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それぞれの夜

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ブラックウォール伯爵家、リリィベルの父、ダニエルが領地へ帰る前の夜。
ダニエルは城に招かれ、晩餐を共にした。
絶えぬ笑い声と楽しい話。息子と娘が幼い頃の話。
話題は絶えず、今度行われる婚約記念パーティの舞踏会の事、1年後に行われる結婚式について。

接待用のダイニングルームから応接間に移動して、食後のお茶の間も会話は弾んだ。

「ダニエル、今日は城に泊っていくがいい。」
皇帝は気軽に、そう名を呼び告げた。
「陛下、よろしいので?」
「あぁ、リリィとしばし会えぬのだ。2人でゆっくり過ごしてくれ。」

Oh…

人知れず、暗い顔をしたのはテオドールだった。
今夜は一緒に眠れない。

「お父様、今夜は一緒に眠りましょ?」
「はははっ、幼子でもないのに、この父と?」
「はいっ、お父様!」
父親の腕をとって、笑顔のリリィベルだった。

その顔が可愛らしくて、テオドールは諦めて笑ったのだった。

「ゲストルームで、2人で過ごしなさい。テオドール、案内して」
「はい。父上。」

2人を連れて、テオドールは応接間を出た。
「舞踏会は、雪が降る前にしないとね?」
マーガレットはオリヴァーにそう言った。
「あぁ、そうだな。」
そう言って2人は笑い合った。

ゲストルームの部屋に案内したテオドール。
「では、伯爵、ゆっくりお休みください。」
「ありがとう御座います。殿下。」
「とんでもありません。私はこれで失礼致します。
じゃあリリィ、おやすみ。また明日迎えに来るよ?」

そう言ったテオドールにリリィベルはくいっと服の裾を掴んだ。
「テオ様・・・」
「ん?」

リリィベルは、ヒールの踵を上げて、テオドールの頬に口づけした。
「おやすみなさい。テオ様。」
少し気恥ずかしくなったのか、頬を染めていた。
「あぁ、おやすみ」
テオドールもリリィベルの頬に口づけを返したのだった。

「では、失礼します。」
名残惜しくなる前にテオドールはゲストルームを後にした。


皇太子の自室に戻り、ブレスレットを3回叩いた。
「はぁーい。殿下。お呼びですか?」
今夜はロスウェルだ。
「ロスウェル、リリィベルと父、ダニエルがゲストルームに泊まる。」
「大丈夫ですよ。お父上から命令も血も頂いてます。」
「そうか・・・。だが、俺からも頼む。側に居られないのは、不安なんだ。」
「はい殿下。ご心配なく・・・。」
「あと、できれば今日の俺の部屋の結界を解いておけ。弾くだけじゃなく捕えたいんだ。」
「えっ、やだ!陛下に怒られる!」
ロスウェルは腕で×と描いて首を振った。
「リリィが来てから、暗殺者は来てるだろう。」
「あぁ・・・まぁ、くるんですけど。」
うーん、とロスウェルは唸った。

「なんだ?」

「なんていうか・・・本気で来てる感じじゃないとでもいいますか。
そう見せかけているといいますか・・・。」
「見せかけている?でも来てるだろう?報告は受けてるぞ?」
「報告してますよぉ?そりゃぁ。仕事ですから。」
きょとんと言うロスウェルだった。
「陛下にも伝えていますけど、変わらず続けろと言われてますので・・・。」
「俺が一人の時なら心配いらない。その分リリィたちの部屋を強化しろ。絶対にだ。」


皇太子は、鋭い瞳で暗い窓の外を見た。
「・・・・俺は今日、眠らない。」
「じゃぁ、2人でカードゲームでもします?」
「なんだ?徹夜に付き合ってくれる気か?」
「殿下一人にしておくのは、さすがに陛下に怒られるのでダメです。炙られちゃう!」

「はっ・・・そうだな。俺のせいでお前が炙られるのはごめんだ。」
ロスウェルのその口調に少し和まされて皇太子は笑った。


ゲストルームで、ダニエルとリリィはベッドに入った。
「お父様と同じ布団で寝るのは、私がいくつの頃が最後だったでしょう・・・。」
「あぁ・・・あれは、お前が10歳だ・・・。」
「覚えているのですか?」

「あぁ・・・もちろんだ。お前が4歳の時、アナベルが亡くなった後、お前は、私の心配をして
私のベッドへ枕をもってやってきた・・・。それから10歳まで一緒だったな。」

