銀色の魔女は黒騎士の手の平で踊る

くろなま

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act12.魔女の再会

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日がとっぷりと暮れた夜、オルラン邸の前で馬車が止まる。
やがて使用人の手を借りて、慎ましやかなドレスに身を包んだプーシュカが現れた。


「プーシャ!おお、やっと会えたな!」

ホールで出迎えたのは、キーロフでもユーリーでもない…ラザレフ・オルラン公爵その人だった。
帝国の英雄、鉄腕将軍と称されるラザレフは…軍部の人間であれば畏敬と崇拝の対象だ。
その彼が…大手を開いてにこにこと―――目尻を下げて笑顔を浮かべている。

プーシュカも屈託のない笑顔を浮かべたあと、静かに傅く。
「お久方ぶりでございます…公爵閣下。本日はお目に掛かれたこと、嬉しく存じます」
非常に綺麗な臣下の礼を取るプーシュカを、満足気にうんうんと頷く。

「査問会ではご挨拶がままならず、失礼を致しました」
「構わないとも。はたで見ていた時も思ったが、間近で見るといっそう綺麗になった…母親アヴローラの若い頃を思い出すよ」
「ありがとうございます」
俯いた頬に赤みがさす。素直に褒められて嬉しい、という表情を隠さない。

「しかし、今日は友人とお茶会だったらしいじゃないか。邪魔をしてしまったかな?」
「とんでもございません!」
プーシュカが思わず声を上げる。
「公爵閣下のお召しとあれば、プーシュカはいつ何時でも御身の元へ駆けつけますわ」
「それは嬉しい限りだ…顔をお上げ。もう小父様おじさまとは呼んで貰えないのかね?」
そうラザレフがやや残念そうに笑うと、プーシュカもあら、と嬉しそうに微笑む。
そこでやっと、臣下の礼を解いた。

「ご挨拶だけでもしっかりしないと、ディア―ナ様に叱られてしまいますもの」
「それもそうだ。…先に談話室へ向かいなさい。私は少し、用事があるからね」
「折角お会いできたのに、お忙しいのですね…」
しゅん、と項垂れるプーシュカに大層気をよくしたラザレフが、厳しい顔をこれ以上なく綻ばせる。
「なに、ほんの少しだとも。可愛いプーシャを待たせたりはしないさ。…それまではうちの馬鹿共の相手を頼むよ」
溺愛する娘に対する父親の様な面持ちで、ラザレフが軽く肩を竦めた。
「仰せのままに。――お早いお戻りをお願いしますね、小父様」

年相応のあどけない笑顔を――こほん、と咳払いと共に澄まし顔へと戻して、使用人に談話室の扉を開けて貰う。




談話室の扉が開かれると真っ先に目に入ったのは黒い塊…死体の様な何かが二つ。

それぞれソファの上に横たわっていた。

「キーロフ?ユーリー?…何してるの、二人してそんな…」

「…ん、…プーシャ…?」
困惑するプーシュカの声に反応し、塊がもぞもぞと動いて起き上がる。

キーロフのその顔は見事に…赤かったり青かったり、見事に腫れ上がっていた。
ユーリーは目に見えた怪我こそなかったものの、げっそりと憔悴している。

「どうしたの!二人とも!」

驚いて思わず悲鳴に近い声を上げる。…が、キーロフはそれを手で制止しううん、と首を振る。
今まで冷やしていたのだろう、水の入った皮袋が顔面から零れ落ちた。

が暴れてさ。…ったく、間違いなくただの憂さ晴らしだ、あれは」
「ひひ…って、よく解らないけどラザレフ小父様?…もしかして、今まで訓練してたの?」
「そういうこと」
キーロフが肩を竦める横で、ユーリーはひどく落ち込んだ様子で顔を真っ青にしながら溜息を吐いた。
「あ、あの人は本当に…や、厄介だ…」

