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act13.魔女の里帰り

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「そうですか…明日にはお発ちになるのですね」

春の花が散り、青葉萌ゆる時節。
緑の匂いが一層濃く、寒さもすっかりなくなってこれから帝都は暑くなるだろう予感が窺える。
木漏れ日が光るテラスの下で、アリーナが残念そうにカップを皿に置いた。

「寂しくなります。その…お手紙、書いても宜しいでしょうか?」

おずおずと、軽く頬を染めながらちらりと目線を上げる。
その先には彼女の想い人が座っていた。
どきどきと胸を高鳴らせ、返事を待つ。

「勿論…嬉しいわ。私も手紙、書くわね」

銀色の髪をさらりと首にかけ、プーシュカが笑った。
その取り繕わない笑顔にアリーナがほっとする。

「また冬にお会いできますよね?」
「それは…ごめんなさい、約束できないわ。私の場合、オルラン公にお伺いをたてないといけないの」
「あっ…そっか、そうですよね…」

微笑みを崩さないまま、アリーナは少し気落ちする。

通例、貴族は社交界に出席するのが不文律だが――プーシュカには、それが当てはまらない。
一応なりとも式典・祭典などに顔を出すため例年必ず帝都は上っている。
短期滞在することはあるが、同じ貴族たちと違いそのまますぐに領地に戻ってしまう。

「大丈夫よ、貴女には素敵な旦那様がいるんだから」

プーシュカが励ますと、はい…とアリーナは頷く。
それが気休め程度にしかならない事を、二人とも解っている。

折角作った友人たちも、一挙に失ってしまった。
プーシュカの様に心を許せる相手ではないにしろ、それでも彼女たちはアリーナに対しては良き友人だった。

だが、アリーナはまた一人なのだ。
査問会の件でグロース夫妻がオルラン家と繋がりがあることは既に知れ渡っている。
イグラもポルタヴァという後ろ盾を無くしたため、帝都では立ち位置に気を付けなければならない。

そんな夫を助けるためにも、アリーナは一から…居場所づくりを始めないといけない。
やる事の多さよりも、心細さの方が強かった。

「でも、そうね…もしイグラと喧嘩したら、私のところに来ちゃいなさい」

プーシュカが笑うと、アリーナがハッと顔を上げる。
「…良いのですか?」
目を丸くするアリーナに、続けて微笑んだ。
「ちょっと寒いし、すっごく田舎だけど。家へは誰も尋ねて来ないから解放感は保証するわよ。にはうってつけね。…なんて、私が遊びに来て欲しいだけなんだけど」
「…嬉しいです」
アリーナの目に、光がともる。
「何かあったら、すぐに教えてね」
「ええ…はい、ありがとうございます、プーシュカ様。一番に…頼らせて頂きますね。」
あどけない笑顔に、プーシュカもほっとした笑顔を浮かべた。


翌日早朝――オルラン家の屋敷から、馬車が数台…悠然と、大通りを抜けていく。
その後、エフスターフィイ家からも馬車が数台追従した。




プーシュカ達は20日をかけて、帝都から北方にあるオルラン領へと向かう。
様々な他領地内にある町や大通りに面する宿場で馬を休めつつ、ゆったりと北へ北へと進んでいく。

やがてオルラン領に入ると、青々と高く切り立つ山脈が見えてくる。
山頂の方はもうすぐ初夏だというのに雪が積もっているが…これは季節を通してずっと変わらない。

その涼しげな風景を馬車の窓から眺めていたプーシュカはほっと溜息を吐いた。

オルラン領の中で、プーシュカはエフスターフィイ家所領地に、キーロフは自分の所領地、ユーリーは実家であるオルラン領本邸にばらけることになる。

それぞれ離れてはいるものの、帝都からの道のりに比べれば然程離れているわけではない。
片道数時間~半日でそれぞれ辿り着ける場所だ。早馬で駆ければもっと近いだろう。

オルラン領の最初の街道…三人がこの先分かれる前に、誰彼ともなく3人が馬車を下りる。
毎年帝都からオルラン領へ戻る時、プーシュカ達はいつもそうしていた。

「な、なんか…変な気分」
最初に声を上げたのはユーリーだった。
「プーシャとは、い、いつも一緒だったから…」

プーシュカは通常なら、ディア―ナに仕える為ユーリーと共にオルラン家本邸へ向かうのだが―――今回は、里帰りだ。

「私も…実は、ものすごく緊張するの」

プーシュカがぎこちない笑顔を浮かべる。
それもそのはず、物心ついてから殆どオルラン家で過ごしている為、エフスターフィイ家は生家であるとはいえ殆ど他人の様な居心地の悪さがあるのだ。