懐かし気に話す父の横顔を、リリィベルは眺めていた。

「お前が私の腕の中に収まって、言ったんだ・・・。お母様が居なくなっても、私が側にいるから。

だから、泣かないでくれと・・・。言ってくれた。」

「・・・・お父様・・・・?」
「どうした?」

リリィベルの瞳から涙が零れ落ちた。

「さみしい・・・ですか・・・?」

その涙声に誘われて、ダニエルはリリィベルを抱きしめた。

「ははっ・・・寂しいよ。だが、あの小さかったお前はこんなに大きくなって・・・。
愛を知り時を共にしたいと思える人が現れた。リリィ、お前は本当に優しい・・・・。

私を心配しくれているんだな・・・。大丈夫だ。お前が居てくれるから・・・・。

それに、私の心には今もアナベルが生きている・・・。アナベルと一緒に、
お前が幸せになるのをずっと見守っている・・・。それがこれからの楽しみとなり・・・。
生きがいとなり・・・。いつか孫が生まれたら、お前の小さかった面影を思い出して・・・。
また・・・私の心にいるアナベルと共に、笑い合うのだ。」

「っ・うぅっ・・お父様ぁっ・・・・」
声を堪えきれず、リリィベルは小さな子のように泣き出した。

「安心しなさい・・・・。殿下はお前を幸せにしてくれる・・・。
お前の幸せは、私の幸せだ・・・。忘れないでくれ・・・。
1人なんか寂しくないさ。いつもアナベルと、お前と一緒だ。

涙は歳のせいだ・・・。リリィっ・・・お前を思うだけで私は幸せだ。

お前の幸せな笑顔を、絶やさないで居てくれれば、それで十分だっ・・・。

殿下を支え、信じ、愛し・・・慈しみ・・・幸せになるんだよ?
私の願いは、・・・・ただそれだけだ・・・・・

さぁ、私の可愛いお姫様・・・・。どうか今日は私の中でお眠り・・・・。」

「お父様っ・・・・っ大好きです・・・っ・・・・

大好きですっ・・・お父様!」

「あぁ・・・私も大好きだ・・・。」

2人は親子の愛を伝えあい、抱きしめて眠りについた。




床に座り込んだテオドールとロスウェル。
テオドールはじっ・・・と二枚のカードを見つめた。

「殿下ぁ・・・早く決めて下さいぃ。」

「こっちだ。」
ピっと一枚引き抜いた。

「しゃぁっ!」
テオドールは右拳を掲げた
「くっ・・・負けたぁ・・・・。」

ロスウェルはパァンと横になり集まったカードをふわぁっ無駄な魔術で舞い上げた。

深夜二時だった。

「しかし・・・本当にカードゲームするとはな。」
「健全でしょう?」

暗闇にロスウェルの魔術で一点の光が灯っているだけ。

「時間は、いつも変わるのか?」
「そりゃぁ、同じ時間に来てたらひっ捕らえますね。」
「だよな・・・。今日は?遅い方か?」
「そうですねぇ・・・。」
「ゲストルームに反応は?」
「あぁ、まぁありますけど、今日は倍以上かけてるので。もう素通りレベルですね。」
カードを集めながらそう言った。
「やはり、伯爵が城にいる事を知っているのか・・・。」
「なんか、いつもと感じが違うので、今日は皇太后陛下の使いですかねぇ。
嫌なんでしょう?ブラックウォール」
「嫌というよりは、憎いんだろう…ダニエルはBBAが愛した人の息子だ・・・。」
「もう息を吐くようにBBA(ババァ)って言いますね。」

集めたカードを一瞬で消すと、今度はチェス盤だった。

「じゃぁ・・・今日は俺の所には・・・・。」
カチ
「来ないかもしれませんねぇ。」
カチ
「結界気付かれてないのにか?」
カチ
「まぁ防音はしてますけど…。」
カチ
「バレてんじゃねぇの?」
カチ
「まぁ、続けば、向こうだって変だとは思うでしょうね。
私たちは人知れずの存在ですが・・・まぁ皇太后さまは知っていらっしゃいますからね。
流石に、誰かにそのことを漏らしてはないでしょうけど。もしそれを誰かにバラしたら罪にできますよ?」
「へぇ・・・じゃあ、まぁそれは無さそうだな。」
カチ

「えぇ、皇帝と皇太子との契約ですが、知ってる場合のみ、
配偶者は私達の存在を世に広めたら大罪となるんです。魔術師がいると言う発言を精神病に該当させ、どんなに否定してもそれは皇帝陛下の権限で、罪に問う事は出来ます。
まぁ、愛していなければ?ですけど・・・。」
カチ