二人が自分達の父親に向かって爺だのあの人だのと軽口を叩くのは、やはり今に始まった事でもない。
プーシュカはなんだ、とほっと息を吐いた。

「それにしても、ユーリーはやれ黒鬼だ化物だって言われてるけど、そんな事ちっともないわよね。二人とも、小父様には勝てないんだし」

武芸に明るくないプーシュカは純粋な目で二人を見つめる。
二人は力なく、はは…と笑い返した。

「それはまあ確かに小父様はすっごく強い英雄だったって事くらいは知ってるわ。でも皆、大げさなのよ。いくらオルラン家の…小父様の息子で、でもって極悪人キーロフの弟だからって化物はないわよね」

キーロフが思わず目を見開き、憔悴していたユーリーの目が――プーシュカを見つめる。
ユーリーと目が合って、プーシュカは柔らかく笑った。

「なあに?…だって、元々ユーリーは戦う事自体、好きじゃないじゃない。騎士だって、全方位に敵を作っても平気なキーロフの方が向いてるでしょう。ユーリーだって普通の男の子なんだし、オルラン家の人間だからって無理しちゃ駄目よ?」

プーシュカの手が、ユーリーの頬を優しく撫でる。
二人は同い年だが、生まれはプーシュカの方が少し早い。
その為、…本当に全くその必要はないのだが、プーシュカは時折ユーリーに対して『お姉さん』ぶる。
ユーリーはそのことに、何の不満もない。

「…あ、でも、査問会の時は二人とも格好良かったわよ。あの時、…実はすごく怖かったの。二人で前に出てくれた時…凄く頼もしかった。ありがとうね。…あ、椅子…大丈夫だった?」

プーシュカのその言葉で、ユーリーの目に熱がこもる。
自然と頬が弛む。

「…ありがとう、プーシャ」
「?…助けてくれたのは貴方でしょ?」

ユーリーの感謝に、プーシュカは気付かない。
それでいいとユーリーは心の中で笑う。

因みに、椅子はユーリーのポケットマネーから弁償させられたのは言うまでもない。

「俺にも何か言ってくれないの?」
キーロフが首を傾げると、プーシュカがふ、と笑う。
「勿論―――貴方のおかげで皆が助かったんだもの。感謝してるわ」
「もう一声」
「は?」
「『キーロフ愛してる』。はい」
「きーろふあいしてる」
「宜しい」
言われた通りの棒読み具合に、青あざに塗れた顔がにやりと笑う。普段よりも…ぞっとするような不気味さと迫力があった。
「自分で言わせて空しくならない?」
「いや全然。…それより、あの色ボケ爺くそおやじは?プーシャに会うからとか言ってずっと玄関で待ち伏せしてたけど」
「あら、小父様、ずっと待ってて下さったのね…お忙しいのに。少し用事があるそうよ」
申し訳なさそうに扉を見つめるプーシュカに、キーロフは面白くなさそうに唇を尖らせる。
少しの間談話室で3人がのんびりしていると、やがて使用人が一礼して部屋に入ってきた。
「ご主人様のお支度が整いましてございます。キーロフ様、ユーリー様、プーシュカ様…どうぞ、晩餐室までお越しくださいませ」
「わかった、今行く」
キーロフが手を上げて了承した旨を伝えると、ユーリーも一つ溜息を吐いて立ち上がった。






オルラン家の食事は、貴族の例に漏れず豪華だった。
公爵家ともなれば一層豪華で、かつ見た目にも趣向を凝らしている。
軍門の家系であるためか、他の貴族よりも肉・魚がなお多い。
それは領地内にある本邸宅でも、ここ帝都の上邸宅でも変わらない。
幼少の頃よりそれで育っている3人からしてみればそれが当たり前ではあるのだが、軽くプーシュカが溜息を吐いた。
手が進まないプーシュカを見咎めて、ユーリーが首を傾げる。
「ど、どうしたの?」
「…アリーナに聞いたらね、あんまり帝都では肉を山積みにして食べないんですって。…だからあんなに細いのかしら。年齢だと思っていたんだけど」
均整は取れているが…それでもアリーナと比べて肉付きのいいプーシュカがううーん、と眉をしかめる。
呟く横で、兄弟は山盛りに積まれた肉を…見ていて気持ちが良いほど平らげていく。

