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受け入れてほしいんだ
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俺、店を閉めようと思うんだ―
意表を突くかのように吐き出された誠司の言葉に、あいねは突然、金縛りにあったかのように全く身動きが取れなくなった。
「どうしてですか? 今日だって、開店前からお客さんが並んでいたし、ランチタイムが終わるぎりぎりまでお客さんが座ってたんですよ。こないだなんか、店に入りきれなくてお断りしたくらいなのに」
「それは分かる。だけど、俺も歳でね。正直、ひとりだけでこの店を切り盛りするのは厳しいよ。それに、この辺りは昔に比べりゃ店も増えて、中にはここよりも安くたくさん食べさせてくれる店もある。俺の役目は終わったんだよ」
「それは違います! だって……店長を慕って沢山の人達が食べに来るじゃないですか?みんな、安く沢山食べられるからこの店に来るんじゃないんですよ。店長の人柄に惹かれて来るんですよ。私だって、店長がいるから、この店にこうして長くバイトしているわけだし」
誠司は煙草をもう一本取り出すと、火を付け、目を閉じて深く煙を吸い込んだ。
「お願いです、考え直してください! 私、今以上にシフト入れて、店長をもっとバックアップしますから! まだまだ役には立たないけど、サラダと味噌汁は店長の手を借りないで、一人で作れるようになりましたよ」
すると、誠司はあいねに背中を向けると、大きく背伸びをした。
「ふぁあ……もう夕方か。また仕事、始めなくちゃな。ごめんな、俺のくだらない話に付き合わせてしまって」
誠司はいつものように厨房に戻ると、黙々と下ごしらえを始めた。あいねは、誠司に色々と言いたい気持ちを押さえつつ、味噌汁を作っていた。
その時、日焼けした精悍な顔つきの男性が、キャリーケースを引きながら店中に響き渡る位の声で、誠司に向かって呼びかけた。
「おやじ! ひさしぶり。俺だよ、忘れた? 高倉真吾だよ」
「おお、誰かと思ったら、真吾くんか。ひさしぶりだな」
「あ、真吾さん! 本当に久しぶり~」
「あいねちゃん、まだここでバイトしてんのかよ? いい加減彼氏見つけたのか? 」
「恋愛するよりも、今はここでの仕事が楽しいのよ! 失礼な質問ね」
「おお、口は昔よりも達者になったな。成長したな、あいねちゃん」
真吾は、かつてこの店の常連で、週二、三日…いや、ほぼ毎日と言っていい位食べに来ていた。人手が足りない時には厨房に入って一緒に手伝いをする位、この店に惚れ込んでいた。卒業と同時に食品関係の商社に入り、最近は海外勤務のため、なかなかこの店に来れなかった。
「昨日、帰ってきたんだ。赴任先のクアラルンプールからね」
「え? クアラルンプールって、どこ? 」
「わかんないの? おやじ、俺が学生ん時に、若いうちに世界を見て回ってこいって言ったくせにさ」
「ああ、そういう事は言った気がするがね、その、クアラ……という場所は分からないな」
「もう、相変わらずだな。でも俺、おやじのそういう所が好きだよ。あ、そうそう、今日の日替わりは何? 」
「アジフライ定食だよ」
「おお、アジフライか! やったあ! おやじのアジフライ、カラッと揚がって食べやすくて好きなんだよね。じゃ、今日はそれ頂くわ。あ、ライスは大盛だからね」
「あいよ」
誠司はニヤッと笑うと、油がいっぱい入ったフライパンに、片栗粉でしっかり衣付けされたアジを入れた。しばらく無言のままアジを揚げると、店内に香ばしい香りが広がり始めた。
「いいなあ、この雰囲気。狭いけど、この雰囲気が好きだから、何度も通ってたんだよな」
真吾は、腕組みをして学生だった頃を思い出している様子だった。
