明るい奴隷生活のススメ

犬噛 クロ

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 予想はついたが、土曜日の夜、めぼしいラブホテルのほとんどは満室だった。
 それでもオシャレな外観のそれらからは一段階、いや二段階ほど落ちるグレードの一軒にようやく空きを見つけて、私と不破さんはチェックインを済ませた。
 会話もかわさずに入ったその部屋は、狭いうえにタバコ臭く、インテリアも内装も案の定ショボい。まあ二時間くらいしかいないから、いいんだけど。

「なんかすみません……。イマイチな部屋で……」

 別に不破さんが悪いわけではないのに、彼は肩を丸め、しょげかえっている。

「いやいや、入れただけラッキーですって。それにしても、こんなところ来るの、久しぶりだなー」

 私はあえて明るく笑い、部屋の面積の七割を占める大きなベッドに、どっかり腰を下ろした。
 そのあとはシャワーを浴びて、私と交代でバスルームに消えた不破さんをぼけっと待った。
 結婚相談所では一応、婚約が成立するまで、会員同士が肉体関係を持つことを禁止している。
 ――当然だ。
 そうじゃなければ、そっち目的の不埒な者たちが殺到し、ヤリ目的のただの出会い系と変わらなくなってしまう。
 だけど――。真剣に結婚を考えている相手がいるのならば、正式な約束を交わす前に、確かめておくべきだと思う。
 ――体の相性がいいかどうか。
 こんなことを言っていると、私がふしだらでいやらしいことが大好きな女のようであるが……。
 だが、とても大事なことだ。特に私のように、子供を産むことを切望している者にとっては。
 だって、やるべきことをガッツリやらなければ、その願いは叶わないのだから。

「……………………」

 バスルームから戻ってきた不破さんは、私の隣に座った。
 二人分の体重が重いのか、ベッドがギシッと悲鳴を上げる。
 ――私も不破さんも、すっかり無口になってしまった。

「あの……。軽蔑しましたか?」
「い、いえ! そんなことは!」
「えーと……。なんか言い訳がましいんですけど、結婚紹介所を通してお会いした男性の中で、こんなところまで来たのは、不破さんだけですので……。いつもこんなことやってるわけじゃありませんので……。念のため」
「は、はい……」

 いつも冷静な不破さんが落ち着きをなくしていて、なんだかおかしい。彼よりは私のほうが余裕があるようだ。

「じゃあ……始めますか」

 色気のないセリフだが、しかし急がなければならない。いわゆる「ご休憩時間」は、二時間しかないのだから。
 なんだか私たちは、全般的に時間が足りない……。

「僕も久しぶり過ぎて、最初どうするんだか忘れました」
「あはは」

 冗談なのか本当なのか、不破さんのセリフに笑ってしまう。不破さんも私に釣られたのか、笑顔を見せた。
 これでお互い、気持ちがほぐれた気がする。

「少しでも気に入っていただけたらいいんですが……」

 私の目を見ながら、不破さんは私の頬を優しく撫でた。気持ちが良くてうっとりしていると、彼の顔が近づいてくる。
 唇が重なり、すぐに離れた。私が不破さんのメガネを外して脇に置くと、また彼は口づけてきた。今度は勢いがある。
 舌と舌を絡ませながら、不破さんは私を抱き締めた。少し乱れた彼の鼻息に、私も興奮してしまう。
 名残惜しそうに唇を離すと、不破さんはバスローブの上から私の胸に触れた。最初は遠慮がちだった手つきが、頬に額に口づけるごとに勘を取り戻したのか、確信的に変わる。
 そりゃそうだ。不破さんは結婚だってしていたのだから、それなりに慣れているだろう。
 ――大丈夫。この人のキスも触り方も、嫌いじゃない。
 私は体から力を抜き、不破さんに身を任せた。バスローブのベルトを解かれ、前を開かれるそのとき、しかし――。

 静かな室内にけたたましく、明らかに場違いなサザエさんの主題歌が流れたのだった。

「す、すみません! 僕のです!」

 不破さんはソファに置いてあったカバンの元へ走り、スマートフォンを取り出した。着信相手を確かめるとハッとなり、私に「すみません」と一言断ってから電話に出る。急ぎの用事なのだろう。

