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敵はたくさん溢れてる

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翌日の朝テオドールは、ゲストルームの扉をノックした。
「俺だ。」
タタタッと走ってくる音がした。
扉を開いたのはリリィベルだった。

「テオ様!」
明るい笑顔でリリィベルはテオドールに抱き着いた。
「ははっ…リリィ熱烈な歓迎だな。嬉しいよ。」
そっとリリィベルを抱きしめ返した。

「よく眠れたか?」
リリィベルの右頬に触れて優しく微笑んだ。
「・・・・テオ様?」
リリィベルは、心配そうな顔をしていた。

「テオ様…お顔疲れてるみたい…。」
テオドールの両頬をその小さな手で包み込んだ。

テオドールはふっと笑うと、リリィベルを抱き上げた。
「ははっ、鋭いなリリィ。だが心配するな。」
「そんなの無理です。心配します。」

テオドールもリリィベルの顔にぐっと近づいた。
「お前こそ、昨夜は泣いたのか?」
ハッっとしたリリィベルは両手で顔を隠した。
「見ちゃだめです!」
「ははっ・・・お相子だ。見ちゃだめだ。」

そっとリリィベルを下ろしてやると、慌てて父の後ろに隠れたのだった。
「皇太子殿下、おはようございます。」
「あぁ、おはよう。いい夜を過ごせただろうか?」
「お気遣い頂いたおかげで。娘との時間を満喫しました。」
「そうか。こんなに早く婚約してしまったからそなたと娘の時間が減ってしまって‥妃教育も始まるし、無理させてばかりだな‥」

「殿下のお役に立てるよう、しっかり教育してください。」
「ははっ・・・俺はリリィが側にいるだけでいいのだがな。」
「どうか、娘を宜しくお願いいたします。」
「あぁ、娘を預けてくれてありがとう…。俺のすべてでリリィを守ろう。約束するからな。」

そう言って、テオドールはダニエルに手を差し出した。
その手を見て、ダニエルは満面の笑みを浮かべてその手を取った。

「さぁ、リリィ、ベリーを呼んだから、支度しておいで?」
「はいっ」
両目を隠して、遅れてやってきたベリーと一緒に早々と出て行った。
その様子を見てテオドールとダニエルは笑った。


そして、ダニエルが荷を積んだ馬車を前に、頭を下げる。
「皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下。娘を宜しくお願いいたします。」
「あぁ、ダニエル、心配しないでくれ。我々がしっかり守る。
婚約パーティの日付は追って知らせを出す。」
「はい陛下。楽しみにしております。」
ダニエルは嬉しそうに笑っていた。

「リリィ?」
そして、優しい父は娘の名を呼んだ。

「・・・・・・・・」
リリィは瞳に涙をいっぱい溜めて父を見た。
「おいでリリィ!」
ダニエルは両手を広げた。

そう言われて、リリィはダニエルの元へ走りその胸に抱き着いた。
「お父様っ・・・」
「またすぐ会える。リリィ。殿下の下でしっかり学んで、幸せに過ごすんんだ。
昨日言った通りだ。愛してるよ。私の可愛いお姫様」

そう言って娘の背を摩った。そのダニエルの眼にも涙が溜まって一筋零れた。

「お父様、私も愛していますよ。」
リリィベルは瞳を閉じて、そのぬくもりを感じていた。


親子の別れは訪れ、ダニエルを乗せた馬車は走り出したのだった。

涙が零れるリリィベルを後ろから抱きしめたテオドール。
「リリィ、今度はパーティで会える。寂しい思いはさせないから。」
「はい・・・お父様は、私が幸せだと…お父様も幸せなのだと言ってくれました・・・。
テオ様のお側が私の幸せです。」
テオドールの腕に手を当てて、その温かさを感じていた。

テオドールはリリィベルのその言葉を聞き、笑みを浮かべてリリィベルの髪に顔を埋めた。


ダニエルを見送った後、皇帝と皇太子は執務室に来た。
皇帝が皇太子を険しい顔で見た。
「テオドール、お前、昨夜自室の結界を外したそうだな。ロスウェルから聞いている。」
「はい、どうかロスウェルを炙るのはお止めください。」
「わかってる。今ロスウェルを失えば、大きな損失だ。あんな奴だがな。」

椅子に座り、立っている皇太子を見上げた。
「して、収穫はあったそうだな。」
「暗殺者一人を捕らえました。まぁ自害しましたが・・・・。」
「それで?」

「敵は、たくさんいるそうです。侯爵家だけではないと。」
「はっ・・・そうか。今ロスウェルは寝不足で奴の足取りを探っているぞ。」
「はい。申し訳ありません。」
「あいつはどこでも寝れる奴だから構わんが、ロスウェルが付き合ってくれたから良かったものの、
次そんな勝手をしたら、許さんぞ。」
「はい・・・・。」

