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5章、呪われた二ディスの沼地

14、クラーケン討伐戦②

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 《ゲヒャアアアッ!》

 (ようやく出てきたか)

 
 
 突如現れた巨大カラスが、ミレイナを真横から強襲する。
 黒い残像。そう錯覚するほどの速さだった。落石を利用して近づいてきたのだろう。翼の大爪が勢いよく振り下ろされる。
 


 ――ギリッ、ギリリリィ……!



 《ギョワッ?ギョワアアアア!?》

 「これはいったい……?」

 「エドワーズの罠。うまくかかってくれたみたい」



 驚くミレイナ。天井が崩れた瞬間、辺りに『魔鋼糸』を張り巡らせておいたのだ。
 この素材は、俺の魔力で自由に伸び縮みする。どんなに暴れられても、伸縮を繰り返せば簡単に切れることはない。
 


 「リーゼ、頼む」

 「うん。あとは任せて」



 巨大カラスが、血走った目をこちらに向ける。その後ろで何かが動いた。水の支配者クラーケンの触手、その先端がピタリと狙いを定めている。
 


 「マズイッ!――リーゼッ!」

 「【氷山剣アイシクルソード】!」



 射出された液体が、地面から生えた氷の剣にぶち当たる。呆気なく砕け散ってしまった。
 続いてミレイナが前に出る。その手には、風を纏わせた二本の魔剣レイピア。一点に重ねて刺突攻撃を繰り出した。



 「クッ!これでもダメですか!」



 さらに数発。側面からの攻撃がくる。このままでは蜂の巣にされてしまうだろう。
 三人揃って後退を余儀なくされた。本体は埋もれたまま、正確に狙いをつけてくる。凄まじい弾幕のせいで近づけない。



 (巨大カラスあいつの発する声が、目の役割を担っているのか)



 再生した触手が瓦礫の山を押し退ける。水の支配者クラーケンの本体は無傷のまま。『魔鋼糸』の拘束から逃れた巨大カラスが、その隣に並び立つ。
 

 
 「これで出揃ったな」
 
 「私がやる。二人はもう一度、隙を作って」

 「なかなかの無茶を言いますね……!でも、やれるだけやってみましょう」

 

 先ほどまでとは違う触手の形状。細く、より俊敏な動きを可能にしたものである。
 ……桁違いの魔力量だ。敵側も本気を出してきたらしい。
 
 

 「ミレイナさんは、鳥型の魔物の動きを警戒してください。
 水の支配者クラーケンの方は、俺が正面から突っ込んで注意を引きます」

 「えっ!あ、あれを相手にですか?いくらあなたでも、それは難しいのでは――」



 俺は、ミレイナからの返事を待たずに駆け出した。
 無策なわけじゃない。出し惜しみなく、小細工をして時間を稼ぐ。
 首から下げた『幻影の首飾りミラージュペンダント』を起動した。二体の魔物は、煙で作成した分身体に見向きもしない。四方八方から、高速化した複数の触手凶器が襲ってくる。
 

 
 (直撃でもしたら、一発でお陀仏かもな!)



 自ら死線に身を投じる感覚。常人なら、恐怖で身がすくむだろう。
 魔力の流れを見る目。触手の軌道を先読みして回避する。魔力溜まりの中で、それをやってのけるのは至難の技。
 ……俺の場合は違う。息をするよりも簡単なことだ。



 「限界まで付き合ってもらうぞ」



 【極彩セレヴィアの魔剣】で斬ってもいいが、それだけだと討伐するまでには至らない。弱点を探る必要があった。
 水の支配者クラーケンの心臓部。そこを突けば、確実にこの化け物を倒すことができるだろう。次第に激しくなる触手の猛攻。押し返され、離脱する。
 


 ――ギィィンッ!