「プーシャはそのままでいいよ。なあ?」
もぐもぐと咀嚼し口内にある肉を飲み込んだ後、キーロフが事もなげに言う。
ユーリーもそれに同意した。
「あ、あんまり細いと、心配になるから…そ、そのままでいて」
「なんか釈然としない…。まあ、男に聞いてもわからないわよね。この気持ちは」

ふっと溜息を吐いて、食事を始める。

ちら、と、プーシュカの目線がラザレフに向かう。
兄弟に負けず劣らず山盛りにした肉を皿に乗せて食べていく。

「…どうしたね?プーシャ」
視線に気が付いたラザレフが手を止めた。
「あ、…いえ、小父様。なんでもありません」
笑顔を浮かべるプーシュカに、ラザレフは顔をプーシュカに向ける。
「私としては、君が何か…そう、私に聞きたいことがあるんじゃないかと考えているんだが。…違ったかな?」
「え…あ」
その言葉に、キーロフとユーリーの手も止まる。
プーシュカはじっと、ラザレフを見つめた。

「私は食事が終わったらまた忙しい。何かあるのなら、今…食べながら聞こう。…食事の時間は、どんな仕事よりも優先される」
迷っている風のプーシュカに、ラザレフは更に優しく促す。
「…。では、小父様。お伺いしたいことがあるのですが」
「うんうん、なんだい?」
にこりと微笑むラザレフに、プーシュカは居住まいを正した。

「イオアン・エフスターフィイという人物について、お聞きしたいのですが」

しん、と、晩餐室に静寂が宿る。

プーシュカは少しだけ声を震わせていた。
自分が今まで知らされていない親族の存在が、何故あの査問会の場で突然現れたのか。
そして何故、その存在を自分に黙っていたのか。
そう思うと、自然と目つきが険しくなっていた。

真剣な顔のプーシュカを見るラザレフもまた、その顔に弛みはない。

「そうだな、君がそのことを聞くのは…当然だ。」
静かに、ラザレフの低い声が室内に響く。

「査問会でキーロフが説明した通り…イオアンは君の父上…イヴァンの叔父にあたる方だった」
「イオアン、様…?」
プーシュカが首を傾げると、ラザレフが苦笑する。
「尊敬すべき先達の方には敬称を付けるものだよ。それはお亡くなりになっても変わらない」

キーロフの言動からも察することはできていたが、やはり既に亡くなっているのか…と、プーシュカが目を軽く瞑り、またラザレフを見る。

「御存命であれば、50半ばになるかな。銀色の髪が光に照らされ輝き、その薄銀色の目と白い肌はまるで人間じゃないように思える程…同性から見ても美しい方だったよ…プーシャ、君の様に」
その言葉に、プーシャがどきりとする。
「ああ、先に要らぬ誤解を与えないように言っておくが、君は間違いなくイヴァンとアヴローラの間に出来た子だ。隠し子だったり養子だったりという、不穏な話はないから安心しなさい。…エフスターフィイ家直系の人間には、時折銀髪銀目を持って生まれてくる子がいる。隔世遺伝や先祖がえりといった類だが、君はアヴローラの血が濃かったのだろうね。そう、イオアン様はイヴァンの父…というより、アヴローラの父君の弟にあたるお人だった」

