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第四章
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「まず勘違いされちゃ困るのが、俺はヤツガシラの一座に、妙な仕事を頼む気はない。正当に、舞と物語を依頼しにきたのさ。ただし──、演じる場所が肝要だ」
勿体ぶった言いように、「どこで演じるの?」と言葉をかぶせて促した。イブラヒムは深く目を閉じ、更に勿体ぶってから、何気ない口調でこう続ける。
「宰相家の邸宅にて」
「えっ」
「日時は七日後の、夕刻から夜にかけて。宰相主催の宴の席に、ヤツガシラの一座は、演者として招かれる運びとなった。この宴の趣旨は、今年も実りを祝う日がつつがなく終えられたことを祝すためのもの、というのが名目だが、実のところ……、ここしばらく伏せりがちな、宰相の一人娘、ルクサナお嬢様を元気づけてやりたい、という意図もあるようだ」
イブラヒムがつとめて平坦な口調で語るのを、ルクサナはじっと耳を傾け聞いていた。確かに実りを祝う日の後、ルクサナの父が宴を催すのは例年の習わしであった。といっても大抵の場合、それは宰相家に仕えてくれている侍従達への感謝を示すために行うものであって、旅芸人を呼ぶような規模のものではなかったはずだ。だが父は、ルクサナが日頃から物語を好んで読むことも、以前邸宅に旅芸人を呼んだ際、おおいに喜び、はしゃぎまわったことも知っている。
その上──、ルクサナの記憶にある半年前の宴は、ただでさえ、例年とは趣が異なっていた。
「イブラヒム。もしかすると、その宴には」
緊張で声が強張った。それでもルクサナは、やっとのことで言葉を続ける。
「その宴には、国王陛下や王子殿下、それに国政を補佐する方々……、例えば、ザイーブ家の大臣も参加されるのではないかしら」
あの日の宴のことを、ルクサナはよく覚えている。宰相家の邸宅に立ち寄りたいという国王陛下の思し召しがあり、急遽、例年とは趣を変えた宴を催す運びとなった。総出で家を飾り付け、客人達のために心を尽くして食事を用意した。張り切る父の姿を見、侍女達がこぞって、「国王陛下の真意は、王子殿下をお嬢様に引き会わせることなのだろう」と浮かれて小躍りしていたのを、ルクサナは他人事のように眺めていた。
婚約をしていたとはいえ、その相手とは婚儀の直前まで顔を合わせないのが慣例だ。国王陛下の意図はそこになかろうと思っていたし、事実ルクサナは、その時も王子殿下に相対することはなかった。オーガンザのカーテン越しに、カーヌーンを奏でて聴かせただけだ。
最後の一音を奏でたその瞬間、一際大きな拍手をしたのは、ザイーブ家の大臣であった。彼はルクサナのカーヌーンを褒めそやし、宰相家の未来は明るいなあと、癖のある声で大げさに父を言祝いだ。
勿体ぶった言いように、「どこで演じるの?」と言葉をかぶせて促した。イブラヒムは深く目を閉じ、更に勿体ぶってから、何気ない口調でこう続ける。
「宰相家の邸宅にて」
「えっ」
「日時は七日後の、夕刻から夜にかけて。宰相主催の宴の席に、ヤツガシラの一座は、演者として招かれる運びとなった。この宴の趣旨は、今年も実りを祝う日がつつがなく終えられたことを祝すためのもの、というのが名目だが、実のところ……、ここしばらく伏せりがちな、宰相の一人娘、ルクサナお嬢様を元気づけてやりたい、という意図もあるようだ」
イブラヒムがつとめて平坦な口調で語るのを、ルクサナはじっと耳を傾け聞いていた。確かに実りを祝う日の後、ルクサナの父が宴を催すのは例年の習わしであった。といっても大抵の場合、それは宰相家に仕えてくれている侍従達への感謝を示すために行うものであって、旅芸人を呼ぶような規模のものではなかったはずだ。だが父は、ルクサナが日頃から物語を好んで読むことも、以前邸宅に旅芸人を呼んだ際、おおいに喜び、はしゃぎまわったことも知っている。
その上──、ルクサナの記憶にある半年前の宴は、ただでさえ、例年とは趣が異なっていた。
「イブラヒム。もしかすると、その宴には」
緊張で声が強張った。それでもルクサナは、やっとのことで言葉を続ける。
「その宴には、国王陛下や王子殿下、それに国政を補佐する方々……、例えば、ザイーブ家の大臣も参加されるのではないかしら」
あの日の宴のことを、ルクサナはよく覚えている。宰相家の邸宅に立ち寄りたいという国王陛下の思し召しがあり、急遽、例年とは趣を変えた宴を催す運びとなった。総出で家を飾り付け、客人達のために心を尽くして食事を用意した。張り切る父の姿を見、侍女達がこぞって、「国王陛下の真意は、王子殿下をお嬢様に引き会わせることなのだろう」と浮かれて小躍りしていたのを、ルクサナは他人事のように眺めていた。
婚約をしていたとはいえ、その相手とは婚儀の直前まで顔を合わせないのが慣例だ。国王陛下の意図はそこになかろうと思っていたし、事実ルクサナは、その時も王子殿下に相対することはなかった。オーガンザのカーテン越しに、カーヌーンを奏でて聴かせただけだ。
最後の一音を奏でたその瞬間、一際大きな拍手をしたのは、ザイーブ家の大臣であった。彼はルクサナのカーヌーンを褒めそやし、宰相家の未来は明るいなあと、癖のある声で大げさに父を言祝いだ。
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