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5章、呪われた二ディスの沼地
9、出たとこ勝負
しおりを挟むこれまでとは全くの別物。上から見下ろすようにして、こちらを向く。
直径三メートルほどの空洞が中に見えた。背筋が凍る。あれはなんだ?考える間もなく、俺は叫ぶ。
「散らばれッ!」
同化した触手の先から、先端をすぼめたホースのように白い液体が吹き出した。
その瞬間、まともに反応することが出来た者は四人のみ。
俺とリーゼは、ティアのことを抱えるだけで精一杯だ。
ミレイナも同じ方法で、護衛対象であるサイラスの身の安全を確保している。
ガロウジは、ブレイズに首元の衣服を掴まれたまま引きずられていたので助かった。
残りは、着弾地点から広がった泡の海の中に飲み込まれていく。
「――ッ!?エドワーズッ!」
「(上からか!)」
目前に、灰色の巨影が迫ってきていた。『反射の籠手』では、どうにもならない。
収納ポーチから取り出した、ボール状の魔導具を投げつける。改良型の『魔導風船人形』。
瞬時に膨れ上がり、俺たちを守るための壁となる。本体の破裂と同時に放出された煙に紛れて、なんとか回避が間に合った。
「今度はこっちの番!」
リーゼが「お返し」と言わんばかりに、氷の鎌を振りおろす。触手の表皮に当たり、弾かれた。先ほどまでとは違う。ダメージが通らない。
次いで左右からの攻撃が襲い掛かる。
「アッ……!」
無謀な反撃だった。動揺したリーゼの動きが、一瞬止まる。
俺は、その身体に『反射の籠手』から伸ばした魔鋼糸を結びつけ、強引に引き寄せた。ティアと三人、密着した状態で後ろに跳ぶ。
(クッソッ!ダメか!)
それでも直撃コースは避けられない。残された時間は一秒未満。
左腕に魔力を集中させる。自らに課した禁じ手。躊躇いはなかった。
「――【極彩の魔剣】」
黒騎士戦の時よりも巨大な一振。十メートルサイズの光刃が、数本の触手をまとめて切り払う。視界百八十度、全てが横倒しになった。傷口から溢れ出た大量の魔物の血で、大地の上が青白く染まる。
――ズズズズズゥ……ドオォンッ!
保険となる、『永久貯蔵魔石』内の魔力はすでに空だ。【魔力抑制の呪い】。一定以上の魔力を使用した場合、死の危険性が起こり得るもの。
故にこの程度の威力のものですら、代償を支払うことになる。
「エドワーズ……!ゴメン……ごめんなさいっ!私のせいで!!」
「ちょっ……何よそれ!?いつの間にそんな怪我をしたの?血だらけじゃない!」
「大丈夫。このくらいのものなら、そのうち治るさ」
片腕からポタポタと血が垂れた。人差し指と中指、二か所の爪が剥がれている。皮膚の下にある赤黒い痣。内出血の跡が斑点のように浮き出ていた。
メチャクチャ痛い。暫くの間は使いものにならないだろう。リーゼは泣きそうな顔をしている。ティアはオロオロするばかりで、パニックに陥っていた。
俺は、そんな二人のことを心配させないように、精一杯の演技でなんとか強がってみせる。
(にしても、このダメージはかなり深刻だな)
今の一撃で、かなりの数の触手を切り倒したにも拘わらず、依然として狩場の包囲は続いていた。
白い液体から逃れた者たち。ブレイズとミレイナは、俺の腕にできた痛々しい傷を目にして、ハッと大きく息をのむ。ガロウジとサイラスはボロ雑巾のようになっていた。全員が疲弊している。
時間は残されていない。違和感があった。触手は魔物の手足だ。目なんて付いていない。魔力溜まりの中では、感覚的なものによる対象の位置特定は不可能だ。何かカラクリがある。
それをどうにかして見つけないと……俺たちは全滅だ。
「酷い怪我です。早くこの子を、村の拠点にまで連れ帰って休ませないと……!」
「俺とミレイナが二人で残る。その隙に、お前たちは全員この場を離脱しろ。逃げられる時間は稼げる筈だ」
「いや、それは待ってください」
ブレイズたちの案を、俺はすぐに否定した。
その場合、生き残れる者は少数である。誰かの犠牲を前提にした作戦。どうあっても認めるわけにはいかないだろう。
「……何か策でもあるのか?エドワーズ」
「ブレイズ……正気ですか?この状況で、子どもの意見に耳を貸すなんて。どう考えても馬鹿げています!」
「その子どもに俺たちは救われた。ミレイナも見ただろう?先ほどの光の輝きを。普通とは違う力を秘めている。
俺にとってはそれだけで、信頼するには十分な理由だ」
「なっ!?そんな曖昧な……」
ミレイナが絶句する。
――あなたという人は……昔からまったく変わりませんね!
