メダカのキモチ

clumsy uncle

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お互いについて

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メダカ達は、窓際で暖かい春の陽ざしを受けて気持ちよさそうに泳いでいる。
ボス格のパンダは、水槽の真ん中を悠然と泳ぐ。パンダが泳ぐと、他のメダカ達は恐れおののき、1匹は水面へ、1匹は水底へ、そしてもう1匹は微動だにしない。
しかしパンダが泳ぎ疲れ、水槽の陰へ行ってしまうと、食いしん坊のヒレ吉は、パンダの食べ残しがないか、口をパクパクしながら水面を探る。
そしてちゃっかりした性格のピンキーが、その「おこぼれ」にあやかろうと、水面から落ちてきた餌に向かって一目散に泳ぐ。
そして、たえ子は、いつものごとく、水底でじっと耐えている。病気とかではないのだが、何かに怯え、身構えている。

そんなコミカルなメダカ達の姿を、恭介とさよりは、じっと見つめていた。

「かわいい…こんな小さい魚なのに、いつの間にかヒエラルキーができてるんですね」
「ヒ、ヒエラルキーですか」

恭介は、突然発せられたさよりの言葉に驚き、言葉に窮してしまった。

「この大きなメダカちゃんが出てくると、みんな怖がってるもの。そして、いなくなると他のメダカちゃんが水面に出てきて、餌を食べてるし。人間と同じよね」

さよりは、つぶやきながらメダカ達の泳ぐ姿を見続けた。

「そういえば、さよりさんは何か仕事してるんですか?話、変わっちゃうけど」

恭介は、インスタントのコーヒーをカップに注ぎ込み、テーブルに置きながら尋ねた。

「会計事務所で事務の仕事してます。京橋にある、「中島会計」っていうところ。私は会計士じゃないけど、事務のサポートをしている感じかな」
「会計士のサポート!?すごいなあ。僕、塩崎産業っていう食品会社の営業ですよ。多分さよりさんが名前を聞いたことのない、中小企業です」
「でも私、専門職じゃなくって、一般職だから、昇進も期待できないし。あ、そうそう、私、昼間だけでなく、夜も別な仕事してるのよ」
「夜?ま、まさか、それって…水…関係ですか?」

すると、さよりは大声で笑いだした。

「す、すみません、俺、失礼なこと言っちゃったかな?」
「ううん、私、guppyというハンドルネームだし、本名も魚みたいだし、だから、それと掛け合わせて、水関係って言ったのかなあって思って、そしたら笑っちゃった。ごめんね」
「あはは、いやいや、そんなつもりじゃあ」

恭介は、さよりから返ってきた言葉に、どう反応したら良いか、またしても答えに窮してしまった。

「夜、自宅近くのホテルで、ディナータイムにピアノ弾いてるのよ。小さい頃からピアノやってて、どこかで演奏したいって思ってたから。学生の頃からずっとピアノ演奏のアルバイトやってて、社会人になっても続いてるの」
「そうなんだ。自宅近くって、千葉にあるホテルなの?」
「そう、海浜幕張にあるホテルのレストランで演奏してるの。大人な雰囲気のレストランで、カクテルとかウイスキーとかもいっぱい置いてあるお店。ムード出すために、ピアノ弾いてくれないかって店長さんに言われて、弾いてるの」

メダカ達の戯れる姿を見ながら、恭介とさよりは、色々なことを話した。
さよりは、地元の国立大である千葉大学出身の才女であること。魚好き故に、水族館に就職したかったけど、親に反対されてしまったこと。ピアノを弾くときと、自宅で飼っているメダカの世話をする時が心癒されること。
お互いについて話をするうちに、mottogramでのやりとりではわからない、色々なさよりを知ることができた。

「メダカたちをじーっと見てるとね、心が不思議と落ち着くのよ。そして、自分の気持ちに素直になれるの。仕事では、どうしても会社のこととか、お客さんのこと、一緒に仕事してる人のこととか考えちゃうから、自分の気持ちがわからなくなるのよ」

