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第2章 ありがとうを言いたくて
ついに対面
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お盆休みが終わり、健太郎は東京へ戻り、仕事場と家の往復という日常の生活が戻ってきた。
奈緒との思い出で彩られたこの夏も終わりを迎え、9月に突入した最初の週末、健太郎は新宿のアルタ前で、スマートフォンを操作しながらガードに寄りかかっていた。
「先輩、遅れてごめんなさい。結構、待ちましたか?」
健太郎のすぐそばに、ショートカットの黒髪の小柄な女性が立っていた。
「岡田みゆきさん?」
そう言うと、みゆきはニッコリ笑って、手を振った。
制服姿のみゆきしか知らなかった健太郎にとって、Tシャツにサルエルパンツ姿のみゆきは、数年の間にとても大人びたように感じた。
「先輩、変わらないですね。相変わらず頭ボサボサで、脂ぎった顔で」
「ちょ、ちょっと、いきなりそこかよ。まずは、お元気ですか?とか、仕事がんぱってますか?とか言わないか?」
「別に言いませんよ。元気そうだし、仕事も頑張ってそうだから」
みゆきは昔から歯に衣を着せないタイプである。
時には言葉がストレートすぎて、高校時代は、思わず殴り掛かりそうになってしまうこともあった。
「今日はごめんな。俺の勝手なお願いごとで」
「何ですか?突然。奈緒ちゃんの家に行きたいだなんてLINEを送ってきて」
「奈緒さんのお母さんに会いたいんだ」
「会ってどうするんですか?奈緒ちゃんのこと、色々聞くんですか?」
「奈緒さんに会ったこと、彼女の言いたかったことを伝えたくてね」
「ええ?だ、だって奈緒ちゃんって、もう10年も前に死んじゃったんですよ」
「いや、それが会えたんだ」
「はあ??」
みゆきが怪訝そうな表情を見せた。
確かに、この話は簡単には信じてもらえないかもしれない。
場所を変えて、静かな場所で時間をかけて説明しようと思った。
「今日は暑いな。この近くのカフェで休んでから行こうか?」
「ちょっと先輩!その前に……奈緒ちゃんに会ったって?どういうことですか?」
健太郎はそそくさと歩き出し、みゆきはその後ろを追いかけるように歩いていった。
二人は新宿通りを伊勢丹方面に歩き、紀伊国屋近くにあるカフェに入った。
「久しぶりだなみゆきさん。今は仕事、何やってるの?」
「今は貿易関係の仕事をしてるんです。海外とかにもよくに出張するんですよ」
「あはは、みゆきさん、高校の頃から英語だけは誰にも負けなかったもんな」
「でも、トータルでは奈緒ちゃんに負けてたんですよ。奈緒ちゃん、うちの学年ではダントツの1位でしたね」
「そうなんだ、そんなに頭が良かったんだ……」
「だって、家に帰ったら毎日遅くまで勉強してるみたいだったし。夏休みや冬休みは、部活休んで東京に夏期講習受けに行ってたんですよ」
「……」
健太郎は、みゆきの言葉を聞いて、思わず黙り込んだ。
金子から聞かされた、奈緒の母親の話は、やはり本当だったんだ……そう思うと、やりきれない気持ちになった。
「ところで、さっきの話ですけど‥‥奈緒ちゃん、生きてるんですか?」
「いや、みゆきさんの言った通りだよ。10年前に亡くなってる。俺が会ったのは、彼女の亡霊だと思う」
「はあ??」
みゆきは、最初にこの話をした時よりもさらに怪訝そうな顔をした。
簡単には分かってもらえない……覚悟はしていたが、健太郎は時間をかけて、これまでの経過と、奈緒と過ごした4日間の思い出を詳細に話した。
「そうなんだ。本当だったら良いけど、正直、信じがたいなあ。」
「ま、誰しもそう思うよな」
「けど、奈緒ちゃんが生前にできなかったことを、先輩と一緒にすることが出来たから、奈緒ちゃんは凄く嬉しかったんじゃないですか?」
「まあな。そう思いたいけど」
「そういえば奈緒ちゃん、高校時代、合唱部に好きな人がいたみたい」
みゆきはアイスコーヒーの氷をストローでかき混ぜながら、思い出したように語りだした。
「え?誰なの?」
「よく覚えてはいないですが、同じ学年の人ではなかったですね」
「じゃ、先輩とか後輩?」