素直な皇太子に、皇帝はふっと笑みを浮かべた。
「執務は出来る範囲をフランクに任せて少し休むがいい。」
「いえ・・・・」
不安そうな表情を浮かべた皇太子だった。

「どうした・・・。」
「リリィベルと伯爵が居た部屋を案の定狙われました。」
「あぁ・・・聞いている。十分な警備をしたのだ。そう心配するな。
これから、お前たちが同室するのは、見逃してやる。」

「・・・・父上?」
「なんだ・・・。」

「リリィをこんなに早く…迎えた私の失態・・・でしょうか・・・。」
テオドールは少し肩を落とした。

「テオ・・・皇太子の婚約者は、皆そうだ・・・・。
分かっているだろう。皇太子妃になれるのは、ただ一人。」

「はい・・・。けれど、出会ってすぐ、社交界デビューしたばかりのリリィを・・私が危険に晒しているのです。」

皇帝は椅子から立ち上がり、テオドールの両肩をぐっと掴んだ。

「落ち込むな…。お前の妃になる者は、誰を迎えても危険に晒される。
皇后となったマーガレットもそうだ。私も常に警戒している。
私たちは、愛する者を守り国を治める。それが責務だ。そうして強く生きるのだ。」

「父上、昨日ロスウェルと話しましたが・・・・。」
「なんだ?」
テオドールは不安気な瞳を父に向けた。

「警戒するのは・・・リリィと母上・・・この二人です・・・・・。」
「なに?」

「話を聞いて思ったのです。皇太后陛下は、客観的に見て、
私たちに愛されるリリィと母上を、憎んでいるはずです・・・。」

「・・・・なぜ?」

「父上は、魔術者の存在を母上が誰かに漏らしたら、処罰致しますか?」
「ありえない…そんな事はしない。どちらも守る道を探す。」
「私もです。リリィを守るでしょう。ロスウェル達もです。
・・・ですが、ロスウェルは言っていました。皇太后陛下は、前皇帝からも愛されていなかったと。
そして、昨夜私とリリィの部屋に来る者たちと、ダニエルとリリィが居た部屋に行ったものはいつもと違うと
ロスウェルは言いました。」

「・・・・・・」
2人の子である皇帝は複雑な顔をして口をきつく閉じた。

「アドルフにも断られ、夫からも愛されず…側室をおかれた皇太后陛下のその怒りが向かう先は、愛される女たちではありませんか?9年前の謀反の件も、怪しくなりました。
…第二皇子のデビッドの謀反に、皇太后陛下も関わっていると私は思っております。側室を消すために・・・・。そしてヘイドン侯爵は陛下を支持していたと言っていましたね?必要以上にライリー嬢を側に置くのもそうです。私に見向きもされないのに、陛下があの茶会で見た通りです。私の座をやるだなんて、なぜそんな発言をするのか‥。ライリーと侯爵家を利用してるのは明らかです‥。」

「・・・話は分かるが・・・私は当時毒を盛られた姿を見ているぞ?」
「それすらも、権力を持ちたいデビッドの謀反を利用し、側室を追いやりたい皇太后と陛下を支持していたヘイドン侯爵家の狙いだったとしたら?そしてヘイドン侯爵には都合よく皇太子の息子の私が現れ、
同じ歳の娘がいる。更なる権力を得るのには…私の存在は都合がいいでしょう。私は初めて誕生祭があった時から、ヘイドン侯爵が、私をそう見ているんだと直感しました。

確証はありません・・・。ですが、今回、露骨にダニエルとリリィベルが狙われました。
それはこの城の中で手引きしている者がいるか・・・ダニエルがいる事を知っている人物。

皇太后陛下以外・・・おりません。ですが、皇太后陛下も魔術師の存在を知っています。
もし本当に皇太后陛下の送った暗殺者なら…狙われるのは愛される者たちです・・・。ダニエルもアドルフとグレースの息子です‥さぞ憎んでいる事でしょう‥。
わざわざ魔術師がついている我々の愛する存在に露骨に刺客を送るのです…。無駄なはずでしょう?
これは警告です…。魔術師が居ようと攻撃するという…。」

「私とリリィが二人でいる部屋を狙ってくるのは、私たちの婚約を防ぎたい者たちです。
はっきりとこれは分かれているはずです。ですが、あの刺客は言ってました。黒幕は誰だろうな?と‥‥すべて繋がっているかもしれません。」

