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5章、呪われた二ディスの沼地

15、クラーケン討伐戦③

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 「エドワーズ、受け取れ」

 

 ――パシッ!



 ブレイズから渡された物。『熱包丁ヒーターナイフ』だ。その意図を理解する。そう、だからこそ待っていた。
 ブレイズが背負った大剣。水の支配者クラーケンの装甲を突破するための手段は、あれしかない。



 「ブレイズ。剣を――」

 「問題ない。好きに使え」

 「……助かります!」



 最後まで言い終わる前に許可が下りた。とはいえ俺には重すぎる。どうしたものか。



 「突然何よ~!」



 ティアが、被り物の内側でフガフガと声を出す。リーゼに抱き抱えられる形で、触手の攻撃から逃れていた。



 「ティア、出番だぞ」

 「フェ?なにが?」

 「お前の助けが必要だ。ブレイズの大剣を振り回すくらい、朝飯前だろ?」

 「そんなのヨユーよ、ヨユー!」

 「そりゃ頼もしい」



 水の支配者クラーケンからの攻撃が再度くる。作戦は決まった。ティアは視界が使えない。
 射線上の位置にまで、奴を誘導させる必要があった。



 「どうするつもりだ?あれだけに頼るのでは、決め手に欠けるぞ」

 「俺に考えがあります。ブレイズの大剣は、あくまで突破口の役割しかありません。大切な武器を使い捨てにするみたいで、申し訳ないんですけど……」

 「気にするな。それより、凄いものだな。見た目に反して、魔剣と見紛う性能をしているぞ。それは」


 
 俺の握っている包丁は、自作の魔装具だ。刀身が熱を帯びるだけではない。他にも隠された機能を有している。



 「要するに、化け物の気を引けって言うんだろ?上等じゃねえか!俺様に任せておけ!」

 「エドワーズ。ザジこの人、すぐに真っ二つにされちゃいそうだけど。
 ――放っておく?」

 「まさか」



 ザジの背中にこっそりと手をあてた。肉体の主導権を奪う魔法。魔力操作の応用なので、専門ではなくても普通に使える。



 「うおお!なんだ?勝手に体が動くぞ!」

 

 驚いた様子でドタドタと走り出す。まぁ、俺がそうさせているのだが。リーゼが、心配そうにこちらを見つめる。
 大丈夫。絶対に死なせはしないさ。



 (大した奥の手だったが、悪手だったな)



 先ほど目にした液体の硬化。付近の魔力溜まりが薄れている。一時的なものだろう。それでもチャンスであることには変わりない。



 「奴の急所を探る。リーゼはでかいのを一発、準備しておいてくれ」

 「ん、わかった」



 軽い返事。俺は、手元の『熱包丁ヒーターナイフ』に魔力を込めた。
 刀身から溢れ出た炎が一気に広がり、大きな壁となって水の支配者クラーケンの方へと向かっていく。



 ――ゴオオオオオオ!



 押し寄せてきていた触手がビタリと止まった。熱に弱いことは分かっていたが、あれほどとはね。
 見た目は派手だが、実のところ威力はない。まんまと引っ掛かってくれたようだ。



 「どわああああ!?」



 俺とザジの二人で、炎の壁の中を突っ切っていく。生きた心地がしないだろう。触れたら終わりのデスゲーム。
 触手の斬撃を間近で目にしたザジが、悲鳴を上げる。


 
 (さて、どこにある?)



 水の支配者クラーケンの本体を観察する。あの鎧は厄介なものだが、同時に奴の弱点を示してくれていた。
 一か所だけ他とは違い、かなり厚い部分がある。不気味な形をした口の真横。左側面、そこに魔力が集中していた。



 (子ども騙しが効かなくなってきたな)



 炎の壁による牽制が意味をなさない。
 触手の攻撃が、段々とこちらの方にまで届いてきている。流石に見抜かれてしまったか。
 だとしても問題はない。的は俺とザジ二方向に分散している。いつまでも敵を捉えられない苛立ちが、触手の動きを明らかに鈍らせていった。



 「ゼーゼー!し、死ぬところだったぜ……」

 「その体格でなかなかやりますね。見直しましたよ」

 「エドワーズのおかげ。普通だったら一秒も持ってない」



 隙を見計らい、距離を取ってミレイナたちと合流する。
 ザジは息も絶え絶えだ。ここからはバトンタッチ。ようやくリーゼ本命の出番である。



 「左側面、口の真横の辺りが奴の急所だ。正面に向けるだけでいい。やれそうか?」

 「そのくらいのこと、できて当たり前」



 低下する温度。風が吹き荒れ、氷嵐ブリザードのつぶてが辺りを舞う。



 ――グォォォォオオオオオオ!!



 巨大な竜巻が水の支配者クラーケンの方に向かっていった。迎え撃つ側の触手が一瞬で凍りつく。
 轟音と共に内側から現れたのは、翼を持つ氷像の最強種。【氷竜リュシェール】の牙と爪が、本体を覆っていた鎧の表面にヒビを入れる。
 組みつかれ、身動きが取れなくなった水の支配者クラーケンはされるがままだ。



 「ティア、大剣そいつを真っ直ぐ、思いっ切りぶん投げろ!」

 「わかっ……たわっ!!」

 

 ブレイズが向きを調整してくれている。ティアは、そのまま投げるだけでいい。
 『魔力防御』による強化。獣人族の身体能力。ミレイナの魔剣が風の道を作り出し、勢いをサポートする。三つの力を掛け合わせ、ティアの両手から得物が離れた。



 ――閃光。



 カッと光り、大きな爆発音が耳に入る。ブレイズの大剣に仕込まれた『火線茸』。その威力は、水の支配者クラーケンの分厚い鎧を熱で溶かし、容易く砕いた。



 《ギャオオオオオオ!》



 露出した急所。水の支配者クラーケンの心臓部。
 そこに【氷竜リュシェール】の腕が突き刺さる。内部の臓器を捻り切ろうとするが、途中で止まった。最後の抵抗。そのすぐ目の前に、俺はいた。



 「【岩の魔矢ストーンショット】」


 
 鋭利な岩の塊。開いた傷口の奥へと突き刺さる。
 水の支配者クラーケンの巨体がブルリと震えた。やがて力なく、全ての触手が地面に倒れる。両の目からは光が消え、完全に沈黙した。



 「嘘……だろ?勝った……あの化け物に勝っちまったぞ!」

 

 ガロウジの声を聞いて、ようやく実感する。
 勝った。そう、勝ったのだ。紙一重のところで。正直これ以上は打つ手が無かった。ドッと疲れが押し寄せる。ふらついた俺の肩を、ブレイズが支えてくれていた。



 「よくやった」

 「……はい」



 それで十分。気持ちは伝わる。
 数えきれない血肉を喰らった化け物の骸を見た。これほどの強敵。人族の領域で戦うことはないと考えていた。



 「リーゼも、よくやったな」

 「うん。でも、最後はエドワーズが決めてくれなかったら、危なかった」

 「ちょっとあたしは?あたしのことはどうなのよ!」

 「ああ。もちろん、ティアもよくやってくれたよ」

 「でしょ?やっぱり、あたしが一緒にいないとダメね。二人だけだと絶対に危なかったし、放っておけないわ!」



 リーゼが、クスリと笑う。三人、無事に生きてこの窮地を切り抜けた。あとは目的の純魔石を回収するだけ。
 しかし、その前に片付けなければならない仕事がひとつだけ残っている。
 




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