カフェひなたぼっこ

松田 詩依

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メニュー2「きゅうそくのホットケーキ」

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 手持ち無沙汰になった瀬野は三浦に視線を戻すと、彼は再びぼんやりと窓を見つめていた。先ほどからずっとカップに入れたティースプーンを回したまま、コーヒーは一滴も減っていない。

「浦さん、なにか悩みごと?」
「………………ん?」

 大分間が空いて三浦から返事がきたので、瀬野はもう一度同じ言葉を繰り返した。

「そんな思い悩んでそうに見えたか?」
「それもあるけど……どちらかといえばコーヒーに入れる砂糖の量かな」
「は……砂糖?」

 シュガーポットを指差す瀬野に三浦は意図が分からず首を傾げる。

「いつもならひと匙だけど、考えごとしてる時はふた匙入れるから」
「……全っ然気にしてなかった。そうだったのか」
「無意識に脳が甘いものを欲してるのかも」

 三浦と話しつつ、ホットケーキの焼き具合の確認も怠らない。
 表面にぷつぷつと気泡が立ってきたところで思い切って裏返す。一番緊張感が漂う場面だ。
 ぽふん、とフライパンに着地したホットケーキの表面は一切の焼きムラがない百点満点の焼き色がついていた。
 我ながら上出来だ、と心なしか瀬野は誇らしげな表情を浮かべ再び三浦に視線を戻す。

「まぁ……甘いもの食べると気分転換になるからな。幸福指数がこう……ぐんと跳ね上がるというか」
「甘いものは人の苛立ち、疲れを緩和した上に幸福感まで与えてくれる唯一無二の存在です」
「……っ、はは。本当にコウは甘党だよなぁ」

 フライ返しを握りしめながら力強く言い切る瀬野に三浦は思わず吹き出した。
 甘味の話になるとつい熱が入ってしまう。自分の言葉を思い返し、少し恥ずかしそうに咳払いを一つ零す。

「……まぁ、甘いの食べるって口実もあるけどよ。たまに会社の外でじっくり考えごとしたいときもあるんでね」

 笑い終えた三浦はコーヒーを一口啜りながらぽつりと言葉を零した。

「仕事、行き詰まってるんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけどよ。社長がずーっと会社にいたら社員だって息が詰まっちまうだろ」
「よく皆でお昼食べに来てくれるときは和気藹々でいい雰囲気の会社なんだな、と思っていたけれど……」

 この店に、よく三浦は社員を連れてランチを食べにきてくれる。
 社員全員はこの店に入りきらないが、三浦と誰か、若しくは社員同士で来店し。時にはスイーツのテイクアウトをしてくれたりと、三浦建設はカフェひなたぼっこのお得意様になっていた。
 瀬野には社員仲は良さそうに見えていたので、三浦の口からそんな言葉が出たことに少し驚いてしまった。

「ははっ。それはそれ、これはこれ、だよ。幾ら社員仲が良いからって、仲良しこよしじゃいけないときもあるからな」

 三浦のいう通りだ。
 皆仲良く、楽しいだけでは仕事は回らない時もある。
 やはりどれだけ社内の雰囲気が良好だとしても、社長がいることで良くも悪くも緊張感があるのだろう。例えそれがどんなに小さな会社であってもだ。

「昔勤めてた会社で、事務の子達が社長早く帰れーっていってたもんなぁ。経営者さんは大変だ」
「コウだって立派な経営者だろう」
「まぁ、大変なこともあるけど……俺は一人でやってるからね。浦さんみたいに沢山の社員の生活が肩に伸し掛かることはないよ」
「そうだな。俺の判断一つで皆が路頭に迷うこともあると思ったら、時々怖くなることあるよ」

 ふーっ、と三浦は大きく息を吐きながらカウンターに少し身を預ける。
 経営者の肩には様々な責任が伸し掛かる。優秀な社員がいたとしても、結局社長というものは孤独なのだ。
 普段は飄々としている彼も疲れているのだろう。瀬野は彼の苦しみを分け合うことはできないが、せめてこの店にいる間は気が休めるように気を配ることしかできない。
 丁度良く、焼きあがったホットケーキを皿に重ねていく。
 別皿に分厚く切ったバターを乗せ、ミルクピッチャーにはメイプルシロップを並々注ぐ。トレーにナイフとフォーク、そして主役のホットケーキを乗せると三浦の元に運んだ。

「はい、お待たせしました。“日替わりスイーツ”のホットケーキです。バターとシロップ、好きなだけかけて召し上がれ」
「おおっ、きたきた」

 彼の疲れを吹き飛ばせるように、瀬野はとびきり明るく料理を運んだ。
 ホットケーキを前にすれば子供も大人も変わらず歓喜の声を上げる。三浦は嬉々として焼きたてのホットケーキの中心にバターを乗せ、その上からたっぷりとシロップをかけた。

「いただきます!」
「はい、どうぞ召し上がれ」

 手を合わせた三浦は二枚重ねでケーキを切り、シロップを口のはしにつけながら思い切り頬張った。

「ああ……うめぇ。甘さが全身に染み渡る……」

 ナイフとフォークを握りしめながら、恍惚の表情を浮かべる三浦。
 こうやって美味しそうに食べてくれると、料理の作りがいがあるというものだ。

「せめてこの店にいる間は仕事のことを忘れてのんびりしてください」
「店長の顔が怖くなけりゃ、もっとのんびり安らげるんだけどなぁ」
「…………それ、いいます?」

 三浦の言葉に、瀬野はぴたりと動きを止めた。
 幾ら心地良い空間を作ったところで、店主の顔が恐ければ客の肩身は狭くなってしまうのだろうか。

「ははっ。冗談だよ。それに、コウがいるから皆店にくるんだよ。トラに、コウ。誰か一人が欠けてもひなたぼっこは成りたたないからな」

 冗談を真に受けて真剣に悩みはじめた瀬野を三浦が笑い飛ばした。

「三浦建設だって、社長がいなかったらはじまりませんよ」
「悩んで迷って、がむしゃらに走って、時々立ち止まって深呼吸して……そうやって地道に進んでいけばいいんだよな」

 ホットケーキを頬張りながら、三浦はどこか腑に落ちたように頷いた。
 どうやら自分なりに答えを見つけ出せたのかもしれない。
 眉間にしわを寄せ難しそうに悩んでいるよりも、やはりこうして冗談交じりに大口を開けて笑う三浦がいいな、と瀬野は小さくはにかんだ。
 今も昔も彼のその笑顔が周りの人に元気を分け与えていることを、きっと本人も気づいていないのだろう。

「休憩したくなったらひなたぼっこに来てください。俺とトラはいつでも待ってますから」
「おう。これからも頼りにしてるぜ」

 食事を続ける三浦の向かいで、瀬野も腰を下ろしようやく先程入れていたカフェラテに口をつける。
 生クリームは溶け、カフェラテもすっかり冷めてしまったが、誰かと話しながら一息つけるのは幸せなことだ。
 身体中に染み渡るクリームとチョコの甘さ、そして身が引き締まるコーヒーのほのかな苦味。
 夕日差し込む店内で、客と談笑をかわしながら、ひなたぼっこでの時間は穏やかにゆっくりと流れていった。
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