「・・・・とにかく・・・・憶測だ・・・・。今は情報を集めるんだ。
眠っていないから、そんな不安な事ばかり思うのだ。少し休め・・・わかったな?」

「・・・・はい・・・・・」
テオドールはまだ納得していない表情をしていた。


自室に戻り、ベッドに横たわった。
「・・・・ふぅ・・・・・」

眠たいけれど、不穏で眠れない。眼を閉じると悪い事ばかり思ってしまう・・・。

「くそっ・・・・」
両手で顔を覆った。

リリィとダニエルが危険に晒されていた。四方に敵がたくさんいる・・・・。

いつ大切なものを奪われるかもしれないという恐怖が浮かぶ。

昨日の俺に来た暗殺者は、貴族が差し向けた者‥‥

常に俺とリリィのいる部屋を狙ってきている者がいる・・・・。

皇太后と手を組んでいるかもしれない。そのすべてが・・・・。

ブラックウォール家を露骨に嫌がる存在、俺の妃になりたい女がいる貴族達・・・・。


俺には関係ないんだ。何もかも、リリィがレイラだから。レイラがリリィだから

俺はただ愛しているんだ。





「‥‥はっ‥‥」
テオドールがぱちっと目を開き息を呑んだ。

「テオ様‥‥眠れました?」
目の前にリリィベルの顔があった。
「俺、寝てた?」
「はい‥お疲れ‥なのですね‥」

いつの間に‥‥

テオドールはリリィの膝を枕に寝ていたようだ。
「リリィ、一緒にいてくれたのか‥」
「お返事がなくて、来てみたら‥とても苦しげに眠っていらして‥」
リリィはテオドールの髪を撫でた。

「ありがとう‥リリィ‥」
リリィベルの首筋に手を当て、自分も身を起こし口づけした。

「リリィ、俺は絶対に‥お前を守るからな‥‥」
「はい‥‥」
リリィベルは穏やかに笑って返事をした。


その時、ブレスレットが光った。
それに気付いたテオドールは、微睡から一気に目を覚ました。

「リリィ‥‥仕事があった‥‥すぐ片付けてくるから、夕食でまた会おう。」
リリィベルの額に口づけた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。お前が居るから‥」

テオドールは1度宝石を指で叩き、自室を出た。
そして、執務室に向かうと、2回宝石を叩いた。

そこへロスウェルが現れた。
「何か分かったか?」
「はい、皇帝陛下の執務室へ参りましょう」
そう言ってロスウェルはテオドールの肩に手を置き指を鳴らした。

一瞬で皇帝の執務室に移動した。
「来たか‥‥テオドール。」
「陛下‥‥ロスウェル、何が分かった?」

ロスウェルは真剣な面持ちで口を開く。

「あの者は闇ギルドに登録されていた者です。先程、陛下と暗殺者が集まる闇ギルドに行ってきました。
どうやら、ギルドには、リリィベル様を殿下から引き離す依頼に多額の報酬が生死を問わず掛かられています。暗殺者達は、手当たり次第この城にいるリリィベル様を狙ってきています。」

「‥‥‥‥なん‥だと?‥‥」

テオドールの目が吊り上がり怒りが溢れた。

「多数の暗殺者が‥手当たり次第に金を目当てにリリィを‥?」

「そのようです。暗殺に失敗した者達は、次の者、また次の者と変わりやってきているようです。」

グッ‥‥‥手が赤くなるほど握りしめた。

怒りで体が震えた。


皇帝は、静かに口を開いた。
「依頼人は匿名だ‥‥今は分からない。ただ、その依頼をした者はどうやら1人ではない。だから各方面から額が合計され‥‥リリィベルの暗殺依頼の成功報酬は、今や帝国予算の約2年分だ。
あいつが言った通り、黒幕もちゃんといる…。帝国2年分など、簡単に出せるものか…」

「はぁっ?」
テオドールは頭がクラクラした。そんな多額が?
報酬が積もり積もってそんな額に?
それだけの額で、国民一人一人がどれだけ裕福に暮らせるんだ。
リリィ1人にかけるその額を、貴族が!そんな報酬を出し募っているだと?

「なんっ‥‥‥」
言葉にならない思いだった。

この国の貴族は馬鹿ばかりか‥‥

皇太子妃の座が‥そんなに欲しいか‥

その座を手にして、お前達は何がしたいんだ‥‥

「テオ‥‥‥」
悲痛なテオドールの姿に父は胸を痛めた。


テオドールは天を仰いだ。

「隠しておけば良かった‥‥‥」

目を覆ったテオドールは、呟いた。
その隠した手を濡らし、頬に涙が流れた‥

「俺の所に‥‥俺に出会っては‥‥いけなかった‥‥っ」
「テオっ‥」
父はテオドールの肩を掴んだ。

「俺の婚約者になったせいで‥こんなに‥命を狙われて‥‥‥これではっ‥‥あんまりだっ‥‥‥」

テオドールは膝をついた。

「テオ、よく聞きなさい‥‥‥。このふざけた依頼をした者達、全員を必ず見つけ出し、必ず罰するのだ‥‥。ギルドそのものを私は壊滅させる。私の国に、その存在を残さない。私は決めた。すべてのギルドを壊滅させ、依頼をした者達全員‥‥死をもって償わせる‥‥人の死を依頼する者など、あってはならない!ギルドの数を洗い出し‥‥。貴族が減ろうと、善のある者を置けば良い。

リリィを‥必ず守るのだ‥‥。心を折るな!



守ると決めたなら!!その国の次代を担う身で!!弱さを見せるな!!!」



「っ‥‥は‥‥ぃ‥‥‥‥」
小さく返事をして‥蹲って涙を流した。


リリィを‥失ってはいけない‥‥‥

もう2度と‥‥‥失ってはならない‥‥‥‥


その事だけ‥‥頭と心に駆けめぐる‥‥
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