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5章、呪われた二ディスの沼地

11、沼地の遺跡へ

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 本来は、深い水の底に住む魔物。無数の触手は、トカゲの尻尾のように生え変わる。
 【極彩セレヴィアの魔剣】で切り落とした部位は、暫く再生しないだろう。しかし、あれほどの手数だ。無力化するには程遠い。
 

 叩くなら本体。その見た目は巨大なタコである。
 縦長の頭と胴体。深海魚のように飛び出た目玉。これといった弱点はない。地上の環境に適応している。
 

 同化した触手による攻撃は相当な脅威だ。まだ見せていない能力もあるかもしれない。みんなの目が言っている。
 ――こんなものを相手にして、我々は本当に勝てるのか?



 「そういえば、ギルドの作戦は――?」

 「……失敗だよ。サイラス殿が、主力をまとめて引き抜いていってしまったからな。君たちよりも先に例の触手と遭遇してしまい、あとはまぁ酷いものだ」

 

 「大した抵抗もできずにやられたらしい」――バロウはそのように説明する。
 


 「報告にあるものだけでも、十七名が行方知れずだ。我々評議会やギルドにとっても、頭を抱える事態だよ」

 「……それでもやるしかありません。
 あまり猶予は残されていないでしょう。悩んでいる暇があれば、今はとにかく前へと進むべきです」



 ミレイナが焦る気持ちはわかる。
 こっちもティアの命が懸かっているからな。グズグズしてはいられない。
 


 「私も同じ意見。エドワーズの怪我が心配だけど――」

 「動けなくなるって程じゃない。パーティーの一員として戦う分には問題ないさ」



 大袈裟に腕を振ってアピールする。一番の頼りはリーゼだ。俺は全力でサポートする。厳しい戦いになるだろう。
 それでもやるしかない。ミレイナの言う通り、俺たちに残された選択はそれしかないのだから。



 「他に使えそうな者はいない。拠点の中は、ほぼもぬけの殻になってしまったからな」

 「逃げ出したってことですか?」

 「みな、誰だって命は惜しい。このような化け物を実際に目にしたのであれば、尚更だ。君たちのように、自ら危険に立ち向かえる存在は珍しいのだよ」

 「ちょ、ちょっと待ってくれよ!俺だってなあ、自分自身の命は惜しいぜ?」

 

 ガロウジのことは、全員無視する。
 戦意を喪失した者は使えない。守れる余裕もない状況では、足手まといになるだけだ(案内役のガロウジは、一緒に連れていく必要があるため例外である)。
 


 「いまクランツが、ギルドの代表として外にいる連中を取りまとめてくれている。……が、あてにはできないだろう。志願する者なんている筈もない。
 作戦の成否は、君たちの手に賭かっているということだ。たった五人の少数精鋭。見事沼地の魔物を討伐し、無事にこの場所へと帰ってこれることを願おう」

 「……こうなったらやるしかねえか。
 任せとけ。この俺が、お前らのことを確実に遺跡の中まで案内してやる」

 「そう言って裏切りそうだからな。事前に、腰につけるための縄を用意しておいた」

 「気が利きますね。ブレイズ」

 「だ、旦那ぁ……!そいつはいくらなんでも酷すぎるぜ!
 ちょっとは信用してくれよぉ……」

 「それはムリな話だろ」

 「うん。私もそう思う」



 まるで罪人のような扱いだ。とはいえ案内の報酬はキッチリ支払うつもりなので、我慢してもらおう。でないと安心できないし。
 それから各自、手早く準備を済ませて拠点を発つ。
 



 最初に目指したのは、触手との遭遇地点。
 抉れた大地。広範囲の枯れ草が焼き払われている。魔力溜まりの要因となっていた霧は出ていない。
 

 同化した触手から射出された白い液体。捕らえられた者たちと一緒に消えていた。
 巨大なスプーンで、地面の上をすくったような跡がある。とんでもない力だ。自然による災害でも、こうはならない。



 「クラーケン例の魔物に連れ去られたとみて、間違いはないだろう」

 「獲物を捕らえる網のようなものですか……!最初の時とは違い、随分と固くなっていますね」



 辺りに散らばる白い欠片。手に取ってみると重く、冷たかった。



 「こんなもので全身を塗り固められたら、一貫の終わり」

 「まさしくその通りだな。……気をつけよう」



 リーゼが、ゾッとした様子で口にする。まるで石膏。
 ティアのことを考えているのだろう。「今ごろ、同じような目に合っていたりしないだろうか?」と。
 
 
 
