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6章、北の大地
14、強さの証明 VSフレア①
しおりを挟むこの日を待ち望んでいたのだろう。フレアはえらく上機嫌だ。あまりにも人の数が多すぎる。会場には、俺のことを一目見てやろうと考えている野次馬ばかり来ていた。
「大人げない連中だな」
「ん?何か言ったか?エドワーズ」
「寄ってたかって俺たちの試合を見に来たんだろ?この国には暇人が多いと思っただけさ」
「そんなことはない。午前の間はどこも仕事が休みになったんだ。ソフィア様が取り計らわれたお陰だぞ?
我々は何も考えず、これからおこなわれる試合に集中すればいい」
フレアが引き抜いた魔剣の刀身がキラリと光る。
高々と天に向かって突き上げ、謎ポーズ。あれでカッコつけてるつもりらしい。
すぐ近くでは、木剣を抱えたフレアの部下がオロオロしていた。
「だ、団長!彼との試合では、魔剣の使用は禁止されているはずです」
「ああ、知っているとも。
しかーし!この愛刀は私の身体の一部。腰に差しているだけなら問題ないだろう?」
「もうすでに抜かれているじゃないですか!」
ジェシカがこちらに向かって来る。流石に見ていられなくなったのか。俺としては何を使われようと構わないのに。
結局は子ども扱いをされているのだろう。
「フレアちゃん。悪いけどその剣は没収よ」
「なっ……!なぜだ!?」
「当たり前じゃない。だって危ないでしょう?
彼の安全をよく考慮した上での判断だから、文句を言わずに従いなさい」
「……ああすまない。私は少し浮かれてしまったようだ」
フレアは反省した様子で剣を納めた。代わりに用意された木剣はかなり古い。あれでは簡単に折れてしまうだろう。
つまり、今の俺はその程度の実力しかないと思われているわけか。
「使えばいいだろ」
「「えっ?」」
「魔剣だよ。俺はまったく問題ないけど?」
「ダ、ダメよそんなの!」
ジェシカが反対するが、気にすることはない。
フレアが言った通り。何も考えず、目の前の試合だけに集中する。
「これでもちょっとはやる気が出てきたんだ。余計な気遣いはされたくない」
「本当に大丈夫なのか?エドワーズ」
「俺のことを舐めすぎだ。一応本気でやるから、そっちも最初からそのつもりでかかってこいよ?」
「……いいぞ。ハハハッ!よしっ、それでこそだ。エドワーズッ!!」
フレアが再び剣を抜いた。そして構える。たったそれだけの動作で辺りの空気が一気に変わった。
「――ッ!まずいわ、すぐにここから離れるわよ。掴まって!」
「……ジェシカさん?――キャッ!」
ジェシカは迷わず、もう一人の団員の体を抱えて離脱する。その理由はフレアにあった。
大量の魔力が訓練着の表面に纏わりつく。まるで重鎧。それほどの存在感。化け物じみた『魔力防御』だ。その瞳には俺の姿しか映っていない。
「準備はいいか?エドワーズ」
「ああ。いつでも」
人外の境地に足を踏み入れている。上位魔族の黒騎士よりも遥かにヤバい。自然と笑みがこぼれた。
合図はない。向こうも分かっている。どちらかが動き出した瞬間に始まることを。会場にいる全ての者たちが息をのんで見守った。
一陣の風が吹く。小さな砂粒が舞い上がると同時に、フレアの姿は俺の視界から消えていた。
*****
数百人が一斉にフレアを見失う。
エドワーズは真横に跳んだ。金色の残像が瞬間移動のごとく距離を詰めてくる。
突進と同時にフレアが伸ばした腕は何もない宙を掴んだ。
――ガキンッ!
重い金属音が鳴り響く。追撃をかけようとしたフレアの足がその場で止まった。エドワーズの放った岩の魔矢が剣の刀身に当たって砕ける。
エドワーズは、すかさず反撃に転じた。続く二発目を、フレアは身を屈めて避ける。低姿勢のまま地面を蹴った。逃げることなどかなわない。エドワーズはすぐ手の届く距離にいる。
気づいた時、フレアの視界は眩い輝きに包まれていた。
「一体何が……起きたのですか?」
誰もイルシアの問いに答えない。答えられない。
最初の攻防を目で追えた者はいなかった。エドワーズが中央に一人だけで立っている。つまり、三十メートル以上後方に吹き飛ばされたのはフレアの方。
初級の『複合魔法』でも、攻撃の範囲を限界まで狭めれば相当な威力となる。
ほんの数センチ。エドワーズは、そこをピンポイントに狙っていたのだ。撃つのではなく置いておく。未来予測にも似たカウンターを回避することは難しい。
(私たちの時とは全然違う!)
