虹の魔術師~元最強の異世界出戻り冒険録~

ニシヒデ

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5章、呪われた二ディスの沼地

12、忍び寄る影

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  (まるで蟻の巣穴だな)



 遺跡というからには、もっと違うものを想像していた。そんな雰囲気は微塵も感じられない。目を背けたくなる……そんなおぞましい場所である。
 主が不在であることを祈りながら、道なりに進んで行った。目指すのは魔物の食糧保管庫。ティアはおそらくそこにいる。



 「やけに辺りの空気が重たいですね」

 「うん。水の中に入っているみたい」



 ミレイナとリーゼの二人が、息苦しそうに口を開いた。気のせいではないだろう。通路の内側は、特別濃い魔力溜まりによって満たされている。
 生暖かい水蒸気が顔を叩いた。服の表面をしっとりと濡らしていく。パキリッと、何かを踏み砕いたような音がした。
 腐った骨。表面が黒ずんでいる。そこは数えきれないほどの骸が地面に転がる、ゴミ捨て場の中だった。



 「これは……!いったいどれ程の犠牲者がいるというのですか」

 「人間だけではない。この辺りの魔物は、全て奴によって食い尽くされたのだろう」

 「道中の魔物を掃除してくれていたとはねぇ。食欲旺盛で結構なことじゃねえか」

 「だけどなガロウジ。その食欲が、俺たちの方に向けられたらどうするんだ?」

 「そ、その時はエドワーズ。もちろんお前さんたちの出番だぜ!」

 「あなたはきっと、最初には狙われない。……食べたらお腹を壊しそうだし。おいしくなさそう」

 「そりゃ、もっともな意見だな」

 
 
 うず高く積み上げられた骨の山。隙間から鋼色の光が覗いている。
 武器、道具、どれも共通して魔法の術式図が刻まれていた。魔剣もある。機能はともかく数だけ見れば、ここは冒険者たちにとって宝物庫のようなものだろう。
 


 「これらは全て魔装具なのか?」

 「はい、一応。ここにあるものは最低限、そうだと呼べるものばかりみたいです」

 「こんなガラクタよりも、エドワーズが作った物の方が、よっぽどすごい」
 
 「何やらとんでもないことを聞いた気がしますが、まあいいでしょう。
 魔物の食料保管庫というのは、この先にあるのですか?」

 「おうよ。このまま真っ直ぐ歩いていった先にある筈だぜ」



 優先するべきことは他にある。足下に広がる墓場の上を踏み越えて行くと、頭上で輝きを放つ巨大な宝石を見つけた。
 万華鏡の中身を覗くようにして、その表面の形が刻一刻と変化している。誰もがその美しさに目を奪われ、足を止めていた。



 「キレイ……!」

 「驚きました。このようなものが地下遺跡の中にあるなんて……!」



 純魔石。しかもあれは卵の殻の部分にあたる。内側に結晶化した魔石の塊があるはずだ。
 どうせなら頂いていきたいが、とにかく今はティアのことを助け出そう。



 「ようやく着いたぜ。ここが目的の場所で間違いねえ」

 

 ガロウジが落ち着きのない様子で辺りを見回す。運が悪ければ死んでいたのだ。無理もない。
 白い繭のように見えるもの。それが壁一面にビッシリと生えている。大きさは大小さまざま。そのうちの大半は魔物のものだ。生きてはいるらしい。呼吸をしている。少しだけ安堵した。あとは捕えられた者たちを、ここから見つけるだけである。



 「時間がありません。手分けして探しましょう」

 「了解した。俺とミレイナは、奥の方からあたってみるとしよう」

 「待ってくれ!俺はもちろん旦那たちと一緒についていくぜ!」
 
 「『別れて探す』って言ってるのに、あのバカは……!」

 「ガロウジあの人は最初からあてにならない。エドワーズも、頭数に入れたことはないんでしょ?」



 それもそうか。リーゼの方がしっかりしている。ガロウジのことは放っておこう。
 中央付近にそびえ立つ大きな柱。俺とリーゼは、それぞれ左右に分かれながら探索を開始する。繭の表面を叩いてみると、カチカチと音がした。硬く、内側に酸素を通す性質らしい。拘束と保管の役割を同時に担っている。実に機能的だ。
 


