異世界はどこまでも自由で

メルティック

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ヴィルハント平原(現在、書き直し作業中)

1-12.新たな領域へと

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「では、お気をつけて――おいまたか、起きろこのろくでなし!」
「んっ……おぉ、じゃあな、気を付けろよ」

 翌朝、昨日の門番二人がタジ達を見送ってくれたが、彼らにはどこか既視感のある光景に感じられた。蜘蛛穴兜の男がまたのろのろと、離れていくタジ達に向けて手を振る。

「ほーいいってきまーす!」

 ヨトの軽快な挨拶と共に、彼らは本格的にギルドへと向けて出発した。

「なぁライアン、俺達もジェネルードに戻らなきゃいけないのか?」
「明日、な。実力不足だから送り飛ばされたんだと思ったけどな」

 鉄甲の男は門の前に座り込んで、じっと上を見つめる。その視界の端に大きな兜が映り込み、蜘蛛の目がじっと彼を覗き込んできた。

「大丈夫だ、ライアンは強い。俺なんかよりずっと」
「お前より強い奴を騎士団から探すのが難しいんだよ……」

 そう返した男は、また二人門から出て来るのを確認する。座り込んだ身体は瞬時に立ち上がって、同時に口が開く。

「お気をつけて、行って――」
「なぁ、お前さんよぉ」

 男の目に映ったのは、白い羊の頭を丸い羊角と共に象った兜と妙に刺々しい鎧。その鎧は羊というよりは山羊の滑らかな体毛を象ったような作りをしており、それがまた彼の容姿を禍々しく映し出していた。

「あんたは、ここの兵士なのか?」
「……そう、だが?」

 ただならぬ気配を感じた男は無意識に腰へと伸びる手を止め、彼の脅しかけるような口調に強く答えた。

「そうか、まぁそんな事はどうでもいいんだがな。仕事、精々頑張れよ」

 そう言って砂漠に一人歩き出す山羊鎧の男だが、その後ろから小さな生き物がついてきた。

「こらっ、失礼でしょ! 謝りなさい!」

 おっきなてるてる坊主のようなそれが振り向くと、綺麗な碧眼が現れた。その身長に合ったローブは裾をたるませることなくしっかりと手が出ていて、白く小さい手は男の目を奪った。

「ごめんなさい、あの子すごく失礼な事をしてしまいまして……」

 ローブのフードからこぼれた金髪を垂らして、深々としたお辞儀を見せる。少女の礼儀正しい振舞い、その言葉に困惑して男は手を横に振ってしまう。

「いえいえっ、そんな丁寧にされなくとも……おいっ、お前! 自分の子供をこんな放ったらかしにするな!」
「そんな奴が子供な訳あるかよ!」

 男は山羊鎧の男に怒鳴りつけたが、彼は振り返りもせずそう怒鳴り返してただただ進んでいった。

「なんて酷い……お嬢ちゃん、もしなんだったら私がお父さんをひっ捕らえて――」
「いえ、それは本当の事なので。私は子供じゃないですし、あの子が私の子供ですよ」

 満面の笑みを見せてそう言った彼女にどうしたものかと困惑すると、ようやく山羊鎧の男がこちらに向かってきた。

「だーからもういいだろさっさと行くぞ!」
「あなたが謝るまで私はここを離れません!」

 ぷっくりと頬を膨らませて羊頭を見上げる少女に、今度は彼も困惑しているようだった。

「はいごめんなさい、すいませんでした! これでいいだろ、さっさと来いよ!」
「こら、まったく誠意がこもってないじゃないですか!」
「いいんだよもう、早く行くよ!」
「こらヴィルシス! あなたがきちんと謝るまで、私はここを離れませんからね!」

 結局羊頭の男は――高速で膝をついて土下座をしてから一言

「はいすいませんでしたごめんなさい二度としません!」

 早口でそう言ったと同時に――高速で立ち直してさっさと後ろを向いて早足で去ってしまった。

「こらヴィルシス! なんですか今のは、罰として今日の分のおやつを減らしますよ!」
「うるせーよクソババア! もうそんな年じゃねーっつってんだろ!」
「こらこらこらこら、やめないかもぉ……」

 確かに彼らが家族で、しかもあの男が子であること、彼女が母であることがはっきりした。しかしそれ以上に幼児を相手にしたような親子喧嘩が始まり、男の先程まで僅かに残っていた警戒心もすっぱり消え失せ解決に頭を悩ませることとなってしまった。

「とりあえずあの、私も大丈夫ですんで、お母さんもどうか許してあげてください」
「ダメです、あの子はいっつも悪い事ばっかするんですよ! 言葉遣いはなっていませんし、先程だって貴方に非常に失礼な振舞いを――あぁっ、心臓が痛くなってきた……」

