【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第五章

14.

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「さて、御暇おいとましてよろしいかな? 大臣殿も、今宵はお忙しいでしょう」
 敵意のないことを示すように、イブラヒムがひらひらと手を浮かせてそう述べる。それを見た大臣ははばかりもせず舌打ちして、しかしすぐさま背を向けた。大臣家の者達も、おびえるようにルクサナを振り返りながら、それぞれに主の後を追う。
(助かった、の……?)
 今にもその場に崩れ落ちそうなのを、イブラヒムが支えてくれた。何が何やらわからぬが、どうやらこの場は乗り切ったらしい。ならば──まず、ルクサナが問わねばならぬことは。
「い、い、イブラヒム、あなたって、も、もしかして」
 とっさにイブラヒムへと掴みかかれば、「おっ、」と身構えたイブラヒムが、ぱたぱたと手を振り近衛隊の面々を追い払う。それに構わずルクサナは、イブラヒムを見据えて、こう問うた。
「あなたって、あなたって……、王子殿下アミールの、近衛隊の人だったの──?」
 かくんと首を傾げたイブラヒムが、しかしすぐさま歯を見せて笑う。
「だとしたら、どうする?」
「えっ? ど、どうもしないけど。だって、気になるじゃない……。心配しなくても、あなたが隠しておきたいなら、みんなに言いふらしたりしないわ。シャイマ座長も、あなたの正体なんて知りたくないと言っていたし」
「それはどうも」
 イブラヒムがそう言って、ぽんぽんとルクサナの肩を叩く。そうされてようやく己の足で立ち直し、イブラヒムに向き直ったルクサナは、深く、大きく息を吐いた。
「助けに、来てくれて、……あ、あり、ありがと、」
 礼を言いたかったのに、最後まで言い切ることができなかった。やっとのことでこらえていた涙が急に溢れ出て、嗚咽おえつで言葉にならなかったのだ。
「おっと。さっきは天下無双の女主人かのごとき風格だったのに、今更怖くなったのか? よしよし。せっかく化粧してるのに、涙ですっかり台無しだ。──いや待て、これはこれでおもむきがあると言えなくもないか──、んん、ともあれ」
 咳払いしたイブラヒムが、帰り道を指し示す。そうして彼の奏でる笛の音のように軽やかな口調で、こうルクサナに笑いかけた。
「さて、急いで帰らないと。、おまえさんのことをお待ちかねだ」
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