その言葉にほっとした反面、プーシュカはん?と首を傾げる。
父はエフスターフィイの入り婿だったのか…、とそこで初めて自分の父の立ち位置を知る。

「イオアン様は万芸に秀でた方だった。人当たりもよく、何をやらせてもそつなくこなし、けれど奢ることなく公明正大で、エフスターフィイの領民たちにも大層慕われていた。絵にかいたような聖人の様な方だったよ」
「でも…帝都で、宮廷貴族として入られた」
「皇帝陛下直々のお召でね。当時は宮廷貴族の腐敗が今よりもひどく、内部監査官としてオルラン家の臣下の中から、優秀な人材を借りたいと。そして私の父が、イオアン様を任命した」
「内部…監査官?」
キーロフが声を上げる。
「初耳です、父上。…つまり、陛下のスパイとして臣下を監視するためだったのですか?」
うむ、とラザレフが頷く。
「任期は5年―――その期間だけの一時的なものという契約だったらしい。危険を大いに孕む仕事だ。…忠義と信頼に篤く、有能で人格的にも問題のない人間…そういった人物でなければ勤まらないと、そう言われてしまえばイオアン様以外に思い当たる方もいなかった。その後は、査問会での通りだ」

今にしてみれば、…意図は違えど、イオアンがスパイだと考えた内務官の洞察力は鋭かったと言える。
どちらにせよ、イオアンの糾弾が正しかったかといわれればそれはまた別の話なのだが。

「小父様。…お聞きしたいのは、査問会のその後です。イオアン――大叔父様は、どのようにして亡くなられたのですか」
プーシュカの問いに、ラザレフは一瞬だけ閉口する。
そしてゆっくりと口を開いた。
「ある程度、想像はついているだろう。―――自害だよ」
目を瞑って、静かに息を吐くプーシュカを複雑そうな顔で見つめる。
「帝都でそんな事件を起こすほどの深い問題を引き起こしてしまった事を恥じての自害―――と、私はそう聞いている。」

ラザレフの…含みのある言葉に引っかかったプーシュカが首を傾げた。
「…小父様、それは…事実なのですか?」
「少なくとも――イオアン様が、思い詰めて心身を壊してしまう程責任感の強い人柄であったことは間違いない。…必要以上のものを背負い込んでしまう事も」
プーシュカの質問に、ラザレフは目を瞑ったまま答える。
「自身に敵意を向け、悪意を持って陥れようとした彼等に対する恨み言を言うような方ではなかったよ。領地へ戻ってこられた時も…仕方ないと笑われていた。その後しばらくはずっと領地で、やはり仕事に追われていらっしゃった。…流石にお前は覚えてはいないだろうが、キーロフが生まれた時も喜んで抱き上げて下さったぞ。『この子の手を引き、守り育てるのがエフスターフィイ家の人間の役目だ』と、…私に」

プーシュカから視線を外し、キーロフを見る。
キーロフも、神妙な面持ちで聞いていた。

「あの方は自身の役目を放って自害なされるほど無責任ではない―――と私は今でも思っている。誰もが自害だと断じたし、あれから20年の月日も経っている。私自身も多忙で調べようがない。そんな折にポルタヴァ邸から届いた招待状と、その後調べて貰った招待客のリストを見て、キーロフにイオアン様の事を説明し…調べるよう命じた。…それが査問会で言っていた内容に戻るのだが、後はカストールの証言から辿っていくしかないだろう」
「つまり、イオアン大叔父様の死因を調べろと?」
「これは私が勝手に推測していることで、証拠も何もない話だ。…本当に自殺だった可能性だって大いにある。だが、お前たちがやってくれるというのであれば…感謝しよう」

