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5章、呪われた二ディスの沼地

13、クラーケン討伐戦①

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 「お、おいっ!早いところ、この場所から退散しようぜ!」

 「何をバカなことを。それをするのは、他の者たちも助け出してからに決まっているでしょう」

 「怖いのなら、ガロウジあなた一人だけで逃げればいい。私たちは、誰も止めたりしないから」

 「俺だけで帰れっていうのか?冗談じゃねえ。命がいくつあっても足りねえぞ!」

 「なら、これ以上お前は口を開くな。
 ――まだ見つかってはいないだろう。うまくいけば、クラーケンとの戦闘は避けられるかもしれない」

 

 ブレイズはそう言いながらも、己の得物である背中の大剣に手をかけた。
 わかっている。時間の問題だろう。敵は水の支配者クラーケンだけではない。深手は負わせたが生きている。遠目にしか見てないが、あれも普通ではない個体の筈だ。



 ――ギギギィ!……ガリガリガリ。
 


 (なんの音だ?)


 
 岩肌を引っ掻くような音。石柱の向こうから、何かがこちらを覗いていた。
 沼地の監視者、黒い鳥型の魔物である。頭部と上半身が異様にデカイ。翼の先には三本の鋭利な爪。片側に残る傷痕は、【虹の魔法】で貫いたものだろう。 
 飛行能力は失われているが、脅威が無いわけではない。人間の肉なんて簡単に引き裂ける。こちらの姿を捉えた巨大カラス。その喉奥から、身を震わせるような絶叫が辺りに響いた。
 

 
 《ギョワアアアアアアアッ!!》



 ミレイナが、真っ先に怯むことなく距離を詰める。正面の方向から、高い殺傷力を持つ岩の雨が投擲された。
 俺とリーゼの魔法援護が、的確にその全てを潰していく。
 巨大カラスの足が大きく地面を蹴った。信じられない跳躍力。ミレイナのレイピアは届かない。暗闇の向こうから水の支配者クラーケンの触手が伸びてくる。



 「下がれ、ミレイナ!」

 「待ってください、ブレイズ。あれは――」



 俺たちを狙ったものではない。巨大カラスが、水の支配者クラーケンの本体がいる場所に引きずり込まれた。



 「結局こうなるのかよぉ!?」

 「こっちは最初からそのつもりで来てるんだ。
 ――ブレイズは皆の救出を。予定通り、あとから合流してください」

 「最善を尽くそう」

 

 繭の切断時に使用する『熱包丁ヒーターナイフ』を渡しておく。ブレイズは、早速作業に取り掛かり始めた。


 
 「魔物の退治?腕が鳴るわね!」

 「そんなこと、させるわけない」

 
 
 リーゼが、駆け出そうとしたティアの首元をむんずと掴む。
 
 

 「えっ……な、なんでよ?」
 
 「怪我しているだろ。その足じゃ、まともに動けない」

 「もう直ったわ!」
 
 「そんなわけあるか。大体ティアは苦手なんだろう?ああいう相手は」

 「それは目を閉じるとか……頭から被り物をしたりすれば、何とかなるわよ!」
 
 「話にならない」



 当然だが、ティアはこの場に置いていく。ミレイナの仲間や、助け出したばかりの者たちも同様だ。
 遺跡内が大きく揺れる。地響きと共に聞こえる咆哮。食事の最中、巣穴の中に入り込んできた侵入者。心底怒り狂っているらしい。
 俺とリーゼ、ミレイナの三人は臆することなく、水の支配者クラーケンが待ち受ける穴の向こうに足を踏み入れる。



 「酷い魔力溜まりですね。これ程のものは初めてです」
 
 「今までの中で、一番イヤな感じがする。
 ――エドワーズ、気をつけて」

 「ああ、リーゼ。わかっているさ」



 灯りは必要ない。入り口とは違い、奥の方には無数の蝋燭ろうそくクラゲが漂っている。ダンジョン内の環境は絶好の生息地。警戒しながら辺りを見渡す。
 ドーム型の広い空間。壁一面に描かれた壁画、彫刻。どうやらいにしえの祭壇らしい。中央に建つ、巨大な祠らしきものは半壊していた。



 「おかしいですね。あれ程の巨体が一体どこに――」

 

 ミレイナが思い浮かべた疑問の答えは、すぐに分かった。
 ボタボタと、上から何かが垂れてくる。見覚えのある白い液体。それが水溜まりのように広がっていた。



 (まさか……!)


