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メニュー2「きゅうそくのホットケーキ」
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「よぉ、コウ」
「あ…………浦さん。いらっしゃい」
そこに立っていたのは初顔の客ではなく、常連の三浦俊史だった。
小粋なスーツ姿にオールバック風の髪型。瀬野の高校時代の先輩で現在は日和町で小さな建設会社を経営している。
昔馴染みの登場に、瀬野はほっと息をつきつつ、少し覇気のない声で彼を出迎えた。
「その落ち込み方だと、また客に怖がられて逃げられたんだろう」
大きな肩を小さく窄めて落ち込んでいる瀬野と向き合うように、三浦は席に座る。
「その客、若いサラリーマンじゃなかったか?」
「どうしてそれを……」
「すぐそこでスーツ姿の兄ちゃんとぶつかっちまったんだけどよ。あまりにも怯えた様子で慌てて逃げてくもんだから……おまけに店はすぐそこだし、恐らく原因はコウじゃないかと」
「……お察しの通り。新規のお客さんだったのに……また怖がられて逃げられました」
俯いていた瀬野はとうとうカウンターに突っ伏してしまった。
こういうことは初めてではないが、いつも世界が終わるがごとく凹んでいる瀬野の肩を叩き慰める三浦。
「コウは学生の頃から顔が怖かったもんな。後輩どころか俺の同期にも怖がられてたし」
「どうせ昔から老け顔ですよ」
今年で四十路を迎えた瀬野の悩みは老け顔と強面。
年齢でいえば三浦の方が二つ上だというのに、いつも自分の方が年上に見られてしまう。
学生時代から三浦は同期後輩関係なく慕われ、その一方で瀬野は人と仲を深めるのにかなりの時間を要する。正直なところ、瀬野は三浦が羨ましくてならなかった。
「…………っ、と。折角来てくれたのに水も出さずにすみません。今日は何にしますか?」
はた、と思い出したように瀬野は席を立つ。
つい三浦が来ると気が緩んでしまうが、彼も立派なひなたぼっこの客人。ここは店主としてしっかりとした接客をしなければならない。
落ち込みから一変、素早く仕事モードに切り替えた瀬野はお冷を三浦の前に置く。
「今日の“おまかせスイーツ”は?」
何にすると尋ねても、この店の選択肢はたった二つ。ランチかスイーツ。
ランチにしてはあまりにも遅すぎるし、この時間帯に来店した三浦が選ぶとすれば選択肢は一つしか残らない。
「今日はホットケーキです。ただ、今から焼くから少し時間はかかるけど……」
「おう、時間は全然平気だよ。それと飲み物はコーヒーで」
「ちなみに、ホットケーキのトッピングにバター、メープルシロップ、生クリームにチョコソース、ストロベリーソース……色々アレンジできますが--」
「ホットケーキといえばシンプルにバターとメープルシロップでしょうよ」
数ある選択肢を跳ね飛ばし、さも当然のごとく即答した三浦に瀬野はくすりと笑う。
「ははっ、俺と仲間だ」
「おうよ。バターがっつり、シロップたっぷりでお願いするよ」
「かしこまりました。それじゃあ、少々お待ちください。先にコーヒー淹れますね」
注文を取り終えると瀬野は調理に取り掛かることにした。
まずコーヒーマシンにサーバーをセットしコーヒーを落とす。
瀬野は専門店ほどのコーヒーの知識は乏しく、バリスタのように客に出せるコーヒーを淹れられるようにはまだまだ修行が必要だった。
今はマシンの技術も向上し、下手に自分でやるよりもよっぽど美味しいコーヒーが淹れられる。
少しでも美味しい物を、とカフェひなたぼっこにはちょっと奮発したマシンと良い豆が置かれているのだ。
店内に漂うコーヒーの香りを味わいつつ、作業台に材料を並べていく。
牛乳、卵にバニラエッセンス。密閉袋に入った白い粉は薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖、少々の塩を調合した瀬野オリジナルブレンドのホットケーキミックスだ。
客足が多い時間帯なら生地を多めに作り置きしておくが、練った生地を長時間放置してしまうと上手く膨らまず不恰好な出来上がりになってしまう。
閉店までは約一時間半。恐らく、今日は三浦が最後の客になるだろう。それならば生地は一人分で事足りる。
ボウルで卵と牛乳をよく混ぜ、そこに粉を投入しダマにならないようによく混ぜ合わせる。最後にバニラエッセンスを数滴加えれば生地は完成だ。
一枚ずつ焼いていくとあまりにも時間がかかるので、二刀流のフライパンで調理に挑む。
フライパンを温めているところで、コーヒーの抽出が完了したようだ。純白のコーヒーカップに注ぎ三浦に差し出す。
「お待たせしました。お先にコーヒーです」
「…………おっ。ありがとうな」
ぼんやりと窓を眺めていた三浦は若干驚きがちに礼を述べ、カウンターに置かれているシュガーポットから砂糖を匙に二すくいカップに入れる。
「ホットケーキ、今から焼くのでもう少し待っててくださいね」
「はいよ。気長に待ってるからゆっくりどうぞ」
三浦からの返事を聞いて気を取り直し調理に戻る。
熱したフライパンを一度濡れ布巾の上に乗せ、再びコンロに戻す。それぞれのフライパンに生地をお玉ひとすくい分いれる。
