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4章、レストランジの森での戦い
2、ギルドの依頼書
しおりを挟むニディスの第二王都に到着した。
『メイル街道』の脇にある、長い城壁で囲われた街。近くには『レストランジの森』の入り口がある。
中は『水上都市』と似たような石造りの街並みが広がっていた。
大量の魔物の素材を売り捌いたお陰で、金銭には余裕がある。普段よりも豪華な宿屋を選んだ。
数人は並んで寝転ぶことのできる巨大なベッド。食事を取るためのテーブル。その上には果物や菓子まで置かれている。
「うわぁ……!フカフカのベッドがあるわよ!!」
ティアは早速、目の前にあるベッドに向かってダイブしていた。
トランポリンのように跳ね上がる。藁が敷き詰めてある物とは大違いだ。
一泊銀貨四十枚。元いた世界の金額であれば、四万円の宿代である。
銅貨十円。銀貨千円。金貨は一枚につき十万円ほどの価値がある。
ここは良い宿屋だが、一番ではない。それでも十分満足だった。
金持ちや貴族の持つ感覚は理解しがたい。派手な内装をした部屋は落ち着かないからな。
「あたし、ちょっとその辺の様子を見てくるわ!」
「待ってティア。私も一緒について行くから」
「なら、暫くは別行動にしよう。俺は俺で、やらなきゃいけないことがある」
「ん、分かった。でもエッチなお店に行くのは絶対ダメ。
帰ってきたら知らない女のニオイがしないか、ティアに嗅いでもらって確認するから」
「トホホ……相変わらず信用ないな……。トラブルは起こさないように気をつけておいてくれ。
――リーゼ、ティアの監視役は頼んだぞ?」
「うん、大丈夫。しっかり任された」
「ボリボリボリ……ねぇ、二人とも。いい加減、難しい話は終わった?」
「……あっ!テーブルの上に置いてあったお菓子、いつの間にかティアに全部食べ尽くされてる……!」
リーゼとティアは、すぐに外の方へと出掛けていってしまった。
残って荷物を片付けていた俺も、少し経ってから二人のあとに続いて部屋を出る。
(さーて、まずは情報集めだな)
この場所へ寄るように勧めてきたのは貴族の男だ。何か理由があるのかもしれない。
辺りを適当に歩き回っていて気がついた。街にいる冒険者の数がやたらと多い。街全体が物々しい雰囲気に包まれていた。
「この街には、冒険者の人たちが大勢いますね。近くで何か問題でもあったんですか?」
俺は、道端の屋台にいたおっちゃんから話を聞くために、店先で焼かれていた肉串を一つだけ購入する。
「なんでぇ、知らねえのかよ兄ちゃん?何かあったわけじゃない。むしろこれから始まるのさ」
「……というと?」
「近々、北の奥地にあるダンジョンを、大人数の冒険者たちで攻略するって話だ。
噂では、そこにとんでもねえお宝が見つかったそうなんだよ。そのことを知ったギルドのお偉方は、目の色を変えて人員の募集をかけたらしい」
「へー。ちなみにそのお宝って、どういった物なのか知ってます?」
「さあな。とにかく馬鹿な連中だよ。あの沼地の恐ろしさをまるで分かっちゃいない。
大勢の自殺志願者を募って、わざわざ探索に向かわせるなんてな。冒険者ギルドってのは、信用ならねえ鬼畜組織だぜ。
兄ちゃんも気をつけろよ?」
言いたい放題だった。おっちゃんの話の中にあった「とんでもねえお宝」。一体何なのだろう?気にはなる。
これ程の数の冒険者たちが集められているのだ。しかも日を追うごとに、どんどん増えているらしい。
――『冒険者ギルド(仮)』
大きなテントがいくつも張られている場所を見つけた。例の沼地のダンジョンを攻略するにあたり、ギルド側が急遽設営したものだろう。
受け付けに行くと、大した説明もなく一枚の紙を渡された。相当忙しい状況らしく、一人ずつ丁寧に対応している余裕はないらしい。
その紙に記されていた内容を纏めるとこうだ。
①作戦日時は流月、三週目の早朝。(今日より約二週間後)
『レストランジの森』出口付近の拠点を集合場所とする。
②本作戦の参加者には、一人あたり金貨三枚の固定報酬が支払われる。
尚、最重要目的である遺跡の発見者に関しては、その限りではない。
③作戦中に発見された古代魔導具の所有権は、ギルド側に無条件で完全譲渡される。
違反者には罰則金の支払い命令、または拘束措置を取る場合あり。例外は認めない。
④冒険者の怪我、及び死亡時の責任について、ギルド側は一切保証しない。各自の判断で、作戦参加を了承するものとする。
⑤ダンジョンボスの討伐者には、ニディス国王室から特別報酬が与えられる。
(なんつー、ブラックな募集内容……!)
