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第2章 ありがとうを言いたくて
嘲笑
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奈緒の母・美江の前で、健太郎は、奈緒に出会ったお盆の4日間の出来事を詳細に語った。
「以上がこの夏、僕が中川町で体験したことです。奈緒さんと過ごした4日間は、僕にとっては忘れられない日々でした。そして何より、奈緒さんは凄く生き生きして楽しそうでした。彼女はもう10年前に亡くなったことを知った時、大きな喪失感を味わいました。彼女はすでにお父さんが亡くなり、お母さんだけが東京に住んでいると聞いたものですから、今日は、どうしてもお礼を言いたくて、こちらに伺いました」
健太郎は、全てを語り終わると、頭を下げた。
「奈緒さんは、ちょっと天然ボケですけど、すごく明るくて、前向きで、楽しくて、僕にとっては最初の彼女であり、最高の彼女でした」
すべて言い終えた時、美江はあっけにとられた表情をしていたが、やがて、手で口を押え、大笑いし始めた。
「あははは、何言ってるのかしらこの人、ちょっと、あなた、大丈夫なの?」
「大丈夫って……どういうことですか?」
「要するに、あなたは奈緒の霊を見たってことなんでしょ?そして奈緒の霊とデート気分を味わったってことなんでしょ?そのことで、私に礼を言いに来たの?ちょっと、大丈夫なのかな?この人って思っちゃった」
そう言うと、美江は再び声を上げて大笑いした。
「確かに、今の話を聞いた限りじゃ、単なる妄想話にしか聞こえないですよね。この話を信じるか、信じないかはお母さんの自由です。だけど、僕は信じてるんです。そして、彼女のために、自分が出来ることは何かって色々考えたんです。その答えが、奈緒さんの本当に気持ちを、みんなで受け止めてあげようということです」
美江は笑うのを止め、真剣なまなざしで語り続ける健太郎の声を聞いていた様子だった。
そして、しばらく考え込んでから、口を開いた。
「で?奈緒の本当の気持ちって何なの?大体、家族でもない、奈緒の霊を見ただけのあなたに何が分かったの?」
「彼女は僕と一緒に釣りをして、お祭りを楽しみ、海で波に戯れてはしゃぎ、大きな花火に見入っていました。彼女は、遊ぶこと、楽しいことが好きなんじゃないでしょうか?それに、好奇心が強いようで、色々なことに興味を示していました。彼女の生前のことは良く分かりませんが、家で勉強ばかりやっていたという話を聞いています」
「だから、それが何なの?私はね、奈緒には一流大学に入って、エリートたちと切磋琢磨し、社会をリードしていける存在になってほしかったの。遊びだの楽しいことだの、大学生や社会人になった後でいくらでもできるでしょ?」
そういうと、美江は小脇に抱えていたチワワをソファーの上に降ろし、椅子に戻ると、健太郎を鬼のような形相で睨みつけた。
「私自身、一流大学に入るよう小さい頃から親に言われてて、大学入学までは遊びなんてほとんどしなかったもの。でも、大学に入った後は、海外留学したし、海外旅行とかも随分したわ。海外では、学んだことが本当にたくさんあった。あんな田舎にいて、一体何を学べるというの?何か楽しいことがあるの?」
健太郎は、自分の生まれ育った場所をけなす美江の言葉に正直カチンときたが、冷静になるよう自制しながら、言葉を返した。
「でも、奈緒さんにとっては、中川での生活が何より心を満たす場所だったんじゃないでしょうか?彼女、本当に生き生きしていましたよ」
健太郎の言葉に、美江は顔をしかめ、これまでよりもきつい口調で言い返した。
「生き生きしていたって、あなたの見た奈緒の霊が生き生きしていたってこと?バカを言うのも休み休みにしなさいよ」
なかなか言うことを理解してもらえず、健太郎は、少しうなだれてしまったが、気を取り直し、自分の気持ちを吐露した。
