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第1章 恋は迎え火とともに
盆踊りの夜
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8月15日、健太郎は、朝から弟の幸次郎とともに、町の中央にある町民グラウンドに向かい、町の夏祭りの準備をしていた。
朝早くから、建設業者がグラウンドの中央部に櫓を建てていた。
沢山の提灯を付けた電線を、櫓からグラウンドの四隅にまでつなげる作業や、物販ブースや本部のテントを立てるのは、町の青年たちの役割である。
青年といっても、20代から30代の若者は都会に流出して町に残った若者はごくわずかであり、40代から、50代の前半位までも「青年」に位置付けられ、青年会や消防団などを担っているのが現実である。
だからこそ、盆休みにきちんと毎年帰省する健太郎は、町の一大イベントである夏祭りの貴重な労働力になっていた。
「暑い……し、死にそうだ」
普段はめったに運動も肉体労働もしない健太郎は、炎天下での長時間の作業で心身ともに限界であった。
「しょうがないよ兄貴、若いやつらはほとんどこの町に居ないし、居ても都合をつけて出てこなかったりするし。俺たちが涙をのんでやるしかないんだよ」
幸次郎は、汗をぬぐいながら、仕方ないだろう?と言いたげな表情で話した。
「しょうがないといえ、何でこの町に住んでいない俺に?もうこんなことが続くなら、盆に帰ってこねえぞ」
健太郎は、ぶぜんとした表情で作業の手を動かしていた。
「まあまあ、そういわずにさ。このイベントを楽しみに帰ってくる人達はいっぱいいるんだから。誰かが喜んでいると思えば、苦にならないと思うよ」
健太郎は、イマイチ納得いかないと思いつつも、何も言わず、作業を再開した。
夕方、準備が完了し、いよいよ夏祭りがスタート。
町長の挨拶が終わると、お囃子の人達が櫓の上に登り、笛と太鼓でリズミカルな音頭を演奏し始めた。
最初はパラパラと来ていた客は、徐々に櫓の周りに集まり始め、いつのまにか、大きな踊りの輪が出来上がっていた。
祭りの最中、健太郎は場内の見回りと、駐車場の整理を担当していた。
来場する客は、ほとんどがずっとこの町に住んでいる人達であるが、健太郎のように久しぶり帰省してきた人達の顔もあった。
「よう、おまえ、健太郎か?高校以来だなあ。元気か?」
笑顔で気軽に声をかけてくれる元同級生もいた。
そんな中、人ごみにまぎれて、黒地にアジサイの絵が入った浴衣をまとった長身の女性が、一人ぽつんと会場の入り口辺りに立ちすくんでいるのを見かけた。
髪をアップにしているが、その表情や体型は、奈緒に違いなかった。
「あれ、奈緒さん?」
「健太郎さん!?」
奈緒は、目を大きく見開くと、軽く手を振って、健太郎の元へと駆け寄ってきた。
「健太郎さんが盆踊りのお手伝いをしてるって聞いたから、気になって来てみたの。最初、場所がわかんなくて、みんなが歩いていく方向についてきたら、何とかたどり着いたの」
「ごめんね、昨日、場所をちゃんと教えなかったね。でも、わざわざここまで来てくれてありがとう。あれ、ご家族は?友人とかと一緒に来なかったの?」
「一人で来ちゃ、ダメなの?」
「ち、ちがう。この祭りに来る人たちって、みんな家族とか親戚とか、友達連れで来てるからさ」
奈緒は健太郎の言葉を聞くと、ちょっとうつむき、悲しそうな表情になった。
「じゃあ、一緒に見て歩こうか?ただし、祭りの見回りとかの仕事しながら、だから、ずっと一緒というわけにはいかないけど、良いかな?」
「うん!」
奈緒は突然、ニコッと笑って、先日のコンビニからの帰り道と同じように、健太郎の手が触れる位の距離で並び、一緒に歩いた。
「なんだか照れるな」
「どうして?」
奈緒は、不思議そうに、健太郎の顔を見つめた。
「だってさ、俺たち出会ってまだ2日しかたってないじゃん。なのに、こんな至近距離で。周りに誤解されそうだよ」
「どういう誤解?」
奈緒はますます訝しがった。
「ほら、何ていうのかな。彼氏と彼女の間柄、っていうのかな」
健太郎は奈緒から目を逸らし、咳ばらいをしながら答えた。
「ダメなの?どうして?私たち、彼氏と彼女じゃ、ダメ?」
健太郎は、不意を討たれたかのような奈緒の言葉に、思わず体がビクッとした。