「後輩でもなかったですね。1つか、2つ上の先輩だったと思います。奈緒ちゃん、練習中、その人のことばかり見てたから」
「2つ上なら、俺も該当するんだけど」
「さあ、先輩ではないんじゃないですか?悪いけど先輩、私たち女子部員の『彼氏にしたい部員ランキング』の中では、下から数えた方がいい位でしたよ」
「はあ?何じゃそのランキングは。人が居ないところでうちの部員を勝手にランク付けにするのも大概にしろってんだ!」
「まあ、誰が好きだったかは分かりませんが、奈緒ちゃんの家は、親がすごく厳しい家でしたからね。恋愛も自由に出来なかったから、その人にも声をかけないまま終わっちゃったと思いますよ」
「そうか」
奈緒が遺書に書いた生前やり残したことの1つが、恋をすることだったことを思い出し、健太郎は再び、何ともやりきれない気持ちに襲われた。
「みゆきさんは、奈緒さんの東京の自宅を知ってるって聞いたから、今日、協力をお願いしたんだけど、いいかな?お母さんとは、俺が話をするから」
「私は別に良いですけど……奈緒ちゃんのお母さん、プライドも高いし、奈緒ちゃんも、家ではお母さんが言うことは絶対だって言ってたから、結構大変な相手だと思いますよ」
みゆきは、金子同様、奈緒の母親と会うことに対する忠告をしてきた。
「わかってるよ、一筋縄じゃないというのは覚悟の上だ。でも、このままお母さんが奈緒さんの本音に気づかないままでいいのか?というのも、どこか許せないと思うんだよね。いくら奈緒さんが亡くなっているとはいえ、このままお互い、分かり合えないままで終わっていいのかって」
健太郎は、椅子から身を乗り出して、みゆきに思いを語った。
それを見て、みゆきはため息を吐き、しょうがないな、と言いたげな表情で
「わかりました、場所は案内します。ただ、単なる時間の無駄としか言えないですけどね」
二人は店を出て、新宿三丁目駅から地下鉄丸ノ内線に乗り、南阿佐ヶ谷駅まで向かった。
南阿佐ヶ谷駅を出て、閑静な住宅街を歩いていくと、善福寺川が姿を現した。
この川沿いにある小奇麗な3階建てマンションに、みゆきは歩みを進めた。
「このマンションの最上階が、奈緒ちゃんの実家です」
そう言うと、二人はエレベーターで3階へ昇り、「坪倉」という表札のかかったドアのインターホンを鳴らした。
「どちら様?」
「岡田みゆきです。高校時代の同級生です」
みゆきが話すと、ドアが開き、やや白髪の少しパーマがかかった長い髪の女性が、姿を現した。片手には、白に茶色の混じった色の小さなチワワを抱いていた。
「みゆきさん、久しぶりね。どうしたの急に?」
「今日は、どうしても、お母さんとお話したいっていう人が来まして」
そう言うと、みゆきは健太郎の背中を押した。
「初めまして、藤田健太郎と言います。奈緒さんとは、高校の時所属していた合唱部の時にご一緒しておりました。今日は奈緒さんのことで、どうしてもお話したいことがあって、お邪魔しました。突然の訪問で失礼します」
奈緒の母親は、目鼻立ちの整ったシャープな顔つきの女性で、見た目からして隙のなさそうな雰囲気がある。
母親は、健太郎を見るなり、ほんの少しだけだが、ニコッと笑った。
「奈緒の母親の、坪倉美江といいます。娘が高校の時、世話になったようで、その節はありがとうございました。娘のことでお話があるのであれば、どうぞ、中にお入りください」
そう言うと、スリッパを二人分用意し、部屋の中へと二人を招き入れた。
「ちょっとそこのダイニングテーブルで待っててくださいね。紅茶入れますから」
健太郎とみゆきは、4人掛けのテーブルに向かい合って腰かけた。
母親の美江は、奈緒の死後は1人で暮らしているはずなのに、何故4人テーブルなのだろうか?昔から使っていたものをそのまま置いてあるだけかもしれないが。
「お待ちどうさま。熱いから、少し冷ましてからの方がいいかもね」
そういうと、美江は紅茶を二人の前に置き、その後、二人の斜め隣の席に腰かけた。
「ところでお話って何?詳しく聞かせていただけるかしら?」
美江は、微笑みながらも、どことなく冷めた表情で、健太郎に視線を送った。
金子やみゆきから、手強い相手だと聞かされてきただけに、話をする前から相当なプレッシャーがかかっていた。