 そう言い終えると少女はつらそうに胸を抑え出し、同時にまた早足で行ったはずの山羊鎧がここに戻ってきていた。少女の様子を数秒見つめた後、こちらに深く頭を下げた。そしてまた数秒が立ち、ゆっくりと頭をあげた。
 少女の顔がみるみる明るくなり、山羊の体毛を象ったギザギザなすね当てを叩き出す。

「んふふっ、やればできるじゃない! でも今日のおやつは半分ですからね、お母さんを困らせた罰です!」
「ほら、行くぞ!」

 我が子自慢をする母を横目に、山羊鎧の男はさっさと早足でまた、砂漠の方に戻っていった。

「ごめんなさいね。でもあの子ああ見えてやれば出来る子なんですよ、少し恥ずかしがり屋さんなだけで」

 そう言うと少女は、蜘蛛穴兜の男に目を移す。いつの間にかいびきをかいてぐっすりと、立ったまま眠っているようだった。

「こら起きろ! すみませんねぇ、生憎こいつはやっても出来ない子でして、どうしてこんなのが騎士になれたんだか……」

 男の文句など一切聞き入れていないように、少女はじっと大男を見つめた。

「この子が騎士になったのは当然の事ですよ――」

 するとおもむろに大男に近付いていって、彼の鉄靴を優しく撫で回した。

「だってこの子は、とってもとっても優しい子だと思うんです。だから、騎士になれたのは当然ですよ」

 優しく穏やかな笑みでそう残して、彼女もまた砂漠に向かって歩いていってしまった。

「優しさだけで騎士になれるかねぇ……」

 そう呟いた男は奇妙な親子の事は頭の片隅に置いてから、またもいびきをかき始めた大男をどつき起こした。

「おぉっ、大丈夫だぞライアン、もう眠くない」



~~~ ~~~ ~~~~~~~



「お疲れ様でしたー、こちらが報酬です」

 無事にジェネルード城下街に戻ってきたタジ達がギルドに報告しに行くと、桃髪の受付員から大きな木箱を渡された。

「わーい、ありがとう! どれどれ、早速……」

 ヨトが箱を開けると、そこにはただ塵だけが積もっていた。

「……は?」

 ヨトの顔がみるみる歪んでいく。次の瞬間、受付員の胸ぐらを掴んで振り始めた。

「ちょっとちょっとどうなってんだよこれ! ゴミクエは報酬の保証もしないってか! お!? いい加減にしてよ!」
「いえいえー、確かに昨日見たときは刀があったはずなんですけどー……ところで、箱の方、いいですか?」

 胸ぐらを掴まれても無表情なミルチュットがタジに向かってそう言った――的確に目を合わせ続けながら。

「あー、でも昨日ミルチュットさんが言った通り、幻覚が発生するんっすよ」
「…………」

 ミルチュットから不思議そうに見つめられたと思ったタジは、少々慌てて、

「あぁっ、すみません! とにかく、これどうぞ!」

 何かが起きたらすぐに止めればいい、そんな心持ちでミルチュットの手元に箱が行く。直後、ミルチュットの視界が真っ暗になり、何かが浮かびだした。



 ――タジの姿だ。

「やぁミルチュットさん、少しお話いいですか?」

 彼女が何も答えないでいると、そのタジはみるみる内に姿を変えてヨトそっくりになる。

「あのさ、実はお願い事があるんだけど……」

 次に、山中へと――

「お願い事……」

 どんどんその発言はゆっくりになっていき、青い鎧の騎士、金髪の青年、様々な姿に切り替わっていった。遂には――

「あのー、お話がー」

 彼女自身が映し出され、スロー再生のような声が辺りに響いた。それでもミルチュットは視線一切口一切動かさず、ただただどこかを見つめていた。

「話、はナし、ハナし、ハナシ、ハなシ」

 それは姿すら不明瞭になり、そして彼女の目の前に――巨大な白い女性の顔が現れた。黒い瞼がゆっくり開き、ミルチュットを見つめる。

「……お話がありますー、アル=ヴォナタさん」

 ――そう切り出したのは、ミルチュットだった。



~~~ ~~~ ~~~~~~~



「……ありがとうございます。ところでタジさんは、最近凄いことをたくさんしましたねー」
「あっ、ありがとうございます! へへへっ」

 この前見た幻覚の事もあってか無駄に意識をしてしまい、タジは恥ずかしそうに笑う。

「何がありがとうだ、その前にこっちにごめんなさいの一つくらい寄越せよ!」

 ヨトがその後ろで、木箱の塵をかき集めながら色々文句を言うが、ミルチュットは言葉一つ寄越さなかった。

「……今日の夜、ギルドの扉の前で待っていてくれませんかー?」
「えっ? あっ、勿論ですよ! ってかその前に、ヨトちゃんの報酬大丈夫なんですか?」
「無いものは仕方ないので、昨日見た時は確かにありましたのでー」

