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第五章
15.
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✧✧✧
「飛ばすぞ。しっかり捕まってな!」
楽しげに言うイブラヒムの背に、はじめは遠慮がちに、しかし二人の跨る馬が駆ける速度を増すに連れ、縋り付くようにして目を瞑る。
宰相家の邸宅への帰り道。近衛隊の連れてきた馬へひらりと跨ったイブラヒムは、戸惑うルクサナを前にして、にやりと笑んでこう告げた。
「折角だから、騎馬で堂々と凱旋しようじゃないか。こういうのも、お好きだろ? 魔人に愛された姫君は」
すっかり見透かされている。ルクサナがはにかみながらイブラヒムの手を取れば、彼は己の後ろにルクサナを乗せ、慣れた手つきで手綱を取った。
「そういえば、さっきから一体何なの? その……、『魔人に愛された姫君』っていうのは」
「ん? ああ、ルクサナお嬢様から魔人の気まぐれのことを聞いてね。おまえさんを呼ぶのにぴったりだろ?」
──あたしを哀れと思った慈悲深い魔人が、あたしとあんたの運命を取り替えた。
「もしかして、」
呟くと、イブラヒムはただ、頷いた。
ルクサナが囚われたことを彼に伝えたのは、他でもないサラであった。
一部始終を目撃したサラは、すぐさま舞台裏まで駆けて、ヤツガシラの一座の者達に助けを求めてくれたのだと言う。事態を知ったシャイマがすぐさまイブラヒムに話を通し、それで近衛隊の者達が、ルクサナを探す流れになったのだという。
「事を起こすなら大臣家の奴らだろう、と踏んでたから、おまえさん達が向かった先を特定するのに苦労はしなかった。けど折角なら大臣家の弱みも握っておきたかったんで、おまえさん達が邸宅の敷地に入るまで、しばらく様子を見ていたんだ。おかげさまで現行犯扱いで大臣本人に釘をさせたし、何より……、おまえさんが啖呵を切る姿にはしびれたね。いやあ、いいもん見せてもらった。……そんなこんなでちょっとばかり救出が遅れたけど、許してくれるよな?」
悪びれもなく言うイブラヒムの背に、ルクサナはつい、気恥ずかしさと怒りで拳をぶつけてしまったのだが──、ともあれサラは、ルクサナを助けようとしてくれたのだ。
(サラ……、)
馬を駆るイブラヒムの背にしがみつき、きゅっと唇を噛みしめる。
「飛ばすぞ。しっかり捕まってな!」
楽しげに言うイブラヒムの背に、はじめは遠慮がちに、しかし二人の跨る馬が駆ける速度を増すに連れ、縋り付くようにして目を瞑る。
宰相家の邸宅への帰り道。近衛隊の連れてきた馬へひらりと跨ったイブラヒムは、戸惑うルクサナを前にして、にやりと笑んでこう告げた。
「折角だから、騎馬で堂々と凱旋しようじゃないか。こういうのも、お好きだろ? 魔人に愛された姫君は」
すっかり見透かされている。ルクサナがはにかみながらイブラヒムの手を取れば、彼は己の後ろにルクサナを乗せ、慣れた手つきで手綱を取った。
「そういえば、さっきから一体何なの? その……、『魔人に愛された姫君』っていうのは」
「ん? ああ、ルクサナお嬢様から魔人の気まぐれのことを聞いてね。おまえさんを呼ぶのにぴったりだろ?」
──あたしを哀れと思った慈悲深い魔人が、あたしとあんたの運命を取り替えた。
「もしかして、」
呟くと、イブラヒムはただ、頷いた。
ルクサナが囚われたことを彼に伝えたのは、他でもないサラであった。
一部始終を目撃したサラは、すぐさま舞台裏まで駆けて、ヤツガシラの一座の者達に助けを求めてくれたのだと言う。事態を知ったシャイマがすぐさまイブラヒムに話を通し、それで近衛隊の者達が、ルクサナを探す流れになったのだという。
「事を起こすなら大臣家の奴らだろう、と踏んでたから、おまえさん達が向かった先を特定するのに苦労はしなかった。けど折角なら大臣家の弱みも握っておきたかったんで、おまえさん達が邸宅の敷地に入るまで、しばらく様子を見ていたんだ。おかげさまで現行犯扱いで大臣本人に釘をさせたし、何より……、おまえさんが啖呵を切る姿にはしびれたね。いやあ、いいもん見せてもらった。……そんなこんなでちょっとばかり救出が遅れたけど、許してくれるよな?」
悪びれもなく言うイブラヒムの背に、ルクサナはつい、気恥ずかしさと怒りで拳をぶつけてしまったのだが──、ともあれサラは、ルクサナを助けようとしてくれたのだ。
(サラ……、)
馬を駆るイブラヒムの背にしがみつき、きゅっと唇を噛みしめる。
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