「なぁ、おい。お前ら、痴話喧嘩をしている場合じゃねえぞ!」
ガロウジが、切羽詰まった様子で声を上げた。
付近の枯れ草に紛れて動いているものがある。細長いシルエット。狙われたのはサイラスだ。人間の胴体くらいの太さの触手。いつの間にか忍び寄ってきていたらしい。不意を突かれたミレイナの反応が、一瞬遅れる。
「危ないッ!」
サイラスの背を、栗色の影が押し倒す。ティアだった。震える体で無理をしている。
サイラスは、リーゼが切り落とした触手を目にして、己の身に何が起ころうとしていたのかを理解した。そしてティアの方を見る。次の瞬間、
「……ヒッ!?汚ならしい!」
「キャッ!」
その体を思い切り突き飛ばした。受け身すら取れず、地面の上に倒れるティア。
髪の合間から覗く大きな耳。誤魔化すことはできないだろう。サイラスが一歩、二歩と後退る。「信じられない!」とでもいうような目つきだ。
「獣人……。見なさい、その娘は獣人よ!病気がうつるわ!」
「ティアッ!」
真っ先に、リーゼが駆け寄る。
ティアが、痛そうに右足首の部分を押さえていた。見てみると、赤く腫れあがっている。今の衝撃でひねってしまったらしい。
「アハハ……せっかく助けてあげたのにねー。
ごめん、二人とも。あたしね、また勝手にバカやっちゃったみたい」
「――ッ!な……んで……」
リーゼの魔力が、陽炎のように立ち昇る。怒りの矛先はサイラスへ。無意識に向けられた氷の刃。数秒後、我に返る。
リーゼは気づいたのだろう。たった今、自分が何をしようとしていたのかを。恐ろしくなったのだ。怯えた表情で、俺を見る。
「あっ……エドワーズ。わ、わたし……!」
「落ち着け。リーゼは全く悪くない。俺だって腹が立ったさ。
それより今は――」
「ヒッ……ヒイイイイイイッ!!」
「サ、サイラス様!?お待ちください、危険です!」
突然、サイラスが脇目も振らずに走り出す。「気がおかしくなった」とも取れる行為。リーゼの殺気にあてられたのだ。
ミレイナが発した制止の言葉は届いていない。自ら触手の射程内へと飛び込んでいく。そして、
――ガシッ!
呆気なく捕まった。断末魔のような悲鳴を残して、姿が消える。
「どうしたってんだ?あのカマ野郎。自分から捕まりに行っちまったぞ?」
「クッ!ワタシとしたことが!
仕方ありません。こうなったら他の者たちだけでも――!」
「待て、ミレイナ。あの触手が吐き出した白い液体、何かおかしい。全体が硬質化しているようだ。いちいち砕いて、助け出している余裕はないぞ」
「試しもせずに、見捨てろというのですか?ワタシの仲間ですよ!」
得られる情報の全てを観察する。
色、音、匂い。触手の先端部分にある射出口。リーゼの魔法すら弾き返す、丈夫な表皮。
柔らかな土壌。その中に混じる小石、枯れ草。辺りを覆う白い霧。その向こう側に全神経を集中させた。
――おかしな鳴き声ね。あたしたちの手で捕まえて、焼き鳥にできないかしら?
そう、ずっと聞こえていた。それは今も続いている。俺たちがこの沼地に足を踏み入れた時からだ。
《ギョワア、ギョッ!ゲッゲッゲッゲッゲッ、ゲー!》
奴が、俺たちの居場所を監視していた。想像が確信に変わる。間違いない。
俺は、そういうことが出来る魔物を知っていた。魔物と魔物が手を組んで狩りをおこなう。あり得ない話じゃない。
(手持ちの『避魔針』は、全部で六本。道を作り出せるのは、大体三秒くらいが限界か……)
出たとこ勝負。毎度のことだ。
至るところで触手の同化が始まっている。手遅れとなる前に動かなければ。
「ブレイズ。敵の司令塔はおそらく、空の上です」
「なに?」
手短に作戦を伝える。リーゼ、ブレイズ、ミレイナ、三人の手には、それぞれ二本の杭が握られていた。
『避魔針』。魔力を吸い寄せる効果を持つ針型魔導具。これを使って周辺の魔力溜まりを一時的に無効化し、その遥か先にいるであろう対象の魔物を狙撃する。
「タイミングが重要です。三人同時に等間隔で、これを円を描くようにして投げてください」
「それは構いませんが。空の上に敵がいる?そのようなこと……本当にあり得るのですか?」
「俺とミレイナだけでは、考えもつかない策だ。やるしかあるまい」
「ダメッ!エドワーズ。そんな体でもう一度、あの魔法を使ったら……」
「悪い、リーゼ。これしかないんだ。
一発だけ。それで絶対に決めてみせる。約束だ」
リーゼは最後まで渋っていた。ティアは、ふらつく俺のすぐ傍で、背中を支えてくれている。
全員が位置につき、投擲の体勢に入った。合図はない。次の瞬間、六つの軌跡が上空に向かって打ち上げられた。
一秒。霧の中に不自然な形の穴ができる。
灰色の空。そこで翼を広げる巨大な怪鳥の姿をはっきりと視認した。
二秒。構えた指先。俺の手元から光輝の裁きが放たれる。
圧縮された魔力の弾丸。吸収量の限界を超えた避魔針が爆散し、役目を果たした。
三秒。高温の熱が、覗き穴の先に見える景色を歪める。回避不能の不意打ちが、怪鳥の片翼を切り裂いた。
空の上の監視者が、遠く離れた地表めがけて落下する。触手の動きが明らかに鈍っていった。突如、暗闇の中に放り込まれたようなものだろう。こちらの存在を完全に見失い、混乱している。
(よしっ!うまくいった……!?)
ドクンッと、心臓が大きく脈打った。何度も何度も。とても立っていられずに膝をつく。
例の呪いが、俺を殺そうと躍起になっているのだ。全身の血管が張り裂けそうな感覚。威力を押さえに押さえた、ギリギリの死なない範囲。それでもこれだ。声が出せない。呼吸が詰まる。
灰色の影が視界に入った。狙ったものではない。しかし、指一本動かせなかった。血の味が口内を満たし、電源を落とした機械のように意識が途切れる。
「エドワーズッ!!」
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