またな!!」

 「……ああ!いつかまた!!」

 
 
 俺の方も、可能な限り声を上げてそれに応えた。
 三人のシルエットはやがて判別できなくなり、俺たちの乗る船は水上都市シーリンがある場所を目指して進む。
 
 
 
 



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