 「きっと無事さ」

 「……うん、大丈夫。わかっているから」



 根拠のない励まし。前に進む足取りが自然と早くなる。
 「もう死んでるだろうよ」――ガロウジが、小声でボソリと口にした。すぐに女性陣からの袋叩きにあう。顔を腫らしながら、俺に助けを求めてきた。言わなきゃいいのに。


 狩場から少し歩いて行った先に、大きな岩場があった。
 遺跡に入るための秘密の抜け道。『暗がり山』の洞窟を思い出す。入り口は、岩と地面の間にある僅かな隙間。枯れ草で覆われているため、外側からだとわからない。
 

 先頭はミレイナ。ガロウジ、俺とリーゼ、ブレイズの順番で後に続く。
 中は非常に狭かった。ブレイズの頭が、天井の上に擦れるほどである。



 「狭いものだな」

 「旦那がデカすぎるんだよ。他は別にどうってことねえ」

 「このような所で、水の支配者クラーケンの触手に襲われでもしたら……ひとたまりもありませんね」

 「そう、危ない。だからミレイナあなたの代わりに、ガロウジこの人の方を先に行かせるべき」

 「は?俺か?冗談はよしてくれ。
 まさか本気でそうするつもりはねえ……よな?」

 
 
 完全な一本道。地上から垂れた水滴が、ここを削ったのだろう。
 ゴツゴツした壁。しっとりと濡れている。何かが通り過ぎたような跡はなかった。肌をなぞる冷たい温度に身震いする。



 「ブレイズ。聞いてもいいですか?」

 「どうかしたのか?エドワーズ」

 「ミレイナさんのことです。二人は、昔からの知り合いなんですか?」

 「そのことか。
 ――ああ。それこそ、お前たちと変わらない歳の頃からな」



 「俺もミレイナも、同じ施設の出身だ」――かつては小さな孤児院にいたらしい。冒険者の活動で得た報酬は、その内の殆どを仕送りに充てているそうだ。


 
 「大勢の弟や妹たちがそこにいる。少しでもよい暮らしをさせてやりたい」

 「それが理由で、ガロウジの話に乗ったんですか?」

 「古代魔導具アーティファクトは高値で売れるからな。俺にとっては、ギルドからの依頼を受けるよりも稼ぎのいい仕事だ」

 

 色々と腑に落ちる。血の繋がりのない家族を養う優しい兄。それがブレイズの持つ、もうひとつの顔なのだろう。
 前を歩いていたミレイナが立ち止まる。俺たちの会話が聞こえていたらしい。不服そうな表情をこちらの方に向けてくる。
 
 

 「彼は手段を選ばなすぎるんです。どこのパーティーにも所属はせずに、単身で危険度の高い依頼を引き受ける。噂は聞いていましたよ。
 ――命知らずもいいところです!」
 
 「だが俺は、こうして五体満足で生きている。それで問題はないだろう?」

 「五体満足?問題ない?――バカなのですか!あなたはッ!!」
 
 「俺は、この先も己の考えを変えるつもりはない。パーティー勧誘に関する件も、無駄なことだ。いい加減に諦めろ」

 「ムダ!無駄と言いましたか?
 ワタシがどれほどあなたの事を考えて――」

 「俺にはいらん世話だ。放っておけ」

 「それができないから困るんです!」


 
 話の内容は平行線。終わりが見えない。
 ブレイズは、デキる男である。敢えてミレイナのことを突き放しているのだろう。でなければ、あのように優しげな目はしない。
 
 
 
 「エドワーズ。もしかしてこれが『痴話喧嘩』?」

 「さあ?どうだろうな」
 
 「呆れたもんだぜ。こんなところで騒いでいたら、奥にいる化け物の方に気づかれちまう」

 
 
 ガロウジは気が気ではない様子だ。
 やがて道幅が段々と広くなる。酷い悪臭が強まってきた。
 足をあげると、靴底から粘り気のある粘液が糸を引く。灰白色かいはくしょくに染まる壁。むせ返るような濃い魔力が辺りに漂っている。
 いよいよ水の支配者クラーケンの棲家に到達したのだ。



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