 それを聞いた途端、ヨトはぴったりと黙りそれ以降何も口にしなかった。

「それじゃあ、バイバイだな」
「少し名残惜しいですけど、さようなら」
「……あっ、うん! 楽しかったよ! 縁があれば、また」

 あっさりしたした言葉で、タジと山中はヨトと別れを告げた。彼からしたらクエストが終わってしまえばこれが普通で、一番タイミングの良い別れだ。この後一緒に食事、なんてしたらずるずるといつまでも引きずってしまう。フリーな冒険者をしたいならそれはとっても面倒なことらしい。

 その夜、タジは山中を家に置いて一人でギルドの扉の前にいた。しばらく待っていると、暗いギルドの中から桃髪の女性が――

「おう、待たせたな」
「――ミル、チュットさんですか?」

 そのミルチュットはやけに顔が赤く、そして非常に酒くさかった。

「悪い、なんか飲んじまったよ、というより、飲まされたわ」
「あっ、いえ、いいんですけど……」

 表情と声の調子はいつもと変わらないが、口調が気になって気になって仕方ない。

「まぁ、手短に話すか。それとも、家に来て何かするか?」
「へぁっ!? いやいや、別に大丈夫です、け……」

 何故か自分の人差し指を横から甘噛みし始めたミルチュットがどこか妖艶に見え、タジを良からぬ妄想に駆り立てた。

「あっ、じゃあ、家――」
「冗談だ、何本気にしてんだよ」

 早口でそう言うタジの言葉に割り入った彼女は、だらしなく口だけ笑わせてそう言うと目を瞑り腹を揺らして、笑う仕草だけを取った。

「話は他でもない、タジが最近活躍しているからな、ギルドも注目し始めていたんだ。リジッドラットの姉ちゃんもあんたの事を褒めてたよ」
「はぁ、そ、そうなんですか……」

 突然の話の切り替わりに戸惑いながらも、今じゃなきゃ話せないというミルチュットさんの話の内容にしっかり耳を傾けていた。

「つーことでだ。より事の大きく緊急性の高い、緊急クエストをお前は明日から受けられるようになる」
「えっ、いや、でもこのクエストは全部ヨトちゃんのおかげっていうか……」
「いいんだよ、タジには任せられる。元々成功しようが失敗しようが、ゴミクエだしどうでも良いことだった」

 一つ大きく息を吐く――動作だけを見せて、ミルチュットは話を続ける。

「同行者は誰でも良い、責任はタジが全部負うことになるが。そして途中放棄は不可、もし正当な理由無く逃げようもんなら冒険者ギルドのブラックリスト入りだ。やるやらないもタジの自由だが、受けられるようになったことを伝えたかったのさ」
「そ、それだけなら帰ってきた時でも――」
「配慮だよ配慮、じゃあな」

 言い終えたミルチュットは、片手を肩まで上げながら夜の街に消えていった。
 小耳には挟んでいた緊急クエスト――まさか彼に受注する権利が回ってくるなどと思っていなかったため、緊張と期待で胸が高鳴っていた。興奮する胸をおさえながら、そのまま真っすぐ家へと帰り、すぐに眠りについた。



~~~ ~~~ ~~~~~~~



 ――その夜は、綺麗な水の流れる山間に異様な音が響いた。やけに何度も大きく水が跳ね、ぶくぶくという泡の音が続いた。
 それから毎日その音は続き、ある日を堺に止まった。

 ――近辺にある村の、とある木造りの家の中で、少女はただ一人突っ立っている。

「……母ちゃん?」

 両手に握った斧を強く握りしめながら、何もない空間で、ただただ涙を流し嗚咽を漏らした。

「……姉ちゃー、どした?」

 どこからともなく聞こえてきた幼い声に反応した彼女は、回らない舌で精一杯しゃべる。

「母ひゃんがぁ、かあひゃあ……」

 突如大きな物音が響き、野蛮な格好をした男達が家の中に侵入してきた。少女はそれを視認すると、瞳を震わせ、歯をがちがちいわせながら、泣き混じりな大声をあらん限りの力で出した。

「ぶっごろしてやるごのひどざらいどもがああああああ!!!」

 少女の声はそこら中に轟き、続いて連続するように、彼女の叫び声は鳴り渡った。
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