「お祖父様が生きていらして・・・もしBBAがそれを漏らしたら、どうなったと思う?」
カチ

「そうですねぇ・・・罰したと思います。」
カチ
「なぜそう思う?」
カチ
「前皇帝陛下は、皇太后陛下を愛しておりませんでした。」
カチ
「・・すこしも?」
カチ
「実際側室のエレナ様もいらっしゃいましたし、オリヴァー様が彼等を処刑した後も、人知れず、愛人はいらっしゃいました。ただ隠していただけです。正式に迎えなかったのは
エレナ様が殺されてしまったから・・・。でしょうね。」
カチ
「でも側室は謀反を図ったんだろう?」
カチ
「うーん・・・・それも今となっては怪しいです。」
カチ

「なんだと?」
テオドールの手が止まった。
ロスウェルはテオドールを見上げて口を開く。

「第二皇子のデビッドは確かに性悪で、オリヴァー様を失脚させる事を企ててました。側室のエレナ様の生家もです。ですが、エレナ様は皇后に毒を盛る度胸はなかったと思います。当時オリヴァー様はエレナ様も皇后になりたい野心があったとおっしゃいましたが、エレナ様はむしろ陛下を愛しておりました。BBAと比べられない程。覚えてます?胸を痛めていたけれど、証拠が出たから仕方がなかったのだと…。皇后に毒を盛るのは大罪です。だから皇帝ではなく、オリヴァー様が罪を明かしあの処刑が行われました。なのでエレナ様の件は‥まぁどのみち、息子が謀反を企てたのです。罪は問われたでしょう。ですが…」

「…仕向けられた?」
「その可能性は高いです。」
ロスウェルはクィーンの駒をテオドールに手渡した。

そしてロスウェルはゆっくり立ち上がった。
「静かに・・・。」

空気が変わる。テオドールも剣に手を付けた。

皇太子の部屋のバルコニーのカーテンに人影が浮かんだ。

ニヤリとロスウェルは笑った。
「どうやら・・・結界を解いて正解でした・・・。生け捕りましょう。」

そのまま外から鍵を開けさせてやる。
ロスウェルとテオドールはカーテンの両端に立っていた。

カチャ・・・と静かに窓が開く。


ゆっくりカーテンの隙から覗こうとしていた者の手をロスウェルがロープを操り縛った。
「うっ!!」
男は目だけ見せて口元を布で隠していた。その口もロスウェルが抑え込む。
部屋に静かに引き込まれた男の首筋にテオドールの剣が当てられる。


暗闇の中、一点の灯。それは男の顔にゆっくり近づいてきた。
「誰の命令だ?」
テオドールはドスの効いた声で問いかけた。
「・・・・・」
「命令はヘイドン侯爵家か?」
「・・・・・」

男は口を割らない。当然だ。
「殺されたいか?」
男の髪を引っ掴んでテオドールは凄んだ。
「侯爵家よりも下級貴族の使いか・・・?」

「へへっ・・・・」
男は薄気味悪い声を上げて笑っていた。
「笑ってんじゃねぇ死にてぇんだな。」

しかし男は気味悪く言った。
「侯爵家だけがお前の敵じゃない・・・・。」

「なんだと・・?」
「色男ぉ・・・さぁ、黒幕は誰だろうなぁ・・・・」

「ッチ・・・・」
テオドールは舌打ちした。

「おい、こいつ拷問して吐かせるぞ。」
テオドールがそう言った時、ロスウェルは目を瞑った。
「いえ、それはもうできません。自害してます。」

見ると男は白目を剝いていた。
口に毒を含んでいたか…。

「まぁ・・・そんな度胸のねぇ奴は暗殺者失格だ。
ロスウェル、俺とリリィの部屋を穢したくない。地下牢へ送れ。腐らないように保存しておけ。」

「はい殿下。」
ロスウェルはパチンっと指を鳴らした。

それは一瞬の出来事、テオドールが掴んでいた男とロスウェルが1秒消え、
また1秒でロスウェルだけがその場に戻ってきた。

「殿下、手、洗いましょう。」
そう言ってロスウェルは桶一杯分の水をテオドールの手にパシャリとかけた。
そして、ヒュンっと一瞬で水気を弾き飛ばす。

「あぁ、サンキュー」
「え、なんて?」

ロスウェルもサンキューを知らない。
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