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フライパンに込めた想い
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閉店から数か月が経ち、ようやく秋の気配が漂い始めた頃、あいねは新しいアルバイト先の面接を受けるため、武蔵境の駅前を自転車で徘徊していた。
『こもれび食堂』を辞めてから、色々なアルバイトを転々とした。うどん屋、焼き肉店、そして全国チェーンの牛丼屋……どの店も、一か月続くのがやっとであった。
「はあ……今度は続くと良いな。『こもれび食堂』みたいな和食中心のお店だって書いてあったから」
募集広告に載っていた住所をスマートフォンで調べたが、なかなか見つからなかった。あちこちさまよっているうちに、あいねの目の前には、懐かしい光景が目に入って来た。そこは、かつて『こもれび食堂』があった細い路地であった。
「懐かしいなあ……」
あいねは、久し振りにかつて勤めていた店の様子を見てみたいと思った。
店が次第に近づくと、あいねは大きく深呼吸し、思い出が詰まった店の前に歩みを進めた。
かつての「こもれび食堂」は、閉店以降、固く閉じられていたシャッターが開けられ、料亭のような木製の引き戸の入口には「支度中」の看板が掛かっていた。看板に書かれた店の名前は「和風キッチン ひだまり」となっていた。
「あれ?今日バイトの面接を受けるお店って、ここ?」
あいねはおそるおそる引き戸を引くと、そこには、かつての店と同じように、狭い部屋に厨房とカウンター、そして十台ほどの椅子が並べられていた。
店内には誰もおらず、あいねは大きな声で従業員を呼ぼうとした。
「すみません、今日面接を受ける武藤あいねと言います」
「いらっしゃい、あいねちゃん」
「え? 何で私の名前を? 」
店の奥から出てきたのは、和服に身を包んだ響子だった。
「ええ!? 何で響子さんがここに? 」
「ウフフ、主人の純が夢を叶えて、ここで自分の店を開いたのよ。自分が店を開くならば、修行先の神楽坂じゃなくて思い出の深い武蔵境が良いって言って、地元の不動産屋さんを回ったら、ちょうどこの場所が空いていたから、嬉しくて即決しちゃったのよ。あいねちゃんも、懐かしくなってここを受けたんでしょ? 」
「いや……まさか。今日、初めて知りましたよ」
すると、響子の後ろから、白い調理服をまとった店主の純が姿を現した。
「ああ、あなたが響子の後、『こもれび食堂』でバイトしていた武藤あいねさんですか」
「そ、そうです。はじめまして」
あいねは緊張したが、響子も純も、にこやかな表情であいねに接してくれた。
「私、ここで仕事が続くかが心配で。食堂を辞めた後、他の店で働いたんですけど、どこも長続きしなくって」
「大丈夫よ。あいねちゃんのことは信頼してるから。早速、明日からでも働いてくれる? 以前のように、料理の下準備やお客さんの応対をお願いしていいかしら? 」
「はい! がんばります。任せて下さい! 」
「よし、じゃあ採用だね。あ、そうそう。仕事する前に、厨房の中を案内するから、こっちへどうぞ」
純は、あいねを手招きした。あいねは、かしこまりつつも、二人の後を付いて厨房の中へと入った。店内は壁の色も什器も食器も全て新しくなり、「こもれび食堂」の頃の面影はほとんど失われていた。
「やっぱり、店内の備品は新しく揃え直したんですね」
「そうだね。おやじはこの店をやめる時、店の中に置いてある物は片っ端から処分していったみたいだからね。でも、これだけ……これだけが、なぜか残っていたんだよ」
純は、焦げ跡が残り所々色が剥げ落ちた大きなフライパンを見せてくれた。
