【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第五章

16.

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 そうこうするうちに二人は、ひとけのない夜の町を抜け、宰相家の邸宅リアドへと帰り着いていた。
「ルクサナ! あんた、どこへ行っていたんだい!」
 慌ただしく出迎えるヤツガシラの面々には、ひとまず曖昧あいまいな答えを返し、静かな観客席へと視線を向ける。見れば、おおよその来客の姿は既にそこにない。大臣が邸宅リアドへ帰っていたことから考えても、宴自体は、既に散会となっているのだろう。今も観客席に残るのは、ルクサナの両親と宰相家の侍従達。そしてその奥にそっとたたずむのは、他でもない──、サラの姿である。
「ほら、早くこっち来て! もう、衣装の肩口が破けてるじゃないの! 着たまま縫い直しちゃうから、動かないでじっとしててね!」
「化粧直しするから顔だけこっち向けて。こら、目をつむらない。ラインが引けないでしょ!」
 団員達に手を引かれ、あれよという間に化粧を直され、衣装を整えられて立つ。そのかたわらに寄り添ったシャイマが、優しい声でこう告げた。
「怖い思いをしただろうから、無理をすることはない。だけどね、……短い間だったけど、あんたがどんなに懸命に稽古してきたか、私らはみんな、よく知ってる。変に気負わなくて良い。ただ、成果を見せてくれるかい?」
──私にひとつ提案があるんだが……、あんたの意見、聞かせてもらえるかい?
 イブラヒムから作戦を告げられた、あの日のこと。シャイマはルクサナにこう提案した。宰相家の邸宅リアドで、イブラヒムから依頼された劇を演じたあと、もう一演目、ルクサナを中心にえた舞を演じてみないかと。
 演目の内容は、時をさかのぼり、別人の姿で目を覚ました、ある令嬢の物語。ルクサナ自身の物語を、宰相家の人々に、そしてサラに、見せてはどうかというのである。
「未来を変えることができたとしても、あんたが元の姿に戻れるかどうかわからない。そうなった時、私らと来るのは大歓迎だが──、に縁深かった人々に、事実を告げても誰にも信じてもらえないんじゃ、つらかろう。それならせめて、そいつらの心のうちに、物語を残していくのはどうだろうね」
 シャイマの提案を、ルクサナも受け入れた。けれど今、ルクサナの背を押す老婆の手に込められた意図は、当初の予定とは、少し違って感じられる。
 緊張で冷え切った指先をこすり合わせ、震える息をそっと吐く。そんなルクサナの姿を見たヤツガシラの面々は、からかい混じりの笑みを浮かべ、あるいはいたわるように肩を叩いて、ルクサナのことをはげました。
「大丈夫。行っておいで」
 舞台の脇へたたずむルクサナの姿に、サラも気づいたのだろう。薄暗がりに立つ黒々としたその瞳は、今度こそ、ルクサナの目を見つめ返している。
(見ていて、サラ……。私がここで、演じたいのは、)
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