「手紙は出したんだろう?親父からも通達行ってる筈だし、大丈夫だろ」
キーロフが首を傾げると、プーシュカは軽く頷く。
「わかってる」
「心細かったらいつでも鳩飛ばして。プーシャの為なら嵐の夜でも早馬で駆け付けるからさ」
キーロフがにや、と笑う。プーシュカが視線をユーリーに向け、訝しむ。
「その心は?」
「…お、『俺がサボる口実を作ってください』…かな?」
ユーリーが答えると、プーシュカが溜息を吐いてなし崩しに笑う。
「そうね、上手な口実作っておくわ」
「流石プーシャ、愛してる。…あ、そういえば、ゴルディは?」
「荷台にいるわよ。プーちゃんと一緒に」
プーシュカ専属のボディガードとして採用されたゴルディだが、帝都の上邸宅ではもっぱら薪割や荷物運びといった雑用、そしてキーロフが持ってきた毒入りの白ウサギ…プーちゃんの世話係に奔走していた。
「食卓に出ないといいけど」
「そうしたらエフスターフィイ一家毒殺事件になってしまうわね…」
「そうなったらゴルディを処刑するまでだ。…プーシャ」
キーロフがプーシュカを見つめる。

「俺は何があっても…例え他の何を捨ててでも、プーシャの味方だ。それだけは天地がひっくり返っても変わらない」

いつもの張り付いたような薄ら笑いだが、その目はしっかりとプーシュカを見据えていた。

「エフスターフィイでどんな話になっても、終わったら必ず俺のところまで来るんだ。良いね、約束」
「…そっか、キーロフもユーリーも…先にイオアン大叔父様の事を聞いていたんだものね」
当事者ではないにしろ彼等もオルラン家の人間であり、あの場でラザレフの会話を聞いている人間だ。
ひいてはキーロフもやがて、公爵位を継ぐ身。
ゆくゆくは家臣となるエフスターフィイでどんな内情を話すか…知りたいに違いない。
「…わかった。約束する」
静かに頷くと、ユーリーもうん、と頷いた。
「お、俺も…出来る限り、母上や伯父上たち…知ってそうな人から聞いてみるから」
「ありがとう、ユーリー」

―――それじゃあ、また後で。

そうそれぞれが口にして、3人はそれぞれの方向へと馬車を傾けた。










日が傾きかけたエフスターフィイの領地に入ると、方々で畑仕事を終えた領民たちが集まって火を起こしているのが見えた。
煙草を吸い、酒を飲んで火にあたる。

女房達は小さい子供の面倒を見ながら、井戸端会議をしつつ水を汲む。

遠くでは放牧している羊を追いたてる子供。干し草を片付けている子供。

自分の仕事を終えた子供たちが集まって、小さな木剣を片手にチャンバラごっこにいそしんだ。
女の子は針仕事だろうか、それとも洗濯物をしまっているのだろうか。

冬の間は表に出られないため、雪が融けた今の時期だから見られる光景だ。

プーシュカは窓を少し開ける。
土と肥し、そして煤けた灰の混ざった…少し鼻をつまんでしまう匂いと通り抜ける風――、酔った男たちの調子はずれな――けれども明るく楽しげな歌声が届く。
それに合わせ、おませな女の子たちが火の回りで踊っていた。

何かのお祝いやお祭りがあるわけではない。
ただ暖かく過ごしやすい季節だから、どうしても浮かれてしまうのだ。

通りを歩く領主の馬車に気が付いて、帽子を取って礼をする領民たちの姿も見えた。

プーシュカはそんな領民たちの笑顔を―――馬車の中から眺めて微笑む。
エフスターフィイの土地には何度か寄ったことがあるが、この光景は思い出のままのとおり、変わらない。