「最初に話した通り、僕は彼女と合唱部で一緒だったんですけど、彼女は大人しい子だったので、僕からもっと話しかけて、彼女の傍に居てあげて、彼女の悩みに気づいてあげるべきだったと思います」
「余計なことをしないでくれる?あの子は芯が強いから大丈夫よ」
「いや、芯が強かったら、自殺したでしょうか?家出とかしたでしょうか?彼女は、色々な形でSOSを出していたんですよ。それに、何で家族の皆さんは気づかなかったんですか?」
「家出?自殺?誰からそんなこと聞いたの?」
美江は、健太郎の口から出た言葉に驚いた表情を見せた。
「金子さんって知ってますか?中川町に唯一あるコンビニの店長さんです」
「ああ、奈緒に余計な手出しばかりしてた人ね。奈緒が家出した時に、何も連絡もよこさず、勉強もさせず、あっちこっち連れまわしてたのよ。しかも、実の親である私に奈緒を渡そうとせず、自分の娘にしようとしてたのよ。最低な男よ、本当に。告訴してやろうかと思ったわ」
美江から出た言葉は、金子の話した内容とほぼ正反対であった。
美江からすれば、自分の娘を金子に取られそうになったと感じていたのであろう。
しかし、奈緒が東京から家出して中川町に来たという事実は認めているようだった。
「奈緒さんが家出したのは、やっぱり、その当時の生活に無理をきたしていたからではないのですか?」
「だから何だというの?あの子が私の気持ちを知らず、勝手にやったことよ。私は、あの子が快適に勉強できるよう、自分に出来ることは精一杯やっていたわよ。その頃はもう旦那がいなかったから、日中は仕事して、予備校のお金も何とか工面したし」
「奈緒さんの本当の気持ちは、確かめたんですか?」
「したわよ。彼女はいつも私に、一流大学に何が何でも受かりたいって言ってたわ。それ以外には何も言ってないわよ。」
「……」
健太郎は、大きくため息をついた。
話を聞いていたが、これほど頑固だとは。
いつまでもお互いの言い分が平行線のまま、延々と続くだけだと思うと、とてつもなく空しい気持ちに襲われた。
健太郎はこれ以上美江を説得することを諦め、この家を出ていくことを決めた。
「以上がこの夏、僕が中川町で体験したことです。奈緒さんと過ごした4日間は、僕にとっては忘れられない日々でした。そして何より、奈緒さんは凄く生き生きして楽しそうでした。彼女はもう10年前に亡くなったことを知った時、大きな喪失感を味わいました。彼女はすでにお父さんが亡くなり、お母さんだけが東京に住んでいると聞いたものですから、今日は、どうしてもお礼を言いたくて、こちらに伺いました」
健太郎は、全てを語り終わると、頭を下げた。
「奈緒さんは、ちょっと天然ボケですけど、すごく明るくて、前向きで、楽しくて、僕にとっては最初の彼女であり、最高の彼女でした」
すべて言い終えた時、美江はあっけにとられた表情をしていたが、やがて、手で口を押え、大笑いし始めた。
「あははは、何言ってるのかしらこの人、ちょっと、あなた、大丈夫なの?」
「大丈夫って……どういうことですか?」
「要するに、あなたは奈緒の霊を見たってことなんでしょ?そして奈緒の霊とデート気分を味わったってことなんでしょ?そのことで、私に礼を言いに来たの?ちょっと、大丈夫なのかな?この人って思っちゃった」
そう言うと、美江は再び声を上げて大笑いした。
「確かに、今の話を聞いた限りじゃ、単なる妄想話にしか聞こえないですよね。この話を信じるか、信じないかはお母さんの自由です。だけど、僕は信じてるんです。そして、彼女のために、自分が出来ることは何かって色々考えたんです。その答えが、奈緒さんの本当に気持ちを、みんなで受け止めてあげようということです」
美江は笑うのを止め、真剣なまなざしで語り続ける健太郎の声を聞いていた様子だった。
そして、しばらく考え込んでから、口を開いた。