綺麗な正円に広がった生地を中弱火でじっくりと焼きあげていく。後は焼き上がりを待つだけだ。
「あ…………浦さん。いらっしゃい」
そこに立っていたのは初顔の客ではなく、常連の三浦俊史だった。
小粋なスーツ姿にオールバック風の髪型。瀬野の高校時代の先輩で現在は日和町で小さな建設会社を経営している。
昔馴染みの登場に、瀬野はほっと息をつきつつ、少し覇気のない声で彼を出迎えた。
「その落ち込み方だと、また客に怖がられて逃げられたんだろう」
大きな肩を小さく窄めて落ち込んでいる瀬野と向き合うように、三浦は席に座る。
「その客、若いサラリーマンじゃなかったか?」
「どうしてそれを……」
「すぐそこでスーツ姿の兄ちゃんとぶつかっちまったんだけどよ。あまりにも怯えた様子で慌てて逃げてくもんだから……おまけに店はすぐそこだし、恐らく原因はコウじゃないかと」
「……お察しの通り。新規のお客さんだったのに……また怖がられて逃げられました」
俯いていた瀬野はとうとうカウンターに突っ伏してしまった。
こういうことは初めてではないが、いつも世界が終わるがごとく凹んでいる瀬野の肩を叩き慰める三浦。
「コウは学生の頃から顔が怖かったもんな。後輩どころか俺の同期にも怖がられてたし」
「どうせ昔から老け顔ですよ」
今年で四十路を迎えた瀬野の悩みは老け顔と強面。
年齢でいえば三浦の方が二つ上だというのに、いつも自分の方が年上に見られてしまう。
学生時代から三浦は同期後輩関係なく慕われ、その一方で瀬野は人と仲を深めるのにかなりの時間を要する。正直なところ、瀬野は三浦が羨ましくてならなかった。
「…………っ、と。折角来てくれたのに水も出さずにすみません。今日は何にしますか?」
はた、と思い出したように瀬野は席を立つ。
つい三浦が来ると気が緩んでしまうが、彼も立派なひなたぼっこの客人。ここは店主としてしっかりとした接客をしなければならない。
落ち込みから一変、素早く仕事モードに切り替えた瀬野はお冷を三浦の前に置く。
「今日の“おまかせスイーツ”は?」
何にすると尋ねても、この店の選択肢はたった二つ。ランチかスイーツ。
ランチにしてはあまりにも遅すぎるし、この時間帯に来店した三浦が選ぶとすれば選択肢は一つしか残らない。
「今日はホットケーキです。ただ、今から焼くから少し時間はかかるけど……」
「おう、時間は全然平気だよ。それと飲み物はコーヒーで」
「ちなみに、ホットケーキのトッピングにバター、メープルシロップ、生クリームにチョコソース、ストロベリーソース……色々アレンジできますが--」
「ホットケーキといえばシンプルにバターとメープルシロップでしょうよ」
数ある選択肢を跳ね飛ばし、さも当然のごとく即答した三浦に瀬野はくすりと笑う。
「ははっ、俺と仲間だ」
「おうよ。バターがっつり、シロップたっぷりでお願いするよ」
「かしこまりました。それじゃあ、少々お待ちください。先にコーヒー淹れますね」
注文を取り終えると瀬野は調理に取り掛かることにした。
まずコーヒーマシンにサーバーをセットしコーヒーを落とす。
瀬野は専門店ほどのコーヒーの知識は乏しく、バリスタのように客に出せるコーヒーを淹れられるようにはまだまだ修行が必要だった。
今はマシンの技術も向上し、下手に自分でやるよりもよっぽど美味しいコーヒーが淹れられる。
少しでも美味しい物を、とカフェひなたぼっこにはちょっと奮発したマシンと良い豆が置かれているのだ。
店内に漂うコーヒーの香りを味わいつつ、作業台に材料を並べていく。
牛乳、卵にバニラエッセンス。密閉袋に入った白い粉は薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖、少々の塩を調合した瀬野オリジナルブレンドのホットケーキミックスだ。
客足が多い時間帯なら生地を多めに作り置きしておくが、練った生地を長時間放置してしまうと上手く膨らまず不恰好な出来上がりになってしまう。
閉店までは約一時間半。恐らく、今日は三浦が最後の客になるだろう。それならば生地は一人分で事足りる。
ボウルで卵と牛乳をよく混ぜ、そこに粉を投入しダマにならないようによく混ぜ合わせる。最後にバニラエッセンスを数滴加えれば生地は完成だ。
一枚ずつ焼いていくとあまりにも時間がかかるので、二刀流のフライパンで調理に挑む。
フライパンを温めているところで、コーヒーの抽出が完了したようだ。純白のコーヒーカップに注ぎ三浦に差し出す。
「お待たせしました。お先にコーヒーです」
「…………おっ。ありがとうな」
ぼんやりと窓を眺めていた三浦は若干驚きがちに礼を述べ、カウンターに置かれているシュガーポットから砂糖を匙に二すくいカップに入れる。
「ホットケーキ、今から焼くのでもう少し待っててくださいね」
「はいよ。気長に待ってるからゆっくりどうぞ」
三浦からの返事を聞いて気を取り直し調理に戻る。
熱したフライパンを一度濡れ布巾の上に乗せ、再びコンロに戻す。それぞれのフライパンに生地をお玉ひとすくい分いれる。
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