さよりは、水槽で泳ぐメダカ達に目を遣りながら、つぶやくように話した。

「家に帰って、メダカ見てるとね、会社でその日上司に話したことを思い出して、本当にあれって自分の言いたいことだったのかな?とか、本当の自分の気持ちは違うのに~とか、自分の素直な気持ちに戻ることができるの。メダカたちって、自分たちの思うままに泳いでるでしょ?もちろん、ヒエラルキーはあるんだろうけど、のびのび、すいすいと泳ぐ姿を見ると、ああ、自分はもっと素直にならなくちゃって、気持ちになるの」

さよりは、ひたすらメダカ達の泳ぎを目で追いつつ、時々、ため息をついて、何か思いふけったような顔つきになった。

「私、だいぶ前からmottogramやってて、自分の飼ってるメダカの写真や水族館で撮った写真をアップしてたんだ。同じように魚達が好きな人達のページを見つけて、交流してたけど、そんな中、いつもメダカたちに癒やされてたからこそ、メダカの写真がいっぱい載ってる恭介さんのページに目に止まったの」

さよりは、ニコッと笑って、恭介の方を振り向いた。

「恭介さんのメダカへの愛情、すごく写真から伝わってくるんだもん。私、いつも楽しみにしてた。恭介さんのメダカ、今日はどんな表情を見せてくれるのかなあって」
「あはは、僕はただ、メダカたちがカワイイって感じたしぐさを見せてくれた時、写真にササッと撮って、アップしてるだけですよ」

恭介はちょっと照れくさくなった。まさか、自分が何気なく写している写真がそんなふうに思われていたなんて。

「あ、そろそろ帰るね。夕方からピアノの演奏があるんだ。今日はごめんね。せっかくの休日に押しかけて」

さよりは時計に目をやると、慌てて帰る支度を始めた。

「そ、そんな、僕はいいんですよ。気にしないで。帰りは駅まで送っていきますよ」

さよりは名残惜しそうに水槽を眺め
「メダカちゃん、今日はありがとう。また逢いに来るね」
といい、手を振って立ち上がった。

え?また逢いにくるって、今、言ったよね?本当なのかな?
恭介は、さよりの意味深な別れの言葉を聞いて、またドキドキと胸が高鳴り始めた。さよりのシトラスのコロンの香りが、ふだんは無臭な恭介の部屋中に広がり、その香りが消えずに残る中、さよりはバッグを持ち、恭介と一緒に部屋を出た。

夕陽に照らされながら、武蔵野の面影が残る小径を一緒に歩く二人。
色々他愛ない話をしているうちに、やがて西武柳沢駅が近づいてきた。
しばらくお互い何も話さず、静寂が続いたが、最後にさよりが切り出した。

「ねえ、恭介さんはLINEやってる?やってるなら、登録してもいい?」
「え?いいの?俺と」
「うん」さよりはにこやかな顔で頷いた。
「今日はわざわざ来てくれて、ありがとう」

そういうと、恭介は右手を差し伸べた。さよりはその手をしっかりと握ってくれた。

「私もだよ。また遊びに来ていい?」
「もちろん。今度はご飯作って待ってるから」
「え?恭介さん、料理得意なの?」
「いや、シンプルに、豚の生姜焼きとか、オムライスくらいかな」
「ええ?すごいじゃない?私、全く料理はダメだよ。今度食べさせて」

さよりは大きな瞳を見開き、恭介を上目遣いで見つめた。

「じゃ、その時は。ただ、上手じゃないよ。不味かったら、ごめんな」
「いいのよ。楽しみにしてるね。あ、電車来たみたいだから、じゃあね」

さよりは手をふり、改札口を通り抜けて行った。
恭介の手には、さよりの手のぬくもりがしっかり残っていた。
そして、シトラスのコロンの香りも。
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