「これって、店長の使ってたフライパンじゃないですか」
「そうだよ。僕がここに来た時、なぜかこれだけが残されていてね。そうそう、フライパンには張り紙がしてあったんだ」
そう言うと、純は事務用品の入った棚から一枚のメモ用紙を取り出した。
そこには、目を凝らさないと見えにくい位の走り書きが残っていた。
『いつかここの店を継ぐ人に、このフライパンを譲ります。かれこれ四十年近く使って思い出がたくさん詰まっていて、閉店の時に処分したくても、できませんでした。大事に使ってください。大上誠司』
読み終わった時、あいねの全身が震えだした。
「店長……」
「僕はこのメモを読み終えた時、おやじはまだ自分の中に残っていた仕事への情熱を、このフライパンに託したんじゃないかと思ったんだ。だから僕は、おやじのためにも、こいつをとことんまで使ってやろうと決めたんだ」
そう言うと、純はあいねに向かって親指を立てて微笑んだ。
「さ、あいねさん。明日から一緒にがんばろうな。どこか遠い所にいるおやじが、僕たちの仕事を見たら『がんばってるな』って言って笑顔で納得してくれるように」
「はい! 」
あいねは二人の前で敬礼のポーズを取ると、二人はお腹を抱えて笑い出した。
翌日からあいねは『和風キッチン ひだまり』で仕事を始めた。
開店早々、かつての常連たちが続々とカウンター席に座り始めた。
「あいねちゃん、何でボーッとしてるの?お客さんがどんどん来てるわよ。早く注文聞いてきてね」
「は、はーい、すみません」
その時入口の引き戸が開き、かつて食堂の常連だった海外帰りの真吾が姿を現した。
「純、響子、開店おめでとう!開店の噂を聞いて、早速食べに来たよん。おお、以前ここにあった食堂とほとんど変わらないじゃん。しかも、何故かあいねちゃんまでいるし」
相変わらず軽妙な真吾を前に、あいねは頭を掻いて苦笑いした。
「じゃあ、おやじ。早速頼むわ。アジフライ定食ね」
真吾はニヤリと笑った。
「ちょ、ちょっと! そんなのメニューにないわよ。しかも、純くんのことをおやじだなんて、何ふざけてるのよ? 」
響子は憤りを露わにしたが、純は片手を出して響子を静止し、にこやかな表情でフライパンを取り出すと、油を注ぎ、あっという間にアジフライを仕上げていた。
「おお! さすがだな。やっぱりおやじの作るアジフライは一味違うわ! 」
「ありがとう。それと、僕のことを『おやじ』って呼んでくれて光栄です。おやじにはまだまだ及ばないかな?と思ってたから」
「じょ、冗談で言ったつもりなんだけどさ……でも、このアジフライ、おやじの作った味とあまり変らないよな」
真吾は、以前ここで良く食べていたアジフライを再び味わえたことに、感動を隠せなかった。
思い返すと、店の名前もメニューも、そして店長も変わったけれど、それ以外は何も変わっていなかった。
やがて日が暮れて、都心に勤務するサラリーマンが帰宅する時間を迎えた。ひっきりなしにやってくる仕事帰りの客を前に、ひたすら黙々とフライパンを振って調理する純の姿に、あいねは誠司の姿を重ね合わせていた。あいねは、目の前にいる純を見ながら、まるで誠司に語り掛けるかのようにそっとつぶやいた。
「店長……常連だった純さんが、店長の使ってたフライパンを引き継いでがんばってますよ。店長が今どこに住んでるかわかりませんが、店長の託した熱い想いは、私たちがしっかり伝えていくから、安心して遠くから見守ってくださいね」
その時、純はあいねの様子に気づき、怪訝そうな表情を見せた。
「どうしたの? あいねさん。さっきから僕を見ながら何をブツブツ言ってるの? ちょっと不気味なんだけど」
「あ、いや、何でもないです。ただ、またこの場所で仕事できて、私、幸せだなあって」
「ははは、そうだったのか。それは僕も、そして響子も同じだよ」