 
 はっきりと視線が合った・・・・・・。透明化の魔法が解け、灰色の化け物が姿を現す。
 天井に張りつく触手。タコ型の胴体。円形の口の中にビッシリと生えた牙。無数の触手で自重を支えながら地上に降り立つ。



 「なんて……大きさ!」

 「驚いている暇はないぞ、リーゼ。
 ――ミレイナさん。俺たちは作戦通りに、奴の注意をそらしましょう」

 「えっ?ええ!いや、しかし……。
 あなたはこのような状況でも冷静ですね。本当に大した子どもです」



 腹の底を震わす地響き。俺たちの目前で水の支配者クラーケンの巨体が起き上がる。
 同化した触手の数は全部で十本。【極彩セレヴィアの魔剣】で切り落とした二本は機能していない。速さではなく、攻撃性に特化した形状。攻略する余地はある。
 
 

 「あれ・・は魔法を使います。くれぐれも無理はしないように」

 「『超特殊個体《ノーヴァ》』とは、それ程のものですか……!とにかく、やるしかありませんね」

 
 
 俺とミレイナは二手に分かれた。左腕の傷は完治していない。最低限の動きだけで触手の攻撃を掻い潜る。
 


 ――ブオオオオオンッ!



 頭上スレスレを、灰色の影が勢いよく通過した。大きな風切り音が耳に入る。当たれば即死級の威力だが、ターゲットは分散しているので焦ることはない。
 ミレイナの方を見る。余裕で回避していた。俺たち二人はそれでいい。あとはリーゼに任せてある。



 ――準備の時間さえあるのなら。



 リーゼは言った。それなら触手の『魔力防御』を突破してみせると。
 六種の魔法を複合させた氷の刃。冷気がこちらの方にまで伝わってくる。水の支配者クラーケンの反応は早かった。三本の触手が盾となり、正面から放たれたリーゼの初撃を迎え撃つ。



 《――ヴォォォオオオン!?》



 痛み、驚愕、それらの感情が混じったような叫びが響いた。三層目のなかばまで容易く切り裂く。
 


 (隙ができたっ!)



 至近距離から、数発の【岩の魔矢ストーンショット】をお見舞いする。眼球を狙ったものだが、鬱陶しそうに弾かれた。
 しかし、本命は別にある。



 「これならッ!」



 リーゼの魔法二撃目が、水の支配者クラーケンの頭上高くから突き刺さった。……ように見えたが、直前で防がれる。
 魔法で透明化した触手を隠し持っていたのだ。リーゼも、予想はしていたらしい。だからこそ威力を押さえて、無駄な魔力消費を避けたのだろう。
 


 (あれを攻撃に回されたりしたら、厄介だな)



 手の内は理解した。それは向こうも同じである。
 切断した触手の再生が始まっていた。細長い形状。数本が絡み合い、肥大化して元通り。キリがない。
 水の支配者クラーケンの狙いはリーゼだ。突如、大木のような太さの巨影が、数十の触手に分裂する。網目状に広がり、逃げ場がない。



 「リーゼ!作戦変更だ。――あれをやる!」

 「(コクリッ!)」

 

 リーゼが頷く。氷の障壁で身を守りながら、すぐに後退していった。
 俺の狙いは遥か上。【岩の魔矢ストーンショット】を限界まで撃ちまくる。ミレイナは、とっくに水の支配者クラーケンの側を離れていた。


 
 ――ズドドドドドドッ!



 天井に着弾した魔法。付近の岩を砕き、広範囲に落石を発生させる。
 俺たち三人は、それを盾にして水の支配者クラーケンからの攻撃を凌ぎきった。一歩間違えれば、こちらも巻き込まれてしまう。諸刃の剣だが、それに見合う効果はあった。



 「とんでもない作戦ですね……!まさか、こうも上手くいくなんて」

 「今のうちに畳み掛けましょう。これで仕留め切れるのなら、俺たちの勝ちです」

 

 落石の中で、苦しそうに呻く水の支配者クラーケン。とどめを刺すために、リーゼとミレイナの二人が動く。
 この程度であれば問題ない。だが、奴は『超特殊個体《ノーヴァ》』と呼ばれている化け物だ。その意味は「とても恐ろしく、理解できない存在」。最後まで油断できない。
 俺たちがいるこの空間には、姿を見せない敵がどこかで息を潜めているからな。








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