湯屋「憩い湯」奇談

さち

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湯屋の害となるものは許しません③

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 伊織の執務室につくと玉城は兄弟天狗をおろして人の姿に戻った。伊織はふたりに「お座りください」とソファをすすめ、自分は4人分の茶をいれた。
「まずは自己紹介をしましょう」
伊織と玉城が兄弟天狗の向かいに座り、伊織が声をかける。兄弟天狗はうなずくと、兄天狗が口を開いた。
「俺は律華りっか。弟は藤華とうか。神楽山の天狗です」
「私は湯屋憩い湯の主で伊織と申します。こちらは私の番で玉城。ご覧のとおり、九尾の狐です」
互いに名を明かすと律華と名乗った兄天狗は首をかしげた。
「あなたは?ただの人ではないでしょう?」
「私の先祖は陰陽師です。私も術を少々嗜みます。そして、鬼の血も流れています」
「鬼…なるほど」
陰陽師であり鬼の血を引くと聞いて律華は納得したようにうなずいた。
「お前たちの里で何があった?あれは神楽山を狙ってきたのか?」
玉城の問いに律華は首を振った。
「あれは狙ってきたのではないと思います。強い妖力を探してさ迷い、我らの里を見つけたのでしょう。あれは、闇に紛れて里にきました」

 闇に紛れて気配を消し、里に近づいた。まずは里を守る役目の天狗に音もなく近づき、襲って喰った。次は外にいた天狗を。里の端に住んでいた天狗を。そうして気づかれぬよう喰っていき、里の力ある天狗たちが異変に気づいたときには、あの化け物は幾人もの天狗を喰った後だった。長を始め長老たちが倒そうとしたが、なぜかあれに攻撃は効かなかった。傷ついてもすぐに治ってしまう。そして、攻撃されることなど意に介さず次々と天狗を喰っていったのだ。
「親父殿は俺たちを守ろうとして喰われました。お袋様は弟たちを守ろうとしてもろともに。俺はせめて、藤華だけでもと思いましたが、結局藤華に助けられました」
律華は終始静かに話していたが、その拳は固く握られ震えていた。隣に座る藤華は家族が喰われるさまを思い出したのか唇を噛んで涙を流していた。
「そうでしたか。辛いことを聞いてすみません」
「いえ。しかし、なぜあなたの刀はあれを切れたのですか?」
「私の刀は特殊です。鬼が邪を滅するために鍛え上げた刀ですから、普通は切れない穢れや呪いの類いも切れます」
鬼が鍛えた刀と聞いて律華はハッとしたような顔をした。
「もしや、鬼一ですか?」
「ご存じでしたか。そうです。鬼の刀鍛冶、嵜壱きいちの打ちし太刀『鬼一きいち』。鬼の血を引くものにしか扱えない刀です」
伊織が微笑みながら言って茶を飲む。律華は信じられないものを見たような顔で伊織を見つめた。ただひとり、藤華だけはよくわからないような顔をしていた。
「兄者?」
「あ、あぁ、すまない。まさか鬼一が実在し、扱えるものがいるとは思わなくて」
おずおずと声をかける弟にハッとして律華は苦笑した。伊織にも不躾に見つめてしまったことを詫びた。
「鬼一は邪を滅する刀。そして鬼しか持てない刀。下手をすれば扱うもの自身が滅されてしまう。だから、そんな刀はないのではないかとの噂もあった」
「そうです。これを扱えるものはごく少数。普通の鬼が触れれば簡単に滅されるでしょう」
律華と伊織の話を聞いた藤華が青ざめる。律華は安心させるように藤華の頭を撫でた。
「ここにこれ以上迷惑をかけるわけにはいきません。我らは早々に山に帰ります」
「しかし…」
「生き残っているものがいるのか?」
言い淀んだ伊織の言葉を引き継ぐように玉城が尋ねる。律華は悲しそうに微笑んで首を振った。
「おそらく、生き残りはいません。しかし、死んだ同胞を弔わねばなりません」
「そうですか。しかし、せめて傷が癒えるまでここにいてください。傷に効く薬湯もありますし」
伊織の申し出に律華は首を振った。
「荒れ果てた里をそのままにもしておけません。早々に戻ります」
「わかりました。そこまでおっしゃるなら、もう何も言いません」
律華の頑なな様子に伊織はそれ以上の説得を諦めた。
「だが、身一つで行くわけにいかないだろう?神楽山はここから少し離れているしな。とりあえず眠って飯を食ってから行くといい。帰りつくまでに力尽きては弔いも何もできんぞ?」
「…わかりました。明日の朝まで、お世話になります」
玉城の言葉に律華はうなずいて藤華と共に頭を下げた。
「すぐに部屋をご用意しますので、それまで薬湯をお使いください」
安心したように微笑んだ伊織が手を叩くと赤鬼と青鬼が入ってきた。
「こちらのおふたりにお部屋のご用意を。それから薬湯もご用意なさい」
「わかりました」
鬼たちはうなずくと律華と藤華を促して執務室を出ていった。
「とりあえず傷薬と食料を用意してやればいいか?」
兄弟天狗が退室すると玉城が尋ねる。伊織は苦笑しながらうなずいた。
「お願いします」
「弔いをした後どうするかはあいつら次第だ。俺たちができるのはここまでさ」
「そうですね。でも…」
玉城の言葉にうなずきながらも伊織は物言いたげな目をしていた。
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