【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第二章

4.

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「わたしゃ、ヤツガシラっていう旅芸人の一座の座長で、シャイマってもんだ。実りを祝う日ヤウン・ハワでの興行のために、月と花アヤラヴァみやこへ立ち寄ったところでね。昔なじみのイブリに呼び出されたんで、こうして遊びにきたってわけ」
「別に呼び出しちゃいないだろう。ただヤツガシラの一座の中に、迷子になって戻ってこない奴はいないか、って聞いただけだ」
──俺に、あんたの芝居に付き合えってのか?
 イブラヒムは昨晩、そう言ってまゆひそめていた。つまり彼は、いまだにルクサナのことを、旅芸人だと思っているのだろう。ルクサナがあれほど誠心誠意、事実を語ったというのに、すべて芝居の中の話であろうと、そう結論づけたのに違いない。
「わたくし、旅芸人ではないって昨日も説明したはずだわ。どうしてこんなことになったかわからないけれど、わたくしは元々、宰相家のルクサナで、この身体はわたくしのものではなくて、それに、」
「半年先の未来にいたはずが、何故か実りを祝う日ヤウン・ハワの季節に時を超えて戻ってきちまったって言うんだろ? 昨日も聞いたよ。聞いたけど。そうそう信じられるかよ」
 呆れた口調で言うイブラヒムに、「でも本当なのよ」と言い返す。一体どう言えば、信じてもらえるのだろう。考えあぐねるルクサナに、「半年先」と興味深そうに口を挟んだのはシャイマである。
「宰相家のご令嬢だって話もそうだが、未来から来ただなんて、だいそれたことを言う娘だね。それが本当なら、おまえさんは今から半年先の未来のことまで、この町で何が起こるのか、知っているっていうのかい?」
 言われてみて、はっとなる。成る程、確かにその手があった。ルクサナの知る半年間──未来の出来事を彼らに伝え、それが事実となったなら、きっと信じてもらえるだろう。
(この、半年間……)
 あまり未来のこと──例えば、ルクサナの父が罪に問われたことなどを話したところで、半年先まで、それが事実か証明できない。
 思い出さなくては。この頃、町で一体何があったか。
「そうね、……そうだわ。トカラ橋の辺りに、ワニが出る。あれは確か、秋頃の出来事だったはず」
「知ってる。つい先週の話だろ?」
「なら、この話はどう? 実りを祝う日ヤウン・ハワの祭りの場に、国王陛下スルタンも顔を出されて、皆をねぎらうはずよ」
「ありがたい話だが、そりゃ毎年の恒例だ」
「あとは、ええと……、宰相家の邸宅リアド軒下のきしたで、アビシニアンが子猫を産むわ。侍女のマリアムが育てるはず」
「それが本当だとしても、私らにはそれが事実か、確認しようがないからねえ」
 呆れた口調で言うシャイマの言葉に、たまれなくなりうつむいた。考えれば考えるほど、ほとほと困り果て、眉間にしわを寄せて黙り込む。この数日のうちに起こる出来事など、そう都合よく思い出せるものでもない。
 何か他に、ないだろうか。彼らの信用を勝ち取るための、一手は。
 目を閉じたルクサナが、うなり声を上げた、その時。
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