純の言葉を聞くと、あいねは大きく頷き、再びこの場所で仕事ができる幸せを一人かみしめていた。
(おわり)
『こもれび食堂』を辞めてから、色々なアルバイトを転々とした。うどん屋、焼き肉店、そして全国チェーンの牛丼屋……どの店も、一か月続くのがやっとであった。
「はあ……今度は続くと良いな。『こもれび食堂』みたいな和食中心のお店だって書いてあったから」
募集広告に載っていた住所をスマートフォンで調べたが、なかなか見つからなかった。あちこちさまよっているうちに、あいねの目の前には、懐かしい光景が目に入って来た。そこは、かつて『こもれび食堂』があった細い路地であった。
「懐かしいなあ……」
あいねは、久し振りにかつて勤めていた店の様子を見てみたいと思った。
店が次第に近づくと、あいねは大きく深呼吸し、思い出が詰まった店の前に歩みを進めた。
かつての「こもれび食堂」は、閉店以降、固く閉じられていたシャッターが開けられ、料亭のような木製の引き戸の入口には「支度中」の看板が掛かっていた。看板に書かれた店の名前は「和風キッチン ひだまり」となっていた。
「あれ?今日バイトの面接を受けるお店って、ここ?」
あいねはおそるおそる引き戸を引くと、そこには、かつての店と同じように、狭い部屋に厨房とカウンター、そして十台ほどの椅子が並べられていた。
店内には誰もおらず、あいねは大きな声で従業員を呼ぼうとした。
「すみません、今日面接を受ける武藤あいねと言います」
「いらっしゃい、あいねちゃん」
「え? 何で私の名前を? 」
店の奥から出てきたのは、和服に身を包んだ響子だった。
「ええ!? 何で響子さんがここに? 」
「ウフフ、主人の純が夢を叶えて、ここで自分の店を開いたのよ。自分が店を開くならば、修行先の神楽坂じゃなくて思い出の深い武蔵境が良いって言って、地元の不動産屋さんを回ったら、ちょうどこの場所が空いていたから、嬉しくて即決しちゃったのよ。あいねちゃんも、懐かしくなってここを受けたんでしょ? 」
「いや……まさか。今日、初めて知りましたよ」
すると、響子の後ろから、白い調理服をまとった店主の純が姿を現した。
「ああ、あなたが響子の後、『こもれび食堂』でバイトしていた武藤あいねさんですか」
「そ、そうです。はじめまして」
あいねは緊張したが、響子も純も、にこやかな表情であいねに接してくれた。
「私、ここで仕事が続くかが心配で。食堂を辞めた後、他の店で働いたんですけど、どこも長続きしなくって」
「大丈夫よ。あいねちゃんのことは信頼してるから。早速、明日からでも働いてくれる? 以前のように、料理の下準備やお客さんの応対をお願いしていいかしら? 」
「はい! がんばります。任せて下さい! 」
「よし、じゃあ採用だね。あ、そうそう。仕事する前に、厨房の中を案内するから、こっちへどうぞ」
純は、あいねを手招きした。あいねは、かしこまりつつも、二人の後を付いて厨房の中へと入った。店内は壁の色も什器も食器も全て新しくなり、「こもれび食堂」の頃の面影はほとんど失われていた。
「やっぱり、店内の備品は新しく揃え直したんですね」
「そうだね。おやじはこの店をやめる時、店の中に置いてある物は片っ端から処分していったみたいだからね。でも、これだけ……これだけが、なぜか残っていたんだよ」
純は、焦げ跡が残り所々色が剥げ落ちた大きなフライパンを見せてくれた。
「これって、店長の使ってたフライパンじゃないですか」
「そうだよ。僕がここに来た時、なぜかこれだけが残されていてね。そうそう、フライパンには張り紙がしてあったんだ」
そう言うと、純は事務用品の入った棚から一枚のメモ用紙を取り出した。