「ところで、真吾くん。常連で長い付き合いのある真吾くんだからこそ、相談したいことがあるんだけど、いいかな? 」
「え? 何? 何? 俺、最近この店に来てないから、常連って程でもないけど」
「俺さ、この店やめようと思ってるんだ」
「マジで? 」
「もうさ、俺一人でここを切り盛りするの、疲れちゃったし。最近この町にも似たような店が増えて、俺の居場所もなくなったし。役目が終わったのかなって」
「いいんじゃない?おやじがやめたいと思うなら、俺は止めない。きっとこの店に通ってた俺の友達も、そう思ってるよ。寂しいけどさ……まあ、いつかはこういう時が来るだろうなって、友達と話してたんだよね」
「分かってくれて、ありがとう」
そういうと、誠司は大きなアジのフライに、丘のように盛り付けられたライスを勢いよく真吾の前に置いた。
「わあ! 相変わらずすげえな。でも、この店はそう来なくっちゃね。十分味わって帰りたいからね」
真吾は、大盛のライスをあっという間に平らげると、何かを閃いたようで、親指と人差し指を鳴らした。
「そうだ! この店終わる時、みんなでお別れ会しようか。このままひっそり閉めるなんて、名残惜しいもんな」
誠司は真吾の提案を聞き、困り果てた顔で真吾を睨んだ。
「真吾、余計な事しなくていいよ。俺はこのままひっそり閉めたいんだ」
しかし、真吾は首を横に振り「それは違うよ。気が付けば閉店してましたじゃ、寂しいじゃん。これからLINEで懐かしい面々に連絡とるから、待ってろよ」と言うと、スマートフォンを取り出して片っ端から連絡を取り始めた。
「すげえ! 次々と返事が来てるぞ。こりゃ結構来るかもな。俺ももちろん来るからさ。みんなでおやじの花道を飾ってあげるからさ」
そう言うと真吾はにこやかに手を振って、キャリーケースを引きながら店を後にした。
「余計なことを……あいつは昔からお調子者なんだよなあ」
誠司はぶつぶつと文句を言いながらたわしでフライパンを洗っていたが、あいねはその横顔を覗くと、照れくさそうに笑っているようにも見えた。
意表を突くかのように吐き出された誠司の言葉に、あいねは突然、金縛りにあったかのように全く身動きが取れなくなった。
「どうしてですか? 今日だって、開店前からお客さんが並んでいたし、ランチタイムが終わるぎりぎりまでお客さんが座ってたんですよ。こないだなんか、店に入りきれなくてお断りしたくらいなのに」
「それは分かる。だけど、俺も歳でね。正直、ひとりだけでこの店を切り盛りするのは厳しいよ。それに、この辺りは昔に比べりゃ店も増えて、中にはここよりも安くたくさん食べさせてくれる店もある。俺の役目は終わったんだよ」
「それは違います! だって……店長を慕って沢山の人達が食べに来るじゃないですか?みんな、安く沢山食べられるからこの店に来るんじゃないんですよ。店長の人柄に惹かれて来るんですよ。私だって、店長がいるから、この店にこうして長くバイトしているわけだし」
誠司は煙草をもう一本取り出すと、火を付け、目を閉じて深く煙を吸い込んだ。
「お願いです、考え直してください! 私、今以上にシフト入れて、店長をもっとバックアップしますから! まだまだ役には立たないけど、サラダと味噌汁は店長の手を借りないで、一人で作れるようになりましたよ」
すると、誠司はあいねに背中を向けると、大きく背伸びをした。
「ふぁあ……もう夕方か。また仕事、始めなくちゃな。ごめんな、俺のくだらない話に付き合わせてしまって」
誠司はいつものように厨房に戻ると、黙々と下ごしらえを始めた。あいねは、誠司に色々と言いたい気持ちを押さえつつ、味噌汁を作っていた。
その時、日焼けした精悍な顔つきの男性が、キャリーケースを引きながら店中に響き渡る位の声で、誠司に向かって呼びかけた。