「もしもし。どうしたの、母さん。親父になにか……」

 電話はお母様からだったようだ。不破さんのご実家は地方にあるそうで、最近お父上の体調があまり良くないという話を、私は彼から聞いていた。

「え? え……? なんだ、それ……」

 不破さんの表情が険しくなる。あまり良い内容の連絡ではないようだ。

「ごめん。今、外だから……。かけ直す」

 電話を切って、不破さんは私を振り向いた。

「上月さん、すみません。今日はちょっと……」
「あ、はい……」

 不破さんの顔色は青く、心ここにあらずといった様子だ。
 なにがあったのだろう。私は不破さんのことが心配で、今夜のことが残念だとか、そんな気にもならなかった。








 不破さんと別れ、自宅に着いた頃には、十時を回っていた。
 家の中は真っ暗だ。そういえばうちの父も母も、ヨータのご両親と一緒に温泉旅行に行くとか言っていたっけ。
 私と弟が社会人になってから、親は家を空けることが多くなった。
 まあ別にいいけど。今日は特に。
 正直、助かった。未遂とはいえ、男の人とラブホテルに行ったあと、親と顔を合わすのは、なんだか気まずいから……。
 階段を上がると、弟の部屋の扉から明かりが漏れている。ノックをすると、「はい」と返事があった。ヨータだ。

「おかえり」

 扉を開けると、ヨータは漫画本から顔を上げた。いつものとおりベッドに座り、壁に寄りかかって、彼が読んでいるのは、「ドラゴンボール」だった。
 ヨータと目が合った瞬間、私は今朝のことを思い出した。

「そうだ、ご飯!」

『橘さんご夫婦と旅行に行くから、葉多くんの晩御飯を作ってあげなさい』

 私は今朝、母親からそう命じられていたのだ。適当に「はいはい」と返事をしてしまったが、不破さんからのお誘いが来た直後、その頼まれごとをすぽーんと忘れてしまったのだった。

「ごめん、ヨータ! えーと、ご飯……!」
「いいよ、別に。コンビニで買って食べたから」

 ヨータは私を責めることもなく、あっさり言った。
 そりゃそうだ。――そうだよ。
 ヨータだってもう大人なんだから、なにか食べさせなければならないだとか、いちいち気にすることはない。
 親という生きものは、子供たちのご飯のことばかり気にし過ぎなのだ。

「いやー、ごめんね。急に不破さんからご飯行こうって言われて、ころっと忘れちゃった」
「……………………」

 私のいいわけを聞くと、ヨータは不貞腐れた顔つきになった。――ご飯を作る約束をすっぽかしても怒らなかったくせに、なんで?

「――俺、帰るわ」

 待ちぼうけを食らわせた――いや、ヨータは単に漫画が読みたいから、ずっとここにいたんだろうけど。だがともかく申し訳ない気持ちがあって、私はヨータを引き止めた。

「あ、ねえ、ヨータんち、誰もいないんでしょ? 泊まってけば? お父さん秘蔵の高いお酒、飲んじゃおうよ。今夜のお詫びに、なにかおつまみでも作るし」
「そ、そういうわけにもいかないだろ……」

 ヨータの目が泳ぐ。なにを意識しているのだ、こいつは。
 私たちは姉弟みたいなものなんだから、構わないはずなのに。

「まあ、嫌なら、無理にとは言わないけど」
「うん、やめとく……。おやすみ」
「おやすみ」

 ヨータはムスッとむくれたままベッドから下り、私の横を通り過ぎた。玄関まで送ろうと、私が一歩踏み出したところで、しかしヨータは突然振り返った。

「わっ!?」

 ぶつかりそうになったが、私はなんとか寸前で足を止めた。そして「危ない!」と文句を言おうと、ヨータを睨む。
 ヨータは目を見開き、驚いたように私を見下ろしていた。

「――変な匂いがする」
「は?」

 なんだそれ。犬か、あんたは。
 奇妙なことはその言葉だけではなく、ヨータは私の髪をガッと掴むと、顔を近づけた。頭皮が引っ張られて、当然痛い。

「ちょっと、ヨータ!」

 ヨータはすぐ髪を離すと、そのまま頭を下げて、私の首の辺りの匂いを嗅いだ。

「いつもと違う……」
「……!」

 私は内心焦っていた。先ほどのラブホテルに置かれていたボディソープは、いくら洗い流してもぬるぬるしてすっきりしなかったし、なにより香りが安っぽく、きつかったのだ。
 ――バレた?

「婚活男と、寝たのか?」
「婚活男って……」

 ヨータの声は低く、尋問するかのようだった。直球の質問に、実際は「して」いないけど、なにからどう説明すればいいのか迷う。言い淀んでいると、いきなりベッドに押し倒された。
 ――なにこれ。
 展開についていけず、私の頭の中は真っ白になった。
 馬乗りになったヨータが、私のシャツを引きちぎる。せっかくのシャツはボタンが飛び、布は裂け、無残なことになった。そりゃユニクロで買ったものだけど、気に入っていたのに。
 我に返り、私は怒鳴った。

「あんた、なにやってんの!?」

 怒り狂う私の口を、ヨータは自身の唇で塞いだ。




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