そこには、目を凝らさないと見えにくい位の走り書きが残っていた。
『いつかここの店を継ぐ人に、このフライパンを譲ります。かれこれ四十年近く使って思い出がたくさん詰まっていて、閉店の時に処分したくても、できませんでした。大事に使ってください。大上誠司』
読み終わった時、あいねの全身が震えだした。
「店長……」
「僕はこのメモを読み終えた時、おやじはまだ自分の中に残っていた仕事への情熱を、このフライパンに託したんじゃないかと思ったんだ。だから僕は、おやじのためにも、こいつをとことんまで使ってやろうと決めたんだ」
そう言うと、純はあいねに向かって親指を立てて微笑んだ。
「さ、あいねさん。明日から一緒にがんばろうな。どこか遠い所にいるおやじが、僕たちの仕事を見たら『がんばってるな』って言って笑顔で納得してくれるように」
「はい! 」
あいねは二人の前で敬礼のポーズを取ると、二人はお腹を抱えて笑い出した。
翌日からあいねは『和風キッチン ひだまり』で仕事を始めた。
開店早々、かつての常連たちが続々とカウンター席に座り始めた。
「あいねちゃん、何でボーッとしてるの?お客さんがどんどん来てるわよ。早く注文聞いてきてね」
「は、はーい、すみません」
その時入口の引き戸が開き、かつて食堂の常連だった海外帰りの真吾が姿を現した。
「純、響子、開店おめでとう!開店の噂を聞いて、早速食べに来たよん。おお、以前ここにあった食堂とほとんど変わらないじゃん。しかも、何故かあいねちゃんまでいるし」
相変わらず軽妙な真吾を前に、あいねは頭を掻いて苦笑いした。
「じゃあ、おやじ。早速頼むわ。アジフライ定食ね」
真吾はニヤリと笑った。
「ちょ、ちょっと! そんなのメニューにないわよ。しかも、純くんのことをおやじだなんて、何ふざけてるのよ? 」
響子は憤りを露わにしたが、純は片手を出して響子を静止し、にこやかな表情でフライパンを取り出すと、油を注ぎ、あっという間にアジフライを仕上げていた。
「おお! さすがだな。やっぱりおやじの作るアジフライは一味違うわ! 」
「ありがとう。それと、僕のことを『おやじ』って呼んでくれて光栄です。おやじにはまだまだ及ばないかな?と思ってたから」
「じょ、冗談で言ったつもりなんだけどさ……でも、このアジフライ、おやじの作った味とあまり変らないよな」
真吾は、以前ここで良く食べていたアジフライを再び味わえたことに、感動を隠せなかった。
思い返すと、店の名前もメニューも、そして店長も変わったけれど、それ以外は何も変わっていなかった。
やがて日が暮れて、都心に勤務するサラリーマンが帰宅する時間を迎えた。ひっきりなしにやってくる仕事帰りの客を前に、ひたすら黙々とフライパンを振って調理する純の姿に、あいねは誠司の姿を重ね合わせていた。あいねは、目の前にいる純を見ながら、まるで誠司に語り掛けるかのようにそっとつぶやいた。
「店長……常連だった純さんが、店長の使ってたフライパンを引き継いでがんばってますよ。店長が今どこに住んでるかわかりませんが、店長の託した熱い想いは、私たちがしっかり伝えていくから、安心して遠くから見守ってくださいね」
その時、純はあいねの様子に気づき、怪訝そうな表情を見せた。
「どうしたの? あいねさん。さっきから僕を見ながら何をブツブツ言ってるの? ちょっと不気味なんだけど」
「あ、いや、何でもないです。ただ、またこの場所で仕事できて、私、幸せだなあって」
「ははは、そうだったのか。それは僕も、そして響子も同じだよ」
純の言葉を聞くと、あいねは大きく頷き、再びこの場所で仕事ができる幸せを一人かみしめていた。
(おわり)
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