「だってさ、昨日の夜、ちょっと一緒に、コンビニから家まで歩いただけじゃん?」
「それだけじゃダメなの?私は、そんなの関係ねえ!と思ってるよ」
そういうと奈緒は、かつて流行したギャグの振り付けを真似て、何度も地面に向かって拳を下ろし、最後に体を右に傾けながら
「はい、オッパッピー」
と言って、ニコッと微笑んだ。
健太郎は苦笑いしつつ、
「ははは……ギャグはともかく、気持ちはすごく、嬉しいよ」
その言葉を聞いて、奈緒は満面の笑みを浮かべ
「嬉しい!健太郎さん。私もその言葉、すごく嬉しいよ」
そう言って、健太郎の腕に自分の腕を絡ませた。
「ええ?」
奈緒の突拍子もない行動に、健太郎は驚き、しばらく体が固まってしまった。
盆踊りのお囃子のリズムに身を任せ、踊っていた人達からも、二人に対し視線が注がれた。
「あれ?兄貴に彼女なんて、居たんだっけ?」
ちょうど備品の運搬のため通りすがった幸次郎が、奈緒と腕を絡めて呆然と立ち尽くす健太郎の姿を見かけ、驚いた。
「ち、違うんだよ幸次郎、これは、何というか、その~」
我に返った健太郎が、幸次郎の視線を感じ、慌てて首を振って否定した。
「良かったじゃん。おふくろ、凄く喜ぶよ。これでもうお見合いもしなくて済むし、一件落着じゃない?」
そういうと、幸次郎は親指を立ててニコっと笑った。
「あ、あのなあ!ちょっとこれは…何かの間違いだと思うんだ」
「え?間違い?何よそれ」
奈緒からの冷たい視線が健太郎に注がれた。
「な、何でもないよ」
「そう、ならば良かった」
そう言うと、奈緒は再び笑顔を取り戻し、腕を絡めたまま歩き出した。
えくぼが可愛いキュートな笑顔、甘く漂うコロンの香り……健太郎の気持ちは、どんどん奈緒に引き寄せられていくように感じた。
「おい、健太郎、そろそろ盆踊りが終わる時間だぞ。片づけ始まるから手伝えよ」
役員から声がかかると、健太郎は奈緒から手を離し、いそいそと櫓の方へ足を進めた。
「え?行っちゃうの?せっかくいい雰囲気だったのにぃ」
奈緒は、ちょっぴり悲しい顔を見せた。
「ま、待っててくれよ。俺、今日は手伝い要員でここにいるんだからさ」
「じゃあ。隅っこの方で待ってるね。終わったらまた戻ってきてね」
奈緒はブツブツ言いながらも、木陰の方へとスタスタ歩いていった。
健太郎が櫓を片付けている最中、奈緒はずーっと携帯電話を見ていた。
そして、時折、作業を続ける健太郎に目配せし、その様子をしばらく見つめていた。
朝早くから、建設業者がグラウンドの中央部に櫓を建てていた。
沢山の提灯を付けた電線を、櫓からグラウンドの四隅にまでつなげる作業や、物販ブースや本部のテントを立てるのは、町の青年たちの役割である。
青年といっても、20代から30代の若者は都会に流出して町に残った若者はごくわずかであり、40代から、50代の前半位までも「青年」に位置付けられ、青年会や消防団などを担っているのが現実である。
だからこそ、盆休みにきちんと毎年帰省する健太郎は、町の一大イベントである夏祭りの貴重な労働力になっていた。
「暑い……し、死にそうだ」
普段はめったに運動も肉体労働もしない健太郎は、炎天下での長時間の作業で心身ともに限界であった。
「しょうがないよ兄貴、若いやつらはほとんどこの町に居ないし、居ても都合をつけて出てこなかったりするし。俺たちが涙をのんでやるしかないんだよ」
幸次郎は、汗をぬぐいながら、仕方ないだろう?と言いたげな表情で話した。
「しょうがないといえ、何でこの町に住んでいない俺に?もうこんなことが続くなら、盆に帰ってこねえぞ」
健太郎は、ぶぜんとした表情で作業の手を動かしていた。
「まあまあ、そういわずにさ。このイベントを楽しみに帰ってくる人達はいっぱいいるんだから。誰かが喜んでいると思えば、苦にならないと思うよ」
健太郎は、イマイチ納得いかないと思いつつも、何も言わず、作業を再開した。
夕方、準備が完了し、いよいよ夏祭りがスタート。
町長の挨拶が終わると、お囃子の人達が櫓の上に登り、笛と太鼓でリズミカルな音頭を演奏し始めた。
最初はパラパラと来ていた客は、徐々に櫓の周りに集まり始め、いつのまにか、大きな踊りの輪が出来上がっていた。
祭りの最中、健太郎は場内の見回りと、駐車場の整理を担当していた。
来場する客は、ほとんどがずっとこの町に住んでいる人達であるが、健太郎のように久しぶり帰省してきた人達の顔もあった。