リーゼは言葉を失う。あのような信頼を向けられたことはなかった。近くにいるようで遠く見える。埋めることのできない実力差。
それを突きつけられた気がした。
フレアが土煙の中から姿を現す。
ティアは、無意識に両手を握り締めていた。自分であれば間違いなく戦闘不能になるだろう。もしくは死んでいるかもしれない。
「……何で立ち上がってこれるのよ?」
「あれは普通の『魔力防御』ではありません。その極致、『魔装錬成』と呼ばれる奥義です。上級魔法の直撃にも耐えられる魔力層ですから。破ることは難しいでしょう」
言わずと知れたフレアの武功。セシルはその姿を常に間近で目にしてきた。なのにどうだろう?このような状況は初めて目にする。
驚き、疑念を抱き、最後には考えることを止めていた。何故なら無駄だから。誰もが見誤っていた。エドワーズ・グレフォードという少年が持つ力量を。
フレアの姿がまたも中央から消える。エドワーズはその動きを完全に捉えていた。足をつけるであろう地点に魔法を撃ち込むことで相手を牽制、迎撃していく。
「あの速さで動く相手を、何故あそこまで正確に狙うことができるのですか?」
ヘクターが思い浮かべた疑問。目の前で起きていることを否定するほど愚かではなかった。
リーゼとティアは知っている。紙一重の攻防を繰り広げるエドワーズ。それを可能にしている確かなスキルを。
(エドワーズの『超近接型魔法戦闘技法』。私もできるけど、あんな風に長くは保たない……!)
集中力と冷静さ。それらは戦闘の最中、徐々に疲弊していくものである。エドワーズにはそれがない。
フレアの速さ、剣技、二つを合わせた攻め手を回避し続けていた。その胆力は、エドワーズに厳しい目を向けていた老将軍ですら唸らせる。
「どうかしら?これなら文句のつけようがないでしょう?」
「……試合はまだ続いております。結論を出すのは早すぎますな」
「(相変わらず素直じゃないのね)果たしてそうかしら?私はハッキリしていると思うけど」
その方面の知識に疎いソフィアでもわかる。フレア・シーフライトが手玉に取られているのだ。他国にまでその名が轟く英雄。人族で彼女に勝てる者は存在しないとさえ言われているのに。
(素晴らしいわ……エドワーズ!)
期待せずにはいられない。中央を激しく行き交う魔力の残光。フレアの剣圧が客席にいる者たちの肌を叩く。
エドワーズの魔法はすべて『魔装錬成』によって阻まれていた。【属性魔矢】のみでは、フレアの体に傷ひとつ付けられない。反対にあちら側の攻撃は致命的だ。エドワーズの魔法が時間の経過と共に増えてくる。
「ウソ……!まだ速くなるの?」
「お姉さま、すぐに試合を止めましょう。このままではエドワーズ様が怪我をされてしまいます!」
「そう慌てなくても大丈夫よ。彼なら、きっと上手くやってみせるわ」
「ソフィア様、恐れながら私もイルシア様と同じ意見です。戦場に立つ彼女の実力はあんなものではありません。
そのことはよくご存じなのでは?」
「みんなお願い。黙って見ていて」
「リーゼ……様?」
セシルは困惑した。試合は次第に激しさを増している。手遅れになる前に止めなければならない。ソフィアも分かっている筈だ。フレアが遠慮なく剣を振る姿を目にして背筋が凍る。
――いけません。あのままでは本当に彼のことを殺してしまう!
「あんなに楽しそうにしているエドワーズを見るのは久しぶり。だから最後までやらせてあげて」
「そ、そんな理由で?しかし、一歩間違えれば取り返しのつかないことになりますよ?」
「セシルの言いたいことは分かってる。でも、エドワーズの実力もあんなものじゃない」
「(意地になっている……わけではないようですね。だとしたら本当に?そんなことがあり得るのでしょうか?)」
この先は誰も想像つかない。一部の者たちは気づいていた。エドワーズが見せた魔法はひとつだけ。手の内がたったそれだけということはないだろう。
寸前で止める気を無くしたフレアの剣。それを迎え撃つのはかつて最強と呼ばれた『虹の魔術師』であることを、人々は知る由もなかった。
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