 『反射の籠手リフレクター』の反発力を逆作用させることで、後ろに跳んだ。逃げた先では、巨大カラスが待ち受けている。対応するまでもない。
 俺の仲間が、期待通りの動きをして応えてくれているからだ。



 「ワタシを忘れてもらっては困ります!」



 ミレイナの刃が、今度こそ魔物の体に深々と突き刺さる。長い舌を出し、苦悶の表情を浮かべる巨大カラス。死に物狂いの蹴り反撃は空振りだった。



 「逃がしませんっ!」



 ミレイナの放ったレイピアが、魔物の脚を固い地面の上に縫いつける。焦った片割れクラーケンの触手が伸びてきた。
 今しかない。


 俺は、『永久貯蔵魔石チャージャー』の魔力を解放する。たった一振。当たれば致命的なのは、向こうも同じ。
 利き腕で極彩の魔剣光刃を握り締め、大きく踏み込みながら斬り払う。



 《ギャワアア――ッ!!》



 断末魔と共に、巨大カラスの上半身が消し飛んだ。触手の檻が、俺とミレイナを包囲する。どこにも逃げ場はない。
 幻影の首飾り魔導具で作成した分身体が、水の支配者クラーケンの頭上付近に到達する。魔力探知は機能しない。だからこそ、単純な目眩ましが最も効果を発揮する。



 「【氷の衝撃アイシクルインパクト】」



 幻影の中から青髪の少女が飛び出した。リーゼの掌から巨大な氷塊が撃ち出される。
 防ぐ間もなく、水の支配者クラーケンの頭部へと命中した。
 


 「このまま押し潰す!」



 二度、三度、攻撃の手は緩まない。釘打ちのように、水の支配者クラーケンの全身が沈んでいく。



 《ゴオアアアアッ!》

 「――ッ!なにかくる!」



 追い詰められた獣ほど、恐ろしいものはない。魔物にもそれが当てはまる。
 大量の出血。命の危機。ただならぬ雰囲気を察したリーゼが後ろに退がる。
 触手の先端。向けられた先にあるのは己の体。射出された液体が水の支配者クラーケンを包み込む。
 


 「どういうつもりでしょうか?あれは――」

 

 ミレイナが、先ほど投げたレイピアを回収しながら呟いた。食糧庫の白い繭を思い出す。何かおかしい。魔力溜まりの中でも硬化はせずに、液体の状態を保っている。
 奴自身が、初めから硬化するタイミングを選べるとしたら?答えは目の前にある。
 


 ――ピキッ……パキパキパキ……パキンッ!



 水の支配者クラーケンの本体が白色の鎧に包まれた。周囲の魔力を取り込むことで、より一層硬度を増す。
 コーティングされた触手。鋼色の刃が生えている。自在に変化する形状。狩りではなく、敵を殺す。そのような意思が見て取れた。



 (ここからが本番か)



 戦いの火蓋が切られる直前。後方から複数の足音が聞こえてきた。
 先頭はブレイズ。腰に巻かれたロープの先にはガロウジがいた。半泣きの状態で引きずられている。ハゲ頭の大男、ザジも一緒だ。
 驚いたことに、ティアまで来ている。片足を浮かしたまま、こんな所にまでピョンピョン跳ねてきたらしい。顔は布袋のような物で完全に隠してある。


 
 「ブレイズ、来てくれたんですね。
 ――でも、なぜガロウジその男も一緒に?」

 「旦那が俺の話を聞かないで、いきなり走り出しちまったからだよぉ!」

 「オラァ!『鉄拳』のザジ様が助けに来てやったぞ……って、なんだぁ!?あのとんでもない化け物は!」 

 「ティアッ、なんでここに来たの!」

 「だっ……だってだって!あたしも皆の役に立ちたかったし……」

 「片足だけじゃどうにもならない。今すぐ戻って!」



 その時。水の支配者クラーケンの触手から、硬質化した鋼の刃が投擲される。祭壇入り口付近の壁に張りつき、そのまま溶けて退路を塞いでしまった。



 「あっ!」
 
 「……これで逃げ道がなくなったな」

 「ハッ!こっちは最初はなっから逃げ出すつもりはねえよ。
 ――お前たちは引っ込んでいな。俺様の散り様を、しっかりと目に焼きつけとけ!」

 「呆れるほど愚かな人ですね。それでは無駄死にと変わりありませんよ」

 「なんだと?このクソあまが……グオッ!」



 リーゼが、倍以上の体格差があるザジの体を突き飛ばす。
 無意味にそうしたわけじゃない。



 「くるぞ」



 ブレイズからの警告。地面を切り刻む触手の斬撃。すぐ真横を通過して、俺たち全員を分断する。受けることは出来ない。それをすれば、あっという間に肉片となってしまうだろう。
 


 



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