健太郎は、緊張をぐっとこらえながら、美江の目を見て、奈緒と出会った経緯と、奈緒への想い、そして生前に語られることのなかった、奈緒の本当の気持ちを語りだした。
奈緒との思い出で彩られたこの夏も終わりを迎え、9月に突入した最初の週末、健太郎は新宿のアルタ前で、スマートフォンを操作しながらガードに寄りかかっていた。
「先輩、遅れてごめんなさい。結構、待ちましたか?」
健太郎のすぐそばに、ショートカットの黒髪の小柄な女性が立っていた。
「岡田みゆきさん?」
そう言うと、みゆきはニッコリ笑って、手を振った。
制服姿のみゆきしか知らなかった健太郎にとって、Tシャツにサルエルパンツ姿のみゆきは、数年の間にとても大人びたように感じた。
「先輩、変わらないですね。相変わらず頭ボサボサで、脂ぎった顔で」
「ちょ、ちょっと、いきなりそこかよ。まずは、お元気ですか?とか、仕事がんぱってますか?とか言わないか?」
「別に言いませんよ。元気そうだし、仕事も頑張ってそうだから」
みゆきは昔から歯に衣を着せないタイプである。
時には言葉がストレートすぎて、高校時代は、思わず殴り掛かりそうになってしまうこともあった。
「今日はごめんな。俺の勝手なお願いごとで」
「何ですか?突然。奈緒ちゃんの家に行きたいだなんてLINEを送ってきて」
「奈緒さんのお母さんに会いたいんだ」
「会ってどうするんですか?奈緒ちゃんのこと、色々聞くんですか?」
「奈緒さんに会ったこと、彼女の言いたかったことを伝えたくてね」
「ええ?だ、だって奈緒ちゃんって、もう10年も前に死んじゃったんですよ」
「いや、それが会えたんだ」
「はあ??」
みゆきが怪訝そうな表情を見せた。
確かに、この話は簡単には信じてもらえないかもしれない。
場所を変えて、静かな場所で時間をかけて説明しようと思った。
「今日は暑いな。この近くのカフェで休んでから行こうか?」
「ちょっと先輩!その前に……奈緒ちゃんに会ったって?どういうことですか?」
健太郎はそそくさと歩き出し、みゆきはその後ろを追いかけるように歩いていった。
二人は新宿通りを伊勢丹方面に歩き、紀伊国屋近くにあるカフェに入った。
「久しぶりだなみゆきさん。今は仕事、何やってるの?」
「今は貿易関係の仕事をしてるんです。海外とかにもよくに出張するんですよ」
「あはは、みゆきさん、高校の頃から英語だけは誰にも負けなかったもんな」
「でも、トータルでは奈緒ちゃんに負けてたんですよ。奈緒ちゃん、うちの学年ではダントツの1位でしたね」
「そうなんだ、そんなに頭が良かったんだ……」
「だって、家に帰ったら毎日遅くまで勉強してるみたいだったし。夏休みや冬休みは、部活休んで東京に夏期講習受けに行ってたんですよ」
「……」
健太郎は、みゆきの言葉を聞いて、思わず黙り込んだ。
金子から聞かされた、奈緒の母親の話は、やはり本当だったんだ……そう思うと、やりきれない気持ちになった。
「ところで、さっきの話ですけど‥‥奈緒ちゃん、生きてるんですか?」
「いや、みゆきさんの言った通りだよ。10年前に亡くなってる。俺が会ったのは、彼女の亡霊だと思う」
「はあ??」
みゆきは、最初にこの話をした時よりもさらに怪訝そうな顔をした。
簡単には分かってもらえない……覚悟はしていたが、健太郎は時間をかけて、これまでの経過と、奈緒と過ごした4日間の思い出を詳細に話した。
「そうなんだ。本当だったら良いけど、正直、信じがたいなあ。」
「ま、誰しもそう思うよな」
「けど、奈緒ちゃんが生前にできなかったことを、先輩と一緒にすることが出来たから、奈緒ちゃんは凄く嬉しかったんじゃないですか?」
「まあな。そう思いたいけど」
「そういえば奈緒ちゃん、高校時代、合唱部に好きな人がいたみたい」
みゆきはアイスコーヒーの氷をストローでかき混ぜながら、思い出したように語りだした。
「え?誰なの?」
「よく覚えてはいないですが、同じ学年の人ではなかったですね」
「じゃ、先輩とか後輩?」
「後輩でもなかったですね。1つか、2つ上の先輩だったと思います。奈緒ちゃん、練習中、その人のことばかり見てたから」
「2つ上なら、俺も該当するんだけど」