いつまでも眺めていたい、大好きな光景だった。





邸宅に着いたのは、すっかり日が沈んだ頃合いだった。
門前で使用人たちが控えており、プーシュカを出迎える。

プーシュカのお傍付きであるデュシーカが先に降りて差配をしていく。
降りる準備が整い、プーシュカはゆっくりと地面に足を付けた。

「お帰りなさいませ、プーシュカお嬢様」

同時に玄関が開き、中から壮年の男と妙齢の女性が現れた。

「プーシュカ!ああ、良かった、おかえり…心配していたんだよ!」

白髪交じりの黒髪を撫でつけ、両手を広げて綻ぶふくよかな壮年の男はイヴァン・ヴィクトロヴィチ・エフスターフィイ。
隣に控えて微笑むプラチナブロンドをまとめた…こちらもまた全体的にふっくらとしている夫人はアヴローラ・グリゴーリャヴナ・エフスターフィイ。

どちらもあまりプーシュカには似てはいないが、実の両親である。
あまりにも顔を合わせた回数が少ないため、正直彼らが両親だ…という実感は薄い。
ただそれはあくまで姿かたちの話であり、両親とは幼少から手紙のやりとりをしていたため…その手紙通りの優し気な二人の笑顔に、プーシュカは自然と緊張を解いていた。

「ただ今戻りました…お父様、お母様」

階段の下で形式的な礼をするプーシュカに、二人は感慨深そうに微笑む。
ただ一つ…プーシュカの視線が合っていないことに気が付いた。
彼等二人の後ろにもぞもぞと蠢いている何かに気を取られている事に気づき、アヴローラが笑う。

「あら…どうしたの、アンドレイ。恥ずかしがらないで出ていらっしゃい」

アヴローラに優しく窘められておずおずと出てきたのは、…素朴で可愛らしいプラチナブロンドの少年。
まだ5つか6つくらいだろうか、目元は父親に似ている様な気がする。

大きく丸い二つの薄い空色の目が、しげしげとプーシュカを見つめていた。

「ほら、プーシュカお姉様ですよ。ご挨拶できるわね?」
緊張気味にこくん、と頷いた後。
「ぼ、ぼくのおなまえは、あ、あ、アンドレイ・ペルウォスワニ・エフスターフィイ、です。お、おかえりなさいませ、…プーシュカおねえちゃま」
鈴のような愛らしい声で、たどたどしくお辞儀をした。

「あら」
あまりにも可愛らしくて、綻んでしまう。
「初めまして、アンドレイ。私はプーシュカ・イヴァノヴァ・エフスターフィイです。きちんと挨拶ができて、偉いのね」
しゃがみ込んで目線を合わせて微笑むと、ぷっくりとしたほっぺたを一層赤くしてぽんやりとしている。
「あら、すっかり照れちゃって。…いっぱい練習したのよね?」
楽しそうな母の言葉に、耳まで真っ赤な顔の天使が俯いてこくりと頷いた。



談話室へと向かう最中、アンドレイと手を繋ぎゆっくりと歩くアヴローラに合わせてプーシュカも横並びで歩く。
アンドレイは何度もちらちらとプーシュカを見上げ、きらきらと目を輝かせていた。

「この子はもうじき6つになるの。貴女が正式に…オルラン家へご奉公するようになってからできた子なの。正真正銘、貴女の弟よ…――そうだ、キーロフ様とユーリー様。ご兄弟はご壮健かしら?」
両親の特徴をよく受け継いでいる弟を見て――笑って頷く。
「ええ、とっても」
手紙には全く書いていなかった弟の存在に驚いたものの、恐らく幼少で親元を離れたプーシュカへの気遣いだろうと思うと、追及する気持ちも起きなかった。

「あ、あの!」
突然アンドレイが声をあげる。緊張で声が飛び跳ねていた。
「あの、あの、プーシュカおねえちゃまは、…ほんとにぼくのおねえちゃまですか?」
これ以上赤くなると茹ってしまうのではと心配しつつ、プーシュカは首を傾げる。
「あら…どうしてそう思うの?」
「だ、だって」
俯いて母にしがみつきながら、えっとえっと、と繰り返す。
「…ごほんのなかの、ゆきのめがみさまみたいだから…」
「まあ」
プーシュカもアヴローラも、揃って笑ってしまう。
「じゃあ私、アンドレイのお姉ちゃまじゃない方が良いかしら?」
「えっ、や、やだ!…おねえちゃまがいい!」
びっくりして顔を青ざめ、大きな目が潤んでいく。
まるで子犬のようで、胸の奥がきゅう、と締め付けられる。
「えっ何この子すっごく可愛い…」
「そうでしょう?」
アヴローラも嬉しそうに頷いた。


