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3章、水の都の踊り子
4、水上都市シーリン④
しおりを挟むさて。面倒なことが起きてしまった。
腫れた自らの頬を、氷水の入った袋で冷やしながら考える。
水上都市に来てから偶然知り合った少女、ティア。その真後ろに立っているリーゼが、彼女の飛び出たケモ耳と尻尾の部分を隅々まで撫で回していた。
「アハハ!!やめてよリーゼ!くすぐった~い!!」
「エドワーズ!これ、綿みたいにモフモフしてる。全部ホンモノッ!!」
「そりゃあ本物だろうよ……」
コスプレなんかじゃない。血が通った身体の一部。正真正銘の獣人族である。
この場所から遠く離れた西の大地が、彼らの故郷だ。人族の領域内で、その姿を目にすることはまずない。
その主な理由は、人々の間に未だ根強い差別の意識が存在しているからだ。
南のドワーフと東のエルフ。この二つの種族に関しては例外である。
魔族は基本、その者が友好的であるか否かに拘わらず恐れられ、距離を置かれる。最も酷い扱いを受けているのは獣人族だ。
「不潔な体をしており、病気を持っている」、「盗み等の犯罪行為を平気で行う野蛮な種族」――そんなありもしない罵詈雑言を周囲から浴びせられるのだ。
一体誰がそのようなことを言い出したのか?経緯がどうあれ、今ではそのような考え方が広く浸透してしまっている。
獣人の旅人が、人族の領域内を自由に歩き回ることは難しいのだ。
無論、誰もがそのような考えを持っているわけではない。しかし、そんな者たちはごく少数だ。善人のふりをして近づいてくる、そんなたちの悪い輩はいくらでもいる。
不当な拘束、監禁、身売り……殺されてしまう危険だってあるのだ。
いつしか獣人たちの姿は見かけなくなり、当然のことではあるが、互いの種族同士の間で大きな軋轢が生まれた。なのでティアの正体が周りにバレたら、大変不味いことになる。
「二人とも、あたしが獣人族ってことを知っても、あまり驚かないのね!」
「十分驚いてるよ。で?なんでティアは、こんな場所に一人だけでいるんだよ?他に連れはいないのか?」
こう言っちゃなんだが、ティアは俺たちと同じでまだ子供だ。
危険な人族の領域内で一人旅を続けているとは、流石に考えにくい。
「そんなのいるわけないじゃない。だって家出だもの!!」
「えぇぇ……?」
まさかの家出ときた。俺は頭を抱える。
「見つかった相手が、俺とリーゼだから良かったものの……。
人族の領域内で、自分が獣人であることが周りにバレたらどうなるか……分かっているのか?」
「お父様から聞いた話だと、すぐに追い払われるか、身に覚えのない罪で捕まえられて牢屋に入れられちゃうって!」
よくご存じで。全くもってその通りだよ。
――ティアのお父様。あなたの娘は今、とんでもない所へ家出をしていますよ?
「ティアは、どうして家出をしたの?」
「決まってるじゃない。冒険するためよ!!」
「冒険?」
「そう!冒険。周りの大人たちはみんな反対していたけど、そんなの聞いてられないわ!!
あたしのお爺様はね、凄腕の冒険者だったの。若いうちから沢山の経験を積んで、何か大きな事をやってみせる!っていうのが、あたしの思い描いている将来の目標。つまりは夢ね!
――どう?スゴいでしょ!!」
「おぉ……!!」
リーゼは、感心した様子で声を上げていた。俺は呆れて絶句する。
随分とザックリした将来設計だな。
「なぁ、ティア」
「うん?どうかしたの?エドワーズ」
「お前、もう故郷へ帰れ」
「なんでよ!?」
ティアは目を剥いて反論してくるが、俺は構わず言葉を続けた。
「とにかくだ。正体がバレたらどうなるか、さっき自分の口で言っていただろう?」
「大丈夫!絶対に見つからないようにするわ!!」
「でも現にこうして、俺とリーゼには獣人であることがバレちゃってるじゃないか」
「ン~……それは多分、気のせい?
ギリギリセーフってことで、ノーカンよ!!」
「エドワーズ。この子ちょっと危なっかしくて、やっぱり放っておけないかも」
俺も、リーゼと同意見だ。ティアはすぐに騙されそうな感じがするし。さて、一体どうしたものか……。
「ねーいいでしょ?エドワーズ。あたしのことも仲間に入れて!
――お願い!おねがーい!一生のお願いだからッ!!」
ティアがパシンッ!と、両の掌を合わせて頼み込んでくる。
彼女のことを、西の故郷へ送り届けてやれる時間的余裕は、俺たちに無い。つまり、ティアの正体が判明した時点で、こちら側の出す答えは最初から決まっていたようなものなのだ。
このまま知らないふりをして放っておいたら、あとあと目覚めが悪いしな。
「ハァ……まったく、仕方ない。
――これからよろしくな。ティア」
「ヤタッ!!」
艶やかな毛で覆われたティアの尻尾が、フリフリと左右に向かって揺れ動く。分かりやすいことだ。
「昔ね、故郷にいるあたしのお爺様が話していたの。『人助けをすれば、それが積もり積み重なって全部自分に返ってくる』って。
まさにその通りだったわ!!」
「……下心丸出しの善意をどうもアリガトウ」
しかしそれが切っ掛けで、こうして俺たちはお互いに出会うことができたのだ。リーゼの反応は悪くない。問題は山積みとなっているが、それに関してはあとで考えることにしよう。
「ティア、私も。これからよろしく」
「うんうん!よろしくね、リーゼ。
――ウワァ~!あたし、同い年の友達ができたのって初めてのことかもッ!!とっても嬉しいわ!」
ティアは大喜びではしゃいでいるが、もう夜も遅い。続きは明日の朝になってからだ。
「ティア。今日のところは悪いが、ひとまず自分の部屋に戻ってくれないか?」
「えー!でも……その……逃げたりしない?」
「しないしない」
やがて渋々といった様子で、ティアが頷く。
「わかったわ!!」
「そうか。聞き分けがよくて助かるよ」
「でも覚えておいてね。もしもあたしが寝ている間にいなくなったりしたら、天国までだって追いかけてみせるから!」
「勝手に殺さないで」
リーゼが、栗色の頭の真上にチョップする。ティアはそのあとすぐに、俺たち二人がいる部屋の中から出ていった。
「これは明日から、とんでもなく賑やかなことになりそうだな……」
「ん。でもエドワーズ。私ね、実はそれがちょっと楽しみ」
「そうか」
リーゼの心の傷がまだ完全に癒えてないことを、俺は知っている。
ティアに期待していた。その胸に空いた穴を埋める役割を任せたい。俺一人だけでは足りないのだ。これでも人を見る目はあると思う。俺のそんな願いは、ティアと一緒にいることで不思議と叶う気がした。
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