「おやじ! ひさしぶり。俺だよ、忘れた? 高倉真吾だよ」
「おお、誰かと思ったら、真吾くんか。ひさしぶりだな」
「あ、真吾さん! 本当に久しぶり~」
「あいねちゃん、まだここでバイトしてんのかよ? いい加減彼氏見つけたのか? 」
「恋愛するよりも、今はここでの仕事が楽しいのよ! 失礼な質問ね」
「おお、口は昔よりも達者になったな。成長したな、あいねちゃん」
真吾は、かつてこの店の常連で、週二、三日…いや、ほぼ毎日と言っていい位食べに来ていた。人手が足りない時には厨房に入って一緒に手伝いをする位、この店に惚れ込んでいた。卒業と同時に食品関係の商社に入り、最近は海外勤務のため、なかなかこの店に来れなかった。
「昨日、帰ってきたんだ。赴任先のクアラルンプールからね」
「え? クアラルンプールって、どこ? 」
「わかんないの? おやじ、俺が学生ん時に、若いうちに世界を見て回ってこいって言ったくせにさ」
「ああ、そういう事は言った気がするがね、その、クアラ……という場所は分からないな」
「もう、相変わらずだな。でも俺、おやじのそういう所が好きだよ。あ、そうそう、今日の日替わりは何? 」
「アジフライ定食だよ」
「おお、アジフライか! やったあ! おやじのアジフライ、カラッと揚がって食べやすくて好きなんだよね。じゃ、今日はそれ頂くわ。あ、ライスは大盛だからね」
「あいよ」
誠司はニヤッと笑うと、油がいっぱい入ったフライパンに、片栗粉でしっかり衣付けされたアジを入れた。しばらく無言のままアジを揚げると、店内に香ばしい香りが広がり始めた。
「いいなあ、この雰囲気。狭いけど、この雰囲気が好きだから、何度も通ってたんだよな」
真吾は、腕組みをして学生だった頃を思い出している様子だった。
「ところで、真吾くん。常連で長い付き合いのある真吾くんだからこそ、相談したいことがあるんだけど、いいかな? 」
「え? 何? 何? 俺、最近この店に来てないから、常連って程でもないけど」
「俺さ、この店やめようと思ってるんだ」
「マジで? 」
「もうさ、俺一人でここを切り盛りするの、疲れちゃったし。最近この町にも似たような店が増えて、俺の居場所もなくなったし。役目が終わったのかなって」
「いいんじゃない?おやじがやめたいと思うなら、俺は止めない。きっとこの店に通ってた俺の友達も、そう思ってるよ。寂しいけどさ……まあ、いつかはこういう時が来るだろうなって、友達と話してたんだよね」
「分かってくれて、ありがとう」
そういうと、誠司は大きなアジのフライに、丘のように盛り付けられたライスを勢いよく真吾の前に置いた。
「わあ! 相変わらずすげえな。でも、この店はそう来なくっちゃね。十分味わって帰りたいからね」
真吾は、大盛のライスをあっという間に平らげると、何かを閃いたようで、親指と人差し指を鳴らした。
「そうだ! この店終わる時、みんなでお別れ会しようか。このままひっそり閉めるなんて、名残惜しいもんな」
誠司は真吾の提案を聞き、困り果てた顔で真吾を睨んだ。
「真吾、余計な事しなくていいよ。俺はこのままひっそり閉めたいんだ」
しかし、真吾は首を横に振り「それは違うよ。気が付けば閉店してましたじゃ、寂しいじゃん。これからLINEで懐かしい面々に連絡とるから、待ってろよ」と言うと、スマートフォンを取り出して片っ端から連絡を取り始めた。
「すげえ! 次々と返事が来てるぞ。こりゃ結構来るかもな。俺ももちろん来るからさ。みんなでおやじの花道を飾ってあげるからさ」
そう言うと真吾はにこやかに手を振って、キャリーケースを引きながら店を後にした。
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