談話室に入ると、プーシュカは一枚の絵画が壁に飾られているのを見つけた。

「え、あれ…?」

銀色の髪を垂らし慎ましげな衣装に身を包む少女…鏡に映したような既視感。
紛れもなくプーシュカの肖像画だった。

呆気にとられるプーシュカに、アヴローラが悪戯っぽく微笑む。
「それね、お父様がラザレフ様にお願いして届けて頂いたの。…貴女の成長が分かるようにって。…描いて貰った記憶、あるでしょう?」

そうしてふと、プーシュカは過去の記憶が脳裏に過る。
数年前くらいだろうか。確かにオルラン城で、オルラン公爵夫人…ディア―ナに言われて、絵のモデルになった事があった。
当時、結局完成した絵は見せて貰えなかったので失念していたのだが――つまりあれは、両親からの依頼だったのだ。
両親が自分の事を…己が想像するよりもずっと深く想っていることを知ったプーシュカの胸の内が温かくなる。

「やっぱり、おんなじだ…」

ぽつりと呟きながら、アンドレイが何度も絵とプーシュカを見比べる。
絵の方が多少幼いにしても、顔の造形は殆ど変わっていない。

「この絵が届いたときにね、アンドレイがすごく気に入って。何度も「これは誰?」って尋ねるものだから、貴方のお姉様ですよって教えたらもうとても喜んでしまって。毎日必ず挨拶するのよ。…貴女と会うのをずっと楽しみにしていたの。ラザレフ様から突然貴女が帰ってくるという手紙を貰ってからは、毎日毎日挨拶の練習したのよねー」
アンドレイの頭を撫でながら、アヴローラが笑う。
恥ずかしいやらどうしていいやらでにやける口をどうにか堪えようとするアンドレイに、プーシュカはまた目線を合わせた。
「嬉しいわ、アンドレイ。…お姉ちゃまも、貴方にあえてとってもとっても嬉しい」
その言葉に、ぱああと顔を輝かせてうんうんと頭を…そのまま落っことしてしまいそうな程勢いよく頷かせた。



「ラザレフ様からだいたいの話は聞いている。…大変だったな」
食事の席で、イヴァンがプーシュカを労わるように微笑む。
「いえ。…それよりお父様、」
「折角こうして家に戻ってきたんだ、暫く静養するといい。ラザレフ様も、プーシュカが気のすむまで休んで良いと仰っていたよ。積もる話ばかりだ、おいおい…時間をかけて、ゆっくり話していこう」
にこりと微笑んで、プーシュカの話を遮る。
それ以上の追及を許さない、といった笑顔だった。
「…はい、ありがとうございます。お父様」

確かに、ついたばかりですぐに本題に入ろうとするのも野暮だと考えたプーシュカは頷く。

エフスターフィイ家の食事はかなり質素だ。
領主といえど最北端の片田舎な為、どちらかというと乳製品が多く野菜も少ない。
チーズや甘いカブを、豆や穀物と一緒に粥状にした主食は珍しいと思う。
塩漬けにした肉や干した魚をつかった温かいスープに、日持ちする硬めのパンをふやかす。

あまり覚えはないのだが、なんだかほっとするような味がした。

すると隣で、小さい手で懸命にフォークを持ち、難しい顔をしながらピクルスを頬張るアンドレイの姿があった。
しかめっ面で渋い顔をしながら、もちゅもちゅと懸命に頬を動かしている。
「あら、偉いわ。ちゃんとピクルス食べられるのね」
そう褒めると、また首をがっくりと大きく縦に振る。
流石に言葉は出ないらしい。
涙目になりながらも漸く飲み込んだ後で、
「…す、すききらい、ないもん」
と精一杯の見栄を見せた。
「凄いのね!格好良いわ、アンドレイ」
頭を撫でると、嬉しそうに顔を輝かせる。
「あら、じゃあにんじんも食べられるわね」
母のその一言に、―――地獄に突き落とされたような顔をしながらアンドレイはフォークを握る。
「…だめなの?にんじん」
「き、きらいじゃないもん!たべられるもん!」
そう言いながら、その手は動こうとしない。
「…ふふ」