金貨三枚の報酬。命を懸けるにしては安い金額だ。危険度の割に、ギルド側から提示された条件が酷すぎる。
しかし、現にこうして参加を希望する人々が集まってきていた。
「何か裏があるな」と思う。冒険者の中でも、特に難のある荒くれ者たちが集まってきている印象だ。
「てめえ!!この俺に喧嘩を売るってぇのか?」
「いいぞザジ!そんな奴やっちまえー!!」
テントからそう離れていない場所で乱闘が起きている。まとまりも協調性もない。完全にゴロツキ共の集まりだった。
(おーおー。元気にやってるねぇ)
大勢の自殺志願者とは、よく言ったものだ。連中を送り出したところで、沼地の攻略の際に役立つとは到底思えない。
ギルド側は一体何を考えているのだろう?
(一旦、出直そう)
いつの間にか騒ぎが大きくなってきたので、俺は仕方なくその場を離れて退散することにした。
適当に辺りをぶらついてみたが、収穫はない。腹が鳴る。疲れてきたのでそろそろ帰ろう。
リーゼたちは先に戻っていた。扉を開けた瞬間、夕飯の美味しそうな匂いが漂ってくる。
「お帰りなさい。――ティア、すぐに確認して」
「じーっとしててね?エドワーズ。すぐに済ませるから!」
「ヘイヘイ」
こちらの方に顔を寄せたティアが、クンクンと小さく鼻を動かす。
中身はあれだが、ティアは物凄い美少女なので緊張するな。全身のニオイを余すところなく嗅がれている。
「汗くさーい」
「当たり前だろ」
「あとね、知らない女の人のニオイがするわ!」
「……!!そう……(リーゼの目つきがキッと鋭くなる)」
「まってまって!――無実だから!誓って何もしてないから!!」
こんなのどうかしている。俺はすぐにその場から逃げ出そうとしたが、体が動かない。
背後から抱きついてきたティアに、両脇をガッチリと固定されていた。馬鹿力すぎて振りほどけない。この状況は完全に詰んでいる。
「ねぇお仕置き?エドワーズに、お仕置きするの?」
「なんでティアが嬉しそうにしているんだよ!!
――リーゼ。俺とこのアホ、どっちが正しいことを言っているのか。賢いお前なら、簡単に理解できるだろ?」
「勿論」――リーゼは頷きながら、迷うことなく口にする。
「怪しいのは、エドワーズの方だと思う」
「……ひとつ尋ねてもよろしいでしょうか?
――なんで?」
「なんとなく。女の勘」
「……放せティアッ!俺を放してくれぇ!!」
「こーら!もうっ、急に暴れないでよ。ビックリするじゃない」
「大丈夫。観念して大人しくしていれば、すぐに済むから」
ティアの回された両腕の力が更に強まる。
観念しろだって?俺は無実だ。おかしいのはティアの鼻である。
「お尻と頭グリグリ?どっちにするの?」
「お尻にする。回数はティアが決めていい」
「あたしが!いいの?
うーんとね……五十回!じゃ、少なすぎるわね。ここは間を取って百回にしておくわ!」
「うわぁー!?ティア、お前、あとで覚えとけよー!!」
まったく間が取れていない。むしろ増えている。
リーゼが手元に用意した木製の叩き棒。お仕置きの時はいつもあれを使うのだ。
ケツを百回。これから先は、まともに用も足せなくなる。
全てを諦めた俺は目を瞑った。しかし、いつまで待っていても、尻に衝撃はやってこない。
(ど、どうなっているんだ?)
俺の全身を拘束していた力が一気に弱まった。
恐る恐る顔を上げる。リーゼとティア、二人は何故か可笑しそうな表情をしながら、こちらの方を見つめていた。
「アハハハハッ!今のエドワーズ、スッゴく間抜けな顔してる!!」
「私とティアで考えたドッキリ作戦。
どう?エドワーズ。驚きすぎて言葉も出ない?」
「……腰が抜けたよ」
俺はへたり込んでしまった。
心臓に悪い。とても演技をしているようには見えなかったぞ。
「それで?本当は何してきたのよ?」
「情報集めだ。これから向かう予定の沼地に関係したな」
俺は、ギルドの受け付けで配布されていた例の紙をテーブルの上に置いた。
獣人族と人族が扱う文字は共通のものである。ティアは、元から読み書きの両方をマスターしていたのだ。とても意外だったが。
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