「よう、おまえ、健太郎か?高校以来だなあ。元気か?」
笑顔で気軽に声をかけてくれる元同級生もいた。
そんな中、人ごみにまぎれて、黒地にアジサイの絵が入った浴衣をまとった長身の女性が、一人ぽつんと会場の入り口辺りに立ちすくんでいるのを見かけた。
髪をアップにしているが、その表情や体型は、奈緒に違いなかった。
「あれ、奈緒さん?」
「健太郎さん!?」
奈緒は、目を大きく見開くと、軽く手を振って、健太郎の元へと駆け寄ってきた。
「健太郎さんが盆踊りのお手伝いをしてるって聞いたから、気になって来てみたの。最初、場所がわかんなくて、みんなが歩いていく方向についてきたら、何とかたどり着いたの」
「ごめんね、昨日、場所をちゃんと教えなかったね。でも、わざわざここまで来てくれてありがとう。あれ、ご家族は?友人とかと一緒に来なかったの?」
「一人で来ちゃ、ダメなの?」
「ち、ちがう。この祭りに来る人たちって、みんな家族とか親戚とか、友達連れで来てるからさ」
奈緒は健太郎の言葉を聞くと、ちょっとうつむき、悲しそうな表情になった。
「じゃあ、一緒に見て歩こうか?ただし、祭りの見回りとかの仕事しながら、だから、ずっと一緒というわけにはいかないけど、良いかな?」
「うん!」
奈緒は突然、ニコッと笑って、先日のコンビニからの帰り道と同じように、健太郎の手が触れる位の距離で並び、一緒に歩いた。
「なんだか照れるな」
「どうして?」
奈緒は、不思議そうに、健太郎の顔を見つめた。
「だってさ、俺たち出会ってまだ2日しかたってないじゃん。なのに、こんな至近距離で。周りに誤解されそうだよ」
「どういう誤解?」
奈緒はますます訝しがった。
「ほら、何ていうのかな。彼氏と彼女の間柄、っていうのかな」
健太郎は奈緒から目を逸らし、咳ばらいをしながら答えた。
「ダメなの?どうして?私たち、彼氏と彼女じゃ、ダメ?」
健太郎は、不意を討たれたかのような奈緒の言葉に、思わず体がビクッとした。
「だってさ、昨日の夜、ちょっと一緒に、コンビニから家まで歩いただけじゃん?」
「それだけじゃダメなの?私は、そんなの関係ねえ!と思ってるよ」
そういうと奈緒は、かつて流行したギャグの振り付けを真似て、何度も地面に向かって拳を下ろし、最後に体を右に傾けながら
「はい、オッパッピー」
と言って、ニコッと微笑んだ。
健太郎は苦笑いしつつ、
「ははは……ギャグはともかく、気持ちはすごく、嬉しいよ」
その言葉を聞いて、奈緒は満面の笑みを浮かべ
「嬉しい!健太郎さん。私もその言葉、すごく嬉しいよ」
そう言って、健太郎の腕に自分の腕を絡ませた。
「ええ?」
奈緒の突拍子もない行動に、健太郎は驚き、しばらく体が固まってしまった。
盆踊りのお囃子のリズムに身を任せ、踊っていた人達からも、二人に対し視線が注がれた。
「あれ?兄貴に彼女なんて、居たんだっけ?」
ちょうど備品の運搬のため通りすがった幸次郎が、奈緒と腕を絡めて呆然と立ち尽くす健太郎の姿を見かけ、驚いた。
「ち、違うんだよ幸次郎、これは、何というか、その~」
我に返った健太郎が、幸次郎の視線を感じ、慌てて首を振って否定した。
「良かったじゃん。おふくろ、凄く喜ぶよ。これでもうお見合いもしなくて済むし、一件落着じゃない?」
そういうと、幸次郎は親指を立ててニコっと笑った。
「あ、あのなあ!ちょっとこれは…何かの間違いだと思うんだ」
「え?間違い?何よそれ」
奈緒からの冷たい視線が健太郎に注がれた。
「な、何でもないよ」
「そう、ならば良かった」
そう言うと、奈緒は再び笑顔を取り戻し、腕を絡めたまま歩き出した。
えくぼが可愛いキュートな笑顔、甘く漂うコロンの香り……健太郎の気持ちは、どんどん奈緒に引き寄せられていくように感じた。
「おい、健太郎、そろそろ盆踊りが終わる時間だぞ。片づけ始まるから手伝えよ」
役員から声がかかると、健太郎は奈緒から手を離し、いそいそと櫓の方へ足を進めた。
「え?行っちゃうの?せっかくいい雰囲気だったのにぃ」
奈緒は、ちょっぴり悲しい顔を見せた。
「ま、待っててくれよ。俺、今日は手伝い要員でここにいるんだからさ」
「じゃあ。隅っこの方で待ってるね。終わったらまた戻ってきてね」
奈緒はブツブツ言いながらも、木陰の方へとスタスタ歩いていった。
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