ふと、昔懐かしい光景がプーシュカの脳裏に浮かぶ。

それはかつての――幼いキーロフとユーリーの姿。

そういえばあの頃の二人はにんじんが嫌いで、それぞれ奮闘していたのを覚えている。

懸命に…真正面からにんじんと格闘するユーリーはずっと無言で、いつまでも口の中で飲み込めず咀嚼し続けていた。
対してキーロフは、遠い目をしているユーリーの皿に…隙を見て一つずつ、そっと差し入れていた。
その動作があまりにも素早く堂々としていたため、見ていたプーシュカ以外の誰も気が付かなかったのだ。思えばあの頃から、人の隙をつくことには卓越していた気がする。
…その為ユーリーは、いつまでも減らないにんじんに首を傾げつつずっと咀嚼し続ける。
それがおかしくてつい笑ってしまったが為にキーロフは結局両親に怒られ、倍の量のにんじんを食べさせられていたのだが。

「ねえアンドレイ。お肉は好き?」
「だいすき!」
「じゃあ、お皿を貸して?」

アンドレイが皿を差し出すと、プーシュカはにんじんをフォークで小さく分けていく。
プーシュカが残した肉も同じように小さく切っていき、そのにんじんを包む。
楊枝こそはないが、肉まきにしてフォークで刺し…お皿を持って、アンドレイにそれを向けた。

「はい、あーん」
「…、あーん」
中身を知っているため躊躇しつつ、アンドレイは覚悟を決めて口を開いた。
にんじんの甘みが肉に伝わるが、肉と、肉にかかっているソースの味が大きくてわからなくなる。

「あ…」
気が付いたら、すっかりのど元を通り越していた。
「…たべれた!」
目を丸くしながらプーシュカに告げると、プーシュカも微笑む。
「無理に、それだけ食べる事ないのよ。一緒なら大丈夫でしょう?」
「うん、…うん!たべれる!ぼく、もっとたべれるよ!みてて!」
そう言ってプーシュカから半ばむりやり皿を取りあげ、プーシュカがそうしたように肉を撒いて食べる。
…気持ち、にんじんに対して肉がかなり多目だった。
その為ひといきに口に入れる事が出来ず、口周りも服もソースで汚れてしまう。
「あらまあ。…食べ方としてはあんまりお行儀が良くないけれど、まあ食べれたのだから良しとしましょうか」
アヴローラが苦笑する。
「偉いわね、アンドレイ。お姉様にお礼を言いましょうね」
「うん!お姉ちゃま、ありがとう!」
「どういたしまして…ほら、お口拭いて?」
「んー!」
ナプキンでアンドレイの口周りを拭く様を見て、イヴァンが感慨深げに見つめる。
「随分、子供の扱いが慣れているんだな」
「行儀見習いをしていた頃は、もっと大きくて手のかかる方が二人もいらっしゃったので」
そうにこりと笑う。
なるほど…と肩を竦めたイヴァンと、楽しげに笑うアヴローラの声が食堂に響いた。

「やはり…ラザレフ様の仰る通り、お前を預けて正解だったのだろうな…」
イヴァンは少しだけ寂しげな顔をする。
「お父様?」
「ああ、いや、なんでもない。…さあ、デザートも用意してあるから食べよう。プーシュカが帰って来るから、いつもよりすこーしだけ豪華にしてもらったんだ」
取り繕う様に笑って家人を呼ぶ。

沢山の果物が使われた焼き菓子、糖蜜で丸めた菓子、薄く伸ばしたリンゴ飴、イチゴの砂糖漬け…
夕食よりも更に多くテーブルを敷き詰めた…さながらお菓子の絨毯。

成程、エフスターフィイは肉ではなくお菓子か…とプーシュカは軽くめまいを覚えた。
平時なら喜ぶべきところなのだが、貴族令嬢にしてはしっかりと食事をとるプーシュカに胃袋の空きは少ない。

「さあ、沢山食べなさい」

満面の笑みを浮かべる3人に対し、プーシュカははあ、とぎこちなく笑みを浮かべた。
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