「で?奈緒の本当の気持ちって何なの?大体、家族でもない、奈緒の霊を見ただけのあなたに何が分かったの?」
「彼女は僕と一緒に釣りをして、お祭りを楽しみ、海で波に戯れてはしゃぎ、大きな花火に見入っていました。彼女は、遊ぶこと、楽しいことが好きなんじゃないでしょうか?それに、好奇心が強いようで、色々なことに興味を示していました。彼女の生前のことは良く分かりませんが、家で勉強ばかりやっていたという話を聞いています」
「だから、それが何なの?私はね、奈緒には一流大学に入って、エリートたちと切磋琢磨し、社会をリードしていける存在になってほしかったの。遊びだの楽しいことだの、大学生や社会人になった後でいくらでもできるでしょ?」
そういうと、美江は小脇に抱えていたチワワをソファーの上に降ろし、椅子に戻ると、健太郎を鬼のような形相で睨みつけた。
「私自身、一流大学に入るよう小さい頃から親に言われてて、大学入学までは遊びなんてほとんどしなかったもの。でも、大学に入った後は、海外留学したし、海外旅行とかも随分したわ。海外では、学んだことが本当にたくさんあった。あんな田舎にいて、一体何を学べるというの?何か楽しいことがあるの?」
健太郎は、自分の生まれ育った場所をけなす美江の言葉に正直カチンときたが、冷静になるよう自制しながら、言葉を返した。
「でも、奈緒さんにとっては、中川での生活が何より心を満たす場所だったんじゃないでしょうか?彼女、本当に生き生きしていましたよ」
健太郎の言葉に、美江は顔をしかめ、これまでよりもきつい口調で言い返した。
「生き生きしていたって、あなたの見た奈緒の霊が生き生きしていたってこと?バカを言うのも休み休みにしなさいよ」
なかなか言うことを理解してもらえず、健太郎は、少しうなだれてしまったが、気を取り直し、自分の気持ちを吐露した。
「最初に話した通り、僕は彼女と合唱部で一緒だったんですけど、彼女は大人しい子だったので、僕からもっと話しかけて、彼女の傍に居てあげて、彼女の悩みに気づいてあげるべきだったと思います」
「余計なことをしないでくれる?あの子は芯が強いから大丈夫よ」
「いや、芯が強かったら、自殺したでしょうか?家出とかしたでしょうか?彼女は、色々な形でSOSを出していたんですよ。それに、何で家族の皆さんは気づかなかったんですか?」
「家出?自殺?誰からそんなこと聞いたの?」
美江は、健太郎の口から出た言葉に驚いた表情を見せた。
「金子さんって知ってますか?中川町に唯一あるコンビニの店長さんです」
「ああ、奈緒に余計な手出しばかりしてた人ね。奈緒が家出した時に、何も連絡もよこさず、勉強もさせず、あっちこっち連れまわしてたのよ。しかも、実の親である私に奈緒を渡そうとせず、自分の娘にしようとしてたのよ。最低な男よ、本当に。告訴してやろうかと思ったわ」
美江から出た言葉は、金子の話した内容とほぼ正反対であった。
美江からすれば、自分の娘を金子に取られそうになったと感じていたのであろう。
しかし、奈緒が東京から家出して中川町に来たという事実は認めているようだった。
「奈緒さんが家出したのは、やっぱり、その当時の生活に無理をきたしていたからではないのですか?」
「だから何だというの?あの子が私の気持ちを知らず、勝手にやったことよ。私は、あの子が快適に勉強できるよう、自分に出来ることは精一杯やっていたわよ。その頃はもう旦那がいなかったから、日中は仕事して、予備校のお金も何とか工面したし」
「奈緒さんの本当の気持ちは、確かめたんですか?」
「したわよ。彼女はいつも私に、一流大学に何が何でも受かりたいって言ってたわ。それ以外には何も言ってないわよ。」
「……」
健太郎は、大きくため息をついた。
話を聞いていたが、これほど頑固だとは。
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