ラザレフは…3人に対し、俯いた。

「父上、一つお尋ねしても宜しいでしょうか」

しんと静まり返った重い空気の中、キーロフが声を上げる。

「言ってみろ」
「イオアン卿の死因について、お心当たりがあるのではないですか?」
「あるにはある。だが、不確定すぎて断言ができない。かえってお前たちを混乱させるかもしれないので、私がそうだと断じる事が出来るまでは伏せておく」
「ここまできて勿体ぶらないで下さいよ。その死因によっては…プーシュカに繋がる可能性があるから、舞踏会に連れて行くよう命じたのでしょう?」
「え?…どういう事?」
プーシュカとユーリーがキーロフを見つめる。
意味を悟ったキーロフが言葉を間違えた、と笑う。
「ああ、ごめん。プーシュカが原因だとか、そういう意味じゃない。…イオアン卿は銀髪銀目だ。もし、イオアン卿が他殺だとすれば…同じ銀髪銀目のプーシュカにも危険がないとは言い切れない」

銀髪銀目の悪魔。
それが帝国にとって決して存在して良いものではない事は、その場の誰もが嫌という程解っている。

うむ、とラザレフが頷いた。
「プーシュカが成人し…いやでも外に出てくることが多くなった今、似たような事を考える連中もなくはないだろう。…また、今回のポルタヴァ邸の件で、更に増える可能性もある」
「ち、父上は…それを解っていて、プーシュカを表に出したのですか!」

ユーリーが声をあげる。信じられない、といった顔で…首を横に振った。

「な、何故危険を冒してまで、あ、あの場に出さ、出させたんです?…プーシュカにもしもの事があったら!」
「そうならない為のお前たちではないのか?」
ラザレフの鋭い視線と言葉に、ユーリーがぐ、と喉を鳴らす。
「キーロフ、ユーリー。私はお前たちを…本当にプーシュカが守れるかどうかも確認する必要があった」
「で、ですが、…わざわざ危険だと解る場所へ身を投げる必要も、ないはずです!」
「これは必要なことだ。ユーリー、プーシュカはこの程度の危険くらい一人で切り抜ける必要があるんだ。この先の為に」

ラザレフの言葉はプーシュカに向けている筈なのに、どこか遠くへと向けている。

「その容姿を持って生まれた以上、…プーシュカ、君は苦難の道を歩むことを決定づけられた。君はそれを乗り越えなくて―――生きていかなくてはならない。イオアン様のような道を辿ってはならない」

プーシュカは、しっかりとラザレフを見つめる。
ラザレフもまた、プーシュカをしっかりと見据えた。
その表情はいつもの厳しさを内包した穏やかではなく。

まるで、神に従事する信奉者のような…祈りにも似た表情だった。

「君はエフスターフィイ家と、我々オルラン家の悲願なのだよ、プーシュカ」

「悲願…?」
プーシュカの声が震えた。
「私が…エフスターフィイとオルラン家の悲願とは、どういう事ですか?」
「そのままの意味…のつもりで言ったのだがね」

ちらりとプーシュカがキーロフとユーリーに目を向けるも、彼等はそのまま、何も…表情を変えずに聞いている。

「私の…この髪と目が、関係しているのですね?」
プーシュカはラザレフに顔を向ける。ラザレフは無言で目を瞑った。
肯定だと受け取ったプーシュカが、小さく溜息を吐いた。

「…お聞かせください、小父様…いえ、公爵閣下。オルラン家の方々は、…我がエフスターフィイ家は私に、一体何を求めているのですか?」



プーシュカは幼少の頃より容姿で他者に敬遠され、蔑まれてきた。
それで幾度となく悩み、瞼を腫らした事は数えきれない。

帝国にとって自分の容姿が害悪であることも知っていた。
自分は生まれてきてはいけない存在であるという疎外感が常に付きまとっていた。

だが、それと同時にずっと…疑問もあった。
それは決して言葉にしてはいけないもので、ずっと見て見ぬふりをしてきた疑問。

帝国で忌避される自分をエフスターフィイ家は生かした。
自分の両親であれば―――特に母ならば、十月という時間を胎内で育て、痛み苦しんで生む子供だ。親心という情で説明ができるだろう。
父も…家長も黙認するのであれば、屋敷の人間もそれ以上追及はできない。