 (でもそのお陰で、ティアの生存に関して希望が持てるな)
 
 

 中身が僅かに透けている。魔物の目玉がこちらを見ていた。こうしておけば、いつでも新鮮な獲物の肉にありつける。
 あの白い液体は、魔力を吸収することで硬化するのだ。ガロウジの体内魔力量は、並みの冒険者たちと比べて遥かに低い。魔物についても然り。だからこそ、この場から逃げ出すことができたのだろう。



 (それにしても数が多いな。一体どれだけ掛かることやら……)



 まるで冬眠前。食料庫には、それだけの量の餌が溜め込まれていた。人間サイズのものを探したが、そう簡単には見つからない。
 端から端までくまなく目を凝らしていく。ある程度の時間が過ぎた頃、向かい側の奥の方からリーゼの声が響いてきた。



 「見つけたッ!!」
 
 
 
 大急ぎでそちらに向かう。ブレイズたちもすでに駆けつけていた。
 繭の側面から飛び出た手足。俺は、所持していた『熱包丁ヒーターナイフ』で慎重に切り開く。赤熱した刃が簡単に沈んでいった。どうやら熱に弱い性質らしい。
 サナギから落ちるようにして、地面の上に倒れた大男。長身のハゲ頭。自らを『鉄拳』と名乗る、冒険者のザジだった。



 「ガハッ!?ゴッホゴホッ!ゲエエ……!」 

 

 両手をつき、盛大にゲロを吐く。みんな数歩後ろに下がった。ザジに手渡した水筒の中身は一瞬で空になる。
 あれはもう使えないな。



 「……プハー!フゥー……なんとか生き返ったぜ!」

 「タフな男だ。常人よりも肉体の回復力が高い」

 「エドワーズ、早く!早くティアのことも助けてあげないと!」



 リーゼに急かされるが、どれがティアのものなのか分からない。片っ端から救助活動を開始する。二人目はミレイナと同じパーティーに所属している、弓使いの女性冒険者だ。三人、四人、次々出てくる。
 やがて見覚えのある栗色の髪が視界に入ってきた。
 


 「……ンー……ムニャムニャ。もう食べられないわよぉ……」



 ティアは、涎を垂らしながら呑気に寝ていた。足首の傷以外は何ともない。俺もリーゼも、肩の力が抜けてしまった。万が一の可能性が、頭の中にチラついていたからである。
 リーゼが、ティアの頬をバシバシ叩いた。全然起きない。こんな状況で、どれだけ快眠してるんだ。その姿を見た全員が、目を丸くして驚いている。



 「ティア!ティア、起きて!」

 「ウー……!人が気持ちよく寝ているのになんなのよ?うるさいわね……」

 

 ――バシャン!



 リーゼが魔法で大量の冷水を一気に浴びせた。ティアは途端に、寝ぼけた様子もなく飛び起きる。



 「うひゃいっ!?つ、冷た!って、リーゼ?」

 「よかった。ティアが無事で。ほんとうに……!」



 リーゼは服が濡れることも構わず、ティアの体を力強く抱きしめた。
 これにて一件落着。水の支配者クラーケンに見つかる前に、遺跡のお宝を頂いて退散しよう!というわけにはいかない。



 「残りも早く済ませよう。ブレイズとミレイナさんは、付近の警戒を頼みます」

 「わかりました。しかしこの分だと、残りの者たちを解放するまでにかなりの時間が――」


 
 ミレイナが、ハッとした様子で口をつぐむ。その視線の先はある一点を見つめていた。恐る恐る視線を向ける。



 (マジかよ……!)



 灰色の巨影。水の支配者クラーケンの触手が、保管庫の中にまで入ってきていた。ゆっくりとした動きで近づいてくる。
 まだ見つかってはいない筈だ……と信じたい。



 (そのまま動くな!)



 俺は指を立てて、全員に指示を伝える。ガロウジは今にも卒倒しそうだ。ティアの目と口は、リーゼが覆い隠してくれている。
 早く……早くこの場を通り過ぎてくれ!



 ――ガシリッ。



 触手の動きが、頭上にあった白い繭の手前で止まった。果実を摘むようにして、それを壁際からいくつも引き剥がす。息もできない。
 誰もが心の底から恐怖していた。音もなく、最奥にある暗い穴の中へと消えていく。
 





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