【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第五章

9.

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 ひとけのない中庭パティオへ出て、大きくひとつ深呼吸する。語らうことはできなかったが、彼女が必死に、宰相家での今の暮らしを守ろうとしていることは、ルクサナにも十分伝わった。
(私だって、元の暮らしに、未練がないわけではないけれど……)
 邸宅リアドを訪れる前、シャイマがルクサナにこう問うた。
「未来が変われば、宰相家のお嬢様が死ぬこともない。そうなればあんたは、もしかすると元の身体に戻れるのかもしれない。だがそうならなかったなら、これからどうするつもりだい」
 気遣わしげな優しい問いに、ルクサナはただ穏やかに、「ヤツガシラの皆さんと一緒に、旅がしたいです」と、既に用意していた想いを述べた。
 実のところルクサナは、元の暮らしを取り戻せるとは思っていなかった。宰相家のルクサナの運命は、あの三日月の夜、既に途絶えてしまったのだと、そう思えてならなかったからだ。
 罪に追われ、何もできぬまま、ルクサナはわけもわからず息絶えた。それなのに、何か不思議な力が──サラの言う通りなら、魔人ジンが機会をくれたのだ。
 まったく別人の姿をもらい、以前のルクサナには持ち得なかった縁を得た。そうして得た仲間とともに、大好きな両親や宰相家に連なる人々を守れるのなら、十分だ。それ以上多くを望むべきではなかろうと、ルクサナはそう考えた。
(私のひとりよがりだとしても、せめて最後に、ここで美しく舞って去ろう。それを、お父様やお母様への、別れの挨拶にして……)
 客人達のいる中庭パティオに戻らなくては。そしてその先の未来を、ヤツガシラの一座のルクサナとして生きるのだ。そう胸に決めた。──それなのに。
 次の瞬間、何者かの手がルクサナに伸びた。何事かと身構える間もなくそのままぐいと腕を引かれ、ルクサナは、すすべもなく植え込みの陰へと転倒する。
「きゃっ……!」
 思わず高い悲鳴が漏れたが、すぐさま口をふさがれた。ごつごつとした男の手。青ざめたルクサナが、それでもこわごわ視線を向ければ、男が三人立っていた。そのうちの一人の顔を見て、ルクサナははっと息をむ。
 見覚えがある。この男は──、ルクサナが知る半年先の未来において、父の部下を名乗って現れ、ルクサナと母に都を逃れてクラバトの町へ向かうようにと、そうそそのかした男である。
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