【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第五章

10.

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「この女で間違いないか」
 目の奥に宿る冷酷な光を見、ひゅっ、とルクサナの喉が鳴る。
(お父様の部下だというのは、嘘だったんだわ)
 ルクサナも母も、だまされたのだ。この男の口車に乗せられて、まんまと宰相家の邸宅リアドを出た先で──、クラバトの町にたどり着くこともなく、殺された。
「ああ。確かにその女だ。今し方令嬢の部屋で、あんな劇を演じたのは、かの御方への牽制けんせいのためだと話していた。魔人ジンがどうとかよくわからん話もあったが、何をどこまで知っているのか、吐かせたほうが良さそうだ」
 逃げなくては。そう考えて身をよじり、もがきうめいて彼らの手からのがれようとするのだが、三人がかりで押さえ込まれてしまっては、ルクサナに勝ち目があろうはずもない。
(誰か助けて、誰か、)
 猿轡さるぐつわまされて、それでも精一杯にうめき声を上げ、ルクサナは懇願こんがんするように、の部屋のテラスへ顔を向けた。今、この場において助けを求めるなら、相手は一人しかいない。
 るされた厚いカーテンの向こうから、瞬時、おびえた視線がルクサナを見た。
(助けて、──サラ!)
 すがりつきたい衝動に駆られたが、そうすることはできなかった。大きな布袋を頭から被せられ、既に視界は閉ざされた。男の一人にかつぎ上げられ、縛られた足が地を離れる。
 途端に脳裏へよみがえったのは、あの日の暗い夜空であった。
 細い三日月が浮かんだ夜。途方に暮れて見上げたそれは、かつてのルクサナが見た、最後の夜の風景であった。
(また、殺されてしまうの?)
 恐怖で身体がてついていた。ガタガタと震えるのを、止められそうにない。どこかへ向かう男の歩調に合わせ、担がれた身体がれるたび、不安ににじんだ涙が肌をつたう。
 そうこうしているうちに、被せられた布袋ごと、どこかに押し込められてしまった。恐らく、荷車にでも乗せられたのだろう。車輪のきしむ音とともに、がた、ごとと身体が揺れる。
 そうして揺られている時間が、ルクサナには、永遠のように感じられた。
(私、どうなってしまうの……?)
 元の暮らしを、取り戻そうとは思わなかった。ルクサナの運命は、あの夜に途絶えてしまったのだと、そう納得したつもりであった。けれど。
(大好きな人達を守れるなら、それで十分だと思った。そう思えた。だって私は、失うばかりではなくて、新たな縁も得ていたから。……でも、)
 震えて噛み合わない歯を、猿轡ごと噛み締めて、ぎゅっと強く目をつむる。
 シャイマを始めとした、ヤツガシラの一座の人々と過ごした日々が、走馬灯かのごと眼裏まなうらによぎってゆく。彼らにとってルクサナは、得体のしれない小娘でしかなかっただろう。それなのに彼らは暖かく、ありのままを受け入れてくれた。
(今夜の劇がうまく行けば、きっと未来は変えられる。一座のみんなと暮らしながら、それをこの目で、見届けられると思ってた。……嫌よ。このまま死ぬのは絶対に嫌。私、お父様達にお別れの挨拶もできていない。それになにより──、お礼を言わなきゃ、いけないのに)
──未来は、と思うか?
 そう言って、ルクサナに道を示してくれた、彼に。
(お礼を……、)
 礼を言うのだ。未来をことに。
(……、違う)
 きゅっと拳を握りしめ、暗闇の中、ルクサナはぱちりと目を見開いた。己に為せることが何かわからず戸惑っていたルクサナに、彼がこう告げたのを思い出したのだ。
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