「さあ、先輩ではないんじゃないですか?悪いけど先輩、私たち女子部員の『彼氏にしたい部員ランキング』の中では、下から数えた方がいい位でしたよ」
「はあ?何じゃそのランキングは。人が居ないところでうちの部員を勝手にランク付けにするのも大概にしろってんだ!」
「まあ、誰が好きだったかは分かりませんが、奈緒ちゃんの家は、親がすごく厳しい家でしたからね。恋愛も自由に出来なかったから、その人にも声をかけないまま終わっちゃったと思いますよ」
「そうか」
奈緒が遺書に書いた生前やり残したことの1つが、恋をすることだったことを思い出し、健太郎は再び、何ともやりきれない気持ちに襲われた。
「みゆきさんは、奈緒さんの東京の自宅を知ってるって聞いたから、今日、協力をお願いしたんだけど、いいかな?お母さんとは、俺が話をするから」
「私は別に良いですけど……奈緒ちゃんのお母さん、プライドも高いし、奈緒ちゃんも、家ではお母さんが言うことは絶対だって言ってたから、結構大変な相手だと思いますよ」
みゆきは、金子同様、奈緒の母親と会うことに対する忠告をしてきた。
「わかってるよ、一筋縄じゃないというのは覚悟の上だ。でも、このままお母さんが奈緒さんの本音に気づかないままでいいのか?というのも、どこか許せないと思うんだよね。いくら奈緒さんが亡くなっているとはいえ、このままお互い、分かり合えないままで終わっていいのかって」
健太郎は、椅子から身を乗り出して、みゆきに思いを語った。
それを見て、みゆきはため息を吐き、しょうがないな、と言いたげな表情で
「わかりました、場所は案内します。ただ、単なる時間の無駄としか言えないですけどね」
二人は店を出て、新宿三丁目駅から地下鉄丸ノ内線に乗り、南阿佐ヶ谷駅まで向かった。
南阿佐ヶ谷駅を出て、閑静な住宅街を歩いていくと、善福寺川が姿を現した。
この川沿いにある小奇麗な3階建てマンションに、みゆきは歩みを進めた。
「このマンションの最上階が、奈緒ちゃんの実家です」
そう言うと、二人はエレベーターで3階へ昇り、「坪倉」という表札のかかったドアのインターホンを鳴らした。
「どちら様?」
「岡田みゆきです。高校時代の同級生です」
みゆきが話すと、ドアが開き、やや白髪の少しパーマがかかった長い髪の女性が、姿を現した。片手には、白に茶色の混じった色の小さなチワワを抱いていた。
「みゆきさん、久しぶりね。どうしたの急に?」
「今日は、どうしても、お母さんとお話したいっていう人が来まして」
そう言うと、みゆきは健太郎の背中を押した。
「初めまして、藤田健太郎と言います。奈緒さんとは、高校の時所属していた合唱部の時にご一緒しておりました。今日は奈緒さんのことで、どうしてもお話したいことがあって、お邪魔しました。突然の訪問で失礼します」
奈緒の母親は、目鼻立ちの整ったシャープな顔つきの女性で、見た目からして隙のなさそうな雰囲気がある。
母親は、健太郎を見るなり、ほんの少しだけだが、ニコッと笑った。
「奈緒の母親の、坪倉美江といいます。娘が高校の時、世話になったようで、その節はありがとうございました。娘のことでお話があるのであれば、どうぞ、中にお入りください」
そう言うと、スリッパを二人分用意し、部屋の中へと二人を招き入れた。
「ちょっとそこのダイニングテーブルで待っててくださいね。紅茶入れますから」
健太郎とみゆきは、4人掛けのテーブルに向かい合って腰かけた。
母親の美江は、奈緒の死後は1人で暮らしているはずなのに、何故4人テーブルなのだろうか?昔から使っていたものをそのまま置いてあるだけかもしれないが。
「お待ちどうさま。熱いから、少し冷ましてからの方がいいかもね」
そういうと、美江は紅茶を二人の前に置き、その後、二人の斜め隣の席に腰かけた。
「ところでお話って何?詳しく聞かせていただけるかしら?」
美江は、微笑みながらも、どことなく冷めた表情で、健太郎に視線を送った。
金子やみゆきから、手強い相手だと聞かされてきただけに、話をする前から相当なプレッシャーがかかっていた。
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