オルラン家も、プーシュカを手厚く庇護してくれた。
いや、それ以上の待遇だ。
公爵家という…王族近親者であり、皇帝に比肩する権力を持つオルラン家による庇護。
皇族に…そして他全ての貴族を敵に回す事も厭わない程の強い献身。
更にはいち臣下にすぎない娘に―――幼少の頃より自身の後継ぎと…皇族同等の教育を受けさせた。


だが、幼いプーシュカにとってそれはたった一つ残された唯一の救いだった。
だからこそ、家に…オルラン家に対し疑念を持ってはならなかった。
自身が受けた恩に、報いる事だけがプーシュカの生きる意味だった。

キーロフやユーリーに対する家族同等以上の親愛の気持ちも、恩義によるところが大きい。
だからこそ、ずっと聞けずにいた。

たまたま自分の境遇が不憫だと、哀れだと思われていたから――そう自分で解答を作り納得していた。
だが、今は違うと断言できる。
その証拠がイオアン・エフスターフィイという、過去にもいた銀色の悪魔の存在だ。

銀色の悪魔―――魔女を抱えるという事は、とてつもなく危険でかつ、大きな負債でしかない。
それらを踏まえたうえで、オルラン家がイオアンやプーシュカに施したは邪教…悪魔崇拝に近い。

何故それを…根深い関係にあるだろうプーシュカじぶんに隠していたかはわからない。

だが間違いなく言えることは―――オルラン家は、銀色の悪魔を庇護し、支援している。

下手をすれば、プーシュカやイオアン以前にも…同様に続けてきた可能性がある。


「私は一体、何の為に生かされたのでしょうか?」


ラザレフはプーシュカの疑問に、ただふう、と溜息を吐く。

「ここまで言っておいて何なのだが―――それについて、私から説明することは立場上憚られる。私が言えることは、君に必要なのは、家族との対話ではないのかな」

家族。

つまり、―――銀色の悪魔を排出し続けるエフスターフィイ家。
帝国から睨まれ続けながらも、オルラン家直属という事で見逃され――不可侵とされてきた一族。

「…解りました。閣下、お願いがございます。私は社交期が終わり次第、一時お暇を頂きたいのです。…暫くは生家…エフスターフィイ家に戻りたく思います」

プーシュカは現状ディア―ナ・オルラン…つまりはラザレフの妻であり、キーロフ・ユーリーの実母にトイカロット…貴族夫人の話し相手や簡単な補佐として従事している。
社交期に離れ帝都に滞在しているのも、オルラン家の意向だ。
主君の了承なしに、プーシュカは自由に動けない。
きちんとした許可がいる。
その事を十全に理解しているラザレフもうん、と頷いた。

「それが良いだろう。ディア―ナには私から説明しておくよ。…きっとまた『勝手に決めて』と怒られるだろうが…」
そういって弱ったように微笑む。いつも通りの、優しい小父の笑顔だった。
それを機に、プーシュカの緊張も綻ぶ。

「ディア―ナ様に、帝都のお土産を頼まれていたんです。珍しいお菓子とか、アクセサリーとか…小父様が奮発して下さったら、ディア―ナ様は大層お喜びになると思いますよ」
悪戯っぽく笑うプーシュカに、ラザレフはその意図を察して溜息を吐いた。

「…やれやれ。せめて、ご機嫌取りに奔走するとしよう。キーロフ、ユーリー、お前たちも何か見繕っておくように」
「え?私たちも…ですか?」
キーロフが目を見開く。全く想定していない飛び火だったらしく、珍しく素っ頓狂な声だった。
「プーシャの代わりなんだ、当然だろう。…それで上手く機嫌を取れたら、お前の領地とこの査察を今期はなしにしてやる。ユーリーもだ、暫く調練には口を出さない」

父の救援要請に、兄弟は一も二もなく飛びついた。
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